59話
更に数日が経ったところで、ソニア名義で小包が届く。特急飛竜便で送られてきたようで、手数料だけで大金貨2枚とビックリするほど取られていたが、アリスは涼しい顔で払っていた。
中にあったフィオナからの手紙には短く、
『成果を得ました。膨大な戦後処理を済ませてから帰ります。』
と書いてあることから、目的は達成したものの、後始末で時間を取るようだ。
小包にはいくつかマジックアイテムがあり、正確な手順を踏まないと爆発する仕掛けが施されているらしい。
アリスが約束の手順に従うと、それは亜空間収納となっており、中にはまとめて全員に宛てたお土産が入っていた。
「エルディーの食材がいっぱいありやすね。カトリーナさんを呼んできやしょう。」
「頼む。」
「あ、これ、カトリーナさん宛の封筒。」
「おっと。承りやした。」
食材の他には別な箱には薬剤、別な箱には縫製素材が詰め込まれていた。
不思議そうにその箱の中身を新人たちが手にして見ていた。
「ほぼ私宛で申し訳ないわね。」
「良いさ。無事が分かったんだから、今日はささやかなパーティーにしようか。」
「そうね。やっと肩の荷が半分降りた気分だわ…」
「リーダー、お疲れ。」
「本当に疲れたわ。フィオナに振る仕事減らさないとダメね。
素材を触った手で食材は触らないでね。触るのは大丈夫でも、口に入れると危ないのもあるから。」
『は、はい!』
アリスは素材を収納すると作業室へ保管しに向かう。
入れ替わりにユキが戻ってくると、青ざめた表情になっていた。
「なんだか開けてはいけない箱を開けた気分でさぁ…」
部屋はどうなっていたのか、ぶるぶる震えるユキを眺めていると、何事もなかったかのようにカトリーナさんが現れた。少しやつれただろうか?
「ソニア様から食材が届いたのですね。今日はこれで豪勢な料理をしましょう。二人も手伝いなさい。」
『はい!』
自分の体に洗浄と浄化を施すと、食材を持って、ココア、アクアとキッチンへと向かっていこうとする。
「カトリーナさん。」
「なんでしょうか旦那様。」
「後でお話を」
「後生です!それだけは何卒!」
きれいな土下座を見た。うん…そこまでするならやめておこう…
青ざめたままユキもドン引きしていた。
「わかった。この件はこれで終わりにしよう。」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
必死にお礼を言うと、一人で逃げるようにキッチンへと向かっていった。
「旦那、抱くなら今しかねぇですぜ。というか、今のうちに抱いておかねぇとあれはヤバい。主にリンゴ様がヤバい。」
「わかります。強烈なヤンデレのオーラを感じます。
私たちでお膳立てをしますので、一晩一緒に居て上げて下さい。」
「お、おう?」
ユキとアクアからの猛烈なプレッシャーに圧倒されてしまう。
「なんなら私も」
「させねぇぞこの○○○○」
「えぇ…そこまで言うのか…」
ユキのとんでもない一言で、素に戻るココア。
「全員一緒でも良いんじゃないか?」
「旦那、それは…」
「とんでもないハーレム宣言キタ。」
「ユキはカトリーナさんに抱いてもらえ。」
「特等席じゃない。」
「そうですが、そうじゃない乙女心というものを」
「じゃあ、今夜はそういう方針で進めましょう。」
「作戦開始ですね。」
「おー…」
やる気のないユキの声が居間に響いたのだった。
「カトリーナさん、今日は一緒に寝て欲しい。」
「えっ!?」
少し豪勢で賑やかな夕食後、着替える時に声を掛ける。
「分かりました…着替えてきますね。」
オレをベッドまで連れていくと、そう言って部屋を後にした。
入れ替わりでひょこっと足元の影から顔を出したユキが、勝利を確信したような顔で頷いてから去った。
なんだかんだで乗り気な辺り、やはり喰えないヤツである。
「旦那様、お待たせしました。」
いつかの服を着てカトリーナさんがやってくる。相変わらずのナイスが過ぎる体型だが、やはり少し痩せたか?
