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60話

昨晩の一件を経て、皆と、特に新人達との距離が縮まった気がする。

近付いて来てくれるようになったし、動きたい時に躊躇わず手を差し出してもくれた。夜も朝もなかなかの騒動だったが、悪くない出来事だったという事だろう。


まだ未完成との事だが、覗いた作業室の隅に立て掛けてある絵は緻密さに思わず目を奪われる。完璧に客間の光景が切り取られているように思えた。ここにどんな色がついていくのか、今から楽しみである。


「作業室にこんなのあると緊張して良くないわ。爆発したら台無しだもの。」

「そもそも爆発させないでくれ。」

「錬金術と調合は爆発あってこそじゃない?」

「ジュリアの部屋みたいに隔離が必要そうだ。」

「じょ、冗談よ。」


そんな話をしていると、部屋の外が慌ただしくなる。


「どうしたの?」

「冒険者の一団が家の前に居座ってまして…」


ココアが困惑した様子で答えてくれる。


「は?なんでまた…」

「イグドラシルがどうのこうのって。」

「…また?」


腕を組み、渋い表情で言うアリス。


「また?」

「そう。またなの。自分達の傘下で攻略を進めさせて、利益を得ようって連中。

ポーション融通してるから大人しくするかと思ったけど、これはもうダメね。」


そう言うと、赤い宝石が目立つ杖を出して客間へと向かう。

オレは出ていっても拗れるだけなので、居間で大人しくしていることに。

アクアとノラがオレの椅子の側に居たが、気付いて近かったノラが手を引いてくれた。


「ありがとう。」

「いえ…」


事態に少し怯えているように見える。

アクアも同様だが、初めてでは無いようで落ち着いている。


「前にもあったのか?」

「はい。その時はフィオナ様が対応されてましたが」

「失礼するよ。」


全くその気のない言葉で、大柄の男が無遠慮にドアを開けて入ってくる。種族はエルフのようだが…耳が短いな。西方エルフか?


「ちょっと勝手に!」

「アリス、あんたじゃ話にならねぇ。そうだろ?『お父さん』。」


そう来たか。


「アリスに全て任せている。話なら向こうで頼むよ。こっちは私的な空間なんでな。」

「いやいや。あの女は全く他を頼る気がねぇんだ。冒険者としてそれはよろしくない。互いに助け合い、時には利益を融通し合う。それがチームの交流ってもんだ。そうだろ、英雄さんよ。」


言っている事に問題は無い。オレもその通りだと思っている。


「なるほど。一理あるな。」

「だろう?力を貸してやるからもっと俺らに融通を」

「だが、アリスが判断したなら間違いはない。」

「あ?」


喋ってる途中のオレの答えに男のニコニコ顔が歪む。


「ちゃんと言わないと分からないのか?

