66話
梓が装備を完成させた事で準備が整う。
その間にアリスとバニラは薬品を準備し、フィオナとジュリアは各所へ根回しに行っていた。
根回しは『草原の家族』と『不死隊』周辺が潰されたことで、勢力のパワーバランスが変わったからだ。
正直、うちに勝てる勢力はいないのだが、数が少ないという弱点がある。ここを突かれると色々と苦しいので、影響力が強いところに贈り物をしていた。
オリハルコン武器をフィオナとジュリアの父であるフェルナンドさんに、冒険者ギルドにはレイドボス産のオリハルコン以外の希少素材、大規模チームのいくつかには高級ポーションを少数寄贈している。
良いものを必要なところへという贈り物作戦は好評で、皆が協力を約束してくれた。
恐らく、それが無くて面白くない所もあるだろうが。
アリスは外交からも身を引いたが、それはフィオナがいる間だけ。サブリーダーと言って良いだろう。なんだかんだでジュリアを除いた冒険パーティーメンバーと、しばらく一緒に過ごすことになりそうだ。
攻略パーティーは一週間掛けて遥香のキャリーをし、レベルや階層の引き上げを行うようだ。
イグドラシル内には転送ポイントがあり、行ったことがある場所なら、宣言すれば行ける仕組みになっているらしい。
初挑戦の遥香は下層からだが、すぐに突破できるだろうという皆の見立てだ。
アリスの仕事は他にもある。裁縫スキルを駆使して、より上位の防具を作ることになった。
専門家ほどの物はできないが、丈夫でしっかりしたものが作れるそうだ。あまり素材を流出させたくない、という思惑もあるらしい。
製薬、外交、裁縫と大変だろう?と尋ねると、イグドラシルで戦うよりずっと楽という答えが返ってきた。死の足音が聞こえてこない職場は天国とのこと。中層も進むと反応が厳しくなってくるようだ。
正直、ジュリアも厳しいらしいが、ビフレストの向こう側へという目標がある以上、一家として外すわけにはいかないという総意だ。
「みんな、気を付けて行け。無事に帰ってくるのを待っているぞ。」
そう言って皆を送り出した。なんとも情けないな…
「パーティーメンバーはジュリアだけになっちゃったわね。」
「一番のポンコツが最後まで残るのは、どういう皮肉ですかね。」
「パワーだけなら私以上ですからね。そう捨てたものでもありませんよ。」
アリス、ユキ、カトリーナが玄関先で話を始める。
休みの間もカトリーナさんに一番しごかれていたのがジュリアだ。むしろ、ジュリアだけ鍛えていたと言っても良いだろう。
最初は捉える事もできていなかったが、今は当てるだけならできている。まあ、一撃で盾が壊れそうなくらいの衝撃らしいので、カトリーナさんもかなりキツいらしい。足にまぐれ当たりした時は、完全にバランスを崩されていたくらいだ。流石にその時は、カトリーナさんも足が吹っ飛んだかと思ったらしい。防御魔法が掛けてあってダメージは軽微だったようだが。
「あれはホントにビックリしたわ。防御魔法が掛かってないと、本当に吹っ飛ばされてたんじゃない?」
「そうかもしれませんね。矢の一撃とは思えない衝撃でしたから。」
「そもそも矢が耐えられてないですからね。撃つ度に木屑が増えて掃除も大変ですぜ。」
「弓も毎度バカになっちゃって、アズサも嘆いていたわね…」
「馬鹿力に耐えないと、そもそも訓練になりやせんからね。受ける側も、装備を管理する側も大変ですぜ…」
力のコントロールができない事であちこちに不都合を起こし、壊れた家具や道具が増えていた。
カトリーナさんは手加減スキルがあるが、ジュリアは手加減を得られていないらしい。性格の問題もあるのだろうか?
「まあ、その甲斐はあったと思いますよ。
少なくとも、足手まといにはなりません。フェルナンド様の娘で、体は強いですからね。」
「サイクロプスを抑え込んだのは目を疑ったわよ。」
「えぇ…そんな事あったので?」
「あったあった。オーガよりデカイのに完全に肩と首根っこ抑え込んでたわ。まあ、片腕がなかったから出来たことみたいだけど。」
意外と武勇伝の多そうなジュリアである。まあ、同じくらい失敗談も多そうではあるが…
「格闘の適性が低いのが惜しいですよ…」
「性格の問題でしょうね…刃物もダメとか冒険者向いてない気がしやすが、それでもここまで食らい付いて来やしたからね。認めるしかありやせんぜ。」
「そうね。一番臆病で、だらしなくて、不器用だけど、誰よりも鍛え続けてきたからね。成果も上げたら認めるしかないわよ。」
「この冒険が終わったら、みんなどう成長してるんですかね。楽しみですが、少し怖いですぜ。」
そう言われると、この冒険で皆がどう成長していくのかという楽しみもある。
単純な強さ以外に、得られるものがあれば良いが。
「…分かります。でも、違う道を見付けたなら、しっかり送り出してあげましょう。それも家族には必要なことですから。」
「そうね。それがこの一家らしさだと思うわ。」
「あたしはアリスが出ていきそうな筆頭だと思いやしたが。」
「そんなわけないでしょ。リーダーと一度も冒険してないのに出ていけるわけ無いじゃない。」
一度出ていったアリスが言う。でも、オレの大きな変化で心の整理がつかなかったのが理由だろう。今さらそれをどうこういうつもりはない。
「そうでしたね…」
「それに、あの人が死ぬまで私は協力するって約束したから。」
