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番外編 〈蒼刃閃姫〉は駆ける1

〈蒼刃閃姫リンゴ〉


これはオリハルコンを得る為の戦いの話―――



何連続目か忘れたテントの中での朝を迎える。

最初のワクワクは既に消え、色々な事が面倒になってきていた。

周囲の悪臭にも慣れ、鼻がすっかりバカになっている。

お姉ちゃんに洗浄と浄化を欠かすな、と言われているのを守り、自分とテント内に魔法を掛けた。

だいぶ長くなってきた髪は、手製のヘッドバンドで誤魔化している。

装備は…うん。今日も万全。流石はお姉ちゃん達の装備だ。お父さんのお下がりだけど。


テントから這い出ると周囲は相変わらずの酷さ。

黒い灰が降り積もり、灰が降り積もった大地は昨日の雨でぬかるんでいる。今日の天気は久し振りの曇りだ。

アッシュ君は今日も元気そうでなにより。魔獣だからか、黒い灰もあまり嫌がっていない。

一番大きなテントに入ると、フィオナが準備をしていた。


「おはようフィオナ。今日も早いね。」

「おはようございます。

だいぶ慣れてきましたが、あまり気持ちよく眠れませんからね。」


上下関係を作らないよう、なるべく呼び捨てで呼び合う事にした。時々、さんを付けてしまう事があるのは許して欲しい。

私も、隅に立て掛けてあった木製折り畳み椅子を出し、洗浄と浄化を掛ける。わざわざこうしないといけない黒い灰が鬱陶しい。


「そろそろ終わらせたいね。」

「そうですわね。早く終えて、お風呂に入りたいですわ。」


その言葉にお互い小さく笑う。

身体は魔法で綺麗にしているが 、やはりお風呂には敵わない。


「お母さんのご飯も懐かしくなってきたよ。」

「あまり凝った料理も出来ませんからね。仕方ありませんわ。」


私たちは何時もの場所に座り、身体を伸ばす。

長く留まると自然と座る場所が決まってきて、フィオナが真ん中、私はその左斜め向かいが多い。

フィオナが手書きの地図を広げると、何か書き込み始めた。使役している動物からの情報をまとめているらしい。ここまでが、起きてからだいたい決まっている一連の流れだ。


レイドボス、とやらを倒すために、エルディー国境付近で一番厄介そうな所を選んでやって来た。チームとしての名声を上げるため、邪魔を入れないためだ。

だが、一筋縄ではいかない相手のようでなかなか居場所が見つからず、終わりの無い雑魚処理に明け暮れている有り様。実戦経験を積めるのは良いけどね。


魔法の訓練をしながら眺めていると、書き終えたのかペンを動かす手が止まり、大きく息を吐く。


「やっと尻尾を掴みましたわ。」


鋭い眼差しでニヤリと笑う口元。

ここまで苦しめて来た、討伐目標の足取りがようやく掴めたようだ。





朝食を終え、全員が落ち着いた所でミーティングが始まる。

立ててある板に、貼り出された地図を見ながらの朝食だったので、だいたいの事は既に伝わっている。


「やっと見つかったかあの犬っころ…」


バニラお姉ちゃんが忌々しそうに呟く。

そこら中に痕跡はあるのだが、到着した時に感知から消え、姿が見えなかったのだ。外の黒い灰もその痕跡。どういう物なのかまでは判明していないが、居た場所に発生しているようだ。


