22話
装備も整った所で、いよいよ明日から冒険者として本格的な生活が始まる。
本来はパーティーを組んでという事になるが、生憎だが知り合いもいなければツテもない。
それでもなんとかなる気はするのだが、皆が不安そうな顔しかしないので成功を納めて安心させたいところだ。
「ヒガン様!」
オレを呼び止める聞き慣れた声。通りの逆側でフィオナが手を振って呼んでいた。
横にはフィオナより成熟した…と言うよりふくよか…たくましい?耳の長いエルフがおり、少し恥ずかしそうにしている。
「ちょうど良かった。これから伺いに参る所でしたので。」
「そうか。娘達も退屈そうにしてたから喜ぶよ。」
「違います。用があるのはヒガン様にです。」
オレに?なんでまた。
「ほら、挨拶してくださいませ。」
隣のエルフの脇腹を肘で突き、挨拶を促す。
「姉のジュリアーナです…」
なんだか元気がない人である。しかし、ふと…たくましい?部分を差し引くと、フィオナに特徴が似ているな。エルフは正直、ゲームの頃から見分けがつかんのだが。
「ヒガンです。偽名ですが、そろそろ本名を名乗りたいと思っております。」
「そうですの?他にない名前でよろしいと思ってましたのに…」
そうもいかんだろう。これもいつまで許されてるか分からないからな。
「立ち話もなんなので…」
「ええ、近くのカフェに行きましょう。オススメのお店がございますので。」
フィオナさんのペースで、オレたちはカフェに引っ張られていった。
正直、居心地が悪い。
お洒落過ぎて、冒険者姿のオレが居るべき場所じゃないだろう…
お嬢様のおすすめは懐にも厳しそうだ。お茶もお菓子も美味しいですけどね。
「それで用とは?」
「この姉をヒガン様に同行させていただきたいのです。」
ほうほう…えっ?
思わず焼き菓子を取ろうと伸ばした手が止まる。
お嬢様の姉は当然お嬢様なのだろう。にも関わらず、縁も所縁ない男性冒険者に同行させたいというのは正気の沙汰とは思えなかった。
「同行ですか…?」
「はい。一人で冒険は大変だろうという事で、先日のお礼を兼ねまして、姉を供出しようと家族会議で決まりました。」
供出って、大丈夫なのか?東部の総領様の家庭事情。大事な娘でしょう?
「この前のご指導以来、魔法の制御力が格段に上がりまして、それを見た父上がお礼をせねばということで埃を被っていた姉を差し出す事になったのです。ここまで連れてくるのも一苦労でした。」
本当に大丈夫なの東部の総領一家…
「30年埃を被っておりましたが、しっかり洗い、鍛え直しておきました。足手まといにはならないはずですわ。」
洗い、鍛え直しで顔を青くして震えてたけど大丈夫か?無理してないよな?
「うーん。フィオナの家にもお世話になっているからお礼をいただく必要は…」
「…!?」
ジュリアーナさん、そんな悲しそうな顔をされたら断りにくいじゃないか…
「…そうですわよね。30年も埃を被っていた者なんて使い物になりませんわよね。」
違う。そうじゃない。
フィオナさんまでしょぼくれないでくれませんか。
「いや、そんな人身御供みたいなお礼はちょっとという意味で…」
「人身御供…あ、いえ、そういうつもりはございません。」
勘違いを招いていたのに気付いたのか、慌てて訂正する。
供出とか言い出したら人身御供かと思っちゃうよ。
「口下手な姉に代わって事情を説明致します。」
かいつまむと、どうも凄絶なパーティーブレイクの憂き目に遭って、それっきり引きこもっていたらしい。たぶん、エルフの30年は人の5年くらいなのだろうが、その間で生まれた皺は隠せていない。頑張って痩せた証明だ。
だが、悲しいかな。まだふくよかエルフの範疇である。
「信頼できる相手はヒガン様しかおりません。何卒、不肖の姉に再起のチャンスを…!」
ガバッと頭を下げるフィオナさん、合わせてペコリと下げるジュリアーナさん。
あなた、あんな冷たい魔力でそんな熱いキャラだったのですか。
こうなるとこちらとしても断りにくい。旅のお供は欲しかった所なので、こちらとしても悪くない話だ。
「わかりました。とりあえず、試用期間として3度お願いします。分け前はどんな内容であろうと五十、五十でよろしいですね?」
「…はい!」
か細いながら、しっかりとした変事を返してくれる。これで親御さんも一安心だろう。
「色々と訓練はしてきたでしょうが、出来ることはこちらで見極めさせていただきます。よろしいですね?」
「…はい。」
「親御さんへは…」
「成人しておりますので大丈夫です。こう見えて姉は113歳ですので。」
歳を明かされ照れるジュリアーナさん。エルフの歳の物差しはよくわからない。
「カトリーナさんには既にお話はしてありますので、これからはそちらで寝泊まりさせていただければ。」
厄介払いじゃないのかこれ?
