8話
自己紹介と諸々の説明を終えたところでこれからの話を始める。
「オレたちの考えていた方針は北の魔法国への移住、そこを根拠地に生活をして行くことだ。」
最初に今の目的を明らかにする。
ヒュマス相手にケンカしているような状況だが、それは本望ではない。平穏とはいかないが生活していくだけなら難しいことはないだろう。
「魔人の国かー。確かにあそこは暮らしやすいよねー」
『…魔人?』
二人は知らないからか、怪訝な顔でオレたちを見る。
そういう反応は折り込み済みだ。
「種族として魔力の扱いに長けた連中だ。魔王というのはそういうヤツらの頂点のこと。」
バニラが代わりに説明する。
プレイヤーなら常識だが、二人はその辺り知らないはず。
「あと、興味が偏ってるというか、好きなこと以外はどうでも良い感じ。
だから、魔王様めっちゃ苦労人だったよね。みんな話聞かないからねー」
バンブーが補足する。
その通りで、国としての体を保てているのが不思議なくらいであった。
軍事、政治、法秩序に特化した人材がいるからこそ奇跡的になんとかなっているとも言えるが、好奇心を満たすためなら法なんて蹴り飛ばすのは特に政治関連に多かった。法を作る者が法を軽視するカオスがストーリーで何度か繰り広げられたが、秩序を守る者がそれをお仕置きする。ディモスの国ではその繰り返しだった。
魔王は基本的に最も強いディモスがなるポジションなのだが、魔人のそういう気質を反映してか、軍関係ではなく法秩序を守る、作る側が成るのがほとんど。戦闘から遠ざかるのが嫌だからというのが理由らしいが。
「何度、胃薬を献上したことか。」
「わたしは甘いものだったな。」
「私はドワーフのクエスト報酬のお酒ー」
プレイヤーあるあるで、NPCの好感度上げの献上品にちょっとだけ個性が出たりする。
「話が脱線するからその辺りは後にしよう。
もう一つ、住みやすい理由が実力至上主義であるという点だ。」
「それって、かなりプレッシャーなのでは?」
リンゴの疑問はもっとも。それで移住を躊躇うプレイヤーも多く居たからな。
「その点はオレも懸念している。が、召喚者がここの原住民より劣っているという根拠が無い。」
「成長速度が異常だよね。何かするとすぐスキル生えちゃうし。」
バンブーの言葉に頷く。
そんなオレたちが、魔国は住むに適さないとは思えない。
魔人、ディモスの国ではあるが、実際は多種族国家。ヒュマスの国にヒュマスしかいない事もあるから、こちらもそうなのかは行ってみないとわからないが。
「成長が早いのは利になるはずだ。それに、何か学んだり研鑽したりにも最適なはず。
何も決まってないオレたちが向かうにはこれ以上無い国だろう。」
ストレイドは頷くが、リンゴは表情すら変えない。受け答えもしっかりしてるし、見た目とのギャップが凄くて相手をしにくい。
「ヒガンはきっと一人でもなんとかしていけるから大丈夫そうなのはわかりました。きっとストレイドさんもそうなのでしょう。
でも、バニラさんとバンブーちゃんは不安じゃないの?」
オレだけ呼び捨てのリンゴ。まあ、別に構わないが…
それはもっともな疑問だろう。実際、どうとでもなるというのを行動して見せたからな。
「わたしは正直怖い。バンブーはまだ技術方面だから良いが、わたしは知識だけだからな。時代遅れと言われるのがとても怖い。」
「それはあたしもだよー。機械化なんてされてたら目も当てらんない…手作りスプーン職人になるしかないよー」
需要は想定より減りそうだが、こいつは一生食っていけそうなたくましさがある。
バニラの方は…オレにはどうにもならないな…
「時代遅れなら更新すれば良い。知識とはそういうものだろう?ポリシーとして受け入れ難い事もあるかもしれないが。」
「うん…そうだな。」
ストレイドの言葉にバニラの表情が少し良くなる。完全に不安は拭いきれないが、それは皆同じだろう。
「今日はここでもう一泊していくぞ。今から追撃が掛かるにしても、到着まで猶予はあるだろうからな。」
「じゃあ、簡易で良いから鍛治工房作れる?
