41話
ハッピニューイヤー!みたいなイベントは夜中にはなく、日の出と同時に新年は始まった。
いつもの日課と朝食を澄まし、一日が始まる。
「あけましておめでとうございます。」
「おう。あけおめ。」
「あ、アケオメ…」
いつもと違うと言えば、リンゴとアリス以外起きてこないくらいか。今日はゆっくりさせておこう。だが、ジュリアはダメだ。
今日の日課の相棒はリンゴだったが、最近の成長は目を見張るものがある。身体が出来上がるまで、あまり無茶をさせるなと厳命されているが、スキルやステータスがあると線引きが難しいな。
「旦那様、あけおめとは…?」
リンゴに変なこと教えて…と言わんばかりの顔でオレを見る。ただのスラングですよ!
「ちゃんと挨拶しないから。」
「あけましておめでとうございます。」
正座をして、しっかり手を着いて挨拶した。
「そこまでするのはドン引きかなぁ…」
「難しいな。」
「後でお話があります。」
やめてください。新年早々精神が死んでしまいます。
「新年祭だけど二人はどうするの?」
やり取りに戸惑いながら、アリスが助け船を出してくれる。
「私はソニア待ち。」
「お二人も付いて行っては?留守はお守りしますので。」
カトリーナさんの提案にオレたちは頷く。
「こっちの祭は経験が無いからなぁ。」
「では、案内しましょう。」
胸を張り、ドヤ顔で案内を引き受けるアリス。
お前の妹もいるし、ほぼ子守りだけどな。とは言わないでおく。
走ってきたのか、息を切らし、顔を赤くしたソニアがやって来る。
「おはようございます。」
「あけましておめでとう!」
「あ、アケマシテ…?」
どうもちゃんと通じてないようだ。
反応にリンゴが戸惑う。
「アケマシテオメデトウ。」
片言のソニアに感動したのか、手を掴み、ブンブンと振るう。
これは翻訳ではなく、日本語で話したという事だろうか?
「おう、あけおめ。今年もよろしくな。」
「あ、アケオメ…?」
「旦那様、ちょっとお話が。」
めちゃくちゃ怒られた。
どうやらあまりよろしくないスラングだったらしく、もう使うのやめます…
「なんかごめんね。」
「いやいい、これも勉強だ。
カトリーナさん、バニラとバンブーには早めに教えて置いてください。どっちも使いそうなので。」
「かしこまりました。」
大事なことを伝え、オレたちは新年祭へと向かうのだった。
メインストリートへ行くと、カートを改造した屋台があちこちに出ていた。
この手の屋台自体は普段も見掛けるのだが、数が全く違う。それを目当てに様々な客が列を作っている。
こう見ると、味は分からないがクレープ、串焼き、蒸かし芋などなどと多様である。パンや焼き魚もあるな。
「具体的にどういう事をする祭なんだ?」
「新しい年の訪れを神様に感謝し、祝うという建前ね。」
「本音は?」
「寒いなんて言わせない。表出ろ。活動しろ。」
「お姉様…」
身も蓋もないアリスの説明。
「もう雪で閉ざされちゃうから、その前に楽しんでおこうという感じだと思うわ。」
「雪深い時期にもお祭りはありますけどね。」
寒いと活動が鈍るのは生物の宿命か。
そこに祭を持ってくるのは良い判断だろう。
「深雪祭は雪や氷による芸術祭の側面もあるのよ。良いものには賞金も出るけど、栄誉の方が大きいみたい。形に残せないからかもしれないけど。」
「なるほどなぁ。」
買い物以外で外出しないからか、まだまだ異国という感じが抜けない。
もう少し散歩の機会を増やしてみるか。
「今日はどこに案内してくれるんだ?」
「それはね…」
姉妹で顔を見合わせ、意味深な笑みを浮かべる。
『教会だよ。』
どうやら異端者のオレは、年貢の納め時のようである。
道中、色々と食べ物を買い、ほぼ亜空間収納送りにして教会に到着する。食べ物はお土産にするらしい。これをみんなで食べるのも新年祭の醍醐味らしい。
教会だが、凄い人混みである。正に正月の初詣といったところか。
「凄い人だねー」
「流れがあるだけマシだな。それでも、はぐれないようにしろよ。」
「うん。」
頷いてオレの外套の袖を掴む。逆の方は、オレが迷子にならないよう、アリスに掴まれていたりする。含みのある笑みはやめてくれませんか。
ある程度進むと、なにやら交換しているのを見る。
「あそこでお布施と光貨を取り替えるの。」
