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55話

三人目はココア、ミルクと来たのでショコラと呼ばれる事になる。チーズやクリームという案も出たが、それは採用されなかった。

見つけた時はギロチンで首を落とされる寸前だったらしく、断頭台に括られていたらしい。


「リザレクションも役立った。もう虫の息だったからな。」

「空腹とスタミナ切れで眠ってる状態。変な異常もないよ。」


ソファーにやつれたショコラを寝かせ、三人も取り敢えず椅子に座る。

ショコラも汚れているかと思いきや、洗浄と浄化できれいにされ、服もちゃんと着替えていた。


「お疲れ様。三人とも、無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。

カトリーナさん、そろそろ離れないとリンゴに嫌われる。」


カトリーナさんは渋々離れ、飲み物とお菓子を用意しに行った。


「リンゴ、バニラ、はじめての依頼はどうだった?」


一息ついた二人に尋ねる。


「わたしは二人についていくのがやっとだった。足が速すぎる。」


そうは言うが、なかなかの速さなのだろう。今のオレに比べようはないが。


「バニラ様の魔法が要所で輝きやしたね。

旦那のインクリース・オールも強烈でしたが、バニラ様のを受けたリンゴ様はそれ以上でした。」

「ぶっつけ本番じゃなくて良かったよ。練習なしじゃ大事故起こしてた気がする…」

「全部上昇すると何事もやり過ぎるからな。訓練に入れておいて良かったよ。」


リンゴの成長の成果を嬉しそうに語るユキ。当のリンゴは喜び半分、安堵半分と言ったところか。


「それと、女王が目玉ひんむいてやしたね。

悔しそうに喚き散らしていたのを最後に見やした。」

「魔法の一発でもぶちかまそうかと思ったが止めておいた。シールドも本人も消し飛びそうだったからな。」

「それで良い。よく我慢したな。」

「ヤツの罪状を考えると、消したほうがいい気もするんだがな…」

「それはバニラの仕事じゃないよ。」

「そうですねー。あたしも言いくるめるのに苦労しやしたよ。」


ヒュマスの女王が絡むと不満ばかりのバニラたちだが、暗殺だけは避けたようだ。

話を聞くと、早く退場してもらった方が良さそうだが、それを皆にやらせるのも気が引ける。


「ユキ、体の方はどうだ?」

「怖いくらい調子が良いです。力が漲りすぎて、気持ちを抑えるのが大変でした。」

「それは良かった。」

「この力があの時あれば…と思わずにいられやせんが…」

「あったら今回のショコラ救出は無かったし、そもそもココアとミルクとの出会いも無かったんだ。これで良かったんだよ。」

「旦那は人が良すぎやすよ…」


目が覚めた時と比べ、ユキは日に日に元気が増していく気がする。

こっちに戻ってきた時は死にそうな表情だったからな。オレのせいではあるが、元気になっていく姿を見ると、こちらもなんだか元気になれる。


「それは許してくれ。

リンゴ、向こうの印象はどうだった?」

「寂れてる、が正しいかな。こっちと比べると人に元気がない。道中で人とすれ違わなかったし、各地の建物も痛みが激しかった。

お城はきらびやかで感動した覚えがあるのに…」

「そうか。救出劇は後で聞くからゆっくり休め。」


三人はお茶とお菓子を堪能すると、風呂へと向かい旅の疲れを落としてくる事にした。

カトリーナさんもついていく。あなたは待ちくたびれたのでしょうかね。


「しかし、三日か…」

「まあ、想定通りだったけど、実際にやられるビックリしちゃうよねー。靴のチェックしっかりしておかないと。」


メモに何やら書くバンブー。


「もう三人帰って来たの?」


アリスが訓練場から来て尋ねる。

汗と砂でだいぶ汚れている。ソニアと取っ組み合いのような訓練をしていたようだ。

後ろにはソニアもいるが、涼しげな顔をしている。


「二人も汗流してきなよー。この後、装備のチェックもするし。」

「あ、私も服の方聞いておかないと。」


アリスはすたすたと、ソニアはペコっと一礼してから風呂場に向かっていった。


「ただ、迎えて一言だけもなんだかなぁ…」

