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21話

今日も一日いつも通りに午前を過ごしてから、初等部が終業の時間に前回と同じ職員に連れられて工房にやって来る。一応、最終調整もしてくれるそうなので、今日も冒険者としての装いだ。

良い機会なので、リンゴとストレイドの友人らにも見学してもらっている。


前回からオレの装備には、デバフ対策のエンチャントや刻印の施されたアクセサリーが増えていた。娘たちの習作ではあるが。


「旦那、お久しぶりです。約束の品できてますぜ。」

「フリッツ殿…」

「いいじゃねぇか。俺だって久し振りで魂が昂ってんだからよ!」


フリッツさんが持ってきたのは、黒く塗装のされた丈夫な鞘に納められている片手用の片刃剣と、フチが出るように獣の革に覆われたカイトシールド。

オレは魔法による防御が主体になるので、盾は守ると言うより逸らしたり殴る、突き飛ばす為の物だ。作業の為に覆っている革のカバーを外し始める。


「盾はそのままでは目立ちすぎるんで、敢えてこうしておりやす。剣は…」


鞘から抜き放つと、既に中心に刻印の施された蒼い刀身が姿を表す。

刻印は【斬擊強化】【集中】【補強】の3種。シンプルな基礎強化と言っても良い内容だろう。


「あっしにもなかなか打てねぇ逸品でさ。ちゃんと復元ポイントもチェックしてあるんで問題なく使えやす。」

「師匠さん、いくつかエンチャントの案を用意したんだが。」

「おー、どれどれ?」


バニラが記したエンチャント内容を確認するフリッツさん。


「…はぁ。よくこんなきれいに詰め込めたもんだ。旦那、かなりのじゃじゃ馬になりますがよろしいので?」

「オレの要望に応えてくれた内容だからな。」

「ならいいや。バンブー、嬢ちゃん、やってくれや。」

『わかった。』


バンブーがエンチャント用の機具に剣と盾を置く。

バニラが付与魔法で式をプレートに転写するとエンチャントが始まった。

専用の宝石のような触媒を消費し、周囲のマナを取り込みながら対応するスキルが装備に封入されていく。

最後に魔力の衝突、融合が起き始め、非常に不穏な動きを見せたが、時間が経つとしっかりと定着して落ち着いてくれた。

失敗するとここで大爆発が起きることもあるが、式に無理がないからか反応も非常に大人しいものであった。


オレが要望は剣に【増幅】【増幅】【増幅】【修復(弱)】【補強】。

増幅は、後から一時的に付与する魔法の効果を増幅するもの。ゲームでは乗算の関係になっていたが、こちらでは果たしてどうなるか。補強は剣の耐久度を上げ、回復は剣の自動修理という所か。


盾には【打撃強化】【打撃強化】【補強】の刻印がされており、【増幅】【増幅】【増幅】【増幅】【修復(弱)】【補強】のエンチャントが入る事になる。

こちらは形状から枠、容量が多く取れる分、増幅を一つ多く入れる事が出来たようだ。

普通なら制御や抑制など、安定を高めるものが入るがそれは甘えというものだろう。


エンチャントが終わったのを見届けたバニラが大きく息を吐く。

背筋を伸ばし、腕を組みをしながら眺めていたが、上手く行ったのを見届けるとホッとしたようだ。


「旦那、どうぞ。恐らく旦那にしか扱えない、旦那の為に用意された装備です。大事にしてやってくだせぇ。」


バンブーがエンチャント機具から装備を取り、オレに着ける。

とにかく耐久性を要求した為、剣も盾もなかなかの重さを感じるが、動きを阻害するほどではない。


「試験場も確保しておりやす。どうぞこちらへ。」


試験場へ向かおうと振り向くと、めちゃくちゃギャラリーが増えていた。大半が友人らだが、こちらを見極めたいヤツも居るだろう。

とは言え、あまりにも注目され過ぎではないだろうか?

様々な視線を一身に受けつつ、オレたちは試験場に着く。

試し切りの為の狭い部屋で、周囲をぐるっと囲まれている。狭いと言っても、一人で剣を振る程度なら全く障りない。

全面ガラス張りなのだが、エンチャントと刻印によってガチガチに強化されていた。


『人形はただの木なんで、好きに痛め付けてやってくだせぇ。』


フリッツさんの声に頷き、剣を抜き放つ。

利き手の右でしっかりと感触を確かめる。毎朝やってる基本動作で違和感はない。納刀もすんなり出来る。

再び抜刀し、構える。

一呼吸し、踏み込み、袈裟斬り。持ち直して切り上げる。

生木同然だが、まるで乾いて軽いスカスカな木を切るような感触。これがバンブーのミスリルソードか。


『旦那、惚れ惚れしますぜ。』

「バンブーの腕にな。」

『ハハッ!ちげぇねぇ!』


三分割した人形は撤去され、新しいものが用意される。


「正面、危ないから離れてくれ。」

『おう、おめぇら退いておけ。』


フリッツさんの声にため息混じりで生徒が正面を空けてくれる。何かあったら事だしな。


【エンチャント・ファイア】


蒼い刀身が炎を纏い、周囲に熱を撒き散らす。


『こいつぁ…』


フリッツさんも思わず声を漏らす。

武器も魔法も惚れ惚れする程の出来だ。めちゃくちゃな制御難度を要求されているが、それに応えてやれば、優れた素材で作られた優れた柄を通し、全くロスなく刀身が魔力を力に変えてくれている。

