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34話

今日はゆっくりした朝にしたかったので、訓練は食事の後にし、それまでは起きてきた皆と話をする時間にした。


最初に現れたのはやはりバニラで、起きたというより起きていたという方が適切だろう。眠れず、気持ちの整理も出来なかったというのは表情に出ていた。

話し合いの結果、カトリーナさん、リンゴと三人とも同じベッドで寝る事になったとの事。

カトリーナさんの抱かれ心地と、リンゴの抱き心地を尋ねると。


「あれは人をダメにしそうで怖い…

一つでもダメになりそうなのに、二つ同時は頭がおかしくなりそうだった…」


という答えが帰ってきた。想像を絶する効果で、逆効果なのでは?とさえ思った。


「でも、とても良かった。人の温もりが有り難かった。二人が居なかったら、泣き続ける夜だったと思う。」

「そう言えば髪。」


左右片方だけ不自然に短くなっていたのだが、今はちゃんと揃えられている。


「カトリーナさんがやってくれた。少し短すぎるけど、しょうがないからな。」

「こっちは表情がよく分かって良いな。」


時々、髪で表情が分からない事があったのだが、これでそれもなくなりそうである。


「おい、そういうとこだぞ。すぐに人を口説こうとする。」

「えぇ…」


そんなつもりはなかったし、単純に感想を述べただけなのだが…


「やっぱり、油断も隙もないな。

でも、ちゃんと見てくれているのは嬉しいよ。」


遅れてユキが現れ、席に着いた。


「お二人とも、おはようございやす。

バニラお嬢様は…今日はゆっくりなさってくだせい。」


顔を見て察したのだろう。


「うん…分かってる。」

「心がぐちゃぐちゃの時は、無茶しちゃいけやせんからね。良いことなんて起きゃしねぇ。

まあ、この家は絶対に無茶なんてさせちゃくれやせんが。」

「よく知ってる。」


二人は笑い、ユキがバニラの手を握る。


「旦那の大事な人ならあたしにも大事な人です。何でも言ってくだせい。及ばずながら力になりやす。」

「…ありがとう。」

「という事で、まずはしっかり互いを知るとこから。好きな食べ物はなんでしょう?」


こうして、バラバラの朝食が始まるまで、ユキとバニラを中心に繰り広げられるお喋りを眺めるだけの時間が始まった。

ちなみに、バニラの好きな食べ物はパンで、特にクリームパンだそうだ。残念ながらこっちでは手に入らないらしいが、いつかこの娘達の手で作ってしまいそうな気がする。




今日はバニラは学校を休むことにする。

ネコ娘(また聞きそびれた)、フィオナ、サラは親に説明しているのでそのまま登校し、バンブーもそれについていった。

ソニアは親御さんに話をする為に一度帰るようだが、リンゴが付いているから大丈夫だろう。

オレも行こうか?と言ったが、バニラに付いていて欲しいと断られてしまった。

他のビーストやエルフ達も、それぞれの親の立場や性格に合わせて行動してくれている。ありがたい事だ。


昨晩は顔を見せなかったカトリーナさんだが、エディさんに連絡して、送迎もしていたらしい。一日であれこれありすぎたおかげで精神的にも疲れ果ててしまったようで、今日はオレたちより朝が遅かった。もっと寝てても良かったんですよ?

という事で今日はパーティーメンバーとバニラ、カトリーナさんと家で過ごすことになった。カトリーナさんとユキは、午前中は宿泊者の後始末で大忙しだが。


という事で、いつもの訓練場である。

冬も深まってきて、吹きっさらしのここは冷える。


「年の瀬となると寒いね…」


まだ秋の装いのジュリアが流石に寒がってみせる。もうそんな時期か。


「そういや、この辺りは祭とか無いのか?

