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63話

「私も来たぞー!!」


リンゴが帰って来てから四日経ち、いつもの言葉と共にエディさんがやって来る。


『お帰りなさいませ、お嬢様!』

「お帰り、みんな。お疲れ様。」


リンゴの時と同じ様に出迎えるメイドたちとアリス。手を引いてくれるのもカトリーナだ。

違うのは、オレの側に今回はリンゴが居るという事。


「お帰りなさいませ、皆様。」

「お帰り、みんな。無事で何よりだ。」

「お帰り!みんな、待ってたよ。」


全員がリンゴを見てホッとした表情になる。

ただ、バニラだけ妙な表情になり、


「距離が近い。」

『えっ?』


オレとカトリーナの声がハモる。


「心の距離はもっと近くなってる…」


震え声のバニラ。

スッとアリスとユキがバニラの横に立つ。


「わかる。わかるわその気持ち。向こうでゆっくり話をしましょうね。」

「バニラお嬢様こちらへ。美味しいお茶とお菓子を用意しておきやしたよ。」


わかっていたかのような二人の対応。

左右から腕を抱えて持ち上げ、部屋へと連行していった。


「お赤飯炊かなくちゃねー」

「バンブー様、まだキスまでみたいですので。」

『キスまで。』


ココアの口からバラされてしまった。


「リンゴ様…?」


カトリーナに名前を呼ばれ、鳴らない口笛を吹きながら居間の方へと消えていった。


「…良かった。リンゴ、立ち直れたんだね。」

「そうですわね。戦う事しか考えられない顔になってましたもの…」

「かなり重大な不浄状態でしたが皆様は?」


カトリーナが心配そうに皆に問う。

ルエーリヴで休養を経ているから、何か問題があるとは思えないが、やはり気にはなる。


「大丈夫だよー。ちゃんと私たちはしっかり洗浄、浄化してたから。お姉ちゃんが、ちょっとだけおとーちゃんと話をしてたの覚えてたみたい。」

「起きてすぐ洗浄、浄化を使いだしたのはビックリしたよ。」


いつかの朝の出来事を話す。あれは本当に驚いた。


「あー、うん…そうだよねー…もうずっと汚染区域で寝泊まりしてたから…

レイドが終わって、重要素材だけリンゴちゃんに渡して送り出したんだー。洗浄、浄化を先に掛けるべきだったんだけど、みんなテンション上がっちゃってて…」

「大慌てだったけど、なんとかなったからもう良いよ。みんな、長旅お疲れ様。ゆっくり休んでくれ。」


エディさんを含め、全員が風呂場へ行き旅の疲れを落とすようだ。

居間の方に行くとリンゴの姿は無く、風呂場組の方から声が聞こえてきた。どうやら連行されたらしい。

あの日の事は全部ばらされそうだな…




皆が風呂から上がった所でようやく全員が揃う。積もる話もあるが、一度状況の整理をしようという事になった。


「まずはキスについて。」


目の周りを赤く腫らしたバニラの間髪入れぬ発言。

カトリーナと目を合わすと、


「状況が落ち着いたら、正式に親子関係を結びましょうという話をしました。

私は地平の彼方だろうと旦那様についていくつもりです。」

「わ、わたしも二十歳を過ぎた。もう子供とは言わせない!わたしだって親になれる…から…」


尻すぼみになるバニラ。


「あ、諦めないからな!わたしは一度もヒガンを父親だと思ったことはない!対等な相手だと思ってるから!」

「ありがとうバニラ。それはとても光栄な事だよ。」


向けられた言葉に嘘、偽りなく答える。

だが、バニラは何か違う。互いの気持ちがカトリーナの物とは何か違うのだ。


「うう…ごめん…やっぱりわたし抜きで頼む…」

「バニラ様、わたしが付き添います…」


アクアがバニラを気遣うように肩に手を回し、自室に誘導していった。


「…難しいな。」

「おとーちゃんとしては十分な答えだった思うよ?これ以上はもう三人の事になるし…」

「…そうだな。」


カトリーナも目を閉じ、沈痛そうな表情をしていた。バニラの事は分かっていたのだろうか?


