表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/308

42話

怒られました。

座学だけでもダメだったそうです。

どうも休業が続いて休日という概念が薄くなっているな…


「ヒガンからそれ取ったら何も残らないからな。」


バニラに酷いことを言われてしまう。その通りだよ。


「ごめんなさい。私たちも好奇心が抑えられなくて。」


姉妹揃って頭を下げる。

良いんだよ。抑えられなかったのはオレもなのだから。


「嫌なことは飲んで忘れよう。」

「ジュリア。」


カトリーナさんに名前を呼ばれてしょんぼりするジュリア。

出会った頃は声があまり出てなかったが、ようやくしっかり聞こえるようになってきた気がする。なんだかちょっと枯れてるが。


「年始ですからね。あまり厳しいことは言いません。」


ありがとうございます。

ほっと胸を撫で下ろし、席に着く。

苦笑いをするユキが、ワインの入ったグラスをオレの前に置いた。


「あたしからのお礼です。旦那には返しきれない恩がありやすからね。」

「私が買ったワインなのに…」


抗議の声を上げるジュリア。そんなことだろうと思ったよ。

飲める者にはワイン、飲めない者には果実水が注がれた。


「お祈りを済ませ、食事を用意したらみんなで乾杯をするのよ。一年の無事を祈ってね。」

「では、旦那様。一言お願いします。」


もっと事前に言って欲しかったが、言うべきこと、言っておきたい事はそんなに多くない。


「皆、去年は大きな、変化の大きな一年だった。今年もそれは続くだろう。

だからこそ、今年は平穏で無事な一年を願って…乾杯!」

『乾杯!』


グラスを掲げ、一年の無事を祈った。

この騒がしいが楽しい生活を大事にしたいものである。





「なんかとんでもないことになってしまった。」


オレ以外、大人は全員美味い酒に飲まれてしまったのだ。

教育によろしくない、という事で小屋を再び作り、そこに押し込んでおいた。簡易トイレもあるからもしもの時も大丈夫だろう。


「まさか、バニラまで飲まされてたとは思いもしなかったぞ…」

「ごめんね。お姉ちゃん興味深そうに見てたからこっそり…

こっちに来てすぐに19歳になってたらしくて、新年を迎えたから20歳なんだぞ!って無茶苦茶な事も言ってたからつい…」


色々と年齢がバグり気味だぞバニラよ…

誕生日がよく分からなくなってしまったので、新年と同時に歳を増やそうという事になった結果、悪用されてしまったようである。


しっかり者と思っていたユキも飲まれてしまい、憎まれ口の歯止めが利かなくなったので小屋送りになっていた。

おかげでメイドが全滅してしまい、世話をしているのは自ら買って出たバンブー。後でリンゴとソニアも加わるようだが、カトリーナさん(リンゴ狂信者)アリス(重度のシスコン)が酔っ払っているのが非常に不安である…


「父さんは顔色一つ変わらないね。」

「耐性が効いてるのかもしれんなぁ。」


酔えないというのもそれはそれで寂しい。酒に逃げられないからな。今度から切っておこう。

しかし、出るわ出るわ爆弾発言のオンパレード。

カトリーナさんのリンゴが世界一かわいい発言、アリスが暑いと脱ぎ出して中二病大爆発、ジュリアのドカ食いしながらもっと優しくして欲しい発言、バニラのグラスを見つめてずっと自分だけ見ていて欲しい発言、ユキの全部まとめておまえら甘えてんじゃねーぞ発言。胃が痛くなってきた。