オレの隣で横たわり、見つめ合う。こんな近くで顔を見たのは初めてじゃないだろうか。
まつ毛が長く、赤みがかった時折キツくも見える瞳が潤んでいる。スッとした鼻、微かに動く唇。
顔を手で撫でると驚いた表情になり、普段の凛々しい佇まいからは想像できない顔になる。
「ちょっと痩せたかな。ちゃんと食べないから…」
「申し訳ございません…」
「リンゴの事が好きなのはみんな知ってる。だけど、みんなカトリーナさんの事も心配してたから。もちろん、オレも。」
「旦那様…」
「だから、その目にリンゴしか見えてないのはちょっと寂しいかな。」
「そんな…そんな事はございません!ああ…私は…ちゃんと旦那様の事も…」
自由の利く右腕をその背に回す。
動揺し、あちこちに動いた瞳が一点を見つめ、瞼を閉じる。
「旦那様、お慕いしております…」
その瞬間、扉が勢い良く開け放たれ、全員が雪崩れ込む。
「夜這い巡察の時間ですぜ!」
「え、えぇっ!?」
カトリーナさんが、布団を引っ張って胸元を隠すように飛び起きる。
枕を持った一団が、有無を言わせぬよう速やかに指定の位置へ寝転がり、無駄に大きすぎて寂しいベッドが今日はぎゅうぎゅうになる。
「ど、どういう事ですか!?」
とても慌てた様子で、横たわったままのオレを見る。
「言っただろ?みんな心配してるって。」
「ああ…たしかに…」
布団を手放し、頭を抱えるカトリーナさん。
その姿を見て、オレの後ろに居るであろうアクアが、
「か、カトリーナさんがセクシーをセクシーに着てセクシーが…うぐっ」
と、変な声を出す。
「アクア、大丈夫か?」
既に誰か…手の感じからココアに抱き付かれ、全く体を動かせないので声だけで尋ねる。
「だ、大丈夫です!布詰めておくので!」
鼻声で無事を伝える。
「なら良し。全員いるな?」
ユキとアリスが何やら言い合っていたが、それも聞こえなくなる。
「ハメてくれましたね、旦那様…」
「嘘は何一つ吐いていない。」
さっきと違い、背を向けるカトリーナさん。
後ろのココアに押され、密着してしまう。
自由になってる右腕を、カトリーナさんの腕に乗せると、引っ張られて抱え込まれ柔らかい感触を感じる。
カトリーナさんが両手でオレの手を弄んだ後、オレの手はやたらチクチクする所に突っ込まれた。
「ひゃっ!?」
変な声がしたと思うと、チクチクする物を握ったり離したりを繰り返させられる。手の位置的にユキの頭だろうか?
最後は撫で回し、満足したのか、チクチクするところから引き出して、両手で包まれるのを感じた。
後ろからは早くも寝息と何故か唸り声が聞こえてくる。
若干、暑苦しさも感じるが、それ以上に心地よさを感じる。
「皆さん、ごめんなさい。」
カトリーナさんの一言。
手を動かすに動かせないのでどうしようか迷っていると、
「分かってくれれば良いのよ。みんな至らない所ばかりで頼りにならないけど、寄り添うくらいはできるから。」
「オレはそれしかできないけどな。」
「ふふ。そうですね。みんな、リンゴ様と同じくらい大切な方々ですから。」
そう言うと、少しだけオレの手を包む手に力が込められた。
違うオレには手に入れられなかったカトリーナさんとの信頼。いや、みんなからの信頼、このままならない体で手に入れられたのかと思うと、少し誇らしい気持ちになった。
目が覚めるといつもより遅い時間のようだ。
鳥の声と町の喧騒。そして、寝息しか聞こえてこない。
体を起こそうにも前後から密着され、動かせる右腕も握られたままで身動きが取れない。
「… カトリーナさん。」
「…うん…旦那様…?」
無意識だろうか。握られていた手が柔らかい所に押し付けられ、ビックリして力が入ってしまう。握るのではなく、指を伸ばす形でだ。触ったのはきっと腕だろう。多分。恐らく。
「…っ!も、申し訳ありません…今、退きますね…」
