42話
怒られました。
座学だけでもダメだったそうです。
どうも休業が続いて休日という概念が薄くなっているな…
「ヒガンからそれ取ったら何も残らないからな。」
バニラに酷いことを言われてしまう。その通りだよ。
「ごめんなさい。私たちも好奇心が抑えられなくて。」
姉妹揃って頭を下げる。
良いんだよ。抑えられなかったのはオレもなのだから。
「嫌なことは飲んで忘れよう。」
「ジュリア。」
カトリーナさんに名前を呼ばれてしょんぼりするジュリア。
出会った頃は声があまり出てなかったが、ようやくしっかり聞こえるようになってきた気がする。なんだかちょっと枯れてるが。
「年始ですからね。あまり厳しいことは言いません。」
ありがとうございます。
ほっと胸を撫で下ろし、席に着く。
苦笑いをするユキが、ワインの入ったグラスをオレの前に置いた。
「あたしからのお礼です。旦那には返しきれない恩がありやすからね。」
「私が買ったワインなのに…」
抗議の声を上げるジュリア。そんなことだろうと思ったよ。
飲める者にはワイン、飲めない者には果実水が注がれた。
「お祈りを済ませ、食事を用意したらみんなで乾杯をするのよ。一年の無事を祈ってね。」
「では、旦那様。一言お願いします。」
もっと事前に言って欲しかったが、言うべきこと、言っておきたい事はそんなに多くない。
「皆、去年は大きな、変化の大きな一年だった。今年もそれは続くだろう。
だからこそ、今年は平穏で無事な一年を願って…乾杯!」
『乾杯!』
グラスを掲げ、一年の無事を祈った。
この騒がしいが楽しい生活を大事にしたいものである。
「なんかとんでもないことになってしまった。」
オレ以外、大人は全員美味い酒に飲まれてしまったのだ。
教育によろしくない、という事で小屋を再び作り、そこに押し込んでおいた。簡易トイレもあるからもしもの時も大丈夫だろう。
「まさか、バニラまで飲まされてたとは思いもしなかったぞ…」
「ごめんね。お姉ちゃん興味深そうに見てたからこっそり…
こっちに来てすぐに19歳になってたらしくて、新年を迎えたから20歳なんだぞ!って無茶苦茶な事も言ってたからつい…」
色々と年齢がバグり気味だぞバニラよ…
誕生日がよく分からなくなってしまったので、新年と同時に歳を増やそうという事になった結果、悪用されてしまったようである。
しっかり者と思っていたユキも飲まれてしまい、憎まれ口の歯止めが利かなくなったので小屋送りになっていた。
おかげでメイドが全滅してしまい、世話をしているのは自ら買って出たバンブー。後でリンゴとソニアも加わるようだが、カトリーナさんとアリスが酔っ払っているのが非常に不安である…
「父さんは顔色一つ変わらないね。」
「耐性が効いてるのかもしれんなぁ。」
酔えないというのもそれはそれで寂しい。酒に逃げられないからな。今度から切っておこう。
しかし、出るわ出るわ爆弾発言のオンパレード。
カトリーナさんのリンゴが世界一かわいい発言、アリスが暑いと脱ぎ出して中二病大爆発、ジュリアのドカ食いしながらもっと優しくして欲しい発言、バニラのグラスを見つめてずっと自分だけ見ていて欲しい発言、ユキの全部まとめておまえら甘えてんじゃねーぞ発言。胃が痛くなってきた。
「ストレスだけは魔法でもどうにもなりませんからね…」
「はい、お水。」
年少の二人に慰められて余計に悲しくなってきた。
小屋に放り込んだが、蠱毒になっているんじゃないかという不安が拭い切れない。
「ありがとう。」
リンゴに渡された水を一気に飲み、大きく息を吐く。
「すまんなソニア。こんなことになって。」
「いえ。みんな色々と苦労してらっしゃるんだなぁと…お姉様に関しては、私が困りました…」
