5話
野営セットがランクアップしたものの、そのままでは目立ってしまう。という事で、先にもらった物で外側はカモフラージュすることになった。
なったというのは、バニラにその辺は一任したからで、その辺は最低限で良いと思ってしまうのは、ゲームの認識からなかなか改善されず困る。
「ヒガン、生活魔法を知らないだろ?」
「流石に知ってるぞ。最後に使ったのは……」
答えられなかった。
いや、【洗浄】はわりと使った覚えがあるんだが、装備で自動化できるようになると全く使わなくなっていく。
「寝るまでに一度も【洗浄】使う様子がなかったからもしやと思ったが…」
ため息を吐くと、オレに【洗浄】を掛けて汚れを落としてくれる。
想像以上にさっぱりした気分になる。オレの知ってる【洗浄】とは全く別物だ。
「ビックリしたようだな。」
「あぁ…どうなってるんだ?」
バニラは華奢な胸を張り、気分良さげに解説を始める。
「汚れ落としだけでなく、リラックス効果も乗せたアレンジモデルだ。装備エンチャントじゃ出来ない芸当だろ?」
「そうだな。これは完全に盲点だった…」
装備エンチャントは装備に様々なものを付加する行為。魔法剣や魔法鎧などが代表される。
ただし、枠数と容量が決まっており、様々なバッドステータスの温床となる不浄状態を解消する【洗浄】、スキルが育成しにくく致命傷になりかねない毒や麻痺などの各種耐性、手段を減らされる【封印無効】がテンプレ。
後は能力、スキルの強化エンチャントを積んでいく事になる。
容量が決まっている以上、リラックス効果は真っ先に切られるだろう。それに頼るなら火力や防御力を少しでも増やしたい。
「この手のは魔法で解決すれば一枠空くから、余裕が無い、それでも快適に冒険したい中間層以下のプレイヤーに人気があったんだ。まあ、トップ連中にもこういうの大事にしてる連中は居たが、異端だっただろうな。」
見たことも聞いたこともなかったが、恐らく余計な軋みが生じないように言及しなかったのだろう。いや、生活魔法の項目を調べれば…
「一度話題にしたらしいが、『そんなこと考える余裕があるならもっと魔法やテクニックを詰めたい』、って言われたって嘆いてたトップ層が居たそうだ。」
ああ、その通りだよちくしょう。
いや、一緒に戦ったことある顔触れなら全員がそう思ってそうな気もするが…
「よくわかったよ。こういうのはわたしに任せておいて、お前さんは強くなることを考えてればいい。それで、出来ることはお互いに共有して、必要なら教え合えば良い。」
「助かる。」
なんだか負けたような気分になりながら提案に乗る事にした。この効果は一度味わうと捨てるには惜しい。
「安心したよ。おまえさんにも知らないことや考えの及ばない事があるんだな。」
「こんな複雑な仕様、全部記憶するのは流石に無理だ。」
シェラリアの魔法は生活魔法と呼ばれるカテゴリのように、戦闘以外に使えるスキルや魔法が多く生み出されている。
錬金術もそうだが、鍛冶や建築、料理のために開発された魔法も多い。恐らく、把握してないだけでもっと妙な魔法も開発されていたりしたのだろう。
「例えばこの回収したテントだが、古い方と重ねてこうすると…」
なにやら魔法を起動すると、二つのテントの記事が結合される。
「合成することもできる。まあ、制御が甘いから合成というより貼り付けてるようなもんだけど。」
生産関連魔法は修理くらいしか知識がなく、目の前で見せてもらって驚く。
「空間収納の式は描けるか?」
「出来るに決まってるだろ。」
「お、じゃあ描いてみてくれ。」
唐突に言われて、オレは最後に更新した時のものを思い出しながら描く。空間収納の魔法は初期から最後まで使う事になる。
だからこそ、人によってパラメーターが異なりやすい物でもあった。何を重視するかはプレイスタイルによって異なるからな。
「ふむふむ…」
バニラは地面に描かれた図形を眺めつつ、その内容を分析する。
「おまえ、戦利品の処理どうしてたんだ?」
「得意先に全部任せていた。」
「だろうな…」
大きくため息を吐き、式を直していく。
「カテゴリ事に分けてるのは装備くらいで、素材分類もなし…
たぶん、だいぶぼったくられてたんだろうな。」
思い当たることが多すぎる。
初期はかなり気を使っていたが、ある程度からは雑に処分しても利益が出るようになったので容量拡張ばかりしてまともな整理はしてこなかった。
今思えば、ある時期から売却を頼んでいたヤツが最前線から退いたのは、それで利益を出す方にシフトしたからなんだなと今になって気付かされる。
「せめて、ポーションと食べ物は分けろ。素材類も肉と魚、鉱石、草木類と分ける。レアリティごとにソートしたいがそういうのはないみたいだしな。」
どんどん式が複雑化していく。
空間収納ってここまで条件付けできる魔法だったのか…
驚きながらその式の仕組みを理解していく。
複雑な条件付けは攻撃やバフでも行われる。その分、発動に掛かる時間やMP消費が増えるので、詰め込みつつ簡略にという事になる。
しかし、これは全く逆。回収する時点で多少時間を掛けてでも、後の処理を楽にしようというものだろう。オレにこれは無理だ。
「よくこんなの覚えてられたな。」
素直に称賛を送る。
シェラリアはだいたいの事は何でもできる反面、突き詰めると疎かになる部分が出てくる。
それがオレにとっては戦闘以外の部分なのだ。
「戦うのは得意じゃなくて、これを生業にしてるようなもんだったからな。
ひどい言いがかりを付けられたこともあったが、これだけは自信を持って誇れる。」
喋りながらオレの描いた式を直していく。
