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36話

ユキが戻ってくると、フィオナとジュリアの母親にも話は伝わっていたと聞かされる。

規制側に協力を求められた様だが、お茶を掛けて追い返したらしい。最後はテーブルを蹴飛ばして剣まで抜きそうになり、大騒ぎだったとか。

先進性を求めてエルディーに滞在するバトル系エルフには許し難い提案だったようで、母親しか居なかったが東部の総領として両親揃って味方してくれると明言していただいたそうだ。

ジュリアの事も聞かれたそうだが、自分がしごいて動けなくなっていると伝えると、笑って今後も頼むと言われたとの事。良かったなジュリア。


説明を聞き終えると、アリスも息を切らせて戻ってくる。

こちらも同様で、父親が味方してくれると言っていたそうだ。ディモスとして恥ずべき提案だと怒っていたそうで、これはあちこちに波及する問題になりそうだと実感する。


「アリス、あたしらでこの子たちを家まで送りやしょう。」

「わかったわ。…その前に水を一杯。」


アリスに水を飲ませ、リンゴも一緒に付いていかせる。


「代わりに家族の人にお礼を言ってきてくれ。

オレたちは娘たちを迎えてやりたいからな。」

「分かってる。行ってくるね。」


先頭にユキ、リンゴは中ほどに、最後尾にアリスという感じでさながら集団下校の様相であった。

…ユキもアリスも背が低いから、完全に溶け込んでるな。


「頑張らなくちゃいけませんね。お母さん。」

「そうですね。旦那様。」


子供達にデレデレしていて気付かなかったようで、我に返ったカトリーナさんに遅れて思いっきり背中をひっぱたかれた。

息を殺し、無言で何度も叩くのは怖いですって。




授業が終わると、バンブーは中等部の者たちを連れてやって来た。

戦闘科、職人科、魔法科と三科の賛同者の代表を連れて来ているが、魔法科は一人だけだ。

魔法科の代表者に具体的な賛同者の数を聞いてみるが、よく分からないとの事。

賛成、反対、両方の意見を表明しにくい空気が既に出来ているそうで、ここへ来るのは勇気が必要だったに違いない。


「ありがとう。お前たちの勇気に感謝するぞ。」


魔法科の生徒の手を握り、感謝を伝える。


「そ、そんな大袈裟な…」

「いや、まだ足りないくらいだ。

きっとこれから大変な事が待っている。そんな大変な事に巻き込んですまんな。」


体つきが出来てきても、中等部はまだ子供だ。

心まで成長しているとは言えないだろう。苦を背負わせるには忍びない。


「わかっています。」


驚いてしどろもどろになっていたが、覚悟を決めた様子でその子は手を握り返す。


「父はこんな事許しません。きっと、賛同する事を恥じるでしょう。

我々は立ち止まってはいられないはずですから。」


ディモスの子は強い意思を目に宿らせ、決意を言葉にする。

だが、なんだろう。妙な危うさも感じる。


「お願いします。僕にも魔法を、魔法の使い方を教えて下さい。」


少年は頭を下げ、頼み込む。


「お安い御用だ。」


手を離し、皆を見る。


「良い機会だから皆にオレの魔法訓練を見せよう。ちょっとした場所と暇があればできる事だ。」


各属性球を生み出し、最初はそれを同時に手の動きに合わせて上下させ、次は手を止めて球を半分ずつ上下、次は全部バラバラに上下させる。

次はそれを手の平の上で回しながら上下する数を変えていく。

最後はぶつかりあって動いてるように見えるように動かしてみせた。

まるで手品でも見ていたかのように、子供たちが食い入るように見ていた。


「最初は少ない数で良い。特に最後のは本当にぶつけると、組み合わせ次第で事故も起きる。自分の力量を見極めるのも魔法には求められるからな。焦らず、背伸びせずが魔法には必要だと覚えておけ。」