それもそうだろう。妹というストッパーに期待したが、効果がなかったようだ。
「おとーちゃん。毛皮増やせる?多分、あのまま寝ちゃうから。」
バンブーが戻ってきて尋ねてくる。
「おう。五枚で良いか?」
「うん。大丈夫だと思う。」
「中はどうなってる?」
「アリスさんに乗せられて、みんな裸で言い合いしてるよー」
「どうしてそんなことに…」
「我の強い人達が酔ってるからね…仕方ないね…」
遠い目になるオレたちだが、バンブーはすぐに我を取り戻し、小屋へと戻っていく。
「そうだ、おとーちゃん。」
「なんだ?」
「貧乳は?」
「どう答えても角が立つ。」
「あはは。そうだね。その通りだよ。」
笑いながらバンブーは小屋に入っていった。
明日、また朝が酷い事になりそうだ…
「どういうやり取り?」
「リンゴにはまだ早い。センシティブなやり取りだ。」
答えに納得いかないリンゴと、苦笑いをするストレイドとソニアであった。
夕方、留守は二人に任せ、食料の買い足しついでにソニアを送り届けた帰り道、慌てた様子でオレを呼び止めるギルド職員。
「良かった!すぐ見つかって!」
「どうかしましたか?」
息を切らせており、少しだけ息を整える。
「指名の緊急依頼です。家の方には伝えてありますので、ギルドの方へ。」
「はぁ。」
物好きも居たもんだと思いつつ、ギルドへ向かう。
中は元旦にも関わらず、相変わらず飲んだくれてるヤツらや、談笑してるヤツらばかりである。
ギルドマスターの部屋へすぐに通され、深刻な様子で書類を見るギルドマスターの姿があった。
「座ってくれ。」
渋い顔で決済をして、その紙をオレに差し出す。
「ギルドマスターのカルロスだ。」
中年の男性はディモス。色黒で皺が深い。長年、外で活動していた者の風貌だ。
「ヒガンです。」
「うむ。話は聞いている。ひとまず、その書類を読んでくれ。」
内容は王都の南部に不穏な動きがあるという事。どうもヒュマスと通じている貴族がいるようで、向こうで好き勝手やりたがっているようだ。
まあ、自分より弱い者の上で、好き勝手やりたい気持ちは分からんでもないが…
「ふむ…」
「問題はヒュマス側がこちらを狙っているという事だ。ヒュマスだけなら敵ではないが、どうやら力のある亜人がいるようでな。」
「なるほど。」
召喚者だろう。いよいよ出てくるようだな。
「実は既にエルフの国で揉め事を起こしている。亜人という事で警戒してなかった様だが…」
「そうでしたか。」
既に前科持ちか。いったい何をやらかしたのか。
「これは国からの君個人への指名依頼となっている。出来ればすぐにでも出てもらいたいのだが、我々は冒険者だ。断る権利もあるぞ。」
神はどうやら信者ではないオレの願いは聞き届けてくれない様だ。だったら、仕方ない。
「受けます。何処へ行けば良いですか?」
場所、到着日、報酬を確認し、オレはすぐにギルドを飛び出し家に戻った。
「リンゴ、小屋の連中に話は。」
「してある。服は着てるから入っても大丈夫だよ。」
「わかった。二人も来てくれ。」
小屋に入ると、目の座った連中がこちらを見ていた。毛皮を羽織るようにしているが、服の着方が色々と危うい。アリス、カトリーナさんが特に。
「ちょっと依頼で国境まで行ってくるぞ。期間は分からないから、なるべく連絡を取るようにはする。」
酔っ払いたちが何言ってんだこいつ、という顔をしている。まあ、三人無事だから大丈夫だろう。
「なに?またどこかでおんなをつくってくるの?」
バニラさん、物騒なことを言わないでくださいね。そんなことしたこともありませんから。
「ヒュマス側の動きが怪しいらしい。恐らく、召喚者がこちらを狙っている様でな。エルディーの貴族とも繋がっているようだ。」