その交渉に値しないと言っているんだ。分かったら出ていけ。」


ナイフを投げ付けられるがノラが短剣で弾き飛ばす。


「メイドに守られてるだけの不能者が調子こいてんじゃねぇぞ!ぶっ殺してやる!!」

「死ぬのはテメェだ。三下。」


ユキの声と共に男の姿が影の中に落ちた。

向こうの部屋も外も静かになっている。既に片付いていたようだ。


「旦那様、不心得者たちは総領様に突き出しておきました。」


息を荒くして落ち着かないノラと、戸惑い続けるアクアをどうしものかと眺めていると、カトリーナさんがやって来て報告する。


「お疲れ様。アリスは?」

「応接室でとても渋い顔をされています。」


それはそうだろう。譲歩し続けていた様子だから、この結果に納得いかないのは分かる。


「ノラ、助かったよ。」

「いえ、これがワタシの仕事ですので…」

「謙遜するな。休んで良いぞ。」

「あ、ありがとうございます…」


ナイフを弾いてくれた礼をすると、ノラはいつもの席に座り、息を吐きながら突っ伏した。

怯えていたようだがしっかり反応できている。ユキが認めるだけのことはあるな。

弾かれたナイフはカトリーナさんが注意深く回収する。


「貴族の次は同業者か…やれやれ。」

「妬まれるのは持つ者の宿命です。ですが、刃を向けるなら我々が切り伏せましょう。」

「戻りやした。」


ユキがカトリーナさんの影から現れる。

その顔からは、一仕事を済ませた満足感が滲み出ていた。


「総領様に突き出しておきやした。旦那をぶっ殺してやる!なんて言ったんじゃもうダメでしょう。」

「あの豪腕に首がねじ切られそうですね。」


悪そうな笑みを浮かべるカトリーナさん。


「あーもう、性格はあれでも戦力になると思って目を掛けてたのに…」


アリスにも理由があって融通していた様だが、完全に裏切られた形のようだ。


「他にもパーティーはありやすが、ちょっと代表者集めた方が良いかもしれやせん。」

「そうですね。ただ、皆さんが戻ってきてからにするか、すぐにするか悩ましいですね。」

「そこよね…いつ戻るか分かれば良いんだけど…」

「あたしは早めに釘を刺す方が良いと思いやすね。」

「…そうね。そうしましょう。

ユキ、今日は忙しくなるからよろしくね。」

「わかってやすよ。では、連絡してきやす。」


そう言うと、ユキは一礼して家から出ていった。

あれこれ交渉や調整を行っている様だが、チームが舐められているようで心苦しい。

皆が戻ってくれば、その状況も変わるのだろうか。


「手紙以外に連絡取れる手段が欲しいわ…」

「そうですね。携帯電話もありませんし…」

「ケイタイデンワ?」

「あー、あたしたちの世界で、世界の裏側からでも一瞬で手紙や会話が繋がる道具です。」

「ふえーそんなのあったんだ。魔法より凄いじゃない。」

「この世界でも再現は出来ますよ。

ただ、知識や技術がなくて無理ですが…」


アクアの答えを聞き、アリスはオレの方を見る。


「多分、無理だと思います。多岐に渡る専門知識が必要だと思うので…」

「そうよね。そんな甘くはないわよね…」


苦笑いをしながら自分の席に座ると、目を閉じて腕を組んで唸る。こうやって色々な事を考えるのだろう。声は掛けない方が良いな。

しかし、ケイタイデンワか…どんなものだっただろうか…

その晩、各パーティーの代表者が総領府の一室で会し、話し合うことで一致した。




代表者会議が迫り、オレたちは先に総領府の会議室で待つことにした。

中心はあくまでもアリス。オレはカトリーナさんと後ろで眺めているだけにする。

一組、二組と増えていき、最終的には十組程度となった。

開始前の自由な時間、という事で何人かに話し掛けられたが、握手は断った。会合の事もあるので、今はそれほど親しくしない方が良いと判断したからだ。

顔触れを見て、アリスはタメ息を吐く。


「大きい所は蹴ったって事ね。良いわ。」


そう言うと、立ち上がって集まった連中を見渡す。

今日の事を話し、その上でこの場にいる全員に尋ねる。


「あなたたちが私たち一家と交流を持つ理由を、ここで一度尋ねる。

ただの憧れだけなら、そもそも冒険者に向いていない。ポーションの取引だけが目当てなら、薬屋と懇意になった方が良い。一家の誰かが目当てならやめた方が良いわ。イグドラシル中層攻略での上前が目的なら論外。『不死隊』の連中は、力でそれを要求してきたから返り討ちにしてやったわ。」


どよめきが起こる。

付き添いや隣と話し合いだし、アリスはしばらく無言で眺める。

すると、会議室の扉が開き、役人が息を切らせて入ってくる。


「『不死隊』の主要メンバーが強盗、恐喝、暴行、殺人未遂で収監されました。ただし、リーダーはそれらを主導していたとして即日処刑されました!」


その報告を聞いたアリスは腕を組んでタメ息を吐き、集まった面々も押し黙る。


「埃まみれだったわね。総領様もこれから『掃除』が大変よ。」


思い当たる節のある者は露骨に目を逸らし、そうでない者は呆気に取られている。


「強くなる意志がある者たちとは、今後も交流は続けましょう。でも、私たちもいつまでここを根城にするかは分からない。それだけは覚えておいて頂戴。」


立ち上がり、オレに手を差し伸べる。その手を掴み、立ち上がると、


「一つ聞かせてくれ。お前たちは何の為にイグドラシルに挑んでいる。あそこは実態が不明で名を上げるのに適していないぞ。」


理知的に見える魔人の男が尋ねる。横に座ってるエルフの女も頷いていた。


「リーダーを復帰させる鍵があると見ているわ。そして、必要な物はもう揃った。後はアタックを繰り返すだけよ。」


アリスの宣言のような回答に、再びどよめきが起こる。


「そうか。答えにくい事だっただろうがありがとう。」


男は立ち上がり、宣言する。


「我々『草原の家族』は、『ヒガン一家』とこれまで通りの付き合いを所望する。

必要とあらば、人材の貸し出しも行おう。」

「そう。」


一瞬、オレを引く手に力が入る。淡々とした返事だが、とても嬉しかったのだろうか?

