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73話

イグドラシル攻略班を見送り、ようやく慌ただしい朝が終わる。

この休養期間という名目の準備期間で装備の更新と、各種状態以上耐性を上げを行っている。他にそれぞれが見つけた課題の克服等、ただぼんやり休んでいた訳では無かったようだ。


「いつもですけど、出発の日は気が張りますね。」


手を引くアクアが緊張から解放された様子で言う。


「そうだな。送り出される側はワクワクして仕方ない感じだが。」

「そうでしたねー。大変な場所でしょうけど、それ以上の何かがあるんでしょうね。」


遥香、柊、フィオナは強敵と戦えるからだと思うのだが、梓とバニラは素材を得られる事だろうかのか?

オレを居間の席に連れていくと、アリスが酷い色のポーションを持ってやって来る。


「はい。アクアの分よ。」

「こ、これが噂の耐性訓練ポーション…!」

「初回はちゃんと見てて上げるから、一気に飲んじゃって。」

「うおぉ…凄い臭い…」


目を閉じ、覚悟を決めて一気に飲み込んだ。

この光景は何度見ても気の毒である。


「あ、あ、ああぁ…」


目を閉じ、舌を出して酷い声を捻り出す。

目が回り、吐き気を催し、身体中が痛くなると皆が言う初回の地獄に耐えているのだろう。


「お、落ち着きました…」

「やっぱり早いわね。私なんか吐きそうになりながら半日横たわってたわよ。」

「えぇ…」

「午後にもう一本あるからね。この前の事もあるし、早めに上げておきましょう。」

「はい…」


渋い顔で返事をする。


「一応、看破で見てるけど体におかしいところはない?」


普通のポーションを握らせながら尋ねる。


「まだ少しくらくらしたり、身体中に突き刺すような痛みがあります。」

「ヒールを掛けておくわね。」


淡い光がアクアの身体を包み込むと表情が穏やかになる。


「…あぁ、HPが減るってこういう感じなのですね。」

「まだ実戦訓練はしてないの?」

「いえ、何度かしているのですが、強烈な一撃は貰ったこと無いので。」

「なるほどなるほど。カトリーナ!」

「どうされましたか?」


音もなく現れるカトリーナ。ビックリした。


「アクアを痛め付けて上げて。まだちゃんと痛い思いした事ないそうなのよ。」

「え、えぇ!?」


アリスに言われて頷くカトリーナ。

対するアクアは青ざめている。


「それは由々しき事ですね。では、すぐ始めましょうか。」

「え、いや、避けられるならそれに越したことは…」


アクアの言い訳にカトリーナは首を横に振る。


「どんな攻撃でも避けられるとは限りません。それに、大剣は武器の性質上、最も危険に晒され易く、攻撃を受ける頻度も高くなります。痛みに慣れるのではなく、痛みを正しく怖がらなくては足手まといになるだけですからね。」