「相場は?」
「銀貨一枚かしら。」
「分かった。」
亜空間収納から銀貨を二枚出し、一枚はリンゴに渡した。
交換して渡された物は白く塗られた木のメダル。教会の紋章と女神で裏表となっているが、これに特殊な何かは無い。
「お賽銭みたいなもの?」
「そうだな。これには…まあ、そういう事だ。」
「なるほど。」
言い方で察してくれたようだ。
「上手く濁したわね。」
「流石にな。」
オレの反応に姉妹揃って笑っていた。
いったいオレをなんだと思っているのか。多分、考えていることは間違ってないが。
人は多いが流れが早く、中へはスムーズに入れる。
「番が来たら光貨を置き、胸に手を当てお祈りするだけ。」
「わかった。」
オレたちの出番が来る。
「神の愛し子たちに祝福あれ。」
教会の偉い人がぎりぎり聞こえる声で言う。
神は信じてないが、それをこんな所でアピールする歳でもないので、言われた通りに光貨を置いてから胸に手を当て祈る。
家族の平穏を守れますように。
他の三人も同時くらいに祈りを終えると、アリスに促されるように教会を離れた。
「これが私たちの一般的な新年行事。
お祈りして、屋台の食べ物を買って、みんなで食べる。当然、家で作る人もいるけどね。」
「カトリーナさんはどうするんだろうな。」
「あー、何か作ってそうだね。ソニアも食べていくでしょ?」
「はい。そのつもりで来ましたから。お母様にも言ってあります。」
うちの飯は美味いから期待したくなるのもわかる。
帰りも更に食べ物を買い足す。
すぐに食べた方が良いものも多いが、日持ちする物も多いのだ。ここで買って、何日かで食べるという感じなのかもしれない。
これはゲームにもなかった事でとても新鮮な光景だ。
「リンゴちゃん、クレープ食べよう。」
「いいねー」
最後に四人でクレープを食べ、オレたちは新年祭を後にした。元の世界で食べた記憶は無いが、意外と美味かったな。
『ただいまー』
ソニアも含めて全員で帰宅を告げる。
「おかえりなさいやせ。」
出てきたのはユキ。流石に起きていたようだ。
他もしっかりしているが、ストレイドはぼんやりしている。
この分だと、より過酷だった二人は起きるのも無理なのでは。
「お土産を買ってきたよ。ほら出して。」
屋台で買ったものをリンゴに促されて一つずつ出していく。それを見て、精気の抜けていたジュリアの表情が輝き出した。実に分かりやすい。
「ジュリアがあの調子だと、なんか調子が狂って。」
「分かる気がする。」
アリスの呟きに、オレは頷くしかなかった。
どうも努力が空回りしている感じがするからな。一度、ちゃんと見てやった方がいいだろう。
「おかえりなさいませ。たくさん買ってきましたね。」
「ただいま。人もいっぱいだったよ。
教会でお祈りするのは新鮮だったな。」
リンゴがはしゃぎ気味に言う。そもそも、教会に縁がないからな。これからも行くことは稀だろう。
「普通は神官系が一人くらいはいるんだけどね。君が全部できちゃうから…」
多分、加入させる事はないだろう。確実にしがらみになるし、どうも価値観の妥協もできる気がしない。
それは恐らく、カトリーナさんも、ユキもだろう。あらゆる場面で火種になる予感しかない…
「今日の経験は感謝しているよ。二人ともありがとうな。」
「貰ったものに対して安すぎるお礼だけどね。」
「私もリンゴさんに文化を紹介できましたので。」
ソニアが居なければ、アリスも一人で行っていたのではないだろうか。そう考えると、やはり人の繋がりはバカにできない。
「カトリーナさんは新年祭の準備したの?」
「はい。色々と買ってくると聞いていましたので、シチューを作っておきましたよ。」
「いいねー。屋台じゃシチューは厳しいもんねー」
「食い合わせの問題はあるが、まあ合わないものは無いな。」
「お酒のつまみになりそうなのは多いね。」
「新年だし飲むか?」
「魅惑的なお誘いだけどやめとくー。妹に恥かかせたくないからね。」
失敗でもしたことがあるのだろうか。そういう事なら無理に飲ませる必要もないだろう。オレも飲まないし。
「でも、どうしても、というならやぶさかでもないわ。」
「飲みたいんじゃないか。」
「もう飲むしかないでしょ。」
教えた亜空間収納からワインを取り出す。
あなた隠れて飲んでますね?