なんだか、ゴミドロップを押し付けられたような気分になってしまった。
「ほーん。こういう人が好みなんだ…」
二人で依頼を受けて一時的に帰ってくると、ジュリアーナ…ジュリアさんがゆっくり自己紹介をしている間にバンブーが耳元で囁く。
正直、曜日の感覚が掴めないのだが、今日は休校日らしい。いつも通り、娘たちは友達連れて騒いでいた。
豊満エルフ…と呼ぶには色気がないが、戦闘民族で鍛え続けているエルフにしては肉付きの良い事に気付いたようだ。
「あれ、太ってるだけだぞ。急激に痩せて皺も目立ってる。」
「もう体の隅々まで…あいたーっ」
「その冗談はNGだ。」
ポコンとバンブーの頭を一発叩き、駄目は駄目と教える。
「はーい。」
てへぺろとでも言いたげな顔で去っていく。分かったんだかどうなのか掴みにくい。
入れ替わりでストレイドがやって来る。
「ジュリア、フィオナのとこへ行く度に搾られてたから、ようやく解放されて嬉しそうだ。」
そんなだったのか。ちょっとは労ってやらんとな。
「油断すると怠け癖と大食いが大暴れするから本当に大変だった、ってフィオナもぼやいてたよ。」
「貴重な情報助かった。」
前言撤回。甘やかさないと心に誓う。厳しく行くぞ。
「どういたしまして。」
こっちの心の声を見透かしてか、苦笑いをするストレイド。
「三人に比べ、あまり目を掛けてやれなかったが大丈夫か?」
「うん。大丈夫。私は友人に恵まれているからね。それに、カトリーナさんが良い母親代わりになってくれてる。
母親とか家族の温かさというのがよく分からない私には、それで十分だよ。」
そうか。そういう事情があったか。
「最初は鬱陶しい事もあったけど、何度もコテンパンにされたら従うしかないなって…」
大丈夫?歪んだ親子愛になってない?
「たぶん、私だけされてたら勘違いしてただろうけど、ヒガンはもっとコテンパンにされてたから…」
おじさんは嬉しいよ…役に立てていたようで…
ボコボコトレーニングの日々が、良い影響を与えていたと分かっただけで報われる。
「ちゃんと治療をしてくれたし、想定外の一撃には謝ってくれるからね。そんな人を、母親だって思わないなんて言ったらバチが当たる。」
「そうだな。我が家で一番の働き者だもんな。」
いつも全員にお茶やお菓子を出したり、戦闘科に混じって年少組の遊び相手もしている。最近はセバスと分業しているが、家事もやってくれている。頭が上がらないよ。
「いつか、報いてやらないと。」
「そうだね。紛れもなく、私たちのお母さんだからね。」
カトリーナさんが聞いていたらどんな顔をしただろうか。
想像するとなんだか可笑しくなり、思わず笑ってしまっていた。
「そこの小娘ども、エルフのお姉さんのぷにぷにを楽しむのは今だけだからな。」
瞬間、歓声と悲鳴が部屋に響く。
想像以上に容赦なく、当初の優等生らしさは何処へというレベルでジュリアさんはもみくちゃにされたのだった。
後の姿は完全に事後の風体で、なんだかもうホント申し訳ない。
動きは鈍いが知識はあるし力もある。
それがジュリアさんに対する評価だ。
力に関してはヤバいレベルで強い。STRが極まっている。
フィオナも力はある方なのだが、それにしてもどうしてこうなった?というしかないのだが…
「余剰の肉が全部パワーに変換されたようでして…」
エルフの神秘だ。
太ってるエルフは気を付けよう…
「ジュリア、旦那様と一緒に寝るのは絶対ダメですからね。最悪死にます。夜が明けると、旦那様があなたの腕の中で屍になってしまいます。」
カトリーナさんが顔を険しくしながら言う。
オレ、一緒に旅して大丈夫なのかな…不安になってきたよ…
同行者が命の危機に繋がる旅は気が休まりそうにない。
カトリーナさんが敬称を付けない相手も珍しい。妹のフィオナには付けてるんだが。
「万が一があれば、生きたままあなたの皮を剥いでゴブリンの餌にしますから。」
ぶっそう!