「すぐに出る?ものが解ればアクセサリー調整するけど。」

「…首が複数ある狼ってどういうもの?」


魔物に疎いストお姉ちゃんが尋ねる。


「ケルベロスかなー?お姉ちゃん分かる?」

「確信はないけど、他に知らないなぁ…」

「どういう魔物ですの?」


名前だけしか知らないようで、お姉ちゃんたちは首を横に振る。


「戦ってみるしかないね。また逃がすかも知れないけど、そうしないと何も解らないよ。」

「そうだな。戦うとして、どう追い込むか…」


地図を見ながらバニラお姉ちゃんが考える。

深い谷間で木々が少ない。一方的な遠距離攻撃も出来そうだが、狼であるという事を考えると、遠距離攻撃は難しい気がする。


「ジュリアをタンクに使うか?」

「私、前に出るの?」


驚いた表情のジュリア。 前に出ることは出来るだろうけど…


「やめた方が良いと思うよ。多分、追い付けないし、対処までは難しいから。」


私の言葉にジュリアが短く苦笑いをしてからしょんぼりする。


「…狼だもんなぁ。やっぱり、弓か。」


お姉ちゃんの提案に頷く。

ようやく物になったようで、フィオナにも引けを取らない腕前。足止めできれば当てられるはずだ。


「わたしも魔弓の練習をしようかな…」

「良いかもしれませんわね。魔法よりも距離が長くなりますし、速く当てられますから。」

「強いヤツは射線や着弾点が見えてるっぽいんだよな…ヒガンはその典型だったようだし。」


大きなタメ息を吐くバニラお姉ちゃん。

私は見えたり見えなかったりと不安定だ。切っ掛けもよく分からないので、その事は言わないでいた。


「そろそろまとめましょうか。」


地図に更に書き足すフィオナ。今も使役動物を使って情報を集めていたようだ。アッシュ君は強いけど、遠くに行けないのでちょっと羨ましい。


どうやら居るところの奥は行き止まりになっているようで、そこへ追い込んでの決戦になるようだ。

私とフィオナ、ストお姉ちゃんが前に立ち、バンブーちゃんがバニラお姉ちゃんとジュリアを守る。後ろの二人は魔法での支援と狙撃役になる。

装備は火炎耐性を上げるアクセサリーを全員に。私たち盾持ちは、ブレスに注意をするよう言われた。

ようやく、終わりの無い雑魚処理から抜け出せそうだ。




【レジスト・オール】


バニラお姉ちゃんによる4度目のレジスト強化。黒い灰がとにかく厄介で、放っておくと変な状態異常が付いてしまうのだ。特に何もないなら、スキル育成の為に定期的に通いたいがそうもいかない。


「近いですわ。」


上空を回る鳥を見ながらフィオナが言う。やっぱり便利だ。いや、アッシュ君も便利だよ?

気持ちが通じてしまう相棒の喉元を撫でて上げる。


「では、ここからは打ち合わせ通り迅速に参りましょう。」


フィオナが盾を確認してから抜剣する。

私たちもそれぞれ戦闘態勢となり、程よい緊張感で身が引き締まる思いだ。

装備も魔法も体調も万全。後は…


「バニラ、お姉様、後ろからの指示をお願いしますわ。」

「任せろ。」

「うん。ちゃんと見てるから。」


相手がどう動くか。どうしても前では事態が把握しきれないので、始まってからの指示は二人に任せる事が多かった。


「ボスバトル、スタートだ。」


【インクリース・オール】

【バリア・オール】


お姉ちゃんの開戦合図セットで私たち、前衛3人が走り出す。アッシュ君はお姉ちゃんたちの護衛に残しておいた。


相変わらず湧いてくる無数の雑魚。


【ファイア・ブラスト】


お姉ちゃんの魔法が爆発し、道が開ける。


「止まらないで!」


後ろからジュリアが檄を飛ばす。

走って追い付けない様なので、アッシュ君に乗って貰っていた。


「いた!」


私の感知に大きな反応が掛かる。

フィオナ、バニラお姉ちゃんよりずっと大きな反応。これがレイドボスなのかと思うと、心が奮える。


「警戒強化!油断せず迅速に!」


再びお姉ちゃんの魔法が炸裂し、集まっていた魔物が散らばる。

魔物の合間を走り抜け、久し振りの三つ首に遭遇した。

雑魚と比べ物にならない威圧感。どうしよう。


「ワクワクが抑えられない…!」


私は気持ちを抑えきれず、走る速度を上げる。


【エンチャント・ファイア】


「リンゴ、出過ぎ!」


フィオナの声を振り切り、全速力で距離を詰め、剣を突き出す。だが、紙一重で避け、遠い首が私にかぶり付こうとする。


「ギャイン!」


矢が前足に直撃し、出した首を引っ込める。

私たちは交錯し、挟み撃ちのような位置関係になる。

矢が当たったけど刺さってはいない。矢じりがひしゃげている。

これがレイドボス…!

胸の高鳴りが止まらない。久し振りに強いと思える敵に出会えた!

踏み込み、剣を一閃。かする程度で毛が飛び散る。ケルベロスは横に跳びながら首の一つがブレスを吐く。


「ぐっ!」


盾で防ぐが、衝撃で数歩後ろに下がる。


【アイス・ストライク】


空中のケルベロスに向かって氷の弾が飛んでいくが、それを器用に叩いて払われる。

魔法の効果が薄い?じゃあ!

着地した瞬間を狙って一気に距離を詰めて斬りつける。

確実な手応えを感じ、盾を前に出しつつ…不意の一撃が盾にぶつかり、私の身体は吹き飛ばされた。

二度、三度と転がり、速やかに態勢を整える。

なに?なにを喰らった?

