3話
二日目の朝は早かった。
「システムチェック。」
<告知。許可されていない行為です。>
流石にゲームと違うのか、身体の諸々をサポートは教えてはくれなかった。
起き上がり、周囲を見回す。聴こえてくるのは微かな声と寝息。
…寝息?
「そうだった…」
その寝息で相棒が居ることを思い出す。
さて、今日は何をすることになるのか。
昨日は分かりやすくする為に水を用いたが、空気を用いることもできる。
かつての日課だった魔力制御訓練を行う。
軽く体を動かすのも日課の一つだが、今はまだそこまで目立つ必要はないだろう。
(今日の予定を聞いておくんだった。)
穏やかな寝息が続いているが、訓練をしている間に外はだいぶ慌ただしくなってきた。
(流石に起こすか。)
空気玉をコントロールして、バニラの額を小突く。
「う…ううーん…あと少し…」
これはちょっとやそっとじゃ起きないヤツだ。
という事で、少し手加減を緩める。
とは言え、あまりやりすぎると体の方が爆発四散してしまいそうなので、音で起こす事にする。
空気玉の制御を手放すと、手を叩いたような大きな音が響いた。
自分で手を叩いても良かったが、近い方が効果もあるだろう。
「ふにゅあ!」
変な声と共に勢い良くバニラが跳び起きた。
しばらくキョロキョロと見回し、ようやく覚醒が始まる。
「おはよう。起きたか?」
昨日、進入禁止を宣言されたので離れたところから声を掛けた。
「う、うん…今何時…あぁっ!」
急に大きな声を上げてベッドから飛び降りる。
オレもだが、着替えなんて用意はしていないので服装は昨日のままだ。
寝癖が気になるが、まあそれは後でどうとでもなる。
「ヤバイ…日の出と共に訓練場に集合って言われてたんだった…」
もうすっかり日は良い感じに昇っている。
これは大遅刻確定である。
「そうか。じゃあ、向かうとしよう。」
「う、うん。」
こうなったらもう慌てる必要もないだろう。
オレたちは普段通りの速さで訓練場へと向かった。
迷うことなく到着した訓練場は死屍累々と言って良いありさまだった。
しごかれまくったのか、全員が息を荒くして横たわっている。
「申し訳ありません。遅れました。」
軽く頭を下げ、教官らしき人の元へ向かうと、忌々しそうに舌打ちをする。
肥太って威圧感はあるが、それだけという感じなのだが…まあ、しかたない。
「遅すぎる!貴様は話を聞いていなかったのか!」
はい。聞いていませんでした。
と、流石に本当の事は言えない。
「いえ、寝坊です。寝床が変わって寝付けませんでしたので。」
適当に理由をでっち上げておくことにする。
世界が変わっても、この理由ならあまり文句も言えないだろう。
「亜人ごときが…」
再び、舌打ちと共にそう吐き捨てる。
「木剣を持ってこい!お前はその性根から叩き直してやる!」
良かった。走り込みからとか言われたらどうしようかと思った。
「大丈夫か?今、魔術師ビルドだろ?」
バニラが不安そうに尋ねてくるが、
「近接は腐らないからな。願ったり叶ったりだ。」
木剣を手に取り軽く素振りをする。
懐かしい重さと感触。初期に散々世話になった得物だ。
様々な練習の為に、何百本と粉微塵にしたのを思い出す。
「まずはお前の力量を見極めてやる。来い!」
とのことなので、オレは遠慮なく大上段から叩き込む。
だが、それは簡単にいなされ、カウンターの蹴りが飛んでくる。
いきなりやってくれる!
がら空きだった腹にクリーンヒットし、その場でうずくまりそうになる。
だが、それはできない。この手の輩のやり口はよく知っている。
吐きそうになりながら、振り下ろされた木剣を受け止めた。受け止めたが、力の差で木剣を弾き飛ばされる。
すぐに離れて、誰かが落としたままの木剣を拾い上げた。
容赦なく追撃を放ってくるが、今度はそれを確実に受け流す。
<告知。テクニック【パリィ】を>
言わなくて良い。
いちいち言われなくても、把握できている。
この全身に染み渡る痛み、抑えきれない昂り。久しく忘れていたものが思い起こさせてくれる。
器用貧乏な陳腐武器とまで言われた片手剣。だが、そこにロマンが詰まっているのをオレは知っている。オレたちは知っている。
武器のスタートは片手剣から。武器の終着点は片手剣だった。これが最初から最後までシェラリアを駆け抜けた僅かなプレイヤーの総意であることに間違いない。
ここでそれを示さないでどうするのか。
「このっ!」
教官は思いっきり木剣を振り下ろしてくるが再び受け流す。
想定外の一撃は最初の蹴りだけ。それ以外は捻りも何もなく、木剣を振り回しているだけである。
(利用させてもらうぞ。)
魔力を身体中に巡らせて様々なバフスキルを得ることにする。
まずはSTR。筋肉に魔力を巡らし増強させる。
だが、これだけではスキルは生えない。
「亜人!ごときが!」
ただ叩きつけるだけの攻撃を木剣で受け止め、2擊目は力一杯跳ね退ける。
<【STR強化】獲得。>
思った通りだ。次は下半身に魔力を巡らす。
教官の背後に回り込み、背中を力一杯突き飛ばす。
<【AGI強化】獲得。>
バランスを崩し、転びそうになる教官だが、流石に踏み留まる。
そのまま、振り向きながらの横薙ぎを、オレは木剣で支えるように腕で防ぐ。
<左腕に重大なダメージ。