「あたしら、三人似た者同士じゃねぇですか。」
「…そうですね。みんな似てるのですよ。
何処か欠けてて、それでも諦められないものがあって、旦那様に救われて…」
「…一晩だけヒガン貸してよ。なにもしないから。」
とんでもない事を言い出すアリス。
「旦那は物じゃねぇんですから。」
「…カトリーナはズルい。ズルいわ。」
「あたしは二番目の女でも良いんですけど。三番目はどうですか?」
「メイドのあなたより下じゃない!」
「望めば抱いてくださいますよ。あのヒガン様ですし…」
「そうよね…だから言い出せなかったのよね…」
「あたしはそれでも良いですが、お嬢様たちの顔がちらついて無理でした…」
玄関先でなんて会話をしているのか。まあ、表の道まで聞こえる距離でもないけれど。
「分かる。娘じゃなくて妹みたいだからね。歳は娘くらい離れてるけど。」
「そうなんですよね…種族差が恐ろしいですぜ…」
「私と旦那様は恐らく孫くらい離れてますよ。」
「あぁ…そうか…そうでした…あたしも親子くらい違うのか…」
「全然、そんな気がしないのよね…種族差が恐ろしいわ…」
「そろそろお昼の準備をしないと。」
「手伝いやすぜ。」
「あたしは昼からの準備をしてくるわね。」
そう言って、三人のお喋り会は解散された。
「旦那様、良かったのですか?」
「…出るに出れないよ。」
カトリーナ、ユキ辺りは気付いていたかもしれないが、オレはアクアと死角で一部始終を聞いていた。ノラも居たが、途中でダンスの練習をしに出ていってしまった。
「そうですよね…でも、きっと旦那様は素敵な姿を見せていたのでしょうね。三人ともベタ惚れですし。」
「王都に戻った時は、みんなよそよそしかったよ。こうなった時、側に居たユキも、伯爵領ではあまり顔を合わせてくれなかった。」
正直、かなり辛かった。
その経験があるからか、今も一人は辛い。
「…分かる気がします。」
「それを体験してるからかな、一人になるのが堪らなく恐い。誰もいないのが恐いんだ。良い大人が恥ずかしいよな。」
「でも、一人で眠られてますよね?」
「なんとかな。まあ、ロクな夢は見ないが、覚えてないから無事でいられてる。」
隠しても、と思い、正直に話してしまう。
それを聞いたアクアは、意外そうな表情でオレを見ている。
「旦那様は幸福者だと思ってましたが、悩みも抱えていらしたのですね。」
「みんな何かしら抱えているよ。アクアはないのか?」
「それがあまり無くて。いや、あるにはありますよ。漫画が読めないとか、ネットが使えないとか…でも、それだけです。
だから、なんかみんなと距離を感じちゃて…」
俯きながら本音を漏らす。
「梓が似たようなものだと思うぞ。まあ、今はいないが。」
「そうでしたか…私も打ち込めるものがあれば良いのかな。」
「あるじゃないか。絵とフェルナンドさんとの特訓が。」
「絵と並ぶのは不本意…畏れ多いですが、そうでしたね。
あー!あのお城の絵を描いておきたかったなー」
あの城、とはヒュマスのだろうか。召喚組はわりと城だけは褒めることが多いな。
「じゃあ、一緒に世界を回らないとな。もっと良い城があるかもしれないぞ。」
「そうですね。そう思うとフェルナンド様の特訓が楽しみになって来ましたよ。」
そこで話を切り上げ、オレたちも食卓へと向かう。
人は減ったが、それでも楽しい食事と食後のお喋りが繰り広げられた。
危うくアクアが遅刻しそうになったが、無事間に合ったようである。
三日経ち、試作を兼ねて作ったユキの高級メイド服のお披露目会を見ていると、攻略班が帰って来た。
『お帰りなさいませ、お嬢様!』
カトリーナ含むメイドたちが出迎えに行き、道具をしまっていて遅れたアリスがオレの手を引いてくれた。
「お帰り。無事で何よりだ。」
「お帰り。報告は後で聞くわ。まずはお風呂で体を労ってきて。」
全員が無事なのを確認し、オレたちも皆の帰還を喜ぶ。
ずっと気を張っていたのだろう。ようやく、といった様子で全員が風呂場に向かっていった。
「あ、アリス。服が脱げそうで…」
「あぁ。まだ仮止めだったから。」
留めていた物が外れたのか、危うい様子のユキ。カトリーナが押さえ、アリスがなんとかしようとする。
アクアが慌ててオレの手を引いて離れ、間一髪で大事件から免れた。声から察するに、どうやら脱げてしまったようだ。
「凄く良いデザインですけど、私なんかが着て良いのか…」
全員が同じデザインの物にするらしく、最初はキラキラした眼差しで眺めていたが、次第に自信がなくなってきた様である。
「今のでもけっこう勇気が必要だったのに…」
「きっと必要なのは一家の一員だという自負だけだよ。アクアにそれはあるか?」
「あ、あります。私だってずっと旦那様のお世話をしてきましたから。」
「そうだな。なのに無いと言われたらオレがへこむ。」
「あはは…そうですよね。」
「一家の一員なら似合うよ。今から楽しみだ。」
「旦那様は人をその気にさせるのが上手で困ります…でも、乗せられちゃいましょう。一家の一員として着こなして見せます。」
照れ気味にオレの手を引いて居間に戻る。
メイドたちはオレの視線が向いていない内に、ユキの護送に成功したようだった。
「それにしても、いつも何か起きますね…」
「…そうだな。」
お互い呆れ気味に、賑やかな声のする方を眺めていた。




