40話
プログラムも一通り終わり、昼前になってようやくストレイドたちの元へ行く。
色々とありすぎて何を伝えるか迷ったが、最初に言うべきは決まっている。
「みんな、よく頑張ったな!そして、代表決定おめでとう!」
エディさんが、オレたちを代表して皆を祝福する。
選手の三人も、サポートの二人も、そして表に出てこなかったユキも、嬉しそうにその言葉を受け止めていた。
フィオナに至っては、感激して泣き出しそうである。
「三人とも凄かったよ!」
リンゴ達年少組も、キラキラした眼差しを全員に向けていた。
「ユキの方は何かあったか?こっちからは全く把握できなかったが。」
「ありやした、ありやした。大小様々な嫌がらせを受けやしたが、しっかりお返ししておきやした。今頃は親の前で泣いてやすよ。」
大袈裟に言っているだけかもしれないが、何をやったのか恐ろしくて聞けない。
「みんな、手が掛からなくて退屈でしたもんで。でも、控え室までしっかり活躍は伝わってやしたよ。
まともな出場者からは、目標にしたいという賛辞も受けておりやす。」
嬉しそうに伝えるユキ。
今まで黙っていたのか、選手3人揃って照れている。
「今回は、特にバニラが万全な力を示せなかったのは残念だと思う。だが、本戦はそうならないよう尽力しよう。」
「エディさん、良いんだ。大会にレギュレーションは必要だ。今回のような制約があったからこそ、準決勝のような闘いができたんだと思う。なんでもありは決勝のようになってしまうぞ?」
「だが、大会の意義を考えるとなぁ…」
納得いかない様子のエディさん。
少し後押ししよう。
「アンティマジックの禁止までですね。あれは魔導師系が死んでしまいますし、エンチャントが無意味になるので。様式の制限は撤廃しても良いと思いますが。」
今日も魔法が大活躍していたからな。
未発達な体の差を埋める為にも必要だろう。
そう言えば、熱気に飲まれて言葉遣いが素になってしまったが、気にしていないようなので助かった…
「まあ、そういうことなら…」
エディさんにはそれで納得していただこう。
この世代より前か後かは本当に大きな違いになりそうだが、観客にも戦う事で食い扶持を得る者はいた事だろう。上を目指す良い刺激になってもらいたいものだ。
「さて、諸君。今日勝ち取ったのは春の大会への出場権利に過ぎない。
冬の間にきっと魔法はもっと発展するだろう。ライバルたちはもっと強くなるだろう。
だが、諸君は圧倒できると信じている。春も期待しているぞ!」
『はい!』
皆には良いエールになっただろう。春もまた応援に来てもらいたいものだ。
「では、皆さん、帰りましょう。今日は労わせていただきますよ。」
カトリーナさんに声に歓声が上がり、オレたちは早めの帰宅となった。
心底残念そうなエディさんとはここでお別れ。引き継いだ騎士と、カトリーナさんがなにやら親しげに話をしていた。
リンゴに関しては早引きみたいなもんだが、厳しいことは言うまい。
来た時は三人だったが、帰りは1チーム、2チームと増え、かなりの大所帯となっていた。
この王都へは身一つでやって来たオレたちだったが、今はこんなにも信頼してくれる者たちがいる。
前を歩く娘たちの姿がとても逞しく、誇らしく見えた。
帰宅したらめちゃくちゃ大変でした。
大所帯に驚いた騎士達に説明し、遅い昼食を出場者とジュリア以外の全員で準備することに。オレは具材を切ったり剥いたりと、運ぶのを手伝った。
騎士達は子供達の様子を見届けると感謝を伝える暇も無く、すぐに午後の業務へと戻っていった。
その間の風呂場は戦場だったようだ。人数がとにかく多く、服の量も多い。服の方は職人がそれぞれ責任を持って担当したが、大変なのは浴室。お湯を何度か張り替え、最後は試合の疲れを厭わずに、ストレイド達が裸のまま掃除をしていたようだ。これが若さか。
人数が多いので今回も訓練場を使う。そのままでは寒いので、建築魔法の出番だ。
訓練場全体を覆うほどの広さの小屋を組み、床は加工した毛皮で覆う。暖房は置かずにエンチャントでほのかに暖かさを感じるようにした。
地べたで座れるように、テーブルの高さも調整しておいた。
『なにこれ』
こっちに来た連中が声を揃えて驚いてくれた。
風呂上がりで顔が赤い。湯冷めしないように小屋へと誘導しよう。
「ゆっくり休めるように今準備した。靴は脱いで上がれよ。」
『いま!?』