困惑している暇は無く、今度は二つの首からブレスが時間差で放たれる。


【シールドスフィア】


避けずにそのブレスを防御魔法で受け流した。

ブレスというより、粘りのある液体を吐いているようだ。

これ…もしかして、地面の…

ぬかるむ大地に似たものを、ケルベロスは吐いているようだ。

…私たちはこいつのげろげろの上で寝泊まりしていたのか。臭いはずである。


【ホーリーストライク】


光属性の魔法がケルベロスの足元に炸裂する。

氷とは違い、明らかに嫌がった反応。そして、


「肌が露出した?」


魔法の余波の影響だろうか。片足だけ黒い毛の下の赤い肌が見えていた。

魔法の効果が低いのではない。これは


『リンゴ、出過ぎて連携が取れない。なんとか戻ってくれ。』


バニラお姉ちゃんの固有スキルと言っても良い念話が届く。


『弱点が分かったよ。一気に』

『ホーリーストライクを一発撃って下がるんだ。支援が届かない。』

『…分かった。』


【ホーリーストライク】


言われた通りに一発撃ち込んで、向き合ったまま皆の元へ飛び退く。


「リンゴさん、後でお話があります。」


フィオナの冷たい声が私の心の熱を冷ましてくれた。

…これはやらかした、というヤツだろう。勝っても負けても、後が怖かった。




その後は何処か、何故か上手くいかず、結局ケルベロスを逃がしてしまった。

三つ首の時間差げろげろだけでなく、霧状にも吐けるというのがとても厄介。近接の相性がとても悪く、密着状態にならないと攻撃力が半減するストお姉ちゃんが一番キツそうだった。


宿泊拠点に戻ったところで私はフィオナからビンタを貰う。

流石に皆も思うところがあったのか、バニラお姉ちゃん以外は何も言わずに各々の後片付けに戻っていった。


「リンゴさん、理由は分かりますわね?」


声に戦闘中ほどの冷たさはなかった。それが逆に怖い。


「…気持ちを抑えきれず、出ちゃったから?」

「ええ、そうですわ。

ヒガン様が恐らく一番嫌う行動でしたからね。」

「…そう、なんだ。」


話を聞く限り、お父さんはむしろ進んで一人になっている気がするんだけど違うのだろうか…


「納得してないようだな?」


お姉ちゃんは私の様子から察したようだ。隠し事がしにくい。


「まあ、確かにあいつは一人で突っ走ってる事が多かった。私たちと旅をしている時もそうだった。でも、それは仕方がない事なんだ。」


意味が分からない。仕方がないとはどういう事だろう?


「完全に足手まといだったんだよ。わたしたちが近くにいない方が早く、安全に終わる。

だから、ゴブリンやデーモンの巣を攻撃した時も、ジュリアはヒガンから離れた所で、離れた所への攻撃という役割しか持てなかったんだ。」


それはそうだろう。ジュリアには失礼だが、力量の差がありすぎる。遠くから矢を撃ち込むくらいしか出来なかったはずだ。それは今回も同じ。


「リンゴ、おまえにとってわたしたちはその時のジュリアか?ジュリアはその時のままか?」


言われてハッとなる。

お父さんはさっきの私みたいに、衝動に動かされて一人で戦っていた訳じゃなかったのだと。


「リンゴさん、パーティーで大事なのは信頼です。私たちはあなたを信頼して良いのですか?」


フィオナの声に悲しみが溢れている。

今日までの戦いはなんだったのだ。無益にしか思えない雑魚処理は、本当に無益だったのだろうか?

違う。そんな事は。断じて、無い。


「リンゴさん、あなたは私たちを信用してくださらないのですか?」


全身の力が抜けるのを感じ、ぬかるむ大地に両膝をつく。

解ってしまった。上手くいかなかった理由が。

完全に私が、私の行動が、皆の信頼を損ねてしまったのだ。

どう動くか分からない味方を、どうフォローすれば良いのだ?それは私が学生時代に一番困った事ではないか…?


「そんなこと…ない…」


振り絞って出たのはその一言。

大事な、もっと大事な言葉があるだろう。


「…ごめんなさい。フィオナのプランを全部壊してごめんなさい。」


ぬかるむ大地に私は額をつけて謝った。


「り、リンゴそこまでしなくて良い。」

「顔を上げてくださいませ。分かればそれでよろしいのですから。」


二人が慌てながら私を抱えて立ち上がる。


「…悪い事をしたから謝るのは」

「限度がありますわ!こんな所でそこまでしないで下さいませ!」


とても慌てた様子でフィオナが言う。


「…私も指揮ミスをしましたからね。

お姉様の矢でリンゴさんを吹き飛ばしてしまいましたから。」

「えっ?」


いつだろう…?


「転がった時だな。ジュリアが真っ青になってたぞ。」

「ああ、あの時かぁ…」


よく分からない一撃の正体がやっと分かった。

そして、フィオナが怒った理由も。


「…そうだよね。どう動くか分からないと、絶好のタイミングもお互いに潰し合っちゃう事があるよね。」

「そうですわね。だから、事前に打ち合わせを、共に行動して連携の確認をするのですよ。

私たちはまだ未熟者。お互いに高め合いましょう。」


そう言って、私に洗浄と浄化を掛けてくれる。


「弱点も、攻撃も解りました。次は必ず倒しますわよ。」

「うん。」

「期待してるぞ。リンゴ。」


意図してなのかは聞けなかったが、お姉ちゃんの言葉に少しお父さんっぽさを感じる。

ここまで条件が整って、勝てなかったら英雄の娘は名乗れない。

反省を済まし、覚悟を決め、私は他の皆に謝りに向かうのだった。

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