44話
今朝の始まりは早く、まだ夜中と言っても良い。
灯りは点けず、屋内で軽く体を動かし食事は魔法で温めてから食べる。
食べ終えて後始末をしていると、ドアを叩く音。魔力感知に掛からない。何者だろうか。
剣をいつでも抜けるように近付き、ドアを開けると、
「旦那、遅くなりやした。」
息を切らすユキが居た。どうやら【隠密】のせいで、ただでさえ希薄な魔力が認識出来ないほど微かになっていたようだ。
驚いてすぐに家の中に入れ、足元が泥塗れなのを見て、洗浄を掛けてから残ったスープを温めて出す。
服はメイド服のようだが少し違うな。その上にフード付きの防寒着を着て、マフラーと手袋をしていた。
「寒さが消し飛びやした。うん。やっぱり旦那のスープは格別でさぁ。」
暗い部屋でスープを飲み終えたのを見計らい、話を切り出す。
「どうして来た?かなり無茶もしてやって来たみたいだが。」
てっきり、そのまま待ってるかと思っていたが。
「実は、大騒ぎになりやして、バニラお嬢様は泣き出すわ、カトリーナさんはポンコツ状態になるわで大変でした…」
「そんな事になっていたか…」
「というのは、半分冗談でして。」
おい。冗談かよ。
「バニラお嬢様が泣き出したのは本当です。
もう見てられないくらいの泣きっぷりでして、誰か行かなきゃという事で、足の速いあたしがやって来たという事でさぁ。」
バニラが危ういなぁ…どうにかならんものか。
今はみんなに任せるしかないが。
「そうだったか。しかし、よく場所が分かったな。」
「門番が教えてくれやした。冒険者は旦那だけですからね。」
「それもそうか。」
背負っていた荷物を下ろすと、中には食糧や薬品類が入っていた。
「旦那の事ですので、こういうのは準備してないかと思いやして。」
「その通りだよ。パンが無くて困った。」
半分に分け、二人で管理することにする。
これからの事を話すと、
「すぐに移動しやしょう。あたしは高いところで監視しやすから。」
「始まったら退避してくれ。ちょっと区別まで出来ないからな。」
ユキの魔力反応の薄さが仇となってしまっている。敵の偽装なのか判断がつけられそうにないのだ。
「分かりやした。」
オレたちは荷物をまとめてから外に出て、町の中央にある監視塔へと跳び乗り、中へと入り込んだ。
「王都ほどではありやせんが、流石に冷えやすね。」
マフラーを巻き直し、手袋をする。
オレはエンチャントで誤魔化してるのでそんな事はないが、予備のアクセサリーでも持っておくべきだったな。
「エンチャントはしてないのか?」
「バニラお嬢様があの様じゃあ、準備なんて出来やせんでしたよ。あ、バンブー様からアクセサリーは預かっておりやす。」
「貸してくれ。」
【エンチャント・ヒート】
差し出された簡素なネックレスに魔法を付与する。
装備への封入、という正式なエンチャントではなく即席の魔法による時限エンチャントだ。
「一日は持つと思うぞ。」
「ありがとうございやす。おおお。あったかい。」
寒暖差でユキの表情が緩む。
「そう言えば、道中はどうなっていた?」
「王都はもう真っ白で、だいぶ雪も深くなっておりやす。こっちもすぐそうなりそうですね。」
このまま屋根の無いところにいると、スノーマンになりそうなくらい雪が激しくなってくる。
これは春まで帰れそうにないようだ。
「あっ。向こうに灯りが見えやすぜ。」
ユキの指し示した方向は滑空による強襲が可能になる山の上。
崖なので通常の軍隊では不可能だが、精鋭による少数による奇襲なら可能だ。
ただし、その手が知られていなければ、という条件が付く。
脱出も済んだようで、北の方でも魔力の光が見えた。
「こっちも脱出が済んだようだな。じゃあ、始めるぞ。」
「はい。旦那、ご無事で。」
そう言われ、オレは拳を突き出す。
困惑した表情で見るが、ゆっくりと拳を出してくる。
「お前もな。危なくなったら逃げて良いぞ。」
「そうさせてもらいやすよ。」
拳を当て、互いに笑って別れた。
「さて、クエストスタートだ。」
ユキが離脱するのを確認してから全てのスキルを有効化する。
【ファイア・ファランクス】
外壁の上に8の発動点を設定。この監視塔を中心に周囲にも4、監視塔の上にも1つ発動点を作る。
これのコントロールはサポートに任せる。無差別にしか狙えないが、飛んでくる人間なんて他にいないからな。
次は町の中に仕掛ける。
【アースウォール】
通りを狭め、移動を制限しておく。建物の防護、中への侵入阻止も兼ねられる。
【アイスフィールド】
通りを斜面を作りながら凍らせて、滑りやすくもしておいた。
【ピットフォール】
【アイススパイク】
斜面の終わりに落とし穴と氷のトゲを仕掛ける。
これだけではまだ甘い。
【アイスファランクス】
更に各通路にファランクスの発動点を設定しておいた。オレが直接制御するのはこれだけとなる。
【ブラストマイン】
ついでに各所に感圧式の即席魔法を仕込んでおいた。
これで準備は完了である。
入管所は事前に封鎖してあったので、突破してくるようなら完全に敵だ。
各仕掛けを飛び越えようすればファイアファランクスが、はずれ通路からはアイスファランクスが飛んでくる布陣。さて、連中はどう凌ぐかな?