いや、そこまで脅さなくても…
ジュリアさんも涙目になりながら頷いているだけだ。
「寝惚けて、部屋を間違えるのが毎日のようにあると聞いてから、彼女には不安しかありません…」
家の外に出して大丈夫なんですか親御さん。
過ちで締め殺されたら祟ってやるからな。
顔合わせが済んだところで次は一緒に依頼主の元へ。
今回の依頼は、都からやや離れた所に目撃されたゴブリンの調査。戦力の把握と、出来ることなら殲滅して欲しいとのこと。
依頼主は騎士団で、戦闘科の身内が多く在職中。当然、オレたちの事は知っていた。
「妹から毎日のように聞かされております。若干、大袈裟な話にも思えるのですが…」
エルフの騎士が苦笑いしながら言う。
はて、このエルフは誰の兄だろう。エルフも多くて見当がつかない。
「いえ、そのように受け止めて頂いた方がやりやすいので…」
謙遜は良くないと言われたが、実績がないと正確に伝わってくれる気がしないので控えめに答えておく。
「討伐の際は証明の魔石をお持ちください。種類と数に応じて報酬は支払います。」
恐らく、割りは良くない。だが、騎士団依頼は名を売るのに絶好なので、そう割り切って受けるなら悪い依頼ではなかった。
それに、最初の討伐依頼といえばゴブリンだしな。テンプレに従うのも悪くない。
「分かりました。この依頼、引き受けさせていただきます。」
「そんな畏まらなくて結構です。無理なら戦力を記して戻って来てください。遺族に払うお金は割に合いませんからね。」
シビアだがその通りだろう。割に合わないという言葉は払う側にも、貰う側にもという意味だと受け取っておく。
オレたちは騎士団から立ち去り、再び帰宅した。今日からはジュリアさんも家族みたいなもんか。
「お帰りなさいませ。」
帰りを待っていたカトリーナさんとセバスが礼をして迎えてくれた。
「ただいま。明日から北西へ移動に二日という所でゴブリン退治だ。」
「左様でございますか。旦那様の敵ではございませんが…ジュリア。足手まといにならないように。」
「は、はい…」
カトリーナさんに凄まれ、しどろもどろのジュリアさん。気の毒だが実績を出すまで我慢してくれ…
「明日は早く出発なさいますか。」
「そうだな。距離は稼いでおきたい。」
「では、そのように。」
冬に入り欠けており、外はすっかり暗くなっている。既に子供たちは帰ったようで、家の中も静かだ。
そういえば、一月ずっとここに居たんだな…
ジュリアさんは新たに準備した部屋に戻り、セバスも定時で帰宅し、オレの部屋でカトリーナさんと二人きりになる。
「旦那様、ここはもうあなたの帰る家でございます。誰がなんと言おうと、旦那様がこの家の柱であり、居なくてはならないお方なのです。それだけはお忘れ無きよう。」
着替えてる最中、背に両手を当ててカトリーナさんが言い聞かせてくる。
「分かってる。娘たちも大事なメイドも執事も置き去りにはできない。それに…」
部屋に入った時からずっと視線が気になってですね。
「リンゴがすごい顔でこっちを見てる。」
「えっ!?」
全く気付いていなかったらしく、リンゴに平謝りするカトリーナさん。
リンゴさん、なぜそんな菩薩のような笑みになってるんですかね?