『はい!』


中等部の子らも目を輝かせながら去っていった。

魔法科の子は応援したくなるが、何か野心が透けて見えている。あそこで一人だけに教えていたら、事態が更に複雑になる気がした。

魔法は魔法科だけの物ではない。全ての子に、平等に教えるのが良いだろう。

特別な教え方をするのは、娘たちと親しい者だけに絞るべきか。




バニラとストレイドが帰ってくる。

バニラはなんともないが、今日はストレイドの方が傷だらけである。


「ごめん。油断してかすり傷を。」

「大怪我はしてないな?」


オレとカトリーナさんは安堵のタメ息を吐く。


「やっぱり、魔法の対処は難しいね。父さんのようにはいかないよ。」

「かすり傷しか負わせられなくて、悔しそうにしてたけどな。」


納得いかない様子のストレイドを見て、バニラは苦笑いする。


「襲撃を修練に利用するのは、誰に似たんだろうなぁ?」


ジト目でバニラがオレを見る。照れるじゃないか。

心の内を見透かされたのか、大きなタメ息を吐かれてしまう。


「こっちに来い。治すぞ。」


ストレイドの状態を【看破】で確認する。

HPはほぼ減っていないが…やはり呪いが付いている。

だが、同時に呪い耐性も生えている。これならもう生半可な呪いはストレイドに通らない。

浄化で呪いを消し、傷も治す。本当にかすり傷以外にダメージは無いようだ。


「お前はどんどん逞しくなるな。」

「娘としては複雑な評価だよ。嬉しいけどね。」


だが、やはり聞かねばならんだろう。


『今日は何があった?』


語尾は違うが、オレとカトリーナさんの声がハモってしまった。




一言で言えば意趣返しだろうか。

バニラを襲ったヤツらが主導したようで、今回は魔法科からだけに襲われたようである。

戦闘科は学内選抜を控えているし、親しい者以外で話に乗るヤツがいなかったのだろうか?

ストレイドが相手を叩きのめすような事はせず、盾になるだけでバニラが応戦したとの事。


「わたしだって、その気になればどうという事はない。」


胸を張ってドヤって見せた。

だが、手招きをして呼び寄せる。


「ああ。そうだな。だが、」


浄化を掛け、呪いを消す。

バニラには既に耐性が生えていたのだが、相手は余程執心のようだ。耐性があると蓄積させるしかないのだが、いったい触媒が必要でコストの安くない呪いを何度掛けてきたのか。