【VIT強化】を獲得。>
くそ痛い。涙目になるが、得るべきものは得た。とりあえず、教官には退場願おう。
魔力をダメージを追った左腕に優先集中。MPを消費して、更に各バフを発動する。
<【HP回復量UP】を獲得。>
一撃当てたことにニヤッとするがそこまでだ。
全身に魔力を巡らせ、スキルを駆使して思いっきり踏み込み、脇腹に全力で木剣を叩き込んでフィニッシュ。
教官は悲鳴を上げることもなく、ゴム毬のように跳ねていった。
低レベル時におけるジャイアントキリングの典型と言えるパターン。知っているかいないかが如実に現れるのが低レベル帯なのだ。
<経験値120獲得。Lv3になりました。>
「ありがとうございました。」
一礼してオレは目を丸くしたバニラの方へと向かう。
「おまえ…いや、それよりその腕大丈夫か?」
不安そうにオレの左腕を見るが、腕を捲って特に問題がないことを見せる。
スキルがかなり補強ができたおかげで、かなり育成が捗りそうだ。教官(笑)には感謝しなくてはいけない。
「泣きたいくらい痛かったがもう治った。」
「あー…だよな。うん。そうだと思ったわ…」
同じようにすれば同じようにスキルは得られるのだが、正直この痛みはオススメしにくい。
教官はと言うと、取り巻きたちに名前を呼ばれながら医務室へと運ばれていった。
「やってた事はなんとなくわかる。だけど、そんな上手く戦う自信も魔力を制御する自信がない…」
バニラにしては珍しくしょげたような雰囲気を見せる。知り合って1日経ってないのに珍しいと言うのも変だが。
「利用するのに都合良かっただけだからな。別にこんな事をする必要はないぞ。」
と、この後どうするか考えていると、
「おまえ、いったい何をした…」
教官にぼろぼろにされたヤツが痛そうな顔でこちらに向かって来る。
「あり得ないだろう…ここは現実でゲームの世界じゃないんだぞ…」
「そうだな。」
その答えが気に入らなかったのか、痛むらしい足を引き摺ってこちらに詰め寄る。痛いなら大人しくしていた方が、と思うのだが…
「じゃあ、なんであんな動きができるんだよ!
あんなめちゃくちゃな動き、現実的じゃないだろう?」
そんなこと言われても困る。ここは現実だし、出来ることしかやっていないのだから。
「オレにとっては現実にシェラリアが追加されただけだしなぁ。
だったら、シェラリアで出来た事は現実で出来りだろ。」
「はぁ?」
信じられない物を見るような顔をされるが、シェラリアの初期は人間とほぼ変わらない。それどころか、一般的な男性社会人からすれば非力すぎるくらいだ。
ただ、今の初期ステがどの程度のものなのかはわからんが、バフ込み全力でぶん殴って男性を吹っ飛ばせるのだからそこそこあるはず。
「もう少し色々と試したいんだが他に相手をしてくれるヤツはいるか?」
兵士含め、ほぼ全員が目を逸らす。
ここの兵士はどうなってるんだ。育成が足りないんじゃないか?
「じゃあ、勝手にやらせてもらうぞ。付き合ってくれるか?」
バニラに落ちてた木剣を渡して育成二日目を開始することにした。
夕方、どうやら悪目立ちし過ぎたようで王女さんに呼び出される。
もうちょっと低い地位のヤツが相手をするのかと思ったが、全員が怯えたような表情でオレを見ているので名乗り出る者が居なかったのだろう。為政者として相手をしてくれるようだ。
「申し訳ありませんが、これ以上あなたをこの城に置いておく事はできません。
他の者への影響も無視できないのです。わかってくださいませ。」
影響?はて、影響とはどういう事か?
「無礼を承知でお尋ねします。無視できない影響とはどういう事ですか?」
王女さんは大きなため息を吐き、怯えを含んだ顔で答える。
「あなたがあまりにも異質なのです。異常な技量、異常なスキル習得速度…あなたを手本にするにはあまりにも危うい。」
なるほど。そういう理由か。
手に負えない化物が増えるのは困るし、早く放逐するべきだと判断したのだろう。まあ、必要なスキルは既に得ているのでどうとでもなるが。
それだけで済むならゴネずに出ていくとしよう。この世界なら飽きることもなさそうだしな。
「わかりました。元の世界に戻せないようですし、ここから去らせていただきます。短い間ですがお世話になりました。」
元の世界に言及した時、王女さんの表情が一瞬だけ引きつる。
戻せるようなら城を追い出すような事もないだろうと思い、カマをかけてみたがその通りだったようだ。
王女さんの部屋から出ていくと、バニラが心配そうにこっちを見ていた。
「追い出される事になったがお前さんはどうする?」
一瞬、驚いた表情を見せるが、大きく息を吐いて心を落ち着かせる。
「そんなことだと思ったよ。検証仲間は必要だろ?」
「無理するな。」
「無理なんてしていない。おまえはきっと色々なものを見せてくれる。だったら、ここで
燻っているよりついていくさ。」
何処か自分に言い聞かせるようにバニラが言う。
ああ、もうオレはこいつを巻き込んでしまっていたんだな…
責任を取る、という言い方はアレだが、少なくともこいつの相棒としてこの先も気張って行くのが筋というものだろう。
「改めてよろしくな。」
衆人環視の中、少しお互いに照れながら握手を交わし、オレたちは正面から堂々と城を後にした。