出来上がってみれば残っているのは起動部くらいで、他は完全にバニラが描いたものと言って良い。
ここまで完璧な魔法式は、シェラリアの対人戦を根本から覆したあの魔法以来だ。
「なんせ、『私たち』は最高の『魔法術式士』だったからな。」
魔法式を専門に商売する集団がいるのは知っていた。だが、それは常に攻略の最前線から最も遠い所、つまり初期のエリアでのみ商売を行っているというのを聞いたことがある。
常に最前線で戦っていたオレには噂話を聞くだけであまり縁が無く、最低限なら自分でなんとかなったし、ドロップ品をそのまま強化すれば良い方が多かったからな。
「まあ、凄かったのはギルマスだけどな。わたしはその知識を分けてもらっただけだし。」
少し照れたような顔で訂正する。
それでもこの式は凄い。恐らく、何度もトライ&エラーを繰り返して至った物だろう。
「お前も十分凄いよ。こんな式、オレじゃ作れない。これほどのは【アンティマジック】しか持ってなかったからな。」
描かれた魔法式に魔力を流し込み、習得する。
<告知。魔法【亜空間収納】を習得しました。>
<告知。魔法【亜空間収納】を最大限活用するための情報が不足しています。>
その辺りは鑑定で得ていくしかない。
だが、これでかなり楽になったのは間違いないだろう。
しかし、ゲームでは空間収納だったが、これは亜空間収納になっているな。違いはよく分からないが。
「実はあの【アンティマジック】な、チムマスは最後まで悔いていたんだよ。」
「そうだったのか?」
オレやよく知るヤツらは逆によく広めてくれたと思ったくらいだが。
「それ以前とそれ以降ではPvPの華々しさが段違いだからな。あらゆる魔法を駆使するファンタジーらしさをPvPから奪ったってずっと言ってたよ。」
それは確かにそうだ。その一面は否定できない。
「いや、逆だ。対人戦の本質をそれまではPvPから奪っていたんだよ。」
「え?」
驚いたような顔でバニラがこちらを見る。
「【アンティマジック】登場前は持ってる装備、魔法だけで勝負は9割決まってたんだ。それを8割プレイヤースキルにした功績は大きい。」
残りの2割は基礎ステータス差とクリティカルによる運だ。運はどうしようもないが、基礎ステータスは上限まで上げようと思えばすぐ上げられるからな。
「確かに華々しさは失われた。けど、本当に競い合える場を生み出してくれたことに違いはない。ただの花火大会だったPvPを、競技に戻してくれた功績は誰にも否定させない。」
「そうか…そうだったんだな…」
なにやらバニラの目に光るものが…
「おいあまりこっち見るな!恥ずかしいからな!」
慌てて顔を背けるが、その涙声までは隠しようがなかった。
【アンティマジック】事件の前と後ではPvPの扱いが最前線では全く異なる。
前は言った通りの花火大会みたいな扱いで、酔っ払いやチンピラのお遊びくらいにしか扱われていなかった。
しかし、後になると問題解決の手段に使われたり、定期的にユーザーによる大会が開催されるようになり、装備も皆が問題解決用に無エンチャント装備を持つまでになる。
怪物退治と対人戦では全く技術は違うのだが、人型の敵も多く、技術が腐るような事はなかった。
(そうか。初期エリアから動かなかったのは、対人戦で【アンティマジック】が使えないのを回避する為か。これ一つで対人戦の難度が激変するからな。)
オレが【アンティマジック】を知ったのはゲーム内掲示板。凄い魔法が公開されたと当時かなり話題になっていた。
実際、非常に分かりやすく、使いやすく、それでいて強力。それが初見の印象だ。
バフ解除、エンチャント無効、魔法使用不可を指定範囲内に300秒付与、効果時間60秒という魔術師殺しが弱いわけがない。数人が同時に使えば、エルダーリッチすら封殺できるからな。
防御貫通や、デバフ付与のある魔法を使う敵にかなり手を焼いていた時期でもあり、【アンティマジック】の登場は福音とまで言われたし実際そう思っていた。
売り込みの為にあちこちに書き込まれたであろうその式は、一気に基礎装備と言われるほどにまで拡散され、ユーザー製でありながら公式の魔法式の解説入門に必ず登場したくらいで、知らないヤツはエアプとまで言われる程だった。
だが、当然ながら反発もあった。環境の激変は装備依存のPv専門が離れるには十分な理由だったし、環境変化を逆手にとったPKも横行した。実際、やられたしな。対策はしていたので返り討ちにしてやったが。
環境の変化は育成まで見直され、最前線では敵に【アンティマジック】を使われる事に警戒。装備、魔法依存なのは対人だけでなく、攻略も同様で、物理型は防御貫通やデバフに悩まされるのが常であり、対策できるスキルは育成に時間が掛かるので後回しにされがちだった事も大きい。
そこでスキルの再評価が行われ、その後は装備・魔法ゲーから(プレイヤー)スキルゲーへと評価が改められたのであった。
それは、魔法使いプレイしていた皆様がお通夜状態になるには十分であったが。
まあ、反発は間違いなくそういう方面からだろう。同業者に核ミサイル撃ち込まれたような状況だからな。
「最高の魔法式士集団の一員だったお前さんに注文だ。」
「やめてくれ。そんな大層なもんじゃないよ。」
照れつつも、まだ鼻をすすりながら否定する。
「【アンティマジック】を頼む。昔過ぎてもうよく覚えてなくてな。報酬はすぐに払うのは無理だが言い値で良い。」
一瞬だけ驚いた表情を見せたが、それはすぐに笑顔に変わる。
「承った。だが、わたしの式は安くないぞ。特に【アンティマジック】は世界を変えた実績があるからな!」
この買い物は思ったよりも高くつきそうだ。