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9話

追っ手に襲撃されることなく無事に朝を迎えた。襲撃されても自動迎撃で蹴散らしていた可能性もあるが、その痕跡も見当たらない。

一人を除き、皆の体調は良好のようだ。正直、リンゴにはすまなかったと思っている。


昨夜の内に出発の準備は整えており、加入した3人が使ってる支給品の外套は、少し派手だったので地味めの色に魔力で変化させた。性能も少し補強し、少なくとも枝に引っ掻けたり岩で擦ったりした程度で破れることはない。服も同様の処理を行い丈夫にしてあり、安心して茂みにも飛び込める。


これはエンチャントのように魔力による処理ではあるが、魔法が付与されているわけではない。

昨日の作業を鍛治魔法や建築魔法と分類するなら、これは裁縫魔法とでも呼ぶべきか。

単純に強度が増した分、着心地は犠牲になってしまっているのだが、裁縫のスペシャリストがいないのでこの辺は仕方がない。

靴の方はオレたち二人はスニーカーと革靴のままなので、エンチャントで補強しておいた。後から合流した三人も支給品のブーツだが、同様の処理を行ってある。

武器も戦利品の代用でオレはサーベルと受け流す目的のバックラー、バニラは槍とダガー、ストレイドはダガーと格闘用のなんだか物騒な武器。

リンゴは弓矢とショートソードを渡してあるが…まあ弓矢は色々とやらせる為の練習用だ。ショートソードと言っても、リンゴの体型と筋力では両手持ちでもまだ重いくらい。盾も考えたが、安心が油断になりそうなのでやめておいた。

ストレイドは肉弾戦もあり得るので靴にも鉄芯を入れたり、服も脇腹などを少々厚めにしてある。恐らく、一番バンブーの手が掛かっているだろう。

バンブーはメイスに盾と実にらしい装備だった。


やって来た時に乗っていた馬は今も砦内におり、元気にしている。基本的に徒歩の旅だが、必要に応じて役立ってもらおう。オレが近付くと怯えて震え出すのが気になるが。


「さて、キャンプ地ともおさらばするか。魔力感知は切っとけよ。」


そう言って、オレは砦と魔力の接続を切り、材料に使った木や岩を【空間収納】で片付ける。

そのままでは不自然な地形になってしまうので、一度掘り起こし、均しておく。

言葉にすると簡単だが、広いし、量も多いのでなかなか労力を使う。


「ふー…これで良いか?」


土を掘り起こしているので元通りとはいかないが、これでどう見ても砦があったとは思えないだろう。


「おう。そうだな。お前が良いと思うなら良いと思うぞ。」

「これ以上は種でも植えるしかないしねー」


他人事のように言う二人。

しかし、植物か。


「理論上は可能だ。まあ、時間に関わる部分の検証ができないとダメだが。」


そんなに考えていることが分かりやすいのだろうか?

昨日から言う前に見抜かれていて、なんとも妙な気分である。

植物はやはり時間をどうにかできないと解決しない分野だったようだ。魔法一つで急成長はなかなか難しいらしい。


「成長促進くらいは簡単にできるだろうが、弱い木になる可能性もある。強靭な雑草なら関係なさそうだが、放っておいても生えてくるからな。」


なかなか難しそうだ。出来ても出来るだけというのでは意味が無いからな。


「出発しよう。出来ないことを論じてる暇はまだ無いだろう?」


そうだった。どうも脱線してよろしくない。

事前にオレとストレイドは歩きで、女子3人は馬に乗って移動することにしており、バニラも昨日の内に練習してスキルを得ている。

感知スキルを起動し、周囲を警戒しつつ歩みを進めていった。





それから5日掛けて北の国境へと辿り着く。

その間、なんだかんだと襲撃が続いたり、バニラが馬の背で酔って吐いたりしていたが、召喚者以上に警戒すべき相手はいない。ヒュマスの追っ手が成長が遅いでは片付けられないくらい弱いのは流石に疑問符が付くが、いつ最大戦力を投入してくるか分からないので、常に育成と最大限の警戒は怠らずにいた。


警戒すべきは人だけじゃなく、獣と魔物もいる。

獣の一部は食料や素材として、魔物は素材として有効活用させてもらっているが、金属は限られているので盗賊感のある装備になるのは避けられない。


賞金が懸けられているらしく、賞金稼ぎや盗賊の襲撃は金属の良い入手機会になっていた。こちらとしては楽して素材の入手ができるので大歓迎である。

もっと錬金術のレベルが上がれば簡単にインゴットにまで戻せるのだが、まだその魔法を得られる程の道具が足りていない。小鍋一つあれば生える錬金術だが、育成しようとなると様々な道具が必要になってしまう。

