37話
いつも通りに起き、今日は軽くストレイドとトレーニングをしてから朝食を迎える。
「申し訳ない…本当に申し訳ない…」
寝癖だらけのツインテールがやって来て急に謝ってきたが、正体に気付いて度肝を抜かす。
誰かと思ったらエディさんだった。
髪型はどうやらリンゴにやられたみたいである。鳴らない口笛吹いてないで、ちゃんとこっちを見なさい。
「それより、朝食もしっかり食べていってください。水をしっかり飲むのも忘れずに。」
「気遣い、痛み入る…」
しょぼくれたツインテールが哀愁を倍増させる。エディさんも疲れていたんだな…
水を一気に二杯飲んで顔を洗い、気付いているのかいないのか、ツインテールのまま席に着くのであった。
エディさん、と言うよりリンゴのおかげでやや慌ただしい朝となったが、出場者組とユキは予定通りに登校を始めた。
せめて皿洗いを、と名乗り出るエディさんだったが、割るからダメですとカトリーナさんに断られていた。
皿洗いはセバスに任せ、エディさんは身だしなみを整える為に、肩を落としたままカトリーナさんと部屋へ戻る。
「ジュリア、動けるか?」
「無理かも…」
「じゃあ、飲んでおけ。」
ポーションを渡し飲ませると、疲れきった顔が渋い顔になる。
「まずいけど 、身体が楽になった…」
許せ、味はオレではどうしようもない。
「オレとカトリーナさんは応援に行く。この家は三人だけになるが大丈夫か?」
「う、うん…」
「ちょっと寂しいわね。」
不安そうな顔のジュリアとアリス。
事態がかなり大事になっているのを二人は分かっている。
「エディさん経由で応援は呼んでいる。もし、何かあれば敵対側に不利な材料になるだけだが、いざという時は家を棄てて逃げても良い。
この家にお前達ほどの価値はないからな。
二人と同等の才能を探す苦労も察してくれ。」
「過大評価だよ…」
「私はそうは思わないけど。」
反応の真逆な二人だが、アリスは強がりが見え見えである。
どちらも他に得難い大事なパーティーメンバーだ。絶対につまらない事で欠くわけにはいかない。
「オレの評価は間違っているとは思わない。
まあ、バニラのエンチャントを破れるとも思わんが、一応な。」
「わかったわ。」
アリスの判断に任せて良いだろう。いざという時はセバスもいる。
「失礼します。」
玄関から声がしたので出迎えに行く。
「騎士団から派遣された…ああ、ヒガン様でしたか。」
「これは、お世話になっています。」
派遣されてきたのは巣潰しの担当をした騎士だった。
「改めて、リチャードと申します。今日一日警護をさせていただきます。」
「よろしくお願いします。」
挨拶すると部下と思われる騎士たちも入ってくる。
「うちのメンバーを二人、執事も一人置いておきます。何かあればそちらに。昼食もこちらで用意しますので。」
「わかりました。
…学園の事は存じております。苦労もおありだと思いますが、どうぞ娘さんを見守ってあげてください。」
「ありがとうございます。」
「私にも弟や妹、それに娘がいますから、心配な気持ちは分かりますよ。」
「ははは…」
この事で心配の種が尽きないのはお互い様ということか。申し訳ない。
「騎士団諸君、ご苦労。」
しっかり正装をしてきたエディさんが挨拶すると、騎士が揃って敬礼をする。昨晩、10分でぐでんぐでんになっていた御人とは思えない。
「楽にしてよい。私も客人だからな。」
「はっ。」
各人と色々と打ち合わせをし、出発の時間となる。
「セバス、アリス。家は判断に任せる。」
「わ、私は…?」
「二人に従え。」
「私の方が古参…」