後に続けとばかりに、半数以上が同様の宣言を行う。

だが、押し黙る者が居るのも事実。居心地悪そうに座っていた。


「名乗りを上げた方々に感謝するわ。今日はもう良いでしょう。それでは、おやすみなさい。」


少し足早にアリスはオレの手を引いて部屋を出る。そこにはフェルナンドさんが待ち構えていた。


「ヒガン一家よ、諸々の事件の犯人の捕縛に感謝する。」

「良いのですよ。物のついでですから。」


フェルナンドさんの謝辞に、手を振って謙遜するアリス。


「即日とは思いきりましたね。」

「理由は十分。証拠の足りぬ強盗、恐喝だけでは苦しかったが、貴殿への襲撃が決め手だ。」

「中には他にも居ますよ。尻尾を掴ませませんが。」

「そうか…冒険者に頼らねばやっていけぬが、裁くべきは裁かねばな。で、どの者だ。」

「騒ぎの中心にいる『草原の家族』です。あれは危険なので、早く手を打った方が良いと思います。」


オレの手を強く握ったのは、全く逆の理由だったようだ。余程、白々しく思えたのか。


「誘拐、人身売買を行ってる可能性があります。目を光らせておいてください。」

「承知した。」

「では、私たちはこれで。フィオナが戻ったらまたお伺いします。」

「そうか!待っておるぞ!」


ガハハと豪快に笑い、さっきまでの緊迫感が一気に吹き飛ぶ。

アリスも扱い慣れてるなぁ、と感心してしまった。





家に戻ると、ユキと新人たち二人が迎えてくれる。流石に二度の襲撃はなかったようだ。

アリスはユキとさっさと風呂場へ疲れを流しに向かった。


「お帰りなさいませ。ごしゅ…旦那様。」

「間違えちゃいますよね。分かります。」


アクアが言い間違えるが、ココアがフォローする。


「アクアもココアも奴隷という立場なので、その呼び方でも構いませんよ。だけど、旦那様の方が距離がありませんので。」

「なるほど…って、それで良いんですか?」

「旦那様は良くも悪くも平等に扱ってくださってますからね。」

「悪くの意味は?」

「特別な寵愛がありません。」

「…とく…おうっ!」


何を想像したのか、顔を赤くしたアクアが鼻にぬのを突っ込んだ。


「『草原の家族』は逆に特別な寵愛しかないですからね。アリスは知ってるのであの反応だったのですよ。」

「特別な寵愛しかないって、それは嫌だなぁ…」

「そこは大丈夫なんだな。」

「全く性癖に刺さりませんので。」


基準が複雑でよく分からぬ…


「アクアちゃん、本性が出てますよ。」

「あッ!?な、なんでもないです忘れてください!」


ココアにそう言われ、頭を下げて二歩、三歩と下がる。


「それだけなら良いのですが、飽きためんどくさい女、壊れた女は闇市場に流されてますから。色っぽいだけの話じゃ済みませんよ。」

「うわぁ…」

「フェルナンドさんに言ってたのはそれか。」


カトリーナさんの説明に引くアクア。これは間違いなくフェルナンドさんも怒るだろう。


「あそこも時間の問題でしょう。いえ、アレに乗せられた連中の大半が、ですね。『草原の家族』の事は有名なようですから。

あの場で座っていた者たちこそ、私たちの味方で、大きい所は助力は不要って事なのでしょう。

主導権を取ろうとして名乗りを上げたのが裏目に出ましたね。」


会議の場の真意を説明してくれる。

あれだけの数がオレたちを裏切る気満々だったのかと思うと頭が痛い…


「そうだったか…

じゃあ、人材の貸し出しは…」

「そういう事なのでしょう。共犯者にして、うちに弱味を握らせる腹積もりに違いありません。」

「…ハァ。人をなんだと思っているんだ。」


こういう話は胸や頭が冷えるのを感じる。力が無いのが悔しい。


「これは万全な旦那様にもどうにもならない事ですよ。どうせ居なくなる連中です。あまり心に留めて置かないで下さい。」


カトリーナさんにそう宥められるが、今のオレにはなかなか簡単には割りきれない。

以前ならもっと上手く折り合いをつけて納得できただろうか?