最低限の物しか作れないけど、スキルも上げておきたいんだよねー。」
バンブーの要求に頷く。
「少し拡張が必要だな。やっておくから待っててくれ。」
「はーい。」
まだ外は雨が降っており、戦利品を作り直して拵えた外套を羽織って外に出ようとする。
「待って。私も行く。」
そう言って、リンゴがあちらで配られたと思われる外套を羽織ってやってくる。
「大丈夫か?無理はしなくて良いぞ。」
「もう大丈夫。今は少しでも色々なものを見たいから。」
殊勝な心掛けだ。こういうヤツがきっと伸びるのだろう。将来が楽しみである。
「正直、わたしにも意味がわからない事やってるから参考程度にしておくといいぞ。」
「わかってる。それでも見ておきたいから。」
複雑な気持ちになりながら、敷地のはずれへと向かう。
「そうだな。せっかくだから【魔力感知】を覚えてもらおう。」
魔力の玉を生み出し、宙に浮かす。
「お手を拝借。」
無理に手を取る事をせず、こちらの手を握ってもらう事を促す。
顔を思いっきりしかめるが、深呼吸してからオレの手を握る。
「目を瞑ってくれ。」
そう言って、【魔力感知】を制限なしで有効化する。
「うっ…!」
驚いたのか呻き声を上げる。
<告知。対象の身体に重大な問題が発生。最低限の状態に移行します。>
負荷が強すぎたのか感知酔いを起こしたようだ。
「わざとですか?」
「塩対応されたからな。」
少し笑いながら言うと、ムッとした表情を返される。
「でも、スキルは得たな?」
「はい。」
返事をするとすぐに手を離し、自分でスキルを発動させる。
「…オバケと呼ばれる理由がわかりました。この砦のあらゆる物に、あなたの魔力が巡らされているのですね。」
「そうだ。常に魔力を流して強化している。迎撃兵器の自動化も必要だからな。」
見た目は要塞のようでも所詮は木と岩。魔法の破壊力の前では紙同然だ。それらを無数の経路で繋いで絶え間なく魔力を流し続ける必要がある。何かの拍子で途切れては意味が無い。
「この状態を維持したままさっきの曲芸も…?」
「まあ、供給だけならコントロールはいらないからな。」
「そう…ですか。」
納得してなさそうな声で返事する。まあ、やらないとこれはわからない。
「さて、作業を始めるぞ。しっかり見ていろ。」
拡張工事を始めると、すぐにリンゴは感知酔いで吐いてしまったのだが、こちらの心配を余所に最後まで見届ける。ちなみに3回吐いたが、それ以上はえずくだけで吐くことはなかった。
「これはハラスメントではー?」
真っ青な顔のリンゴを連れて帰ると、準備をしていたバンブーに渋い表情で言われる。どうやら、やりすぎたようだ。
魔力感知酔いというものがある。これは多くの場合は自分の物差し以上の魔力の奔流を感知した時に陥るもので、理解の範疇を越えた魔力に感覚が狂わされてしまうようだ。これを克服するには慣れるか、感知技能を上げるか、代替の手段で魔力を可視化するかになる。
駆け出しであるほど鍛えるために常用すべきスキルだが、駆け出しであるほどデメリットが大きいので常用を避けられるスキルでもあった。使う度にゲーゲーなってしまっては、せっかくの異世界旅行も台無しだ。
「少し手心を…と思ったがやってる事を考えたら無理な話か。こっちで吐かれたらもらいゲロしない自信もないし…」
再びベッド送りになったリンゴを見ていたバニラが呆れたように言う。
大きな光と影が…と、うなされ続けており、謝るしかない。心の中で。
ストレイドの方はというと、木材の端を使って魔力で積み木遊びをしていた。定番の初心者訓練だが、イケメンがやってるとなんだかシュールである。
「あっちはあっちでなかなか非常識な仕事をしてたよ…」
バンブーの事だろう。鍛治も魔法で行うと聞いていたが、単純に炉の火入れや作業中の冷却だけという事ではないらしい。戦利品のリサイクルから今まで魔力が動き続けていた。
MP量が不安になるが、作業での消費は経験によって効率化され、回復が間に合わないという事もないようだ。
「術式士としては気になるが、アドバイス出来ることは多くない。変えると感覚が狂う可能性もある。」
「そうかもな。狂いは品質に影響するだろうし。」
恐らく、今のスキルでは本人が納得できる物は作れないだろう。現実であることでの差異もあるはずだ。
今はスキルを伸ばすことを第一とし、魔法の調整はもっと後になってからか。
「しかし、一気に賑やかになったな。二人でも賑やかな旅だと思ってたが。」
「はは。わりと一方的に話してる感じだったけどな。反応が薄いから色々と不安になってたよ。」
「そうか?」
「そうだよ。正直、おまえさんの事よくわかってない。」
まあ、話してないしな。
オレが…
「どうした?」
表情に出てしまったのか、不思議そうな顔でオレを見る。
「い、いや。なんでもない。」
慌てて取り繕うようにその場をやり過ごそうとするが、どうしても焦りが出てしまう。
「珍しい反応だな?何かあったら言ってくれよ?」
その場はなんとかやり過ごしたが、心臓の鼓動の早さが生み出す焦りは抑えようがない。
シェラリアプレイヤーだった時の事はよく覚えている。それこそ、最初の闇雲に右往左往していた頃さえもだ。
(オレ自身の記憶がない…いや、名前とこのゲームに関わる部分はよく覚えているが…)
楽しい旅路ではあるが、それは強烈な不安を抱くのに十分な事であった。