「はい…ですが」

「ですが?」

「今、ダメージを受けるとヤバいポーションが出てきそうで…」

「構いません。行きましょう。」

「えっ、あっ、あぁー!?」


カトリーナに抱えられ、アクアは訓練場に連れていかれてしまった。


「見に行きましょう。」

「お、おう。」


何故か楽しそうな顔のアリスが手を差し出し、オレを訓練場へと連れ出した。


木製の大剣のアクアと、あの独特の形状の剣のカトリーナが対峙する。


「アクアが戦うの初めて見るわ。」

「オレもちゃんと見るの初めてだな。」

「お、アクアが訓練つけてもらうんですかい?」


ユキもやって来て隣に座る。

なんだか家族総出で見守るような構図になってしまった。まだ、正式ではないが。


「そうよ。ちょっとどう動くのか気になるわ。」

「うちはスピード型が多いですからね。あたしもパワー型をどう稽古するのか見たかったんでさぁ。」

「そう言えばそうね…あっ。」


あっという間にアクアが地面に叩き付けられていた。


「振り下ろした腕を挟んで投げつけやしたね。対人慣れしたカトリーナさんだから出来る芸当ですぜ。」

「あれ、ビックリするのよね…気が付くと見上げてるから…」


まだまだと言わんばかりにアクアも起き上がり、再び対峙する。

斬擊が全く見えないが、アクアの位置はよく分かる。


「アクアは動かないんだな。」

「そうですね。動く必要がない、という方が正しいでしょうか。

リーチが短い方は、動かないと当てられやせんから。」

「鍛えられてるだけあって、なかなか倒れないわね。」

「けっこう貰ってやすけどね。あの小娘、意外と根性ありやすぜ。」


顎に手を当て、何処か嬉しそうにユキが言う。


「名前で呼んで上げなさいよ。

…そうね。すぐにへたり込むかと思ったけど、なかなかやるわね。」

「見た目ほど、もう痛くないのかもしれやせん。」

「となると…」


アクアがその場で蹲り、上体を上下させる。


「吐きやしたね。土手っ腹に一発という所でしょうか。」

「…うぅ。容赦ない。 」


洗浄を使ったのか、すぐに戻した物は消え去る。

アクアは再び立ち上がり、剣を構えた。


「気に入りやした。カッコいいじゃねぇですか。」

「そうね。ただの怖がりじゃないのは分かってたわ。」


二人が何故かオレを見る。


「どうした?」


尋ねると、二人揃って笑い出す。


「多分、三日前ならもう泣き言を言って諦めてやすぜ。」

「どうして立ち上がれたのかしらね。」

「…あのやり取りか。」


アクアとの会話が良い方向に変化をもたらしてくれたようである。

分かっていた二人がオレの肩に手を乗せて来た。


「あの娘はもう大丈夫。」

「見守ってやりやしょう。」

「…そうだな。」


その後も投げられ、倒され、弾かれ、飛ばされたりしていたが、力尽きて前のめりに倒れるまで諦めることはなかった。


「アリス、お前の手から…」

「えっ。あぁ…つい力が入って…」


爪が刺さるほど握り締めていたのか、血が出ている。洗浄とヒールでその痕跡は綺麗になくなった。


「綺麗にして寝かしといてやりやすよ。」


ユキがカトリーナの手伝いに行く。


「…この訓練、あの子の自信になると良いけどね。」

「そうだな。」


起きる気配の無いアクアを、カトリーナが抱き抱えてやって来た。


「見てらしたのですね。」

「ああ。」

「最初からしっかり。」

「フェルナンド様には私が連絡に行きますので、アリスはお昼の方をお願いします。」

「うん。分かった。」

「手応えはどうだった?」


オレの問いに笑顔を浮かべ、


「まだまだ鍛え足りないですよ。」

「そうか。」

「そんな良い顔で言う言葉じゃないわね。」


ココアもやって来て、オレに手を差し出す。


「旦那様は私が。」

「出来たら呼ぶので運ぶの手伝ってくだせい。」

「はい。」


なんだか慌ただしい昼食になったが、皆どこか嬉しそうにしていた。

成長する姿を、目の前で見るのは久し振りだったからな。




午前中の慌ただしさから一転、午後はとても穏やかな時間だった。

かなり気温が上がってきており、外はかなりの暑さで日陰から丁寧に手入れをされた庭を眺めている。どこもイグドラシルの影になりがちなのだが、今はこの草花に覆われた庭を陽が照らしてくれていた。