まあ、その分だけ耐性スキルも伸びるので、こちらとしては貴重な薬剤を節約出来てありがたいが。


「呪いがついていた。」

「そんなご飯粒みたいに言わないでやれ。」


その何気ないやり取りが面白かったのか、ストレイドが吹き出し、笑い出した。

だが、すぐに気を取り直してオレと向かい合う。


「父さん、明日の学内選抜を見に来て欲しい。」

「勿論だ。全部見に行くぞ。」

「ふふ。うれしいよ。」


一瞬だけ笑顔を見せ、すぐに表情を引き締める。


「緊張は良いが程々にな。オレはそれで大失敗した覚えがある。」

「分かってる。私も大失敗した事があるから。」


と苦笑いのストレイド。

バーチャルとリアルの違いはあれど、緊張するのはどちらも生身の方だ。そこに違いはあるまい。


「今までは自分の事だけ考えていれば良かった。

でも、今回は違う。父さんの、姉さんの、バンブーの名誉を。リンゴの期待も背負っているからプレッシャーはある。」


こちらが望まずとも、状況がそれを許してくれない。ストレイドは示さねばならない立場になってしまい、多くが勝手に期待までしてしまっている。


「きっと、多くは魔法戦を期待する。でも、私にそれができないのが悔しい。」


分からないでもない。

そういう人を多く見てきた。野次も多く聞いてきた。それに耐えられなかった人も見てきた。


「でも、それでも、負けない戦いは出来る。姉さんが恥じる事のない戦いは見せられる。」

「ありがとう。ストレイド。」


力の入った拳を、バニラが優しく包むように触れる。


「まだ早いよ姉さん。お礼は全てに勝ってからにして欲しいな。」

「うん。そうだったな。」


その拳を大事に抱えるように、胸の高さまで持ち上げる。


「でも、ありがとう。気持ちだけでも十分うれしいよ。わたしも魔法式を作る職人だからな。」


使いたい、価値を示したいと思ってもらえるのはそれだけで名誉な事なのだろう。


「ストちゃん、私の装備だってそのくらい誉めてよー」


後ろで聞いていたバンブーが抗議の声を上げた。


「バンブーも感謝してるよ。」

「どういたしまして。」


こちらも胸を張って礼を言う。


「明日はおねーちゃんと三人の装備の担当をするよー。装備の質はわりと自由だけど、エンチャント内容もレギュレーションの内だからねー」


なるほど。バニラの技術を使われると、勝ちの目が無いと見込んだのか。

だが、それは過小評価というものだろう。

うちの娘たちはそんな事で負けるほど弱くはない。

明日が今から楽しみだ。


「また、私が来たぞー!」


今日も玄関で豪快に声を上げるエディさん。

どうやら明日も、何か一波乱ありそうだ。




エディさんが席に着くと、子供達を送り届けてきたリンゴたちも帰ってくる。ソニアはアリスが実家に説明しに行ったからか、家へ帰らずにこちらへ戻ってきていた。


「冒険者に襲われたので子供たちと一緒に蹴散らしてきやした。」


と涼しげに言うメイド怖い。

ユキが挑発して囮になっている所へ、ボコスカ殺傷力の低く派手な訓練用の魔法を撃ち込むと、当然ながら大騒ぎになり衛兵が駆け付けて大騒ぎになったそうだ。

その間に、子供たちは無事に帰し、自分たちも当然のように帰ってくるのは流石である。アリスは騒動で疲れ果て、ジュリアと並んでお寝んねするハメになってしまった。後でポーション差し入れておきますね。


行政府、という枠を越えて在都の貴族間でも大問題になっているようで、様式の指定はあるまじき決定、という者もいれば、未熟な者に新しいものは早すぎる、という者もいたようである。

どちらも一理あり、議会はかなり紛糾し、結論が出るのに時間が掛かったようだ。


「未熟な者が新しき事をする事に恐れはある。だが、未熟な者に新しき道を示さぬことは国是に反する。よって、議会として学園の決定を強く非難する。という事だ。」

「ご尽力、ありがとうございます。」


こちらにとっては良い声明に、疲れた顔で椅子にふんぞり返っているエディさんに感謝する。

商会の会長というより、この国の裏ボスという感じがしてきた。


「強制力のない声明だけだがな。だが、これは国内外に伝わる。他種族領からの受け入れを積極的に行っている学園に無視はできんよ。」


リンゴに肩を揉まれながら言うエディさん。余程気が張っていたのか、腑抜け感が漂い始めてくる。


「だが、明日の大会選抜はどうにもならぬ。

お前たち、心して挑め。それとユキ。」

「はい?」

「三人の世話をするメイドが居ても不思議ではないな?」

「そうですね。そういう者もいやした。」


不敵な笑みを浮かべる者と、涼しい顔で答える者。


「そういうことだ。くっくっく。」

「エディさんも悪い御人ですぜ。ひっひっひ。」


悪巧みをする二人が悪そうな笑い方をする。


「エディアーナ様、食事はいかがいたしますか?」

「いただこう。三人、いや、四人の活躍の前祝いだ。」


そう言うと、良い笑顔で荷物からワインを数本出す。学内選抜の段階でそれは気が早いと思うので、成人組には嗜む程度に抑えるよう促した。


だが、オレたちは知らなかったのである。

エディさんは下戸で、10分と経たずに酔い潰れてしまうことを。


なんだかんだで慌ただしい一日を終えるが、すぐに緊張の一日を迎えるのであった。

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