不満げなジュリアだが、自主性がどうも希薄なのでしかたない。
「もう少しユキに鍛えてもらったらな。」
「ぐぬぬ…」
悔しそうにするが、それがオレの今の評価である。
自信さえ付けば数日で覆るかもしれないが。
「では、旦那様。」
いつもと変わらないメイド服の上に防寒着を着て、少しだけしっかり化粧をしてきたカトリーナさん。。
オレもしっかり冒険の時の装備。今の正装はこれになってしまう。
「では、行ってくる。」
留守番組に見送られ、エディさん、カトリーナさん、リンゴ、ソニアと一緒に学園に向かって出発した。
学内選抜にも関わらず観客、警備が多い事もあり、会場まで問題が起きる事も無くすんなり到着する。
学生の方は試合を見るも、授業を受けるも自由らしく、リンゴとソニアもそのまま同行していた。
入口でプログラムやルールが焼き印された薄い木の板を受け取っており、それによると午前中だけで終わりそうである。
紙が貴重らしく、こういう催し物では一組に一セットずつこういう物を配るらしい。
黒塗りのように焼き潰されている組は、返り討ちにされた連中だろうか。スタッフもご苦労様です。
「二人とも、気になる所は?」
オレとカトリーナさんに向かってエディさんが質問する。
「魔法様式の指定くらいか。
スキルにも特にレギュレーションもないようだし、特に負ける要素が見当たらないな。」
「魔法無効化の禁止が明記されていますね。
それで三人をどうこうは出来ませんが。」
「判定まで逃げればという考えだろうが、速さも、技術もあり、魔法も使える連中相手にそれは悪手も良いところだしなぁ…」
話をしてると入場の時間となったので、オレたちは中段のよく見える位置に座る。
会場も一ヶ所なので、移動の必要も無さそうだ。
満員ではないが少なくもない。そういう感じか。
「何か買ってきましょう。」
「そうだな。金貨をいくつか渡しておこう。」
「…お釣りが払えないと思うので、私が出します。」
「そうか?」
どうやら、エディさんの金銭感覚もポンコツなようである。良かったオレだけじゃなかったんだ。
カトリーナさんを見送ったところで会場が賑わいだす。
「卒業予定者による演武だ。
結界の安定性やルールの説明をする為のものだが、多くは就職先が決まってない者の売り込み場だな。」
「世知辛い…」
頑張れよ若人。おじさんはなにもしてやれないが。
四方八方に魔法を放って結界の証明をしたり、様々な武器を使って戦うのは見応えがある。全部台本通りなのだろうが、力強さ、速さ、駆け引きのような間もあり、なかなか良い動きをしていた。ジュリアに見習わせたい。
演武が終わる頃になると、カトリーナさんが戻ってくる。
「お待たせしました。」
手渡されたのはパンの耳の入った紙袋。甘めに加工されているようで美味そうである。
「間違いました。それはエディアーナ様の物です。」
「えっ!?パンの耳!?」
「昨晩の失態を反省してください。」
顔に出してないけどおこでした。
あの不揃いツインテールで許してやって下さい…
まあ、こっちの袋の中身もパンの耳なんですけどね。こちらはチーズとスパイスが使われていた。
「始まりましたね。」
基本的に高等部内でも若い者が中心の選抜戦なのだが、リストを見ると5年以上高等部に通っている者が入る組も少なくはない。就職に向けてアピールというだけではなく、単純に卒業の為のポイント稼ぎの者もいるのだろう。
長命が多く、年齢もバラバラだからか、留年と言っても、他と大きく劣っている部分が見えない。
18だから最高学年というバニラだが、無理に固執する理由もなかったのではないだろうか?
