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19話

一通り回り終わり、管理棟へと戻ってくる。

なんだか濃い数時間だった…


「いかがでしたか?」

「素晴らしい学校です。設備も優れていますが、教師も職員も常に問題意識を持ち、改善に意欲的の様ですからね。」


職員に尋ねられ、率直に答える。

教師もいい人材を揃えているし、設備もなかなか充実している。中堅ギルド並みの物を使えるのは良い経験になりそうだ。


「そうですね。戦闘科のあれを見た時は不安でしたが、改善されるようなら大丈夫でしょう。

ただ…」


カトリーナさんには不安があるらしく、表情が曇る。


「バニラ様が心配です。

既に留年が確定している上に、あの方の生む魔法は間違いなく確執も生み出します。

才能の証明でもあるのですが…」


せめて、リンゴが来年高等部に居るなら事情は違ってくるだろう。

だが、まだ初等部だし、とんでもない飛び級するにしても2年は掛かるはず。

技術職志向のバンブーと、戦闘職志向のストレイドではフォローもしにくいだろう。

何かと不安要素が多い。


「我々も気に掛けることにしますが、魔法科の方々はプライドが高いので…」


アンティマジックの生みの親のことは、絶対に隠すべきだろう。これは本当に孤立を招く。

魔法の無効化など、魔導師は絶対に認めたくないはずだ。


「ところで、アンティマジックについてなのですが。」

「それに関しては家に持ち帰らせて下さい。娘たちに言い聞かせておきたいですからね。」

「わかりました。」


今日は示すだけで十分だろう。広めるのはまだ先だ。

夜にでも事情を説明して、無闇に使うなと言っておく事にする。

バニラとバンブーは、アンティマジックによるゴタゴタは経験しているだろうから今更かもしれないが、リンゴとストレイドはそうではない。


「では、我々はそろそろ。」

「そうですか。今日は本当に色々あってこちらとしてもなんと言えば…」

「それはお互い様です。不安もありますが、安心もできましたからね。」


職員にしてみれば、とんでもない爆発物が転がり込んできて頭が痛いだろう。

オレだったら胃も痛くなる。


「娘たちのこと、よろしくお願いします。」


一礼し、オレたちは管理棟を後にした。


「カトリーナさん、どうでした?」

「なんだか年甲斐もなく、ハリキリ過ぎた気がしてます。」

「オレもやり過ぎた気がします。」

「お互い、皆様を溺愛してしまっているのでしょうね…」


お互いに、疲れた笑顔を浮かべて後ろを振り返る。

授業も終わったようで、だいぶ賑やかだ。

初等部は既に下校のタイミングのようで、リンゴも校舎から出てきた。

抱えている袋には大量の教材が入っており、今のリンゴではまだ重そうだ。


「持つぞ。」

「お願いします…」


不本意そうな顔で教材を半分押し付けてくる。

大人には大したことはないが、子供には酷だろう。

紙の教科書もあるが、大半は入門用の各種道具だった。後でオレもスキルを得るために使わせてもらおう。