今は空間収納に片付け、後からバンブーがまとめてリサイクルするという事になっていた。

追い出された時、服は前の世界のまま、ボロの野宿セットのみというありさまだったが、今は一端(いっぱし)の冒険者以上の物になっている。

3人の魔法鎧は特に細工もせずに空間収納してあり、国境出る間際にでも放り出しておく事にしていた。


「さて、国境についたわけだが。」


どうやらすんなり通してくれる様子はない。武力行使というのはスマートではないので、事前の打ち合わせ通り穏便に済ませることにした。

町に入るなり、オレたちは衛兵に囲まれる。鑑定すれば分かるが全員大したことがない。例の魔法鎧を装備していたとしてもだ。


「き、貴様らには捕縛命令が出ている!お、大人しく命令に従わなければ武力行使に…」

「そうか。」


言葉と共に【威圧】を発動する。獣狩りの成果を試す時だ。

ちなみに、試しで全力使用した時にたまたまリンゴがいて、名誉のために詳しく説明できない大惨事となってしまった。魔法できれいにしたが本当に申し訳ない。


「ひ、ヒイィィー!!」


オレと話をしていたヤツが腰を抜かし、終いには泡まで吹き始める。気の毒に。

気にせずオレたちは歩き出し、衛兵たちを通り過ぎて魔国側の入管所に入る。


「話は聞いてる。よく来たな!」


受け付けの女性、と呼ぶには小柄すぎる色の薄いディモスの少女が笑顔でオレたちを手招きする。威圧は発動したままだが全く効果がある様には見えない。それだけで、かなり高レベルだというのがわかる。下手なことはするべきではないな。


「ここから先は魔王様の治める魔法国。その気なら移住も受け入れよう。」

「あぁ。そのつもりで来た。」


話が早い。国籍も取れるなら取ってしまおうか。


「いや、とりあえずこちらを拠点に活動したい。ちゃんとした戸籍を手に入れるかどうかはまた後にしてくれ。」


慌ててバニラが止めに入る。


「それは残念。では、こちらが国内での活動を保証するタグとなるので失くさないように。」


金属製のタグを人数分箱に入れて出してくる。

ゲームだと重要アイテムなので手にとって眺めることもなかったな。

受け付けの女性は咳払いをすると話し方が変わる。


「実力主義の国と言われていますが、武力による私闘は特定の場所以外では禁止されています。盗みや、無闇に攻撃的な魔法を使うのも禁止されています。実験などは然るべき場所でお願いします。」


ほぼゲームと同じやりとりだ。きっとお決まりの文句も一緒だろう。


「あなた方には納税の義務があります。納税は怠りませぬようよろしくお願いします。」


この国独特の言い回しと言っても良いだろう。

とにかく来訪者への納税が厳しい。逆に国民になるとだいぶ緩くなる。全てが国内で完結するからこそ強気になれるのだろう。

服装や建物の内装から、既に技術がかなり進んでいるのは分かっており、早々に服や装備を更新する必要がありそうだ。盗賊風では目立って仕方ない。


「分かっている。滞納しないように気を付けるよ。」


そう言うと、受付の者がニッコリ笑い、お約束の台詞で締めくくる。


「ようこそ探究と魔法の国エルディーへ。良き冒険と充実の日々をお祈りします。」


何度も聞いたとても印象に残る文句で、これでようやくスタートに立てた、そう思うとタグを握る手に力が入ってしまう。


「さて、冒険者たち、ここからは私の言葉だ。」


突然、口調が変わったことに驚いて、受付嬢の方を見る。


「我が国は大きな発展を遂げる事が出来たが、この大地にはまだ未踏の地がまだ多く残されている。我々が挑むにはまだ厳しい土地だ。」


机の上に世界地図が広げられる。イベントでよく見る不正確な地図だ。


「召喚者である君たちは、恐らく我々のこれまでを容易く越えてしまうだろう。そこに妬みが生まれるのは残念ながらどうしようもない。だが、君たちなら我々を我々では至れない高みに導いてくれると信じている。健闘を祈っているぞ。」


それは想像していなかった言葉だ。身バレはともかく、ただの新米冒険者たちにそこまで期待するものとは思っていなかった。


「驚いているな?

こんな業務を請け負っているが、恐らく私の事は私以上に知っている者がいるだろう?」


悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、小さな声で正体を明かす。


「先の魔王、二つ名は堕落王と言ったかな?まったく。失礼な渾名をつけてくれたものだ。」


この声、この腕を組んでプンプンという擬音が似合う怒り方、そしてお喋りとサプライズ好きという性格…


『エディちゃん陛下…!』


プレイヤー三人で声を揃えて言う。


「ちゃんはやめろ!」


めちゃくちゃ怒られました。





エディちゃん陛下ことエディアーナ前魔王陛下は、譲位して隠居生活を送っていた。

現魔王も召喚者らしいが、行動については把握していないらしい。


「王宮から離れて久しい。このように、たまに大きな仕事を振られる事はあるがな。」


オレたちの来訪は魔国側でも把握しており、上層ではてんやわんやだったらしい。大袈裟ではないだろうか?