「そう?おとーちゃん、だいたいそんな感じだけど、話はしっかり聞いた上での一言、二言だよね。みんな話したがりだからそれで良いと思うよ?」

「そういうもんか…」

「ちゃんとみんな分かってる。だから、話だけはちゃんと聞いてあげてねー。」

「うん。それだけはこれからも続ける。」

「よろしい。私、装備チェックしてくるね。」


バンブーも出ていき、一人だけとなる。

あまりこういう瞬間もないが、こういう時は非常に心細くなる。いつも賑やかだから尚更だ。

三人が無事に帰って来て嬉しいが、それとこれとは別である。


「旦那様、一人で…」


ココアがやって来る。ここ数日で言葉をカトリーナさんに寄せていた。


「…なんて顔してるんですか。」

「…済まない。どうも一人は、な。」

「分かります。わたしも似たようなものですから…」


オレと向かい合うように座り、伏し目がちに話し出す。


「一人だと死の足音が迫ってくる気がするんです。これ以上ないくらい安全な家のはずなのにおかしいですよね。」

「いや、ココアの身の上を知ればおかしいなんて思わない。」

「ええ。旦那様はそう言うと思ってました。」


笑みを浮かべながらココアはオレを見ている。


「お互い、難儀なものを背負ってしまったものです。元を辿ればただの小生意気な小娘とゲームオタクですからね。」

「…そうだな。」

「あ、申し訳ありません。覚えてなかったんですよね…」

「いや、切っ掛けになるかもしれないから構わない。

でも、そうか。お前はオレをそう思ってたんだな。」


バニラたちのオレを見る目が少し分かった気がする。全員が同じというわけでもないだろうが、だいたい同じようなものだろう。


「バンブーもだと思いますよ。ただ、あの娘はどこまでもあの娘のままでしょう。その姿が見れるだけで、わたしはこの人生とても良いものだと思っています。」

「そうか。」

「旦那様。」

「…ん?」

「ミルク、ショコラほど知識がないわたしには見守ることしか出来ません。共有されると言っても、映画のように長い記憶を見るだけで、覚えきれるものではないのです。それはきっと今の旦那様も同じ。今の日々は長い長い映画を見ているようなもの。」


映画、というものが何かは分からないが、言わんとすることは何となく分かる。伝わってくる。


「これだけ人がいると、覚えておくのは無理ですからね。でも、ちゃんと見ていて上げてください。きっと、この日々は旦那様にとっても、子供達にとっても無駄にはなりませんから。」

「…うん。分かった。」


テーブルの上に置いた手に、ココアが自分の手を乗せてくる。


「ここの子達は、みんな手を触れ合うのが好きですよね。なんか分かる気がします。」


言われてみればそうだ。カトリーナさんの影響だろうか?


「もっと爛れた生活をしてれば、体を委ねる事も考えましたが…残念です。」

「下半身はほぼ感覚がないから、期待には応えられないよ。」

「そういうのは分かるんですね。」

「そうなんだよな…なんか我ながらちぐはぐだな?」

「答えが欲しいか?」


声の方を向くとショコラが起き上がっていた。

バニラとも、ミルクとも違う。もっと低く威圧感のある声だ。


「あるなら欲しい。だが、」


その前に言わなくてはならないことがある。


「おはよう。そして、ようこそ我が家へ。ゆっくり休んで欲しい。」

「は?」

「ふふ。旦那様らしいですね。」

「おまえ…なんで…」


廊下の方が騒がしくなる。どうやら風呂から上がって来るようだ。


「まあ、話はゆっくりしよう。

娘たちの冒険譚も聞きたいからな。

それに、空腹じゃ気持ちも頭も落ち着かないだろ?」


腹の虫の鳴き声にショコラの顔は赤くなり、ココアは心底おかしかったらしく、腹を抱えて笑いだした。

どうやら、今日はまだまだ賑やかな一日になりそうである。




どうやらヒュマス側はかなり深刻なようだ。

オレとの戦いによる人的損失が響き、道中はスタンピード状態。魔物が溢れ帰っており、それで半日のところを一日掛かってしまったとの事。レベル上げと魔物との良い戦闘経験になったとリンゴとユキは言っているが、バニラは動きが速すぎてロクな援護が出来なかったと嘆いていた。


