表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/308

65話

オレとバニラ、アクア以外の全員が本名で名前を呼ぶことになった。

バニラはココアも居て、同じ名前のアリスが居る事と、ネグレクト気味で家族と仲が良かった訳ではなく、元の名前にも言うほど愛着がなかったのが理由のようだ。


「旦那様はどちらがよろしいですか?」


カトリーナに言われて迷う。


「ショコラの話だと、元の世界の記憶があったように思えない。だったら、もうヒガンのままで良いよ。」

「…そうでしたね。」


娘たち全員がしょんぼりした様子になる。


「どうした?」

「…なんか、ヒガンそっちのけで話をしていた気がして。」

「いや、楽しく聞かせてもらってたよ。それに、他に本名を持ってるのはアクアくらいだし。」

「あたしも持ってやすぜ。カトリーナさんもあるのでは?」

「私はそもそも名前なんてありませんでしたよ。その都度、違う番号で呼び合うくらいでしたから。」


とんでもない過去を晒してくるカトリーナ。

なんだか、訳ありが多い気がしてきた…


「そ、そうでしたか。」

「おかーちゃんってシンデレラガールだよねー。

名前も無いのにエディさんに拾われて、今はこうしておとーちゃんと一緒。まるで物語のヒロインみたい。」

「…そうなのですか?あまりそういう物語は読んだことがありませんので。

ただ、皆様と一緒に暮らせて幸せなのは否定しませんが。」

「おかーちゃんの幸せオーラがまぶしい!」

「おのれぇ…おのれぇ…」

「お姉ちゃんもめげないねぇ…」


ものすごい顔でこちらを見るバニラ。

何をどう言えば良いかわからない。


「あ、おかーちゃん、武器の要望聞きたいから後で訓練場に来てね。」

「分かりました。」


今は遥香のに取り掛かっているそうだが、次はカトリーナのだろうか。バンブー…梓も休みが無いように見えるが大丈夫だろうか。


「訓練場が遠くなって見れてないんだが、アクアはどういう武器を使うんだ?」

「大剣ですよ。」


予想外の武器が出てきた。

あの立て掛けてあった大きいものは、アクアが使っていたのか…


「私とは真逆のスタイルなので多くは教えられなくて…」


申し訳なさそうにするカトリーナ。

確かに、スピードで戦うタイプのカトリーナでは基本しか教えられないだろう。


「父上に相談してみましょうか。

パワー型の武器の扱いには、長けているでしょうから。」


フィオナから提案を受ける。確かに、あの厳つい総領様なら上手く扱えそうだ。


「頼めるか?」

「お任せ下さい。」


総領様に挨拶したばかりなのになんだか申し訳ない。


「アクア、私たちも同行しますよ。しっかり挨拶はしておきましょう。」

「はい!」


どういう訓練が待っているか分からないが、期待に胸を膨らませている様子のアクア。

しっかりしごかれてきたまえ。


「じゃあ、旦那はあたしと草むしりでもやりやすか?

暑くなってきたら庭の雑草が元気を出してやして…」

「オレで良いのか?」

「右腕は大丈夫そうですし、低めの椅子に座りながらいけると思いやすよ。」


力の入る右手を開いたり閉じたりしてみる。


「それならわたしも…」

「バニラ様はポーション作りの手伝いをしてやってくだせい。

あれは他の者には無理ですんで。」

「よろしくね。『アリス』。」

「なんだか急に付き合い難くなったなアリス…」


頬を膨らます口が悪い方のアリス。


「そう?私は距離が近くなった気がして嬉しいけど。」

「ちゃんとバニラと呼んでくれ…アリスにアリスと呼ばれるのは複雑だ。」

「私たちが呼び合う分には良いと思うけど、そうでもないのね…」

「アリス様、わたしもおりますので。」

「あ、ココアも居たわね。ごめんね、似てるけど同一人物だって忘れちゃうから…」

「それはそれで悪い事ではないのですが。」


経験の差だろう。経た年数の違いで個体差が、という言い方はあれだが、出ているようである。

全員並べると、それはそれでうるさくなりそうだが…


「…ココアは嫌じゃないのか?カトリーナさんにヒガンが取られるのが。」


唐突にバニラが問い掛ける。

やはり何処か納得いかない様子で、こちらを見ている。


「…思うところはあります。でも、今回は間違いなく、カトリーナさんが旦那様と寄り添う時間が一番長いですから。」


言われてみればそうだ。

ユキも長いのだがどうも距離がある。命を救った、という関係のせいだろうか?