こう見ると、ストレイドの17歳というのはかなり若く見えてしまう。
というか、17歳だったのか。普通に20歳くらいに見えてたが、それだとバニラを姉さんと呼ぶのはおかしいもんな…
「学園の代表になるというのは、学生にとって栄誉な事なのだ。
代表になれるまで留年を重ねる者は、どこの学校にもいる。かつて政を担った者としては、早く卒業してその高い能力で社会に貢献してもらいたいがな。」
苦笑いを浮かべながら、事情を説明してくれる。
ゲームではチーム同士のトーナメントが近かっただろうか。戦闘力のレギュレーションがあり、敢えてギリギリのところでサブ以下のキャラの育成を止める者は多かった。
研究や調整によって、装備、スキルビルド、立ち回りのトレンドが毎年変わるので、出場者も大変だなぁなんて思いながら見ていたものだ。賑やかし目的以外で出る側じゃなかったからな。
『会場の皆様、お待たせしました。
第743期学生闘技大会ルエーリヴ魔法学園選抜決定戦を開催いたしまーす!』
学生だろうか。最後の方は明らかに、テンションを抑えられなくなっていた。
しかし、743期とは…長命が多いからよく分からんな…
『今期も開会式セレモニーはカット!すぐに試合に入らせていただきます。」
おお、思い切ったな。開催者。
長い話があるのかなと思っていたが。
「まあ、私も出る予定だったのだ。
他の出席者も、すぐ始めた方が良いと判断して客席にいる。主役は生徒だからな。」
分かってらっしゃる。
きっと生徒もそのつもりで調整しているだろう。
最初の試合の顔触れは意気揚々。全く緊張する素振りもない。
若いビースト二人の咆哮が大会の始まりを告げた。
試合は進み、ストレイドたちの出番が回ってきた。
三人とも細部は違うがお揃いの服装だ。他にも何組かいたが、ユニフォームみたいで良いな。
ここまで見た感じ、生徒達の動きは悪くないどころか、オレより良さそうなのが多い。幼少の頃からの鍛練の賜物といって良いだろう。
スキルの成長度合いや、魔法の使い方の良し悪しが試合を決めているパターンが多く、少し残念な内容だが。
「なしなしの試合はないのですか?」
「なしなし?」
「スキル、魔法なしです。」
「スキルなしがありえぬし、近接技術のみは評価されぬのだ。魔法の存在しない戦場もまだないからな。」
まだ、という言葉が気になるが、恐らくわかっているのだろう。
ただ、戦場というのが気になる。亜人の間にわだかまりがあるようには思えないし、ヒュマスがケンカを…いや、召喚者次第か。連中がどの程度育ったのか気になるところだ。
最初はネコ娘とディモスの男。
「パウラから入るのか。」
ネコ娘はパウラというようだ。ありがとうエディさん。
パウラの得物は棒。なかなか渋い武器である。
人気武器ではないが、使い手は少なくないという印象の武器。叩く、突くのみだが、その距離の可変さは厄介だ。長くも短くもというのは対峙するといやらしさがよく分かる。
相手は同じ長物の槍だがさて。
【ハードインパクト】
開始直後に猛烈な突撃と同時に魔法。突きを防御に構えた槍に当てると効果を発揮。
槍が大きく跳ね上げられ、がら空きになった胴に勢いの乗った蹴りがヒット。 跳ね上げられた槍を振り下ろすが、既にパウラは離れている。
防具のある部分だったので、ダメージは低いだろうが、いきなり初擊をぶち込まれた動揺はあるようだ。
スピードアタッカーのパウラ。相手にはそれに対応できる反応速度や判断力が求められるが、さて。
このままにらみ合い、とはならずに今度はディモスの男が真っ直ぐ、猛烈な突きを繰り出す。だが、それは悪手だろう。
【ハードインパクト】
避けられ、今度はさっき蹴られた所に強烈な一撃が叩き込まれ弾き飛ばされた。
これは、カトリーナさんに散々やられていたパターンで、横で見ていた当人は僅かに口の端を吊り上げ、嬉しそうに見えた。
ディモスは立ち上がることができず、そのままパウラの勝ちとなる。
一礼し、舞台から退き、控えていた二人とハイタッチをしていた。
他で見ないハイタッチは誰の入れ知恵だろう?一体感が生まれるから褒めてやりたい。
【ハードインパクト】は最もメジャーな物理衝撃強化魔法と言って良いだろう。素手、鈍器に使え、事前に仕込んでおき、発動は打撃が当たった瞬間と使いやすい。
ただ、この打撃が当たった瞬間というのが厄介で、制御が甘いと武器同士でぶつかっても発動してしまう。
一撃目のように狙って使うこともできるが、制御力を見透かされると逆に利用される事もあり、一瞬が勝敗を分ける戦いでは勝敗を分けかねないデメリットになりかねない。
「完全に主導権を握った試合でした。チーム初戦の一番手なんてプレッシャーは、あの子には無さそうですね。」
相手の一撃も誘ったものだったのだろう。
蹴りを喰らって頭に血が昇ったか?