目的の城までにいくつか町や村もあったが、多くが廃墟と化していたようだ。城の直近は要塞化して無事だったようだが、時間の問題だろうというのがユキの見立てだ。

城下に着いた時には日付が変わっており、朝まで人通りのない路地裏で休憩し、日の出と共に情報収集を始めたそうだ。

失敗続きの者がギロチンに掛けられるという話は広まっており、唯一の楽しみを心待にしている住民ばかりだったそうだ。


「もう娯楽が他にない。飢えは創造力を奪っていく。ただでさえ何もない国なのに、魔物によって生産と物流が止まり、後はもう崩壊するだけなんだ。」


処刑の場に到着すると、長いでっち上げた罪状と神への祈祷の言葉を述べている最中だったので、三人はその間に準備を済ます。

いよいよという所で強化魔法をもらったリンゴが単身飛び込みギロチンを破壊。刃の部分を女王の方に蹴っ飛ばし、ショコラを毛布で包んで一気に町から逃げ出したそうだ。

女王はその様子に怒り狂い、剣を抜いて暴れまわっていたとの事。

リンゴの挑発めいた一言が逆鱗に触れたらしく、周囲はめちゃくちゃ宥めるのに必死だったようである。

ユキはバニラとコソコソ離脱。時間は掛かるが、門番が既に門番していないので楽に脱出したそうだ。


「リンゴ様は雷の様でしたね。目にも止まらぬ速さで現れ、ギロチンを破壊して去っていくのは他に評しようがありやせん。」

「妹が頼もしすぎて姉として複雑だ。」


三人はすぐに合流してショコラを治療。

その後は半日掛けてスタンピード状態の街道を抜け、国境で一泊してから帰ってきた。意外と余裕のある行動である。


「わたし、いやショコラ、聞かせてくれ。お前の話を。」

「わたしたちの事は既に知っているのだろう?だったら何を話せば良い?」


オレたちの事をどうやら信用していない様子。

額にシワが寄り、しかめっ面のままだ。


「…召喚について教えて欲しい。」

「原理は分からない。だが、出来てしまう。そういうものだ。」


バニラの問いにショコラはすんなり答える。


「じゃあ、オレの知識の偏りについては?」

「そうなるようにわたしが組み直した。わたしはその為に二十回やり直した、と言っても過言ではない。

今回はエロとゲームの事しか考えられない、理想の変態野郎を召喚してやったんだ。お前たちも良い思いを…なんだその顔は?」

「いや、こいつは全く手を出して来なかったぞ?」

「は?」

「エロよりゲームの人じゃ仕方ないよねー」

「…な、に?」


ショコラのやってくれた事も酷いのだろうが、娘たちの評価も酷い。

しかし、召喚とはそんな事も出来るのか…


「お前はそんな事に人生やり直していたのか…

いや、それが功を奏して奇跡的なこの周回を生み出したわけだが…」

「特定の一人を記憶をいじって召喚するの?でも、あの場にはいっぱいいたよね。」

「一人だけならできる。膨大な術式が必要だからな。わたしの人生は、この式の検証のために、クソ女王に取り入るのが目的と言っても良い。」


胸を張って言っているが、どう評価したら良いのか分からない。

他の人生をどうこう論じても…という所もあるからな。


「次回もあるなら同じ式で頼むぞ。恐らく、これ以上の結果は召喚だけでは出せないから。」

「オレは元々記憶がおかしかったのか…」

「元々?どういうことだ?」

「単騎で城下一つ防衛した話は伝わっているか?」

「いや、詳しい内容までは知らない。そんな事をやってのけたのか?」


どこまでヒュマス側に伝わっているのだろう。情報収集できる能力が皆無、という事はないとは思うが。


「その際に色々あって重度の脳障害を負った。今は歩くこともままならないんだよ。」

「…そんな…」

「お前が女王に取り入って、裏で糸を引いていたんだろ?

大した力のない召喚者の洗脳スキルがこの状況を作り出したからな。」

「洗脳スキル?あいつらにそんなスキル、使い方を教えた覚えは…」

「リンゴたち、派遣された召喚者が着てた鎧にも、洗脳のエンチャントが掛かっていた。量産品とは思えない品質の強化魔法もな。」

「は?ま、待て!本当に知らない。洗脳魔法自体の知識がわたしにはない。【チャーム】なんてしらな…ぐおっ!?」


リンゴが手加減なしにショコラを組み伏せた。

その表情は忌々しい虫を潰すかのように見える。


「な、なんできかな…」

「お父さん、この人はダメ。野放しにしておけない。」

「や、やめて!」


深意を感じ取ったのか、リンゴに床へ押し付けられたまま悲鳴のような命乞いをする。


「なあ、わたし。わたしたちは魔法がアレ一つしか使えないはずなんだ。どうして使える?」

「そんなものいくらでも抜け道はある!言うつもりは無いがな!」


【アンティマジック】


リンゴの容赦ない魔法がショコラの何かを破壊し、


「オエエぇ!」


反動で吐かせた。何か飲み込んでいたのだろうか?


