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召喚者は一家を支える。  作者: RayRim
第1部

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71話

穏やかな午前中とお昼が終わり、あっという間に夕方になる。思った以上に体に振り回された疲労やダメージがあったのか、昼寝をしたら時間が経ってしまっていた。

どうやら気を使わせてしまったようで、他のみんなも大人しく昼寝や作業をしていたようである。


「…寝すぎたな。」


自室から出ると、居間でアリスとジュリアが話をしていた。


「あ、起きたのね。」

「おはよう。ヒガン。」

「…おはよう?うん。おはよう。」


挨拶に困惑しながらアリスとジュリアに返事をする。


「カトリーナとユキもさすがに疲れたみたいで休んでるわ。夜、眠れると良いけど。」

「…だよなぁ。」


ユキが突撃してこないか不安である。


「ハルカは元気だよね。ちょっと分けてもらいたいくらいだよ。」

「あれは休んだら死ぬのか、ってくらい元気で困ってる…」


そう答えると二人から苦笑いを返される。

午前中は大人しかったが、午後はどうだったんだろうか。


「二人は何してたんだ?」


空いてる席に座り、テーブルを眺める。

紙がいくつか置いてあり、色々と書き込まれていた。


「上層について聞いてたの。みんな覚えてることがバラバラで大変だったわ。」

「もう一度、調査が必要だね。」

「そうね。イグドラシルは大量戦死の記録もあったし、急いで誰か倒れたら取り返しがつかないもの。」


タメ息を吐くジュリアと、難しい顔をするアリスの言葉に頷く。


「でも、ビフレストに手が届きそうな位置まで来たよ。」

「25層だとまだ目に入らなかったな。見えるのが楽しみだよ。」

「…三日でそこまで走り抜けるの、本当に信じられないわね。」

「じっくり攻略していったからこそだよ。

万全な準備ができてるから無茶もできたんだ。」

「のろけはあっちでやってね。」


不満そうなジュリアに言われ、なんだか決まりが悪くなる。


「そ、そんなことしてないわよ!