「…じゃあ、ここからは私が仕切るわね。」


不死隊の件、草原の家族とその親組織の件の説明をすると、皆やっぱりかという顔になる。

草原の家族にも調査が入り、リーダーとその周辺が昨日投獄された。最近、交流があったところも疑いの目が掛けられ、結構な数のチームが崩壊した。

うちにも査察が入ったが、男がオレ一人でこの有り様な上、人の入れ代わりが少ないのであっさり終わった。


「大騒動になりましたわね…」

「フィオナごめんね。これ以上の手が浮かばなかったの。」

「構いませんわ。膿は出し切るに越したことはございませんもの。」


次はヒュマスの国について。

魔物の海だったことはリンゴから聞いていたが、レイドに勝利したことでその周辺は空白地帯になったとの事。これはとても大きな勝利だったようで、そこに砦を築いたそうだ。

周辺の掃除、物資の搬入、防衛装備の調達、砦の防衛と形になるまで勤めていたせいで、なかなか戻ってこれなかったらしい。


「この一勝はとても大きな一勝だ。我々、亜人連合の拠点を築けたのだからな。

だが、まだ何も終わっていないのも事実。少なくとも、全ての国境沿いはきれいにしたいところだ。」


勝利と今後の事についてエディさんが言う。

傀儡とは言っていたが、ちゃんと自分の言葉で喋っているように見える。エディさんも努力を続けているのだろう。


「今回は、報告と今後の事について総領殿に話に来たのだ。あまり一緒に居られそうになくて残念だ。」


苦笑いを浮かべるエディさん。


「た、大変だ!アクアが!!」


バニラが大慌てでこっちに戻ってくる。


「鼻血か?」

「そうだけど違う!アクアが完璧に覚えていたんだ!!」


何をだろうか。


「ヒガンが居た、世界最速全ボス撃破RTAの内容を覚えていたんだ!!」


ココアとバンブーが固まる。

それ以外は全くピンと来てないようだが。


「でも、お姉ちゃん」

「リンゴの疑念は分かる。ケルベロスの事について聞いたら、ちゃんとパターンを解説付きで答えられたぞ。」

「とんでもない逸材が居た…!」


大興奮のバニラとバンブー。

なんだかとんでもない事を言っているのはわかる。


「ああ…どうして尋ねなかったんだろう…」

「アクアもまさかゲームと同じだとは思ってもいなかったそうだ…」

「最初のヒガン様が仰られてた、大変だったけど大変じゃなかったの意味が分かりました…」

「そりゃ、チームでとは言え、最速RTA記録持ってる人だもんね…」

「よくわからないけど、対処方が分かるってこと?」

「その通りだよー」

「アクアに全部吐かせるから、エディさんはそれを書いたの持って帰って!」

「お、おう。わかった!」


今度は元気良く部屋に戻っていく。バニラはさっきのしょぼくれが嘘のような元気で、どう受け止めれば良いか困った。


「旧ヒュマスの方はなんとかなりそうね?」

「パターンが分かっても、対処できるかは別の話だ。人材が育つまでは、私たちしか戦えないだろう。」

「自惚れるつもりは無いけどそうよね…

ストレイドやリンゴの世代が出て来るまで、なんとか支えてもらいたいわ。」

「ソニアちゃんも指導頑張る、って言ってたから期待できるよ。」

「…そうね。あの子が教えるなら大丈夫ね。

じゃあ、肝心のイグドラシル攻略だけど。」


いよいよ本題に入る。


「私は攻略班から降りるわ。

だから、リーダーはフィオナに交代。」

「…そうですか。」

「引き留めてくれないのはそれはそれで辛いわね。」


皆の様子を見て、苦笑いをするアリス。

全員、そう言い出すのは覚悟していたのだろう。


「リンゴが加わったら完全に足手まといだもの。今後はここでみんなの支援をする。」

「わ、私も…」


ジュリアも声を上げるがそれは手を出して制す。


「あなたの夢でしょ?あなたはいなくちゃダメよ。」


アリスの言葉を聞いたリンゴがジュリアの隣に立ち、しっかりと手を握る。


「…分かった。ちゃんとアリスの分も頑張るから。」

「そこまで頑張らなくて良いわよ。私はここでも頑張れるから。」

「うん…!」


場所もフィオナと代わり、アリスはユキやココアたちの側へ移動した。


「エディ様、私たちはイグドラシルに集中したいのですが大丈夫ですか?」


フィオナの最初の発言は確認だった。


「大丈夫だと聞いている。撃破は無理だが、砦を整えてくれたおかげで、二年でも三年でも支えられると言われたぞ。」

「分かりました。信じます。」


フィオナはバンブーの方を見て頷く。


「リンゴ、オリハルコン製の剣作ったから後で確認してみて。」

「え、あれで全部じゃなかったの?」

「うん。更新の分だけ貰っておいた。」

「盾は?」