「最初から全部見えてた。どういうものか分からないから手を出さないで置いたけど、こういう事なら別。」


感情を抑え、淡々と話す。

その様子は、怒った時のフィオナのような冷淡さを感じた。


「こ、こむすめ…!」

「残念だよわたし。とても残念だ。

手を取り合えるなら、好きにさせてやっても良かったんだが。」


手枷を嵌められ、リンゴとユキに地下へ連行される。


「お前はメッセンジャーだ。わたしたちの様子を先に逝ったわたしに伝えてもらうぞ。」

「おまえに不幸だと言われ続けたわたしは幸せになれたよ。堪え忍んだ甲斐があったんだ。

おまえの気まぐれの結果なのが皮肉だがな。」

「どうして…この状況を作ったのはわたしなのに…」

「おまえは切っ掛けを作っただけだろう?ここにいる全員、毎日血の滲む努力をして掴んだ今だ。それを否定なんてさせない。」

「次は幸せになれると思うなよ?必ず見つけ出して殺してやるからなわたし!」


笑いながら地下へと連行され、笑い声は怒声となり、悲鳴となり声は二度と聞こえなくなった。

バニラも無言で地下へ降り、三人揃って厳しい顔で戻って来る。


「始末しておきやした。身体はバニラ様が魔法で塵芥に。」

「すまない。出来ることならオレがやりたかった。」

「かまいやせん、ただ…」


ユキはリンゴの方を見る。


「大丈夫。ちょっと手が震えてるけど…」

「大丈夫じゃないな。こっちに来い。」


リンゴの手を引き、膝の上に座らせて手を握る。

軽いし小さい。冒険譚なんて浮かれた事を言ったが、こんな子供になんて事をさせてしまったのだろう。


「恥ずかしいよ…」

「旦那様、次は私です。」


そう言ってリンゴを抱えて膝に乗せるカトリーナさん。顔があんなことの後とは思えないくらいデレッデレである。


「ユキも良いぞ?」

「あ、あたしは…へぇ…お言葉に甘えて…」


そう言ってオレの膝に乗ると、ココアとバニラがユキの手を握る。


「済まないな。嫌な役を任せた。」

「わたしたちには謝ることしかできません。ごめんなさい。」


二人が謝ると、ユキは照れた顔になる。


「良いんですよ。旦那様の代わりにやっただけですんで。それに、拾って来ちまったもんの面倒は最後まで見ないと。

…正直、お嬢様と同じ顔の首を斬るのは心が冷えやしたが…」

「…そうだな。」


早々に殺してしまったのは少し厄介な気がするが、どうなのだろうか。


「今の状況は全てのわたしに共有されました。

死の前、十分くらいはしっかり伝わってきますからね。

ミルクも分かってくれるでしょう。」

「そうか。」

「きっとあのわたしは、二人に埋葬されたわたしに詰られ続けます。わたしたちが死ぬまでの長い間、反省してもらいましょう。」


ココアたちにとって、自分の死はとても受け入れ難いもののようだが、それぞれの死に思うところはあまりないようであった。

二十回を越えてるんだから当然かもしれないな…


「ヒュマスという、疑心の塊と付き合い続けた結果と思えば納得はできるんですけどね…」


色に染まってしまったということか。それはそれで哀れだが、もうオレたちに出きることはない。どうこうするのは、やり直した場合のココアたちの役割だろう。


こうして、リンゴの初めての冒険は苦い結末で幕を閉じる。

ヒュマスという種族が消え去るのにそれから時間は掛からず、亜人連合は溢れた魔物との戦いに明け暮れる時代に突入するのであった。

ヒュマスの女王は最期に何か儀式を行ったようだが、それが正確に伝わってくるには長い年月が必要となる。

ショコラの遺した呪いとも言える儀式が、この地域を長年に渡り蝕み続ける事となったのだった。

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