「学校はいかがでしたか?」


カトリーナさんが差し出した手を、リンゴは少し恥ずかしそうに握る。


「楽しかったよ!授業は思ったより簡単だったけど、良くしてくれる子も居たから。」

「そうですか。それは良かったですね。」


子供らしく新しい友人の事を楽しそうに話す娘を真ん中に歩く。

これって普通に親子の光景なのでは?なんて思うと少し気恥ずかしくなった。

口に出すとリンゴは怒って逃げそうなので、思うだけにしておこう。





不安は的中した。

やはり、バニラだけは適切な評価を得られず、親しくしてくれる人は居なかったようだ。ストレイドの時くらい、あの場に居られればそんな事も無かったのかもしれないが…


「大丈夫。なんとかなるから。

それに、まだ初日なんだし二人とも大袈裟だ。」


苦笑いしながらなんともないと胸を張る。


「ただ、シミュレーターもないのはガッカリだ。設備が整っていたから期待してんだが。」

「シミュレーター?」


どういうものかわからないカトリーナさんとリンゴが、首を傾げる。


「術式の試験をする道具だ。実際に発動しなくても、術式が発動できるかチェックするものだよ。」

「なるほど…」


魔法は危険なものも多い。実際に発動しないとわからない部分も多いが、シミュレーターで一度チェックすればその危険も減るという事だ。


「シミュレーターかー…」


考え込む仕草をするバンブー。

鍛冶の領分を大きく越えているし、難しいのではないだろうか。


「一度、再現しようとしたんだよねー。

でも、鍛冶だけでは無理だし、錬金、刻印に特化してる人たちも巻き込んだけど、手掛かりも掴めなかったよ。」

「アーティファクトか?」

「そうだね。一点物ではないけど、そう分類されてた。」


システムで定義された訳ではないが、再現不能なアイテムをユーザー側で勝手にアーティファクトと分類していた。

サービス末期の生産職は、ほぼこれと向き合っていたと言っても過言ではないだろう。


「仮定だけど、シミュレーターに最も近い人はヒガンだと思うんだ。究極と言っても良い制御力だけが見れる世界があるんじゃないかなー」

「オレに物造りは…」

「見たものを再現するのは生産職におまかせー」


胸を張って言うバンブーの心強いお言葉。

改めて貰ったアンティマジックの記された紙に魔力を通す。限りなく慎重に、限りなく精細に。限界の限界まで集中し、魔力だけではなく、マナの一片にまで意識して…

今までとは比べ物にならない質のアンティマジックを発動する。

認識できた魔力は変わらないが、これでどんな魔法も魔導具も無効化するアンティマジックを習得出来たはずだ。


「私にも今のがとんでもない事だというのは分かったよ…」


集中してる間に帰って来たストレイドが、呆気に取られていた。


「おかえり。」


ただいまと返事をしたストレイドは、そのまま風呂場に直行して行った。ご苦労様。


「魔力ってあんな輝くものなんだね…」


リンゴが目を輝かせながら紙を手にする。

リンゴさん、そこはオレの手じゃないんですか?


