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49話

めちゃくちゃ怒られました。サラが。

これが一番早いと思ったッスとショボくれている。


「うちのバカ娘が本当にご迷惑を…」

「いえ、場所を用意していただくだけでなく、運んでいただいて感謝しております。」

「英雄様に…勿体ないお言葉です。

バカ娘がいつも世話になってますので、今日はどうぞお寛ぎ下さい。娘様方は着替えるようなら奥をお使いください。サラ。」

「みんな、ついてきて下さいッス。 」

「あたしも手伝いしてきやす。」


オレ、カトリーナさん、リンゴとソニアだけが残される事になる。

決して広くはない定食屋。テーブルと椅子も数は多くないが、十人なら十分過ぎる広さ。壁にメニューがいくつか貼ってあり、汚れているものから真新しいものまで様々だ。


「なんか懐かしいな…」

「えっ?」


全員が驚いた様子でオレを見る。なにか変なことを…


〈警コク…重ドの記オクショウ害を検チ…修フクサ業をオコナイ…〉


ダメだ。今はダメだ。あいつらの祝勝会で迷惑は掛けたくない。


〈修復作ギョウは一時停止されマシタ…〉


良い。今はそれで良い。


「…さま。旦那様。」


肩に手を乗せ、カトリーナさんが必死に呼び掛ける。


「ハァ…大丈夫…大丈夫だ。」


身体が汗ばむのを感じる。鼓動が早いのを感じる。とても息苦しいのを感じる。

一瞬、心臓が止まっていたのだろうか。そんな気すらするほどに苦しい。


「サラのお母さんが行ってからで良かったよ…」

「顔が真っ青でした。いったい…」

「大丈夫。帰ったら話すから。」

「一応、ヒール掛けておくね。」

「助かる。」


リンゴのヒールのおかげで身体が楽になる。出来た娘が居てありがたい。

自分の身体を気にするのにいっぱいで、どれくらい時間が経ったか分からないが全員が着替えて戻ってきた。


「リンゴ、何して…」

「背中を掻いてもらってただけだ。ちょっと思うように動かなくてな。」

「もう、お姉ちゃん、心配しすぎー」

「そ、そうだな。」


全員が席に着くと、次から次に大皿に盛られた食事が運ばれてきて、オレたちの前に出される。オレの分はカトリーナさんに盛って貰うが、それ以外は全員が好きに取って、話ながら食べていた。