「それに、あの晩、旦那様の背中を独り占めして気付きましたから。この人は私には優しすぎるって。」

「わたしより進んでるのはどういうことだ…」


二十歳過ぎがベソをかき始める。


「こっちに来い。」


手招きすると恐る恐るバニラがやって来たので、そのまま抱え込むようにオレの股の間に座らせた。

抵抗なら容易くできたはずだ。だが、全くその素振りはない。

最初は体が強張っていたが、徐々に力が抜け、すぐに軽い体を全てオレに預ける。


「…もっと早く、こうしてもらえば良かった。

わたしが出会ってから求めていたのは、この感じだったのかもしれない…」


落ちないよう腹に回したオレの手を、愛しげに触れる。


「梓や柊にこれは出来そうにないからな。許してくれ。遥香は…いつまでできるかな。」


そう言うと、三人は少し照れた様子で笑みを浮かべる。


「体が小さいのは悪いことしかないと思っていたが…そうでもないな。」

「まあ、体はともかく、気持ちは大人になってもらいたいがな。」

「…善処する。ヒガンの声が耳以外から伝わってくるのが心地良い…」


少し涙声になっていたので、落ちないよう右腕で支えつつ、カトリーナの手を借りてなんとか左手で頭を撫でる…というか置いて擦る。

皆、無言のまま温かい眼差しで、この様子を眺めている。

長いような短いようなそんな時間、部屋にはバニラの鼻を啜る音だけが聞こえていた。





危うくユキに白昼堂々と貞操を奪われそうになったが、遥香に救助されて無事にノラと草むしりを終えると、周囲がだいぶ暗くなっている事に気付く。久し振りの外仕事で夢中になってしまったようだ。