正直、これは『ミスリル程度』じゃ惜しい。

バニラとバンブーがハイタッチしているのが横目に入る。

誇れ。これは間違いなく、時代を代表する一振りになったぞ。


『なにこれ意味が分からない…』


魔力の流れを見るように言っておいたリンゴが困惑していた。

本当に驚くのはこれからだぞ。

まだバニラにも見せていない必殺とも言える魔法を展開。


【エンチャント・ヴォイド】


赤い輝きは消え、蒼の刀身に戻る。

光と闇より更に制御難度の上がる、虚無と呼ばれた『全属性属性』をエンチャント。なぜ全属性が虚無なのかは名付けたヤツに聞いてみたい。

見た目にはただの不発だろう。だが、攻撃が当たれば。

軽く突いた人形が見えないエネルギーの奔流によって木っ端微塵に砕け散る。正面のガラスもなんとか耐えたが、ひび割れていた。


まだ見えていないという事は、育成が足りていないという事だろう。魔力も感知も更に鍛えなくてはならない。


『はー…』


魔力酔いを起こしたのか、リンゴが倒れて友人のディモス娘に支えられていた。衛生兵ー!!


『いやはや。とんでもねぇもんを見せつけてくれやしたぜ。

おい、てめぇら!本物が本物を使った瞬間をしっかりと目に焼き付けとけよ!』

『はい!』


専門職連中が目を輝かせてバニラとバンブーに殺到した。小柄なバニラはバンブーに押し付けられて窒息しそうである。頑張れ。


鑑定するとだいぶ耐久が減ってしまっているが、刻印とエンチャントの効果で徐々に回復していた。バニラの式を参考にしたオレの式で【ヴォイド】は補強がなかったらヤバかったな。


『なんだこの茶番は!優秀な装備を持てば誰でも出来ることだろうが!』


文句を言うのが出てきた。待っていたぞ。


「そうだな。フィオナ。試してくれ。」

『わ、わたくしですか!?』

『旦那、大丈夫ですかい?』

「大丈夫。任せておけ。」


恐る恐る部屋に入り、剣を受け取る。


「お、おもっ!?」


重さに耐えきれず、思わず落としそうになる。

その様子にざわめきだす戦闘科。彼女の能力の高さは皆が認めているからな。


「み、ミスリルなのに、こんなに重いなんて…」


顔を赤くしながら剣を構えて息を整える。

側はミスリルだが、芯に使っているのはブルーメタルというひたすら重く丈夫な金属。剣の技術はどうしようもないので、この重さで威力を上げてやろうという魂胆だ。

鍛えてないと持ち上げられないくらい重いが、今のオレなら少し重い程度でしかない。


「支えてやるからエンチャントしてみようか。オレは一切魔力を流さないでおく。」

「も、申し訳ございません…」


オレが握るとなんだかんだ言われそうなので釘を刺しておこう。


「できるヤツは魔力感知で見張っておけよ。邪魔はしていない事の証明にもなるからな。」

「だ、大丈夫でしょうか…?」

「まあ、なんとかするさ。いつも通りに得意なエンチャントをやってみてくれ。」

「はい。…【エンチャント・フリーズ】」


その瞬間、荒れ狂う冷気が、室内で暴れ回る。


「こ、コントロールできない!」


魔力の量の調整でコントロールしようとしているようだが、暴れ回る冷気は治められない。


「ま、魔力を止めてるのに…!」


魔力の余剰分が多すぎたのだ。供給を止めても冷気は止められない。


【アンティマジック】


室内のあらゆる魔力が作用を失い、冷気は急速に弱まっていくが、現象として下がった気温はなかなか戻らない。


「い、意味がわかりませんわ…魔力を止めても暴走が全く止まらないなんて…」

「『増幅』三つだからな。使った魔力が制御力を大きく越えたんだよ。」

「三つ!?あ、ありえませんわ!」

「では、それを踏まえてもう一回やってみようか。」

「え、えぇ…」


泣き出しそうな声になりながら再挑戦。

情けない声を出したとは思えないほど集中した顔で剣を握る。当然、今回もオレは支えるだけ。


【エンチャント・フリーズ】


ゆっくりと慎重に精細に魔力を通す。

さっきの大失敗を踏まえ、量を減らしたのは良いが…

やはり制御が出来ず、冷気が漏れる。

成功体験も大切だ。少し手伝ってやろう。

ごく僅かな魔力を流し、ガイド代わりにする。

察したのか、それに従って魔力をコントロールしていく。フィオナの魔力が刀身を覆ったところでオレの役割は終わりだ。


「よくできた。まだ甘いところがあるから、これからもこの調子で鍛えていくと良い。」


制御出来る範囲なら、きれいで丁寧なエンチャントだ。荒削りな者ばかりの中で、際立って練られた魔力を有している。この娘もきっと伸びるだろう。


「…ハイ!わっわーっ!?」


集中力が切れた瞬間に暴走してしまったが。





これでバニラとバンブーの能力は示せたはずだ。

よく詰め込んだというのは、しっかり納まる形で5つ詰め込んだからだろう。形が歪だったり不明瞭だと効果が落ち、枠の上限に納まらなければ認識すらされない。それが封入エンチャントなのだ。