「父さん、それって。」
ストレイドが眉をひそめて尋ねる。リンゴと、バンブーも察したようだ。
「戦争だ。
ヒュマスは召喚者を投入して確実な勝利を得るつもりだろう。」
「それを阻止する為に行くんだね?」
ストレイドの言葉に頷く。
酔っ払いどもは、頭が回ってないようで表情が変わらない。
「三人とも、とりあえずこれ飲んでくれ。
耐性育成用の毒薬だ。糞不味いぞ。」
嫌そうな顔だが有無は言わせない。
飲んで吐きそうになっているのを堪えていると、耐性が生えて一気に落ち着いた様子になる。一先ずこれで良いだろう。
「全員の分を預けておく。明日、飲ませてやれ。危険なようなら浄化だけで治る。」
「分かった。」
リンゴが亜空間収納に危険物を回収し、後はバンブーに再び任せる。
オレは部屋に戻り、冒険者セットを身に付け、出発の準備を整える。
「おとーちゃん、ちゃんと見れなくてごめんね。」
「大丈夫だよ。常にチェックしてもらってるから。」
「うん。ありがとう。」
「ストレイドの本戦までには帰ってくるからな。」
「ちょっと遅すぎー」
「善処するよ。じゃあ、いってきます。」
リンゴがオレの手を握ると、二人も何も言わずオレの手を握る。
そして、意を決した様に
『いってらっしゃい。』
ああ、何て顔をしてるんだ。離れるのが辛くなるじゃないか。
反対の手で三人の頭を雑に撫で回し、オレは振り払うように家を出た。
王都を出る直前に息を切らせ、青い顔をしたエディさんがやって来た。
「済まない。私の力が及ばなかった。」
深々と頭を下げる。
「何言ってるんですか。エディさんと関係ない事じゃないですか。」
「だが…」
「これはオレの役目です。同胞の尻拭いくらいはさせてもらいますよ。」
「…ありがとう。」
深々と頭を下げる。
逆に申し訳なくなってくるな。
きっと、落ち度なんてないのだろう。全部上手くいかなくてはならない。そんな強迫観念がエディさんにはあるように思える。
自分の身一つ守れない人なのにだ。
「娘たちを、我が家をよろしくお願いします。」
「ああ。任せておけ。」
握手を交わし、恩人に別れを告げて王都を後にした。
王都の外はすっかり冬の景色だ。緑は針葉樹くらいで、ほぼ枯れ果てている。
同行者のいない一人旅は初めてだなと思いながら、全てのスキルを使用した状態で走り、時には跳んでショートカットする。
驚愕の表情ですれ違う者もいるが、気にせず走り抜ける。
来た時には半日掛かった距離も、10分あれば走れる。一人ならば何も気にする必要はない。何処までも行ける気がしてきた。
野を越え、森を越え、三時間ほど経ち、完全に日が暮れたところで軍が集結している所に出会す。
これが反乱軍だろうか?いや、掲げている旗が違うな。
なんとでもなるのでスキルは隠密だけ切り、正面から近付く。
「止まれ!この先は伯爵軍が駐留している!」
どうやら違うようだ。反乱軍はたしか男爵だったな。
「王都で依頼を受けてやって来た冒険者だ。指揮官に会わせて欲しい。」
国からの指名依頼であることを依頼書を見せて証明する。
「…わかった。確認を取るから待て。」
依頼書を持って行かれ、待つことしばし。
急に慌ただしくなり、若い騎士が転がるように出てきた。
「も、申し訳ありません!どうぞお通りください!」
依頼書を差し出し、頭を深く下げられた。
「やりすぎです。毅然としないとなめられますよ。」
「は、はい…」
「この後の動きについて、打ち合わせをしたいのですが。」
「わかりました。では、こちらへ。」
オレは騎士に連れられ、大きな天幕へと案内される。
僅かながらピリピリした空気を感じ取り、本物の戦場へ赴く為に気を引き締めることにした。