「ストレスだけは魔法でもどうにもなりませんからね…」

「はい、お水。」


年少の二人に慰められて余計に悲しくなってきた。

小屋に放り込んだが、蠱毒(こどく)になっているんじゃないかという不安が拭い切れない。


「ありがとう。」


リンゴに渡された水を一気に飲み、大きく息を吐く。


「すまんなソニア。こんなことになって。」

「いえ。みんな色々と苦労してらっしゃるんだなぁと…お姉様に関しては、私が困りました…」


それもそうだろう。妹というストッパーに期待したが、効果がなかったようだ。


「おとーちゃん。毛皮増やせる?多分、あのまま寝ちゃうから。」


バンブーが戻ってきて尋ねてくる。


「おう。五枚で良いか?」

「うん。大丈夫だと思う。」

「中はどうなってる?」

「アリスさんに乗せられて、みんな裸で言い合いしてるよー」

「どうしてそんなことに…」

「我の強い人達が酔ってるからね…仕方ないね…」


遠い目になるオレたちだが、バンブーはすぐに我を取り戻し、小屋へと戻っていく。


「そうだ、おとーちゃん。」

「なんだ?」

「貧乳は?」

「どう答えても角が立つ。」

「あはは。そうだね。その通りだよ。」


笑いながらバンブーは小屋に入っていった。

明日、また朝が酷い事になりそうだ…


「どういうやり取り?」

「リンゴにはまだ早い。センシティブなやり取りだ。」


答えに納得いかないリンゴと、苦笑いをするストレイドとソニアであった。





夕方、留守は二人に任せ、食料の買い足しついでにソニアを送り届けた帰り道、慌てた様子でオレを呼び止めるギルド職員。


「良かった!すぐ見つかって!」

「どうかしましたか?」


息を切らせており、少しだけ息を整える。


「指名の緊急依頼です。家の方には伝えてありますので、ギルドの方へ。」

「はぁ。」


物好きも居たもんだと思いつつ、ギルドへ向かう。

中は元旦にも関わらず、相変わらず飲んだくれてるヤツらや、談笑してるヤツらばかりである。

ギルドマスターの部屋へすぐに通され、深刻な様子で書類を見るギルドマスターの姿があった。


「座ってくれ。」


渋い顔で決済をして、その紙をオレに差し出す。


「ギルドマスターのカルロスだ。」


中年の男性はディモス。色黒で皺が深い。長年、外で活動していた者の風貌だ。


「ヒガンです。」

「うむ。話は聞いている。ひとまず、その書類を読んでくれ。」


内容は王都の南部に不穏な動きがあるという事。どうもヒュマスと通じている貴族がいるようで、向こうで好き勝手やりたがっているようだ。

まあ、自分より弱い者の上で、好き勝手やりたい気持ちは分からんでもないが…


「ふむ…」

「問題はヒュマス側がこちらを狙っているという事だ。ヒュマスだけなら敵ではないが、どうやら力のある亜人がいるようでな。」

「なるほど。」


召喚者だろう。いよいよ出てくるようだな。


「実は既にエルフの国で揉め事を起こしている。亜人という事で警戒してなかった様だが…」

「そうでしたか。」


既に前科持ちか。いったい何をやらかしたのか。


「これは国からの君個人への指名依頼となっている。出来ればすぐにでも出てもらいたいのだが、我々は冒険者だ。断る権利もあるぞ。」


神はどうやら信者ではないオレの願いは聞き届けてくれない様だ。だったら、仕方ない。


「受けます。何処へ行けば良いですか?」


場所、到着日、報酬を確認し、オレはすぐにギルドを飛び出し家に戻った。




「リンゴ、小屋の連中に話は。」

「してある。服は着てるから入っても大丈夫だよ。」

「わかった。二人も来てくれ。」


小屋に入ると、目の座った連中がこちらを見ていた。毛皮を羽織るようにしているが、服の着方が色々と危うい。アリス、カトリーナさんが特に。


「ちょっと依頼で国境まで行ってくるぞ。期間は分からないから、なるべく連絡を取るようにはする。」


酔っ払いたちが何言ってんだこいつ、という顔をしている。まあ、三人無事だから大丈夫だろう。


「なに?またどこかでおんなをつくってくるの?」