驚きで足が止まっているので、早く入れと背中を押して小屋に入れた。
「綺麗にしてあるからそのまま座って良いぞ。」
次から次へとやって来る出場者を誘導し、最後にストレイドたちが来たところでオレは家に戻る事にする。
「父さん、とんでもないものを作ったね…」
半ば呆れ気味に窓の向こうの小屋を見ている。
その手には運んできた昼食があった。トレイの上には大量のパンと野菜があった。
「おう。早く運んでやれ。腹も空かせてるだろうからな。」
「う、うん。」
急かされ、納得いかない様子で小屋へ行く。
オレも調理場へ行き、運ぶものはないか尋ねると、
「スープを鍋ごとお願いします。
盛り付けは向こうで行いますので。では、リンゴ様。」
「うん。こっちは任せて。」
鍋を収納したオレは再び小屋へ行く。
戻って来るとは思わなかったのか、慌てて座り直す姿も見えた。
「これで最後だ。気楽にしてて良いぞ。」
鍋を置く台を用意し、それから鍋を出す。
「旦那様、後のことはお任せください。」
「ああ。みんな、今日はゆっくりしていってくれ。必要なものがあればカトリーナに言うように。」
そう言い残し、ようやくの昼飯を食べるために家の方へと戻っていった。
家の方は無関係なアリス、ジュリア、リンゴと男子達。
ジュリアは何故かへばっており、何も出来ずにいた。
「騎士団の人に指南してもらっていたのよ。」
「なるほど。」
向上心は評価しておこう。
いつもの席に座ると、既に食べ終わってる者もいた。良い食欲である。
「おかわりもあるから遠慮せずにどうぞー」
リンゴの言葉に我先にと挙手する男子たちであった。
昼食の後始末を終え、慌ただしい長かった午前がようやく終わったという実感を得る。
「リンゴ、アリス、セバスお疲れ。」
「ふぃー…カトリーナさんの苦労が少し分かった気がする…」
「これを毎日だから頭が下がるわよね…」
一礼するだけのセバスに対し、疲れた様子の二人。
男子たちも増やしたテーブルであれこれ話をしていたが、食事をしてあれこれ話している内に一人、二人と眠り始め、ついに全員眠ってしまっていた。
カトリーナさんとユキが食べ終わった食器を持ってきた。
「洗ってくださったんですね。ありがとうございます。」
「やることもなかったからな。」
机で突っ伏す男子を見て、カトリーナさんが微笑む。
「あちらも似たような状態です。みんな全力だったという事でしょう。
大規模反省会の様相で、悔しくて泣き出す子もいましたからね。」
その悔しさをバネに成長してもらいたいものである。
見所の多い子は多く、将来を見据えてPTに誘いたいと思ったのも居た。
だが、オレたちの側から声を掛けるのはフェアではない気がするので、それだけは止めておこうと皆に言っておく。望むなら喜んで受け入れるけどな。
「日が落ちる前には起こしましょう。ご家族に報告したい子もいるでしょうからね。」
カトリーナさんの声に頷く。
濃い一日にようやく平穏が訪れた気分だが、祭の後の寂寥感のようなものが湧いて来るのはしかたない。
ユキは先に小屋へ戻り、リンゴも付いていく。
カトリーナさんとセバスが協力して皿を洗う音だけが聞こえていた。
アリスはソファーに座り、本を読んでいる。
そう言えば、本も新聞も読んだことがないな。
皆が特に何も言わない当たり、文字は読めているのだろう。
置いてあった他の本に手を取る。
『光属性概論』
「??」
全く知識にないことがずらずらと書かれていた。
「なんでそんな顔するのよ。それくらいわかってるでしょ?」
「いや、全くわからん。」
「えっ」
「どこを読んでも知識にない。」
「えぇ…」
信じられないという顔でオレを見てくる。
光属性というのは上位属性の一つ。上位属性が二つあり、その性質からプレイヤーは光と闇と呼んでいるに過ぎなかった。
光すら弾く斥力の極致が光属性。聖なる力で光っているのではない。闇はその逆だ。霊すら留め置く引力の極致といったところか。
アンデッドに光属性が効くのは、定着の弱い魂を吹き散らすからという説をオレは支持している。
エンジェル系に闇が効くのは、光として認識できる力の放散が機能せず、オーバーヒートのような状態になるから、という説を支持している。
結局の所、あれこれ考えず効けば何でも良いのだ。
オレの認識を説明したところ、絶対に教会関係者に言わないようにと厳命されてしまう。
なんかもう思考が異端過ぎるらしく、教会と関わるのが怖い。