「マナレベルまで意識して習得してみたが、見えているのはいつもの通りだったなぁ。」

「既に見えているのが、わたしたちと違う疑惑が浮上したぞ。」

「あそこまで綺麗なトレースは無理だよー…んんん?」


何か閃いたのか、バンブーがノートに書き出す。


「でも、数値化の再現が…うーん。」

「せめて、実物があればな。」

「それだともう作らなくて良いよね、となっちゃいそうだけど、それは生産職の魂が許さない!という事で、」


バンブーがオレの肩に手を乗せる。


「頑張って実物を持ってきてね。おとーちゃん。」

「調子の良いヤツだな。」


頼られるのは良いけどな。


「産出しそうな場所はわかるんだけど…」


今度はカトリーナさんの方を見る。


「何処でしょうか。」

「バルサス大峡谷。天空都市の成れの果てって言われてるよね。」


場所を聞き、顔が強張る。


「あそこは…いえ、ダメです。ヒガン様、あそこだけは、絶対にダメです。」

「だよねー。カトリーナさんはそう言うと思っていたよ。」


帰らずの地、という別名がゲーム内でのNPCたちによるあそこの呼び方。

強烈なデバフエリアで、常にステータス半減、スキル無効、魔法発動遅延というプレイヤーに対する殺意が高いと話題になった。

しかし、蓋を開けてみればドロップだけでなく、弱体を食らっているおかげで経験値が美味く、(美味しすぎて)帰れずの地などと揶揄されたりもした。

しかし、危険なのは確かなので、ゲームではない以上カトリーナさんが止めるのは正しい事だろう。


「帰らずの地か…」

「そんな物騒なの?」


言葉の意味がわかるのか、それともカトリーナさんの反応を見てか、リンゴも不安そうな顔でこちらを見る。


「安全ではないな。でも、いつかは越えなきゃいけない場所だ。」


もっと強さを求めるなら、必ず行かねばならぬ場所だ。

稼ぐため、鍛える為には避けられないのが帰らずの地なのだから。


「……」


何か言いたそうだが、言葉にするのを躊躇っている様子。

察したリンゴがカトリーナさんの袖を掴む。


「申し訳ありません。私の方が心配をお掛けしてしまいましたね。」

「言いたい事があるなら言ってくれ。」


深くため息を吐き、意を決した様子でこっちを見る。


「正直、今のヒガン様で太刀打ちできるとは思いません。例え、人数を増やして挑んでも邪魔になるだけでしょう。」


うぐぐ…痛いところを突いてくる。だが、その通りなので反論できない。

根本的にあらゆるレベルが足りていないのだ。こちらに来てから何かを倒す、という事をしていないのでレベルは上がっていない。技術やスキルは成長しているのだが。

トレーニングによって能力の基礎値を上げることはできているが、それは後々の伸びを考えての事でそれだけで強くなれる訳ではない。

やはり、何かを倒すという事を経験していかないとダメなのである。


「帰らずの地というのは二つの意味があります。一つは死して二度と帰れぬという意味。

もう一つはもう二度と帰る必要がないという意味です。」


大峡谷の向こうはそれほどのものだっただろうか?

ピンと来ないのはオレだけでなく、バンブーも同じようだ。バニラは顔がこっちを向いていなくてよくわからないな。


「待って。向こうにそれほどのものがあるなんて知らないんだけど。」

「私にも人伝にしか聞いておりませんので…

だから、ヒガン様を引き留めていたのです。

何としてもこの家を帰るべき場所だと心に刻んでいただくために。」


それでか。

心配が過ぎるのでは?と思ったが、いつか来るその日の為にという事だろう。かわいい娘と優秀なお手伝いさんを棄てて帰らないという選択肢はないのだが。


「もう少し信頼してくれ。

こんな良い家にかわいい娘たちとメイドさんも一緒なんだ。帰ってこないなんてあり得ないだろ?」

「なんだかフラグっぽいよー?」

「えぇ…」


それはオレの身にも不吉すぎる。

旅先で野垂れ死には嫌だなぁ。


「しかし、カトリーナさんほどの技量なら大峡谷も越えてると思ったんだけど。」


一瞬、驚いたような表情を見せ、目を背ける。


「いえ、私にはその機会がございませんでしたので…」


なんだか歯切れの悪い返答。追及すべきか否か。


「みんな、もう良いから。わたしの事でそんな揉めないでくれ。」


原因となったバニラがその場を納めようとする。


「ヒガンも気が早い。私は1年留年が確定しているんだから焦らなくて良いぞ。」

「しかしなぁ…」


全力を出せる環境で学んで欲しかったが…


「なに、元より術式士としての学びは魔法だけじゃない。必要な知識は山のようにある。

わたしに必要なのは魔法科の生徒としての知識や経験で、それが術式士の高みに至る為の最適な道なんだよ。」


それはまるで自分に言い聞かせるようで、誰一人、本人さえも納得していないのがわかる言葉だ。

だが、そこまで言われてしまっては、もうオレたちにどうこう言う事はできない。


「そうだ。早速、課題を出すことになったんだけど手伝ってくれるよね。おねーちゃん。」

「お、おね…?」


学校での事をバンブーが切り出す。

急に姉呼ばわりされた事に困惑し、返答ができなかったようだ。


「師匠にはもう話をしているし、許可を貰ってるから。」

「何をすれば良いんだ?」


胸を張り自信たっぷりに設計図を見せる。


「おとーちゃんの為のミスリルソードとミスリルバックラーに刻印&エンチャント!これ、私の成績に影響するからちゃんと考えてねー」

「それなら頑張らないとな。」


さっきまでのどこか諦めたような笑顔と違い、この笑顔にはやる気が満ちていた。

バニラ、お前も大概分かりやすいよ。

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