「今日も元気だな。」

「そうですね。ノラの手入れのお陰ですよ。」

「そうか…あまり気にしてなかったがノラがやっていたのか。」


カトリーナと並んで、果実水を飲みながらその光景を眺めていた。

庭の手入れをしてくれたノラは、違う木陰で大の字になって寝ている。自由だ。


「…アリスの意外な一面を見た気がするな。」


今はこの場におらず、アクアの看病をしている。あの頑張りに心を動かされてしまったようである。


「そうでしょうか?私は話を聞いて、アリスらしいと思いましたが。」

「そうなのか?」


珍しく意見が異なる。見ている姿が違うのだろうか。


「アリスも出来ないことが多いですからね。指揮する立場なので忘れがちですが…」

「そうだったか…」

「アクアを通して理想を見てしまっているのかも知れません。あまり良い傾向ではないので、後で釘を刺しておきますが…」


可能性を信じての事だろうが個人の向き、不向きはある。アクアは出来れば前線にあまり送り出したくない物だが…


「そうだな。…アリス?」


意外にもアリスがやって来た。

そのままアクアの元に居るだろうと思っていたが…


「あ、居た居た。」


苦笑いしながらこっちにやって来た。


「どうした?」

「なんだかカトリーナをけしかけたせいで、アクアに嫌われちゃって…」

「あー…」

「そうなりましたか…私も少しやり過ぎましたね。」

「褒めてはおいたけど、難しいわね…」


自分のグラスを亜空間から取り出し、果実水を注いで一気に飲み干した。


「無理に母親にならない方がアリスらしいですよ。」

「…そっかー。」

「まあ、後はフェルナンドさんに任せましょう。あちらも打ち込まれる事が無いのを気にしてらしたので、対処してくださいますよ。」

「やっぱり私は指導向いてないのかな…」

「他に適役がいないなら…という前提ならアリスも良い指導役なのですが…」

「…そうよね。わかってたわ…」

「逆に、それがリーダーとしては良いのですが。」

「そっか…カトリーナはリーダーやりたくないの?」


急な言葉に驚いた表情になる。


「私はメイドですからね。」

「別に良いと思うんだけどな。」

「お嬢様たちに影響され過ぎですよ。私では権力者との駆け引きは出来ません。」

「…そっか。」

「アリス、アクアの悪いところが感染りましたか?」

「えっ!?…ああ、そうか。うん。ごめんね。変なこと聞いちゃってた。」

「アリスも近い内に鍛え直した方が良さそうですね。」

「その時はアクアに後の面倒を見させよう。」

「いやそれは恥ずかしいから…」


ぼこぼこにされる前提である事にオレたちは笑い、アリスは顔を赤くした。


「あぁー!難しいわね。どうしてあなたたちは自然に親代わりできちゃうのよ。」

「まず話を聞くことだろうな。決め付けや押し付けが嫌われる原因だと思うぞ。」

「でも、さっきのカトリーナはかなり強引だったわよ?」

「指導者としての対応と、親としての対応は違いますよ。」

「なるほど…

私もパーティーを担う者としての判断という事なら、間違った事はしていないわ。」


頷きながら言動を振り返る。

オレはあまり気にしたことはない…というか、変える必要がないからなぁ。


「私たちはどちらかではダメですからね。切り替える事を意識しましょう。」

「そうね…」

「しばらく、甘やかすのは旦那様に任せるのもありかと思っておりますが。」

「甘やかすだけなら良いぞ。」


胸を張り、役割を請け負う。


「あなたは甘やかしが過ぎるわ。娘をメロメロにしてどうするのよ…」

「そんなだったのか…」

「一線を踏み越えかねない危うさがあるのよ…」


心当たりがありすぎる。主にバニラだが…あれは例外だと思いたい。


「その時は助けてくれ。力で敵う気がしない。」

「頼りにならないお父さんね。カトリーナを呼べば来るんじゃない?」

「口を塞がれそうだ。」

「ユキと同じ事をされると、どうしようもなさそうね。」

「あれはもう不意打ちが過ぎる…」


果実水も無くなったところで、庭でのお喋りは解散となった。

様子見がてら、オレとカトリーナでアクアの所へ行くと、起き上がっており、ぼんやり外を眺めていた。


「どうしました?」


声を掛けたのはカトリーナだ。


「あ、いえ…ちょっとアリス様にキツく言い過ぎた気がしまして…」

「落ち込んでたよ。」

「えぇ…やっぱり…」


頭を抱えるように布団に顔を埋める。


「気になるなら後で一言謝れば良い。アリスはその辺、受け入れてくれるから。」

「はい…」

「それに、とても喜ぶと思いますよ。」

「…喜ぶ、のですか?」


よく分からない、と言った様子でこちらを見る。


「距離感が掴めなくて悩んでたからな。アリスは良くも悪くもそういう性格らしい。」

「ああ…分かります。私もそういう所ありますから。」

「一家ですぐ掴めるのはアズサ様、ユキ、フィオナくらいですよ。旦那様とハルカ様は、そもそも気にしていないので…」


そう言われ、オレは困惑するがアクアは笑い出す。


「あはは。確かにそうですね。お二人とも、信頼できるかどうか、という判断しかしていない様ですからね。」

「流石にそんな事は…」


ないよな?

少し不安になってきた。


「きっとお二人は対人関係で失敗がなかったのだと思います。徹底的に自分が追い詰められるような。そうでないとそうはなれません。」

「…そうですね。旦那様も、お嬢様もそういう失敗はありませんでしたから。」


ほぼ全てを把握している、と言って良いカトリーナが頷く。


「アリスも痛い失敗をしているのでしょう。そうでなければ、あの能力でソロという事はあり得ません。」

「…アリスさんも、諦めた側だったんですね。」


アクアがぽつりと呟く。

少し悲しそうで、それでいて同じような人間を見つけて安堵するような表情を浮かべていた。


「も、という事は。」

「はい。自分が情けなくなるので詳しい話は…」

「ええ。構いませんよ。

話せるようになったら話してください。」

「…ありがとうございます。」


カトリーナはアクアの手を優しく握っていた。


「…さっきのカトリーナさんの手と全然違いますね。

あの時はその手に捕まったら死ぬ、という気がしていましたから。」

「よく言われます。ここの皆に言われていると思います。」

「…同じこと思ってたんですね。」

「きっとアリスもですよ。」

「あはは。アリスさんは私より思ってそう…」

「…きっとそうですね。」


何か思うところがあるのだろうか。カトリーナにしては歯切れの悪い返答だ。


「立てますか?」

「はい。ポーションのおかげでもう大丈夫です。」

「アリスに感謝しないといけませんね。」

「はい。」


この後、アクアはアリスに謝ったのだが、お互い同時に頭を下げたせいで頭が大激突。アリスだけが揉んどり打って倒れた。

大慌てで半泣きのアクアと、激痛で半泣きのアリスだったが、ヒールで回復した事で事なきを得る。

お互い思っていたのとは違う形での謝罪の仕合いとなってしまったが、何かと二人が一緒に居る機会が増える切っ掛けとなった。

不器用な二人にとって、これが最善の形だったのかもしれない。


「カトリーナ、庭でのやり取りの最後、何を思った?」


反応が気になってしまったので尋ねる。


「…ハルカ様にもそう言わせている事があるのでは、と思ってしまいました。」

「そうだったか…」

「仕方の無い事ですが、親としては自分より弱いと思われるのは複雑で…」

「…そうだな。それは分かるよ。」


それ以上の言葉はオレには出せなかった。


「でも、ちゃんと子供も見てくれているんだと思うと嬉しくもあります。盲目的な信頼ではないという事ですからね。

旦那様が見てくれているように、皆もちゃんと見てくれていますよ。」

「うん。そうだな。そうでなければ、ここまで来れなかったもんな。」


昨日より人は少ないが、なんだかんだで今日も我が家は騒がしいのであった。

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