全然、そういう話を聞かないんだが。」

「あー、王都はそういうの少ないわね。

他の国や都市にはあるけど、ここは国の中心で各国との交易の要所で宗教色を薄める為にそうしてるって聞いたわ。」

「祭は宗教行事だし、しかたないか。」


宗教と距離を置くとそういう事になってしまうようだ。


「でも、冬だけは新年祭、深雪祭、新春祭とこれから春に掛けて三度あるわよ。

一年の節目を祝うもの、民を家から引きずり出すもの、春の訪れを祝うもの、という感じだけど。」


どういう事だ二つ目。

そんな物騒な祭があるのか。


「言い方が悪いけど、間違ってないからね…

本当に祭でも無ければ、みんな出てこないくらい雪が積もるから…」

「もう降っても良さそうなくらい寒いんだがなぁ。」

「雨季、乾期があってわりとハッキリしてるのよ。ここ最近は雨もよく降っているし、タイミングの問題じゃないかしら。

冷え込むとそこからはもう長い雪の季節の到来ね。」

「なるほど。」


旅先で土砂降りに見舞われたが、それ以外で雨に降られる機会は確かに少ない。

ゲームでは当然そんな事はなく、雪に閉ざされる、というのは大袈裟だろうと思っていたがそうでも無いようだな…


「雪の山奥にフェンリルがいるって聞いたことあるが?」


バニラの問いに、ジュリアがぶんぶんと手を振る。


「おとぎ話で確認できる人なんていないよ…

雪の山奥はとても人の歩ける場所じゃないもん…」

「背より高い雪、命を飲み込む雪崩、体力を奪い続ける吹雪…

冒険者でも無謀すぎるわ。」


アリスの説明を聞き、バニラが考え込む仕草をする。


「ヒガンとアリスならなんとかなると思う。」


と言うバニラ。確かに魔法を使えばなんとかなりそうではある。


「私は…」

「魔法が下手だから…」

「魔導具、魔導具なら…!」

「魔導具もいいわね。ただ、過酷だと壊れる可能性もあるから…」

「ぐぬぬ…」


食い下がるジュリアだが、バニラとアリスに可能性を潰されてしまう。

雪の山奥か。目指すのも悪くはないが…


「それ以前にパーティーとしての練度がな。

熟練なら挑んでも良いが。」

「そうね。まだ、私は依頼受けてもいないし。役割もわからないわ。」

「普通に魔法関連を…」

「私に魔法を教えた君が言うの?」

「いや、オレはこのメンバーだと前衛しかないから。」

「それ以外も出来ちゃうじゃない…

製薬や錬金術にも造詣が深いなんて、思いもしなかったわよ。」


アリスが頭を抱えて呻くように言う。

よく考えると、二人とも戦闘以外の特技を知らんな。


「二人は戦闘以外、何が得意なんだ?」

「なに?嫌味?」


単純に確認だけしたかったのだが、確かに言い方が悪かった。頭を掻きながら理由を付け加える。


「出来ることを把握したい。何か頼むこともあるだろうしな。」


そういうことなら、とアリスが一つ咳払い。

アリスはやはり魔法系が得意なようで、自作の術式を作ったりもしていたらしい。錬金術の知識もあるので、手伝いを任せても良いし、衣服をあれこれしている間に裁縫も得意になったそうだ。ソロという事もあり、自炊も出来るし、食料や薬草、虫などの採集もお手のものだそうである。

この事から、なかなかの〈器用貧乏〉というのがオレとバニラの共通認識となってしまった。


「ただ、どれも私より得意な人が居て自信が持てないわ…」


という自己評価も加わり、〈器用貧乏〉という印象がより強くなってしまった。


「ということは、手伝いに引っ張りだこじゃないか。」

「なるほど?」


釈然としないようだが、納得してくれたようだ。

次はジュリアだが、非常に悩んでなかなか答えが出ない。

という事で、バニラに尋ねてみた。


「わ、わたしもか!?」

「まあ、この場に居ちゃったからな。」

「むう…しかたない。」


魔法全般が得意で、術式、エンチャント、刻印なんでもやれるのは知っている。それ以外に料理、裁縫も心得はあるが、どうも味付けやセンスが好まれていないと嘆く。彫金や建築も齧ったが物に出来なかったらしい。