しかし、こう見下ろしていると懐かしく感じる。有志で集まるタワーディフェンスごっこによく駆り出されてたっけな。
夜明けまで時間はあるが警戒は怠らない。
ヒュマス側で何か動きがあり、近付いて来る者達がいる。そして、遠ざかる希薄な反応も。
遠くでは軍の配置が終わったようだ。いよいよか。
先に国境を押さえて奇襲を仕掛けたいようで、軍が激突するよりも早くこちらに向かって来た。
思った通り、先に滑空しながら向かってくる連中がいる。礼儀として警告はしておくか。
【ラウドボイス】
『あー、あー。上空の侵入者に告ぐ。入管所を通らない越境は密入国として処理する。繰り返す。入管所を通らない越境は密入国として処理する。』
慌てた様子が見えたが、構わず向かってくるようだ。数は五か。頼むぞ。
『密入国者と見なし、処理する。』
ファイアファランクスが文字通り火を吹き、秒間十六発の細かい火炎弾が侵入者たちを一人、二人と撃ち落として行き、一人も辿り着くことはできなかった。
防御魔法は展開していたようだが、無慈悲な集中砲火の前には無力。次はもう少し頑張ってくれ。生きてればな。
入管前に陣取ってる連中は強行突破を行うようだ。
特に細工をしていない扉は破られ、一気に十人ほど流れ込む。
『正式な手続きを踏まない入国は、密入国として処理する。』
まだ、何もせずルートを見極める。
新手の侵入者たちは扉を破った勢いのまま突っ込み、滑って転ぶ。
それに釣られて更に三人転び、そのまま滑ってアイススパイクの餌食となってしまった。次は凍結対策しましょうね。生きていたら。
残ったのは比較的重装の者たち。激昂し、何やら憎まれ口を叩きながら進んでいるが、声が届いて来ない。
少し進むとオレの姿を見つけたようで、曲剣を抜いてこちらに突き付けて喚いているが、やはり聞こえない。風が強くてかき消されているのだ。
何の反応も見せないオレに業腹なのか、最も重装備の者を足場に二人の軽装が壁を登り切るが、ファイアファランクスの餌食となり地面に叩きつけられる。
死んではいないようだが落ち方が悪く、受け身もまともに取れなかったので腕や腰をやってしまったようである。次はちゃんと正規の手続きを踏もうな。
中央通りを避け、脇道に入った者はアイスファランクスの餌食となり、半身が氷の彫像となってしまって身動きが取れない。
ズルはダメだと分かったのか、剣を抜いたまま、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
途中、一人、二人と横路に入ってはブラストマインの餌食になったり、壁を登ってファイアファランクスの餌食になるものが出ていた。学習してくれ。
最終的に残ったのは三人。全て重装系である。
「テメェ殺してやる!ぶっ殺してやる!!」
よじ登れないのか、監視塔を壊そうと剣を叩き付けるが、
【ピットフォール】
深めの落とし穴に落ちてもらった。その行為はレギュレーション違反だ。
残った二人は大人しくルールに従ってくれる様なので、話を聞こうじゃないか。
監視塔から飛び降り、二人の前に立つ。
「何が目的でこんな事をしている?」
威圧にビビったのか、後ろへ二歩、三歩下がる。
「お、オレたちは女王様に召喚された勇者だ!人類の滅亡を回避する為に魔王を倒しに来た!」
「ほう?」
必死さからロールプレイという訳ではないようだ。
男の声は若く、寒さと恐怖で震えているようにも聞こえる。
「あ、あんた!裏切り者のオッサンじゃないか!
同じ日本人なのに、どうしてこんな酷い事が出来るんだ!」
もう一人は女のようだな。こちらは威圧が効いてはいるが、恐怖は無いようだ。
二人を【看破】で見ると、洗脳の状態以上が付いており、男は中度、女は重度のようだ。
「エルディーに食わせてもらってるからな。上等な住処もあるし、仲間も良いヤツばかりだ。
同族であることが仲間を裏切って、お前らに味方する程の理由にはならない。」
「なっ…!?」
オレの言葉に二人は絶句する。同じ日本人なら手加減すると思ったか?
残念だが、同じ日本人の赤の他人だから、ルール違反には厳しくするんだよ。
「聞いているぞ、エルフの国での事。既に前科持ちなんだってな?」
痛い部分を突かれたのか二人の表情が歪む。
「そ、それはオレたち以外の亜人は穢れた存在で、触れ合ってはならないからだと…」
そんな事を言ってるのか。
まあ、洗脳状態だから容易く受け入れてしまうのだろう。どの種族も解り合えば気の良い連中だというのに。ディモスの貴族は解り合えるか分からんが。
【アンティマジック】
二人にアンティマジックを掛けると急にうずくまり、吐く。
キツいんだよな。重度の洗脳状態からの解放って。
スキルと能力値は育っているのか、今回は押し潰される事はないようだ。鎧は全部壊しておくが。
「ぼ、僕はなんでこんな事をしてるんだ…」
えらい弱気になったな。元々震え声だったが更に深刻になる。
「オエェェッ!わたしなんで…オエェェッ!!」
女はなお酷い。いったいこれまで何をして来たのか。
重度からの回復の影響だけとは思えない吐きっぷり。やって来たであろう行為の記憶までは消えないからな。お気の毒に。
とは言え、お仕置きは必要なので、二人とも気を失う程度に顔面を殴り倒して後ろ手に縛り上げる。カトリーナさんに習った技術がようやく活かせた。帰ったらお礼をしよう。
他の連中も、突き出す為に救出くらいはしておかなくてはならないだろう。仕掛けたあれこれを解除し、上空に花火を数発打ち上げる。
国境の町の防衛はオレの完全勝利となった。