枠というのは素材が持つ容量だ。式を封入する事で実現する封入エンチャントは、常にギリギリの効率を求めている術式士以上に適切な人材はいないだろう。


エンチャントを語る上で、もう一つ重要なのが魔法エンチャント。エンチャント・ファイアやエンチャント・フリーズ等が該当する。

武器に魔法を封入し、永続化させるのがバニラの施した封入エンチャント。オレとフィオナがやったのは武器の外側に魔法を纏わせるという魔法エンチャントだ。両方とも共通して魔法であることに違いはないので、アンティマジックの影響を受けるのは示した通りである。

魔法エンチャントも属性だけでなく、物理攻撃の強化もできたりする。最も手軽な補強方法だ。


文句を垂れたヤツらは唾を吐き、修理用の機材を蹴り飛ばして去っていった。お前ら、職人連中を怒らすと後が怖いぞ。


壊し欠けたガラスは、回復エンチャントのおかげで自動修復するらしい。良かったねエディさん。


フィオナは終わってからも夢現な状態で、少し不安だったが周囲の連中がしっかりフォローしてくれているので大丈夫だろう。


フリッツさんに頼まれたので職人連中に剣を見せると、息を飲んで眺める。

修復も始まっているので、その様子も興味深そうに眺めていた。


「良いっすねー。あっしもこんなエンチャント施してもらいたいっすよー。」

「おめぇはまともなもん作れるようになってからだ。」


ポコンとゲンコツ一発もらうドワーフ。

きっと気持ちは皆一緒なのだろう。究極の作品に究極の仕上げを望むのは間違っていないはずだ。頑張ってバニラのお眼鏡に叶う職人になってくれ。


魔力感知してた連中がわりと深刻で、心ここに在らずという様子。リンゴもその一人だ。放っておけば治るものなので、無理に刺激しない方が良いだろう。


用も済んだので管理棟に移り、世話になったフリッツさんと職員に挨拶する。


「ところで、アンティマジックについてですが…」

「それに関しては」

「いえ、良いのです。然るべきお方から話がありまして、今はまだその時ではないという事になりました。」

「然るべきお方…」


エディさんだろうか?


「よくご存じのお方だと思います。保護者の方々も、扱いは慎重にと仰られております。

今日、またあれだけの生徒が目撃しましたし、もう口に戸を立てておくことは出来ないでしょう。ですので、学校としては今はまだ授業で扱えない、という事になりました。来年はわかりませんけどね。」


今はまだ、と来たか。

教える側の事情もあるだろうからしかたない。


「これから家を空けることが多くなりますのでなかなか協力は出来ませんが、出来るときは喜んで。」

「もう十分です。生徒に十分すぎる刺激を与えて下さいましたから。次は教師に頑張ってもらう番ですよ。」


これはまた教師に恨まれそうな予感しかしない。

まあ、戦闘科辺りは嬉々として取り入れてくれそうだし、職人科も導入に合わせて実用的な方向に舵を切れるだろう。やはり問題は魔法科になるが…


「魔法の地位が下がるのは避けられませんが、なくてはならないのもまた事実。生活や魔物狩りに魔法は欠かせませんからね。」


一応、フォローはしておく。ただし、魔法生物や魔力で動くアンデッドは除く、と注釈もつけておこう。

魔法生物は格によるが、アンティマジック喰らうと仮死状態になるしな…


「多くの魔導師が、魔法の地位に乗っかっているだけだったのは否めませんからね。絶対的な優位性は、崩されるべき事だったのですよ。」

「そう言っていただけるとありがたいです。」


頭を下げて礼を言う。この人には何度も世話になるな。


「こちらこそ、良いものを見せていただきました。機会があれば、また生徒に刺激を与えてやってください。」

「はい。」


オレたちは、握手をして別れた。

まだあの人には、世話になりそうな気がするな。


「ところでセバス、今日はどうだった?」

「はい。」


歩きながら、今日の一部始終を側で眺めていたセバスに感想を求める。


「お二人が手掛けた疑似魔法剣、旦那様の行使した魔法、どれも非の打ち所がございませんでした。」

「そうか。」

「今朝までの無礼、お許し下さい。」

「力量を認めてくれたならそれで良い。じゃあ、娘たちを頼むぞ。」

「身に余る大役、謹んでお受け致します。」


恭しく礼をするセバス。

古いお堅いディモスは説得するのも骨が折れる。心を許してくれれば、とても頼りになるんだけどな。

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