「気が付いたら相手が吹き飛んでおった…」
エディさんの目には速すぎたようだ。
「次はフィオナですね。これで決まりでしょう。」
普段は髪を下ろしているが、今日は気合いを入れる為にしたらしいポニーテールを揺らしながら、片手剣のみを持ったフィオナが舞台に上がる。
フィオナも盾を使うのだが今回は持っていない。使うまでもないということだろうか?
相手は同じエルフだが、金と銀という珍しいグラデーションの髪に褐色の肌。これが南方エルフだろうか。
相手は武器らしい武器を持っていないが、腕にはしっかり布のようなものが巻き付けられていた。
互いに何やら話してから構える。資料によると修学年数は相手が上なのだが知り合いだろうか。
両者構えたところで開始の合図である。
【ハードインパクト】
パウラと同じく、南方エルフが一気に踏み込んでくる。純粋に素手かと思ったが、魔力の流れから布の下に殴打用の装備を着けているな。ヒマンテスと呼ばれるものだろうか?
【アイスストライク】
フィオナは左手を向け、氷の魔法で対抗する。
ただし、威力ではなく、数をばらまく典型的な【ハードインパクト】潰しだ。
堪らず立ち止まり、殴ったり蹴ったりして回避する。
【サンダーストライク】
アイスストライクを維持したまま正確に相手に向けて雷撃をぶっぱなす。魔法の同時発動を見せた事で、魔法も卓越していると証明して見せた。
南方エルフも気付いていたが、完全に氷に阻まれて身動きが取れず、直撃を両腕で防ぐ。
雷撃で痺れたのか動きが止まった。だが、それで戦意が挫かれる南方エルフではない。
声を、力を振り絞って一歩踏み出す。
【サンダーストライク】
ダメ押しのもう一発。
徹底して勝ちに拘れる冷徹さがフィオナの強みだろう。戦いで油断、慢心、楽しむという要素を排除して戦う姿は美しくさえ見える。
だが、相手も負けていない。
【闘気】【鬼神化】
体力も気力も振り絞り、雷撃を物ともせずに飛び出してくる。
しかし、そこまでだった。
あと一歩の所でフィオナの長い足が相手の顎を蹴り上げ、終了。一歩も動くこと無く、持っていた剣も振らずに勝利するというパウラと対極的な勝ち方。
優雅に納刀し、一礼してからポニーテールを揺らしながら舞台から降りると、待っていた二人とハイタッチをした。
完勝という内容に、特に東方エルフの集団が沸き上がっている。
「やはり相手の未熟さが目立ちました。
完全にフィオナの術中にハマっていた、と言って良い内容でしょう。最初から相手に合わせて戦う気はなかったみたいですね。」
「気が付いたら相手が伸びておった…」
放送席さん、カトリーナさんを解説に置こう?
三人の事をよく知っているからこそだろうが、よく見ているなぁと感服する。
オレなんて「おー、すげー」くらいに見てたから恥ずかしい…
こうして、初戦はストレイドの出番無く完勝で終わる。
悔しそうな二年生チーム。南国エルフが気が付いて騒ぎだすが、チームメンバーに宥められ、しょんぼりと揃って礼をする。
二言、三言言いたいことを良い、舞台を降りてから泣き崩れてしまった。
「あの娘も頑張っていたってことか。」
「ここに立つのは皆そうです。これが最後と決めている者もいますからね。」
二人で話ながら、こちらに気付いた三人に手を振る。
勝った三人の表情はとても明るく良い笑顔だ。
「ジュリアの魔法のダメさはトラウマでもあるのか…?」
フィオナの見事な魔法を見て、そう感想を抱く。
姉妹なら、そこまで才能に差はないと思うのだが。
「それは当人に聞いてみないと分かりませんね。」
「克服できる類いのものなら良いが…」
こういう場にいると、意外な切っ掛けを得ることができるな。
もっと色々な状況で、皆の能力の確認をしたいものである。