カトリーナさんが起き上がると、鍛えられた美しい背が目に入る。この人は本当にどこから見ても美しく見えてしまう。
「ありがとう。これで動け…んん?」
動けない。上体は自由なのだが…
「ココアに完全に組み付かれていますよ。」
「密着されてるのは気付いていたが…」
足を挟まれ、完全に下半身の自由がないのだ。
スッと差し出された手を掴み、なんとか体を捻りながら上体を起こすと、脚の拘束も外れた。
「ありがとう。なんとか起きれたよ。」
オレの声で目が覚めたのか、次々と皆起き上がる。
「旦那様、アリスの方は見てはダメですよ?」
「目を塞いでおこう…」
カトリーナさんがアリスを起こすと、短い悲鳴を上げて、咳払いをする。
「ご、ごめん。もう大丈夫だから…」
「ハプニングは起きやせんでしたか…」
「あんたの仕業か…」
「寝惚けて指が引っ掛かることもあるかもしれやせんね。」
そんな賑やかな方と逆を見ると…
「うおっ!?」
血溜まりができていた。
「アクアがやばい。」
「えっ。」
カトリーナさんが立ち上がり、アクアの方へ移動する。
頬を叩き、覚醒を促すと、
「はぁー…」
カトリーナさんでは逆効果だった。
セクシーが乗算されてる服装では、とどめを刺すようなものだろう。
「あたしが対処しやす。他は部屋から出ておいてください。」
「頼むぞ。」
アクアとユキ以外が部屋の外に出ると、全員の視線がカトリーナさんに釘付けとなっていた。
「こう見ると、本当に凄いわね…カトリーナさん以外こんなの着れないわよ…」
「踊りの衣装で近いものはありますが、自信がないととても…」
「完璧な肉体とはこうなのでしょうか…」
「ユキじゃないけど、これに抱かれたら自信をなくすわ…」
「アリス様も立派なのに…」
「そうですよね。」
「ああ、それで寝る前に言い合ってたのか…」
各々が感想を述べると、部屋へと戻っていった。
部屋を覗くと血の海は消えており、アクアにポーションを飲ませている所だった。
「大丈夫か?」
「へぇ。これで大丈夫だと思いやす。」
「申し訳ございません…」
「難儀な体質だなぁ…」
「こんな天国のような所に居たら妄想が膨らんで、気が付いたら治療されてまして…」
「お、おう。そうか。」
難儀な体質と思考である。ポーション中毒にならないようにしてもらいたい。
「旦那のベッドを汚すのは構いやせんが鼻血までですぜ?」
「いや、鼻血も大概だろう。」
「だ、だいじょうぶです。鼻血以外は漏らしませんから!」
「でも、旦那に撃墜されて…」
「あ、あれは怖くてその…場所も真っ暗な森でしたし…」
記憶にないがなんだか申し訳ない。謝っておこう。
「それはすまなかった。」
「い、いえ!あたしは侵略する側でしたから…従うのがとても心地好かったのも事実ですし、魔法は上手く使えたので調子にも乗ってましたから…」
布団で口元を覆い、その時の事を思い出しているようだ。
「あの時は本当に怖かったです。
一瞬でしたが、自分が映画で見た特攻隊のように思えましたし、火が当たった衝撃で魔法の制御を失い、本当に死んだと思いましたから…」
「実際、軽傷で済んだのは幸運でしたぜ。
地面に激突して、虫の息だったのも居ましたから。」
「…そうか。」
「あたしも旦那に拾われた幸運者ですが、この娘も幸運者。なんだか見捨てるのも忍びなく、アリスに頼み込んだ訳です。」
「なるほど…」
「アクア、そろそろ着替えて仕事を始めやしょう。いつまでもここに居たら旦那が着替えられやせん…また鼻血が。」
「ええっ!?」
一度綺麗にされた布切れを当て、再び止血する。
もう一人の幸運者は、体質までは恵まれなかったようだ。
カトリーナさんに着替えを手伝ってもらってから引かれる手には、心なしか遠慮が無いように感じる。
それが妙に心地好く、少しだけ嬉しく感じた。