バニラさん、物騒なことを言わないでくださいね。そんなことしたこともありませんから。


「ヒュマス側の動きが怪しいらしい。恐らく、召喚者がこちらを狙っている様でな。エルディーの貴族とも繋がっているようだ。」

「父さん、それって。」


ストレイドが眉をひそめて尋ねる。リンゴと、バンブーも察したようだ。


「戦争だ。

ヒュマスは召喚者を投入して確実な勝利を得るつもりだろう。」

「それを阻止する為に行くんだね?」


ストレイドの言葉に頷く。

酔っ払いどもは、頭が回ってないようで表情が変わらない。


「三人とも、とりあえずこれ飲んでくれ。

耐性育成用の毒薬だ。糞不味いぞ。」


嫌そうな顔だが有無は言わせない。

飲んで吐きそうになっているのを堪えていると、耐性が生えて一気に落ち着いた様子になる。一先ずこれで良いだろう。


「全員の分を預けておく。明日、飲ませてやれ。危険なようなら浄化だけで治る。」

「分かった。」


リンゴが亜空間収納に危険物を回収し、後はバンブーに再び任せる。

オレは部屋に戻り、冒険者セットを身に付け、出発の準備を整える。


「おとーちゃん、ちゃんと見れなくてごめんね。」

「大丈夫だよ。常にチェックしてもらってるから。」

「うん。ありがとう。」

「ストレイドの本戦までには帰ってくるからな。」

「ちょっと遅すぎー」

「善処するよ。じゃあ、いってきます。」


リンゴがオレの手を握ると、二人も何も言わずオレの手を握る。

そして、意を決した様に


『いってらっしゃい。』


ああ、何て顔をしてるんだ。離れるのが辛くなるじゃないか。

反対の手で三人の頭を雑に撫で回し、オレは振り払うように家を出た。





王都を出る直前に息を切らせ、青い顔をしたエディさんがやって来た。


「済まない。私の力が及ばなかった。」


深々と頭を下げる。


「何言ってるんですか。エディさんと関係ない事じゃないですか。」

「だが…」

「これはオレの役目です。同胞の尻拭いくらいはさせてもらいますよ。」

「…ありがとう。」


深々と頭を下げる。

逆に申し訳なくなってくるな。

きっと、落ち度なんてないのだろう。全部上手くいかなくてはならない。そんな強迫観念がエディさんにはあるように思える。

自分の身一つ守れない人なのにだ。


「娘たちを、我が家をよろしくお願いします。」

「ああ。任せておけ。」


握手を交わし、恩人に別れを告げて王都を後にした。




王都の外はすっかり冬の景色だ。緑は針葉樹くらいで、ほぼ枯れ果てている。

同行者のいない一人旅は初めてだなと思いながら、全てのスキルを使用した状態で走り、時には跳んでショートカットする。

驚愕の表情ですれ違う者もいるが、気にせず走り抜ける。

来た時には半日掛かった距離も、10分あれば走れる。一人ならば何も気にする必要はない。何処までも行ける気がしてきた。


野を越え、森を越え、三時間ほど経ち、完全に日が暮れたところで軍が集結している所に出会(でくわ)す。

これが反乱軍だろうか?いや、掲げている旗が違うな。

なんとでもなるのでスキルは隠密だけ切り、正面から近付く。


「止まれ!この先は伯爵軍が駐留している!」


どうやら違うようだ。反乱軍はたしか男爵だったな。


「王都で依頼を受けてやって来た冒険者だ。指揮官に会わせて欲しい。」


国からの指名依頼であることを依頼書を見せて証明する。


「…わかった。確認を取るから待て。」


依頼書を持って行かれ、待つことしばし。

急に慌ただしくなり、若い騎士が転がるように出てきた。


「も、申し訳ありません!どうぞお通りください!」


依頼書を差し出し、頭を深く下げられた。


「やりすぎです。毅然としないとなめられますよ。」

「は、はい…」

「この後の動きについて、打ち合わせをしたいのですが。」

「わかりました。では、こちらへ。」


オレは騎士に連れられ、大きな天幕へと案内される。

僅かながらピリピリした空気を感じ取り、本物の戦場へ赴く為に気を引き締めることにした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