「今回は出場者のレベルも相応に高いのですが、皆さんなら間違いなく勝てることでしょう。これからの試合も他を気にすること無く、存分に力を振るって下さい。」

『はい!』


今日まで散々厳しい訓練を行って来たカトリーナさんの檄に、大きな返事で答える3人。

良い師弟のような絆が出来ているようだ。


「特にバニラ様。」

「えっ。」


自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、バニラがキョトンとする。


「旦那様の事を持ち出されても易々と乗らないように。」

「は、はい…」

「ここに来るまで、怒気が駄々漏れでしたからね。」

「反省してます…」


怒ってくれるのは嬉しいけど、人生を棒に振らないで欲しい。それが心配だ。


その後、サラの母親が再び顔を出し、明日も娘を迎えにやると言ってもらえたのでカトリーナさんに少し多めに料金を払ってもらった。

物凄く恐縮していたが、とても助かったという事と、サラが家に来ている事とは別という事でしっかり受け取ってもらう。

選手二人はユキに送らせ、オレたちは先に家に帰ることにしたのだった。




帰るとすぐに飯屋での事をカトリーナさんに問われる。


「旦那様、あの店を懐かしい感じだと仰られてから顔色が悪かったようですが何が…」


どう答えるか悩んでいたが、そのまま答えることにした。隠しても仕方あるまい。


「みんな、サポートの声は聞こえているのか?」


原住民組は横に振り、召喚組は縦に振った。


「どうやらオレたちだけみたいだな。」


覚えていないので大雑把にだがバンブーに説明をしてもらうと、原住民組は驚いた表情をする。


「だから魔法の扱いが?」

「関係ないと思う。逆立ちしてもおとーちゃんの真似事はできそうにないもん。

便利だけど、出来る以上の事は出来ないっぽいんだよね。

ただ、おとーちゃんはその辺も上手く利用して、錬金術の作業の効率化はやってたりしてたみたい。」

「バンブー様はやっていないのですか?」

「無理無理。一点集中型だから、側で並行作業されるのは気が散っちゃうんだよねー。

気にならないレベルまで集中すると、その作業自体忘れちゃってるし…」

「そうでしたか…

ところで、そのサポートがいったい…」


カトリーナさんが話を戻してオレに尋ねる。


「今日になって記憶の修復作業を行うと言ってきた。」

『えっ』


全員が驚く。それはそうだろう。

もうかなりの日数が経っているのだから。


「ただ、酷く壊れたような音声でな。

停止したが、聞こえている間、心臓が止まってるような気がするくらい苦しかったし。」

「ああ、良かった。

おとーちゃん、絶対ダメだからね。

それ、多分記憶が本当に全部消えちゃうから。

それに、正常な処理ができない気がするんだよね…」


爆弾発言にオレは血の気が引くのを感じる。


「おとーちゃんの脳はもうかなりぼろぼろで、生きてたのが不思議なレベルだって話はしたよね。」

「ああ。」

「そこまでダメージ負ってると、正しい処理がどうなのかサポートが解ってない可能性があるんだよね。そんな状態で無理に修復を行うと、記憶を消すだけ消して、奇跡的に保ててるおとーちゃんという性格自体が壊れちゃう可能性もあるんだよ。サポートが正しいおとーちゃんを解ってないからね。」

「…なるほど?」

「まあ、修復処理はやっちゃダメ。これだけ覚えておけば良いから。」


よく理解は出来なかったが、恐らくはカトリーナさんへの説明なのだろう。きっといつかオレが説明しないといけなかった事。このタイミングで説明するのが正しいのか分からないが…


「…待ってください。それじゃあ皆様は」

「おかーちゃん、私たちに仮説は立てられるけど推測にしかならないよ。答えを得るには…ヒュマスの王女、今は女王だっけ?捩じ伏せて聞き出さないとダメだと思う。」

「そうですか…」


納得はしていない様子だが、ちゃんとした答えを出せないと言われたら追及は出来ない。そんな様子でカトリーナさんは引き下がる。

母親代わりである以上、ちゃんと知っておきたいのかも知れない。


「おかーちゃんはみんなのおかーちゃん。私たちが何者でもそれは変わらない。私たち身体に関しては難しい事情がいっぱいあるんだけど、それだけは信じて欲しい。」

「そんなの当然ではないですか。

あなた方を放っておくと、どこで何を始めるか解りませんからね。今さら、その役目を放棄するつもりはありませんよ。」

「信頼されてない気もするけど、言い返せないー…」


娘たちはバンブーの言葉に苦笑いを浮かべていた。


「そう言えば、父さんが戻ってきた日、母さんは父さんの部屋で何を」

「な、何もしてませんからね!?