「それでそれ以上の属性が操れるんだから、きっと間違って無いんでしょうね…頭が痛いわ…」
魔法の制御を高める為には現象の理解が必要なので、この論が合っているなら魔法は問題なく発動される。間違っているなら、制御がしにくかったり、そもそも発動すらしない可能性もあった。
炎が燃え盛っているのが光属性!などと考えながら光属性の魔法を使っても、発現するのは火属性。光属性になったりはしない。
「アリスは使えるのか?」
「形にはなるけど、制御が出来ないわ。不安定過ぎて実用的じゃない。
…そうか、弾く力、引く力なんだ。」
説明に思い当たる所があるのか、本を閉じて考え込む仕草をする。
「じゃあ、割れやすいグラスやお皿なんかを手元に引き寄せる事も出来るわけ?」
「恐らく出来るな。
ただ、壊さずにという条件が付くと、恐ろしく難しくなるぞ。この紙より薄い、柔軟性皆無の固体を、つまみ上げる様な話だから。」
「ピンと来ない。」
「力んだジュリアが皿を割らずに済むかどうか。」
「無理ね。」
男子に混じって寝てるジュリアがくしゃみをする。お大事に。
この二属性、簡単なことに利用するには力が過剰なのだ。様々な条件を付加し、ロスを発生させれば難なく掴めるだろうが、普通に手で持った方が楽だよね、となってしまう。
だが、手足が不自由なら福音となる魔法かもしれない可能性はあった。属性に対する理解度を深めると、教会と関係が危うくなる様なので難しいだろうが。
意外と社会のしがらみが多いなぁと思わされる。利権にしたいのは分かるが、発展の障害になってはこの国にとって本末転倒だろう。より発展するための利権、というなら感心するのだが。
まあ、扱いの難しい魔法に違いはないので、アクセスしにくくしておくのは悪くない。
磁石がイメージできると楽なんだけどな。
「そう言えば、磁石って知ってるか?」
「じしゃく?」
「金属のくっつく石。」
「あー、マグネタイトね。」
そのままではないか。言い方の問題か。
「えっ、もしかして。」
「あれは純粋に物理的な作用なんだが、光属性と闇属性はそれを魔法的な作用として実現、めちゃくちゃ強化してると思えば良い。」
「ああ…世の大発見をソファーの上でだらけながら知るなんて…」
でも、と姿勢を整えてこちらを見る。
「理解が一気に深まりました。先生、ありがとうございます。」
こちらを向いて、ペコリと頭を下げる。
なんだか照れ臭いな。
「じゃあ、あのヴォイドっていう属性は?」
「宇宙を知らないとイメージも難しいんだが、全ての属性を均等に取り込み、超圧縮して解放すると発現する属性だ。圧縮と解放の過程で闇と光が必要になる。」
「見えないけど魔力がとんでもない事になってるのって…」
「圧縮の過程で、属性同士が融合し、反発し、相乗効果を引き起こしてるんだよ。
オレには時々虹色になる金に見えてるんだが、バニラは七色の輝きって明確に言っていたな。」
「私には眩しすぎて白かった。きっと、認識できないレベルだったのね…」
こう会話をすると、色々な差を認識する。
アリスは国で屈指の魔導師になっているはずだが、それでも及ばないことが多すぎる。このまま、オレたちに付き合わせてて良いのか不安になってきた。
「そんな顔しないで。
大丈夫。時間は架かるけど、きっと追い付くから。」
「引退する前に頼むよ。」
「百年くらい大丈夫そうね。」
「アリス、お前もか。」
互いに笑い、魔法の講義の時間は終了する。
こういう知識の擦り合わせの時間はなんだかんだで楽しいので、仲間たちには感謝しかない。
そうこうしてると、女子たちが戻ってきたので、オレも手を叩き男子たちを起こし、それぞれの家へ挨拶回りに向かった。
どの家も娘たちを称えており、来年こそはと親子揃って意気込んでいる所が多い。無事が一番と胸を撫で下ろす親もいたから、そこでは帰りが遅くなったことを平謝りした。
フィオナの母親からはジュリア共々、今後ともよろしくと言われ、パウラの所からはもっと鍛えてやってくれと頼まれた。
言い方は違うが、親子揃って戦闘民族なんだなと思わせてくれる当たり、息が合うのも納得である。
共通して様式の制限には思うところがあったようだが、度々フィオナの見せた魔法を褒めており、そんな事に意味はなかったと印象付けてくれた様だ。上手いヤツは制限を掛けても上手いのは世の常だからな。
こうして慌ただしい年の瀬を終え、オレたちは新たな一年を迎える事になった。