入国手続きを済ませたことで奥の方に通され、お茶やお菓子まで出してもらっている。ここまでの対応をされるのは想定外どころではない。


「大袈裟では?と言いたげな顔をしているな。

まあ、私もそう思ったが、お主の【威圧】を受けて理由もわかった。」


ずっと有効化していた【威圧】だが、ここへ通される前に解除している。

ヒュマスの兵も待機していたようだが、【威圧】の影響で踏み込むことが出来なかったらしい。解除するなり雪崩れ込んできたが、結界に阻まれ入口でおしくらまんじゅうするだけだった。


「現魔王以来の逸材で私も将来が楽しみだ。いつかまた会えることを楽しみにしているぞ。」


そう言うと握手を求めてきたので素直に応じることにした。体躯相応に小さい手で、多くの民を統べていたとは思えなかった。


「せ、先王陛下!な、なにとぞワタクシも…」


ガッチガチになってバンブーが頼み込む。


「うむ。良いぞ。」

「ありがとうございますありがとうございます!」


感激のあまり半泣きになり、震えながら握手をする。


『わ、わたしも!』


バニラとリンゴも少し興奮気味に握手を求める。

バニラはともかく、リンゴは意外だな。


「うむ。そっちの長身は良いのかの?」

「俺は…」

「なに、私も今はただの隠居。かつての肩書きなどに意味がないのは承知している。価値を感じないならそれで良い。」


鼻息の荒い娘たちとは真逆でやや冷めた感じのストレイド。オレもこの握手はちょっと嬉しかったりする。


「申し訳ない。」

「構わぬと言っておる。頭を上げよ。」


ぺこりと頭を下げるストレイドにやめるよう言う。


「どうも礼儀正しすぎて堅苦しい。冒険者とはもっと自由なものなのだがな。型にはまりすぎると、いざという時に危機を招く事を心に留めよ。」


それはよく知っている。一筋縄でいかない状況は数多こなしてきたからな。


「お主は心配なさそうだが、他が危うい。しっかり地力を付けておくと良い。手続きはこちらでしておこう。」

「助かります。」

「うむ。手続きが済むまでゆっくり寛ぐと良い。お茶だけは先に出させよう。」


オレは一つまだ用事を済ませていない事を思い出す。


「先王陛下。」

「エディで良い。」


こそばゆいのか、苦笑いしながら告げる。

ちゃんはダメだからさんだな。


「では、エディさん。向こうで支給された装備の返還をお願いしたいのですが。」

「ほう?どのようなものだ。」

「こちらになります。」


亜空間収納から、袋に入れられた3人の鎧を取り出し床に置く。

袋はアンティマジックのエンチャントが施されており、鎧の細工を無効化していた。


「ふむ。見ても構わぬか?」


尋ねるエディさん。オレはエンチャントを施したバニラを見る。


「はい。袋から出さずに見るだけなら。」

「わかった。」


真剣な表情で袋の中身を確認する。微かに苦々しい表情になり、鎧があまりよろしくないものだと見抜いたようだ。


「英断だ。こんな忌々しい魔法鎧に頼っては成長など出来ぬからな。」


そう吐き捨てるように呟いて袋を閉じる。

バニラが言うには軽量化、身体強化の他に遅効性の洗脳、従属化も施されていた。


従属化は期間が長くなるほどステータスに補正が掛かる、良さを知ったら離れられなくなる呪いのような効果で、ゲームではペアやチームで従属バフ目当てで施すことが大半だった。

関係が解消された時のペナルティが、契約期間の2倍の間、ステータス半減というもの。その関係から奴隷の首輪のようだと揶揄されたことから、装備者を『首輪付き』と呼ぶ者もいた。

その効果はこちらでも発揮されていたと見て良いだろう。リンゴの窒息事件が良い例だ。


「伝えることはあるか?」

「産廃装備に用はないとだけ。」

「ふふ。承知した。」


そう言い残し、ご隠居は部屋を去っていった。

アイドルと言っても良いエディアーナ元魔王陛下と握手をした事ではしゃぐ3人だったが、いつの間にか静かに寝息を立てており、ストレイドも座ったまま眠っていた。

久しぶりにしっかりした屋内でゆっくりできたからだろう。オレも日課の制御訓練をやっていたが、心地良さに耐えきれず眠ってしまっていた。

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