なんだかアリスと似ているな。


「もう師匠と呼ばせていただきたく…」

「わたしは厳しいぞ?ヒガンみたいに魔力で教えるみたいな事も出来ないしな。」

「あれはもう天啓そのものだから、何度もやられると常識が壊れそう…」

「やられたことはないが、気持ちはわかる…」


なんだかやり過ぎてる気がするな。でも、これ以上無い指導法だからやめられないが。


「じゃあ、バニラにエンチャント・ヴォイドを。」

「…頼む。やってもらっても自力で出来ない気はするが。」


ただ、付与するなら何でも良いのだ。

高い効果を発揮させようとすると、魔力の強度が必要になり、耐えられる素材が必要になってくるが。

訓練場の中ほどに立ち、木の枝を亜空間収納から取り出すと、余分な所を切ってバニラに持たせる。

オレはバニラの手に手を添え、目を閉じる。


「さあ、始めるぞ。」

「…お、おう。」


このヴォイド、至高にして(はじまり)と呼ぶ者もいたほどの、エンドコンテンツのスタートに立つ最低条件の魔法となっていた。

公式で用意された魔法ではないが、そこで戦えるなら必然的に扱えるようになっている魔法で、術式士であるバニラも理屈は知っているが

そのテクニックを持てなかったというだけのようだ。

全ての属性の魔力を均等に、高純度に錬成したものを束ねて更に錬成する。恐らく、難しいのはこの工程で、やや属性の強さにバラツキがあるので今回は制御補助を行う。すぐに魔法へと変換しては身に付かないと思うので、強制的にその状態で魔力を維持させる。

補助の程度を調整して、自力で維持できるように感覚を掴ませる。これを4、5度ほど繰り返した所で補助なしで維持できるようになった。

後は術式に従い魔力を解放するだけ。一応、補助の準備はしておく。


【エンチャント・ヴォイド】


量としてはわずかな魔力。だが、この木の枝に宿っているのは家一件吹き飛ばしかねない力。

目を開いて見ても、何の変化もない木の棒。だが、目を閉じて魔力のみを見ると、金色であり、虹色でもある輝きを放っていた。

満足したのか制御を離し、錬成された魔力は粉雪のように散っていく。


「見れた。私の虹色の光。ずっと見たかった光だ…」

「それは良かった。」

「もっと早かったら昨日みたいになってなかったのかな?」


木の枝から手を離し、オレの手に触れる。


「そうかも知れないな。」

「でも、良い。やっとヒガンが私と向き合ってくれたからな。だったらあの屈辱も悪くない。」

「馬鹿言うな。ちゃんとこうして側にいる。屈辱なんて受け入れるもんじゃない。」

「うん…ありがとう。ヒガン。」


そのまま、バニラは手を離そうとしない。


「もう少しこのままで居てくれ。今日は寒いからな。」


久し振りの眩しい笑顔にオレは少し安心する。

ただ、ずっと見ていた3人からはこの後思いっきり冷やかされた。




「ヒガン様、お願いですからお嬢様方に手を出す様なことは…」


見られていたらしく、カトリーナさんにもそんな事を言われる。


「出しません!出しませんからね!?」


全力で否定する。オレからしたら娘のようなものだ。そういう目では見ていない。


「旦那はそうでもバニラお嬢様が危うい。あれはもう依存してやすぜ。」

「えっ」

「そうよね。もうあれはヒガンなしじゃ生きていけない乙女の顔だわ。」

「えぇ…」


困った。オレはみんなに自立してもらいたかったのだが…それでは本末転倒ではないか。


「このまま中退も、視野に入れた方が良さそうですね。」


カトリーナさんも諦め気味の言葉を口にする。

そこへバニラが現れ、オレに駆け寄り、


「ヒガン、話がある。実はわたし…」





夢でした。

おそろしい、ほんとうにおそろしい夢だった…

血の気が引き、心臓が高鳴るのを感じる。

手を着くと、柔らかい物を感じ、慌てて退けた。

バニラの手があり、どうやら隣で同じように昼寝をしてしまっていたようである。

いつの間にか掛けられていた毛布をバニラに掛け、魔法の訓練に集中して夢を忘れることにした。

ユキとアリスにバニラがオレに依存していると言われる辺りまで実際にやり取りした内容で、その後は違うが、こんな夢は心臓に悪すぎる。

内心、焦りながらバニラを見ると、穏やかな寝息を立てながら、誰かが持ってきたであろう手縫いの小さなぬいぐるみを抱き締めていた。


もう今日は半分も残っていないが、今日はずっと側にいよう。目が覚めた時、最初に何と声を掛けてやろうか。

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