わ、私だって旦那様をお慕いしているのですから、心配していたと伝えるくらいあってもいいでしょう!?」


バニラの唐突な追及に早口でまくし立てるカトリーナさん。どうもこういう話に弱いらしい。


「一晩中、ピッタリくっついて…」

「ど、どうしてそれを…」

「そうだったんだ?」

「あっ」


ハメられた。カトリーナさんはそれに気付いたようだが時既に遅く、バニラの表情がなんだか怖い。


「問題は起きないよ。起こせる身体じゃもうないから。」


オレからフォローしておく。


『えっ…』

「腰から下はあまり感覚が無いからな。なんとか歩けているのも今の内かもしれない。」

「そうか…そうなんだ…」


両手を握り締め、グッと歯を食い縛るバニラ。

眉間に少し皺が寄っていた。


「これはおとーちゃんの為にパワードスーツ作らないとダメだね。全身は無理でも、歩行くらいは出来るようなの作りたい。」

「車椅子じゃないのがバンブーらしい。でも、パワードスーツは面白そうだ。」


バンブーの願望のような提案にバニラも乗る。

ただ、二人の表情から不安が消えないのは隠せない。


「スキルが強烈な世界だから趣味装備だって思ってたけど、おとーちゃんみたいな人はたくさんいるはずだからね。」

「そうですね。王都で使う人は少ないかも知れませんが、他の都市では多いかもしれません。」

「ご老人もビックリするくらい元気だからね。

この間なんて、野良犬を走って追い駆けてるおじいちゃん見たよ。」


確かに、時々凄い剣幕で犬を追い駆けるご老人を見る。最初は凄く驚いたものだ。


「王都は恵まれた人が多いですからね。技術や知識だけという人には暮らし難いので、そういう人は他の貴族領へ移住が勧められているくらいですし。」

「サービスにコストが割けないとか理由はあると思う。そこまで成熟してないのが一番の理由だろうけど、それは世代を重ねていくしかないからねー」

「世代を重ねる…ですか。我々の生は長いですからね。それが文化発展の妨げになっていたとエディアーナ様は常々仰られておりました。

ヒュマスが五十なのに対し、長いと三百、四百もの齢を重ねますから。

その長さがあるからこそ、出来た研究もあるのだと思いますが…」

「そうだね。どっちにも良いこと、悪いことはあるからね。それはきっと何でもそうなんだよ。たとえ優れた魔法があっても、完全無欠なパラメーターは、きっと存在しないんだろうね。」


一つのもので完結できない悲しさを語る。それはバンブーの敗北宣言にも受け取れた。


「バンブー、身一つで考えてはダメだ。魔法も、装備も、仲間も使って目指す所に完全無欠があるはずなんだよ。

ヒガンだって、魔法関連以外は得意と言えなかったろ?あの何故か美味しいスープだけは謎だけど。」

「あれは魔法だって言ってるでしょー。同じ作り方しても美味しくならないもん。」

「オレを見ても分からないからな。」


最近は味覚、嗅覚も不安なのだ。あまり期待しないで欲しい。


「旦那のスープはあれが飲み納めだったって事ですか…残念ですぜ。」


テーブルの下、オレの影から姿を表すユキ。

ビックリするからやめてくれ。


「いったいどこから出てきてる…」

「いえ、ちょっと厄介なのに追われてたんで。」


ユキが不穏な言葉を口にした事で、場の空気が一変する。


「何処かの貴族ですね。伯爵様の所のじゃないのは確実ですが…」

「なかなか問題がなくならないもんだねー」

「わたしの魔法が気に入らないなら堂々と対決すれば良いのに。」


腕を組み、憤慨する様子のバニラ。事情はよく分からないが、バニラは貴族に嫌われているのだろうか?


「恐らく、エディアーナ様絡みもあると思います。まだ改革に反発している貴族も多いですからね。かつての粛清に対する反発だってまだありますし。」

「闘技大会くらいは大人しくしてればいいのにー」

「だからこそ、なのですよ。恥をかかせる機会ですからね。

ただまあ、実行犯はバレます。自白もさせられて黒幕が恥をかくだけなのですが…」


恐らく、想像できない方法を用いるのだろうが実に淡々と言う。


「伯爵様の時もだけど、なんか稚拙さが目立って逆に不気味だねー

ただ、あれも完全にしてやられたパターンだし。」

「そうですね。ユキ、冬の時と同じようにしましょうか。」

「お嬢様方の晴れ舞台見たかったんですが、しかたありやせんね。」

「ユキ、楽しみにしてたのにすまない。」

「構いやせん。旦那たちのお役に立てるならそれが一番ですぜ。」


こうして闘技大会の一日目が終わった。

バンブーの言う通り、なかなか問題が無くならない事に、オレたちに関わる事の問題の根深さを思い知らされる。

だからこそ、慕ってくれる人や協力をしてくれる人には最大限の礼で応えたい。そう皆に伝え、今日の話し合いは終わった。


もし、オレが万全ならどうしていたのだろうか…


何か起こる度、そう思わずにはいられなかった。

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