ちゃんとした意見交換じゃない。もしかしたらアクアも登るかもしれないし。」

「ふーん?」


なんだか決まりが悪いので立ち去る事にした。まあ、居ても何か言える訳でもないので邪魔になるだけだろう。

今度は訓練場を覗くことにした。

休養中に頑張ってる愚か者は…いた。


「お前達は、何をしてるんだ?」


声を掛けると驚いた様子でこちらを見た。

梓、遥香、柊の三人だ。


「装備の試作だよー」

「と言っても、感触を確かめる為に木製だけどね。」


剣がいくつか並んでいた。

遥香が一本手に取って振ってみせる。


「もうちょっと長くしてみる?」

「うーん。」


剣を二度三度振る。

それだけじゃ分からないのか、出してあった丸太にも当てて手応えを確認する。

鞘に出し入れもしていた。


「伸ばしてみる。幅は?」

「そのままで振ってみて。」


同じことを繰り返し、調整を重ねていくようである。

ここもオレが居ても邪魔になりそうなので、早めに退場した。

キッチンの方を覗こうと思ったが、何やらピリピリした雰囲気が伝わってきたので寄らずに自室へ戻ることにする。

どうやらこの時間はたまにある、何もできない時間のようだ。


本棚から一冊取って開くと意味不明な文字が浮かび上がり、読書を阻害してくる。

どうも元々知ってる文字とも、この地の文字とも違うらしくどうにもならない。

読書は諦め、よくやっていたという魔法の練習をしてみるが全く上達してる気がしない。

魔法を消し、ベッドの上で横になる。やれることがない。


「だ、旦那様…何卒匿って…」


ぼろぼろのアクアが転がり込んで来る。見た目が、ではなく精神的にだが。


「良いぞ。10分だけな。」

「じゅっ…いえ、それだけでも嬉しいです…」


余程キツいのか、ベッドに座ったかと思うとオレの方に尻を向けて横になった。それで良いのか奴隷メイドよ。


「キッチン汚してしまったのが余程許せなかったそうで…」

「キッチンのカトリーナ、無駄な動きがないからな。汚すことが本当に嫌らしい。」

「そうなんですよね。私はあまり気にして来なかったので…」

「見てなかったのか?」

「いえ、そういう訳じゃなくて、理由がわからなかったのです…」


しょんぼりした様子で起き上がる。


「綺麗にしていたのは皆様だけでなく、メイドのあたしたちも気遣ってだとは思いもしなくて…」

「それであんなに怒ってたのか…」

「皆様の食器を、服を、住処を汚したままにしておく根性が許せません!って、何度も何度も怒られました…」


チラッと扉の方を見ると、誰かが覗いて居ることに気付く。頷く様子を見せて、扉を音を立てずに閉めた。任せてくれるようだ。


「全部、健康と使い勝手を考えてなんだ、って教えてもらいました…

全部めちゃくちゃにしちゃったのが、本当に腹立たしかったようで…」

「まあ、そうかもしれないな。こっちに移った時、丁寧に準備をしていたのを見ていたし。」

「半分以上はノラの仕業だったんですけどね…

手が足りなくて、料理を手伝ってもらって、気が付いたらもう…

南方エルフは細かい事を全く気にしないって知らなくて…」


アクアは南方エルフの生活を知らなかったのだろう。道中で拾ったノラだが、その時にアクアは居なかったからな。

とはいえ、大雑把な掃除ならちゃんと任せられるので、ココアと入れ替えた方が問題は起きなかったかもしれない。


「南方エルフは家ではなく、土地に住むって聞いたな。」

「はい。言葉の意味がよく分からなかったのですが、今なら分かります。ノラにとってこの家の敷地が居間で寝室なのですね。

だから、ベッドで寝るのは雨の日くらいだったんだと…」

「そうだったのか。それは知らなかった。」


朝から妙に汚れてるのは目にしていたが、理由までは知らなかった。


「まあ、昼寝しちゃってた言い訳はどうしようもないですけどね。

全部諦めて寝ちゃってましたから…」


てへへ、と苦笑いをする。


「明日からまた頼むぞ。」


体を起こし、頭を撫でながら言う。


「お、畏れ多い…」

「ベッドの上で尻向けて寝転んでるヤツが言うことか。」

「あっ。ハッ!?な、何卒、カトリーナさんには内密に…」


震え声で懇願する辺り、本当に怖いのだろう。


「別に叩かれたりはしてないんだろう?」

「はい…威圧という無音の暴風が心にダメージを与えて来まして…」

「分かるよ。さっきもキッチンに近付けなかったからな。」

「旦那様も分かってしまいましたか…」

「でも、期待の証拠だよ。アクアを返品しましょう、という提案は受けてないし、昼間の事で愚痴は…後片付けが大変だったとは聞いたな。」

「うう…なんも言えません…でも…」


立ち上がり、こちらを向く。鍛えられただけの事はあり、佇まいもちゃんと様になっていた。