「ショコラが望んだのは、そんな旦那様だったのかもしれませんね。長い時の中で、求める旦那様が変容してしまったのでしょうか…」


話を聞き、ココアが呟くように言う。

あれが求められた姿だったとしたら、今のオレでは役割を果たせそうにない。『こんなの違う』と、いつか殺されていたかもしれないな…


「それでエロとゲームしか考えていないオレか…」

「でも、それは求める姿として最善だったのだと思います。旦那様はあまりにも心に傷を負いすぎていた様ですので、救うにはそれしかないと思ったのでしょう…」

「傷かぁ…」


どんな過去でどんな人間だったのだろう。我が事ながら完全に他人事にしか思えないが…


「私はなんとなく分かっちゃいます。きっと、他人に求めるのを諦めたのでしょう。旦那様は他人の期待に応えられないし、他人も旦那様の期待に応えられない。唯一の可能性を見たのが、出会えたココア様だったのだと思いますよ。」

「そうかもしれませんね…」

「私はきっと応えようともしませんから、仲が悪かったのでしょう。今でこそ旦那様の温もりを愛しいとさえ思いますが、初めは近付くのも躊躇いましたから。」

『分かります。』


カトリーナさんに全員が賛同する。

そんなに第一印象が悪いのかオレ…


「初めて見る旦那様は怖いんです。」

「外で会ったら顔背けてました。」


新人たちの言い分がひどい…


「旦那様の性格、我々はしっかり理解しておりますので。」

「うん…ありがとう…」


なんだか釈然としないものを感じつつ、オレはみんなに感謝の言葉を述べる。

ショコラのやった事に思うことは当然あるが、この状況を生み出した張本人となると憎むに憎めない所があった。もう、死んでしまったけどな…


「旦那様、ショコラを救いたいですか?」

「…出来るか?」

「わかりません。でも、お望みならやりたい。期待に応えたいのです。」


迷いはあるようだが、しっかりした声と眼差しを向けてくる。


「救えたとしても、その時のオレはオレじゃない。」

「種を蒔くのは、背を押すのはあなたになります。」

「…無責任な事は言えない。」

「その言葉、お望みだと受け止めました。私は私の存在を懸けてショコラを救うことにします。」

「お前ってヤツは…」


元々そのつもりだったのだろう。ここまでで100年。ここから更に何度繰り返すつもりだろうか。オレには真似できそうにない。


「…私も救いたかったのです。そして、どうせ繰り返すなら、この人生を繰り返したい。

皆さん大変な思いをされていますが、間違いなく楽しい人生です。だから、他のわたしも加えたい。」

「わかった。みんなで何か考えよう。でも、それは全部済んで、余生を考える段階になってからだ。」

「凄い約束をしてしまったわね。」


話を聞いていたのか、風呂から戻ってきた髪の乾き切っていないアリスが呆れた様子で言う。


「そうか?みんななら、良い知恵が出せそうな気がするんだ。」

「…否定できないのが恐ろしい。

でも、やっぱり君はそうでないとね。」

「苦労を掛けるな。」

「そう思うなら。労って欲しい。」

「オレに出来るのは昨日の晩みたいな事しかできないぞ?」

「ユキを抱き抱えて、君が一晩中耳元で誉め続けてくれるのは悪くないかも。」

「ふごっ」

「ポーション置いとくわね。」


アクアの対応にも皆慣れたものである。


「その話、詳しく聞かせて。」


背後にリンゴが居た。

あまりに突然の出来事にアリスは凍り付き、アクアは倒れ、カトリーナさんがリンゴに抱き付いた。


「出来れば玄関から入ってきて欲しかった。心の準備が出来てないから。」


リンゴたちが帰って来たのだ。

なんとか自力で立ち上がり、カトリーナさんとまとめてリンゴを抱き締める。


「おかえり。無事で何よりだ。」

「ただいま…お母さん、お父さん。」


ようやく帰って来た末っ子は、かなり汚れているが一段と逞しくなったような気がした。

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