「あー、盾はダメー。濃縮ミスリルほど期待できなの。でも、よく盾で殴るでしょ?アタッチメントみたいなのは用意しておいたよー。」

「おおー。どっちも楽しみ。」


フィオナはオレの方も見る。


「もう一つ戦斧を用意したけど、それは父への献上品にしますわ。パーソナライズ?もするそうです。」

「フィオナとストレイドは?」

「オリハルコンが魔法との親和性が低いんだよー。二人とも、魔法ありきだからちょっと合わないんだー。

まあ、フィオナの盾とストちゃんの武器の強化程度には使ったけど。」


魔法寄りの魔法剣士のフィオナと、殴り主体のストレイドだが、ストレイドは魔法によるダメージという扱いなのか…


「後、希少素材を使った防具も作るつもり。服はアリスにも手伝ってもらいたいなー。」


後ろの方で当然というように頷く。


「バンブー様、私にも武器を一つお願いします。」

「いいよー。細かい要求は後で聞くね。」


カトリーナさんの発言をすんなり受け入れる。

どういう意図があるのだろうか。


「ああ、前からおかーちゃんの作ろうと思ってたんだよ。オリハルコンはおかーちゃんにも合うから良い機会だと思って。」

「そういうことでしたらあたしらメイドも。お願いします。」

「おけおけ。どーんと任せてよー。

ただ、全体的におとーちゃんの為の習作、というのが否めないのは許して欲しいかな。」

「構いやせんぜ。それでもバンブー様のは名品に違いねぇですから。」

「ごめんね。本当はそういうの良くないけど、オリハルコンは思ったより難しくて…」


不本意なようで、苦笑いを浮かべながら謝罪をする。


「という事で、私もしばらく攻略から外れるね。しっかり向き合わないと難しい子だから。」

「バンブー以外に扱えるものでもございませんし、とことん向き合ってくださいませ。」

「うん。フィオナならそう言うと、信じてた。」


バンブーの返事に、フィオナは少し照れたような表情を浮かべる。

この二人の付き合いも長くなってきたな。


「向こうで強化は済ませたけど、本格的な更新は少し待ってね。みんな、リンゴちゃんと合わせる良い機会だと思って欲しいな。」

「分かりました。では、しばらくはメンバー入れ替わりの調整期間としましょう。

強さは理解しておりますが、連携となると話は別ですので。」

「正直、ボスの私は好き勝手にやってただけだったもんね…」

「仕方ありませんわ。それ以外に策がなかったのですから。」


落ち込むリンゴをフィオナが宥める。


「次があるようならもっと上手くやりたい。」

「…そうですわね。私たちも次はしっかり戦いたいですし。」


全員が何かしら反省点を抱える事になった戦いらしい。

もう二度と戦いたくないという顔の者はおらず、闘志に衰えを感じなかった。


その後は細かい要求を互いにし合い、会議は終了となる。

会議の後は夕食となり、久し振りの賑やかな食事となった。

エディさんだけは総領の所へ向かい、非常に残念そうであった。フィオナとバンブーに付き添って、オレも挨拶に行くつもりなので、また会うことになりそうだが。


「ようやく一つ片付いた気分だ…」

「そうですね。きっとそれは皆同じでしょう。」


食後、庭でカトリーナさんと二人きりになった所で、思わず本音を溢す。


「でも、確実に進めています。オリハルコンなんて伝説だけで実在するとは思ってもいませんでしたから…」

「そうかぁ…そうだよなぁ…」


そもそも、レイドボスと呼称する存在があの状況でしか確認されていないのだ。オリハルコンも存在していても、秘匿されている可能性が高い。


「もう少しですね。もう少しで自由が得られます。」

「うん。でも、なんだかその先を考えるのが怖いよ。」

「…どうしてですか?」

「幸せすぎるんだ。この状況でも幸せなのに、体の自由まで得ることが欲張りに思えてな…」


手を離されたかと思うと、後ろから抱き締められていた。


「そんなこと言わないで下さい。みんな、旦那様の自由のために戦っているのです。

まだ、旦那様から教えを請いたい者も、並んで戦いたい者もいるのですから…」

「…そうだったな。」

「私もその一人です。全盛期は過ぎましたが、皆様の技術があればまだ戦えます。」

「カトリーナさんもか…」

「それと」


瞬時にオレの正面に回り込み、顔が向かい合う。


「ずっと言おうと思ってたのです。さん付けはもうやめてくださいね?旦那様。」

「なかなかクセが抜けないんだ。許して欲しい。カトリーナ。」

「それは今後次第です。旦那様…」


唇を重ね合わせ、それで満足したのかオレの手を引いて歩き出す。

この状況はオレたちの関係そのものに思え、なんだか面映ゆかった。

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