「また頑張れます。旦那様、ありがとうございました。」


叩き込まれたであろう綺麗な礼を見せてくれた。


「こちらこそ、良い話し相手になってもらって良かったよ。」

「あ…そうでしたか。居間の方に皆様集まられていましたが…」

「行こうか。もう匿う時間も終わりだしな。」


手を出すが、青い顔になるアクア。


「き、気持ちの整理が…」


期待されていると分かっても、やっぱりカトリーナが怖いらしい。


「手を引いてくれ。これで、オレの話し相手をしていた、っていう言い訳くらいにはなるだろう?」

「あぁ…ありがとうございます!ありがとうございます!」


大袈裟に二度頭を下げ、感謝の言葉を述べる。

控え目に手を掴むアクアに引かれ、オレたちは居間へと戻る。

案の定、カトリーナに問い詰められてしまったが、話し相手になってもらっていたと助け船を出すと『しかたないですね』と事なきを得た。

正直に言ってたらどうなってたか…という好奇心もあったが、流石にそれはアクアが可哀想である。


何事もなく、イグドラシル高層の情報まとめ会が行われるが、オレたちは隅でその様子を眺めていた。

アクアの目に、この光景はどう映っているのだろうかと思って横を見ると、真剣な様子で話を聞いている。

いずれ、この中に入って意見を言うこともあるかもしれないし、しっかり学べるものは学んでもらいたい。





翌日、二度目のオレたちのイグドラシル攻略が始まった。

前回と同じように送り出してもらったが、今回は26層からのスタートとなる。

今回は柊がオレを背負っており、目線が高くなった。


「意外と動けるね。」

「だよね。動けすぎてお父さんをそんな風に何度も振り回しちゃったよ。」

「…気を付けよう。」


出来る事なら、もう少し早く気を付けてもらえたら良かった。

これまでに比べると道幅が狭くなってきているが、それでも4人横並びでまだ余裕がある。

遥香が先頭、その後ろに柊、更に後ろにカトリーナとユキ。オレから見える光景はそう変わらない。


「今回も最短、最速で良い?」

「はい。ついていきます。」

「シュウお嬢様のスピードは?」

「大丈夫。装備で上げてもらってる。」

「じゃあ、攻略スタート!」


遥香がそう宣言すると、全員が猛スピードで走り出す。

さっきまで居た場所があっという間に見えなくなり、遥香が走りながら敵を倒しているのか早々にレベルが上がる。

柊の様子は分からないが、後ろのカトリーナとユキは周囲を警戒しながら走っている。時々、爆発音と熱風も感じるが、誰も気に留めない。

そんな感じで走り続ける事1時間。ボスの部屋にやって来た。

天井から巨大な蜘蛛が降りて来て、オレたちの前に立ちはだかる。最初のものとは威圧感が大きく違うな…


「私がヘイトを持つ。二人は攻撃お願い。お姉ちゃんとお父さんは見てて。」

『はい。』

「分かった。」


柊がオレにも見えるように、体を横に向いてくれた。

二人は素早く前に出て武器を抜く。

装備自体に変化は無いようだが、少し装飾が増えているように見えた。

短い時間でよくやるものだと感心する。


【インクリース・オール】

【エンチャント・ファイア】【ファイアストライク】


開幕、遥香が補助を掛けてからのエンチャント・ファイア】。遥香は更に火球を叩き付けた。

かなりの威力のはずだが、蜘蛛は怯んだ様子はなく、前足を叩き付けてくる。だが、遥香がその一撃を盾で叩いて弾き飛ばすと、蜘蛛は一歩下がる。

逃がさないとばかりに瞬時に距離を詰め、盾で顔を殴り付けた。


「スタン!」


崩れ落ちるようにへたり込む蜘蛛。

遥香の声と共にカトリーナとユキの姿が見えなくなり、蜘蛛の右脚が落ちる。

蜘蛛もすぐに立ち直り、糸を出して逃げようとするが、一瞬で糸が燃え、それもできない。

その無防備を見逃す遥香ではなく、もう一度顔を殴ると、脚がないせいで衝撃に耐えきれずに体が左に倒れる。

その瞬間を狙っていたかのように斬擊が首を跳ね飛ばし、ボスの討伐が完了した。

トドメは誰だったのだろうか?


「遥香も言ってたけど、本当に母さんの体柔らかいね…更に魔法とスキルの使い方が上手い。ちゃんと見れて良かったよ。」

「…そうか。」


速すぎてほぼ見えてないのは変わらなかった。


「向こうで訓練してる時から柔らかいとは思っていたけど、実際に戦ってる姿はまた違うね。」


珍しく、とても興奮した様子で柊が話す。

柊にとって、この機会は貴重なものだったのだろう。戦わなくて良い、と言われた時は微妙な表情だったが。

剥ぎ取りを速やかに終え、装備のチェックを終えるとすぐに中継ポイントへと向かう。

三人にとって、この巨大な蜘蛛もただの準備体操でしかない辺り、なんだか気の毒に思えてきた…

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