カトリーナたちもフェルナンドさんの所から戻ってきており、アクアは午後から訓練に通えることになったと伝えられる。


「なにをしているのですか…」

「いえ…その…」


ユキは裸で簀巻きにされ、切り出しただけの丸太の上に正座をさせられている。カーペットを傷付けないよう、しっかり丸太の下には毛皮が敷いてある。

首には「あたしは白昼堂々と旦那様を襲いました。」と書かれた看板が提げられていた。

カトリーナに睨まれ、目を合わせられないようだ。


「あたしだって人並みに欲望があるんでさぁ!大好きな旦那が隙を見せればこうもしたくなりやすよ!」

「白昼堂々と外で裸になるのは流石に…」

「いえ、これはハルカ様にやられました…恐ろしい早業でした…」


思い出したのか、顔を赤くしてぶるぶると震える。


「また妙な技術を身に付けられて…」


スースーと鳴らない口笛を吹く遥香。器用かと思えば妙なところが不器用である。


「なんだか新しい扉を開いてしまいそうです…」

「変態ですね。」

「うぐっ」


アクアの冷たい一言がユキの精神に痛恨の一撃与えてしまった。


「扉は固く閉ざしておきやすね…」

「そうしなさい。きっと誰も幸せにならない扉だから…」


哀れむ表情のカトリーナに言われ、更にしょんぼりするユキ。

遥香が側に居たアクアの袖を引いて話を聞く。


「アクアはフェルナンド様に認められた?」

「いえ…体の強さは褒められましたが、技術は全くダメだと言われました…」


こちらもしょんぼりする。


「ただ振り回せば良い物じゃない、と思いっきり怒られましたよ…」

「まあ、そうだよね。一緒に戦ってて闇雲に振り回されたらサポート出来ないもん。」

「ですよねー…」


ずっとユキを眺めていたカトリーナがある事に気付く。


「ユキ、あなた下は穿いてないの?」

「体が一瞬浮いた思ったら、着地したときにはこの姿でしたよ。意味がわかりやせんでした…」

「えぇ…」


もう顔どころか体までこちらを向けるのをやめた遥香であった。

いったい何処でこんな技術を磨いて来たのか…




夕飯前にカトリーナの武器の注文風景を遥香と一緒に眺める。

かなり変わった形状の武器で、剣とも短剣とも違う。


「ククリかー。刀身の根本の窪みで引っ掻けたりするのかな?」

「そうですね。根元側の切れ味は考慮しなくても構いませんよ。」

「わかったー。

…一本だけで良いの?剣に比べれば時間が掛からないけど。」

「では、背が鋸状になっている直刃のナイフもお願いします。幅これくらい、長さはこれくらいで。」

「大きいねー。ククリもだけど、もうナイフという分類じゃない気がする。」

「後、標準サイズの投げナイフを何本か。本数はお任せします。」

「わかったー。オリハルコンの練習に使わせてもらうね。投げナイフもパーソナライズしないとダメだよねぇ…」


後は柄の大きさを計測して終了。

こちらを見るカトリーナの表情は、とてもワクワクしているように見える。


「お母さん楽しそうだね。なんか可愛い。」

「そうだな。お前の卒業式の朝以来の顔だ。」

「あんな顔してたんだ…私、見えてなかったなぁ…」


その表情のまま、カトリーナはこちらに来て、不思議そうにオレたちに尋ねる。


「二人とも、私の顔を見てどうしましたか?」

「カトリーナの顔が可愛いって話をしてた。」

「かっ、かわ…!?」

「そういう所が可愛いよね。」


遥香も意地の悪そうな笑みを浮かべて指摘する。

ドツボにハマるまいと、咳払いをして姿勢を正す。


「もう、その手には乗りませんよ?あまりからかわないで下さい。」


顔を赤くし、照れたまま隣に座る。


「新婚のオーラを感じる。」


背後から低いバニラの声が聞こえて飛び上がりそうになる。実際、カトリーナは跳ね上がって遠ざかっていた。


「お姉ちゃん、そういうところだと思うよ…?」

「んぐっ…」


遥香の指摘に反論できず、カトリーナが座ってたのと逆の方に座った。


「わたしもエンチャントする機会が多かったから、色々な武器を見てきたけど、確かにククリは珍しいな。

物好きか、独自のスタイルの人という印象だ。」


真面目に話し出したのを見て、カトリーナは再び隣に座った。まだ顔が赤い。


「その認識で良いと思います。私はたまたま最初に手にした武器がそれだった、という理由ですので。」

「そっか。十分な理由だね。」


作業をしながら納得した様子で微笑む梓。

経歴的に、生きるための武器がそれしか手元になかった、という所だろうか。


「もう一本の方のは?」

「同じ理由です。残ってたのがそれだったという理由ですから。」

「正に戦場育ち…」

「都合がつけられる私たちは恵まれてるんだね…」


遥香の言葉にカトリーナは頷く。

生まれも育ちも良くないとは聞いていたが、本当に過酷な幼少期だったようだ。

それを感じさせない佇まいを身に付けるのに苦労したはず。


「私たちは使い捨ての部隊でしたからね。しぶとく生き残り…それでも数は減りましたが、皆が幸福な生活を送っております。

まあ、私が最後の一人だったわけですが。」

「最後に幸福を掴んだんだね。」

「とびっきりの幸福でした。自慢の娘が四人も出来るなんて最高ではありませんか。」

「……」


バニラが立ち上がり、無言でカトリーナさんの前に立つ。

察したのか、椅子に深く座るのを確認すると、自分からそこに座った。

最初は血の涙でも流すのかと思うような顔をしていたが、次第に落ち着き、最後は諦めたかのような表情になっていた。


「…母さんには敵わない。魔法以外、何一つ敵う気がしないよ。」


そう言われ、ギュッと抱き締め頭を撫で始める。


「バニラ様は、私が得られなかった魔法の才を持つ自慢の娘ですよ。」

「いつから?」

「最初からです。」

「そうか…最初から負けてたんだね…」


優しく、愛しげに自分を支える手に触れる。


「母さん、ごめんね。ワガママばかりで…」

「ええ。成人しても泣いてばかりの娘は手が掛かって困ります。」

「そうだね…」

「でも、ちゃんと成長するまで見守ってますから。私の時間はたくさんありますからね。」

「うん…ありがとう。母さん、…父さん…」


気を利かせたのか梓と遥香の姿はなく。訓練場はオレたち三人となっていた。

日は既に沈み、イグドラシルが覆いきれない空には無数の星が瞬いている。

ようやく手の掛かる長女が認めてくれた事で、見慣れてきた夜空が感慨深い物に見えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