若干、緩み気味のコルクを見てそう結論付ける。姉の威厳を保つために言わないでおくが。
「カトリーナさんとジュリアは?」
食べるもの選別している二人に尋ねる。
「私は明るいうちは…」
「一杯だけいただきましょう。」
やんわり断るカトリーナさんと、キリッとした顔で要求するジュリア。
「あたしには聞いてくれないんですか?」
「ん?ああ、悪い。ユキも成人か。」
肉付きは改善されたが、見た目が相変わらず華奢で成人という印象が抜ける。
「こちらの法ではバニラ様とストレイド様も飲めやすぜ。」
「あ、そうなのか。」
良いこと聞いた、と言わんばかりの顔でバニラがオレを見る。ストレイドは特に反応もない。
「新年祭行くんだろ?帰ってきてからにしろ。」
「そうだった…」
それを聞き、グラスを持ったジュリアが固まる。お前、忘れてたな?
「うぅっ…ぐぬぬ…」
「引っ込めろ。」
「預かっておきやす。」
しょんぼりした様子でグラスを差し出し、回収される。
それからは和気藹々とした昼食となり、皆は新年祭へ。先に済ませたオレたちは留守番となった。
「ソニアは何が得意なんだ?」
年少組は遊びに来て、主にカトリーナさんが相手をしていたのでよく把握できていない。
訓練場メンバーは把握できているのだが。
「姉と同じく魔法です。後は棒術も。」
魔導師としてはよくある組み合わせだ。
増幅、制御効果のあるロッドを近接用に使う感じか。
「パウラ様の様には動けませんけど。」
「特化してるからな。動けたらパウラが涙目になりそうだ。」
だが、同じ歳になった時、どうなっているかはまだ分からない。
ビーストという身体能力へのアドバンテージ、ディモスという身体の成長の遅さはあるが。
「ソニアにはまだ高度なの教えないでね。
この子、基礎がまだ危ういから。」
「お姉様…」
黙ってて欲しかったと言わんばかりの顔で抗議する。性格は違うのだが、顔付きは似てるので、アリスの幼い時の様子を見ているような錯覚もある。
しかし、基礎か。
基礎という言葉は非常に幅が広い。魔力の出力、制御力。現象の知識、理解度。そもそもの適性も含まれてくる。実は最も厄介な言葉だ。
「今度、魔法を見よう。
今日はそういうのするなって、カトリーナさんに釘を刺されてるからしないけどな。」
「あ、ありがとうございます!」
目を輝かせ、深く礼をする。
うん。安請け合いだったか?
「強力なライバルが増えてしまう…」
「私は妹に追い抜かれそう…」
気の早いリンゴとアリス。
だが、効率の良い基礎訓練を覚えれば、伸びるのが早くなるのは間違いないだろう。
「本当は棒術も教えてやりたいけどな。オレには扱いきれなかったよ。」
『えっ』
何故驚くのか。
「雑に叩けば良いって先生が…」
「そう教えられるよね…」
おい先公。なんて指導してやがる。
あまりにもあんまりな指導にオレは頭を抱えた。
「まあ、やることもないし、軽く指導するか。」
「やったー!」
「まあ、今日は座学だけどな。」
少しだけ場所を開け、即席ロッドで実演を混ぜつつ魔導師向け棒術の基礎講座を始めた。
姉妹だけでなく、リンゴもメモを取りつつ魔導師用棒術講座を聞く。知るのは大事だからな。どんどん学んで成長に繋げてくれ。