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2話

特に何か起こる事もなく、夕食を終えて割り当てられた部屋に戻ってくる。

夕食については食堂のようなところで集まって摂ったが、特に有益な情報を得ることはなかった。

召喚者の中には知り合い同士という者も居るようだが横の繋がりは薄い。出し抜き、主導権を得る為には、拾ったこそこそ話も秘匿しておきたいだろうからしかたがない。

料理の方は素材そのものの味を楽しめた。


「なあ、同居人。」

「なんだその呼び方は。」


名を知らないたぶん少女を呼ぶ。


「名前を知らないんだ。しかたないだろう。」

「それもそうか。じゃあ、本名とメインキャラ名どっちがいい?」


そう来たか。

ゲームならばキャラ名一択だが、残念ながらここは現実。本名の方が何かと…


「いや…」

「?」


オレはあることを思い出して言い留まる。


「死の宣告の成功条件知ってるよな。」

「あー…それがあったか。」


物騒な名前の魔法の存在を思い出す。

対策すればどうということもないのだが、それが出来ない内は警戒するに越したことはない。

方法は色々とあるのだが、一番の対策は相手に自分の名前を知られないということ。魔法の術式に対象の正確な名前が必要なので、初期は小文字のLか大文字のIか分からない名前を用いるのが流行った。運営もそれを重く受け止めたのか、即死回避手段が簡単に入手できるように調整されてからは廃れたが。


「お前さんをどうこうするつもりはないが、対策はするべきだろう。」

「そういうことならバニラと呼んでくれ。」

「由来は?」

「姉妹がバニラアイスを食べていた。」


だと思ったよ。


「こっちはヒガンと呼べば良い。」

「お彼岸に始めたのか?」

「そんなところだ。」


本当はローマ字で牡丹餅だったとは言いたくない。


「本題だが、バニラは魔法は使えるか?」

「初期スキルにはなかったよ。」


ふむ。それならなんとか習得するしかないな。

そう思い、オレは途中でもらってきた水の入っているタライを互いの間に置く。


「ゲームの方法が通じるかどうか…」

「初期に流行ってたっていう習得方法か!

始めた頃には魔法書がゴミのように扱われてたからなー」


恵まれた環境で羨ましいよ。

シェラリアオンラインの初期における魔法は、その頃のエンドコンテンツ報酬だった。

魔法書が超絶レアとして君臨しており、レイドボス以外眼中にないプレイヤーが大半だった。

VRMMOの魔法は誰にとっても特別なのだ。最初の内は。

その状況でレアや莫大なゲーム内マネーに頼らない習得方法も模索された。その一つが元素と魔力を通して繋がる事である。


「手を水に突っ込んで魔力を流す。」


ただそれだけである。とはいえ、それがとても難しい。

我々は魔力など持っていないのだから、普通にやってできるはずがないのだが、


<告知。元素と魔力パスの接続を開始します。>


脳内でメッセージを受信すると、あっさり水がコントロールできるようになる。

手にまとわせたり、伸ばしたり千切ったりとしてみようとしたらMPが切れてバケツに落ちる。


「おぉ!すげーな!」


バニラが目を輝かせてこちらを見る。


「魔法ですらない初歩の初歩だけどな。」

「それでもすげーよ!そっかー。初期はそうやって魔力のコントロールから派生していってたのかー」


自分の手を見ながらバニラも魔力を意識しているようだ。

魔法ですらないないのは術式による制御がないからだ。これが魔法の肝と言っても良いもので、これを理解しないと魔法使いは名乗れず、それだけに魔法使いは戦闘の難しさもあって上級者向けと言われていた。


「古参連中の制御力お化けっぷりの理由がわかったよ。術式を読み込むだけじゃ届かないわけだ。」

「長時間出来ないのがつらいけどな。」


MP自体が低く、MPの消費効率も悪い現状じゃ休憩の方が長くなる。初期スキルで若干下駄を履いていても、それはどうしようもなかった。

仮にMPが大量にあっても、慣れない内はめちゃくちゃ疲れるのは変わらない。


「やるなら試して良いぞ。どうせ回復しないと何もできない。」

「やるやる!」


次は瞑想を始める。

瞑想と言っても、やることは魔力の流れを知り、コントロールすることである。

マナと呼ばれる元素を吸収し、体内で魔力に錬成していくのを繰り返す。いや、そうやっていると思い込むようにする。


MP1にすらならない効率の悪さ。最初はこんなもんであるのは何度も経験してきてよく知っている。成長した後の事を知ってさえいれば、最初の効率の悪さも苦ではない。


<告知。【魔力感知】スキルを獲得しました。>


メッセージと共にごく(かす)かに魔力の流れがわかるようになり、瞑想中に魔力が体内に蓄えられ、循環している事が自覚できるようになった。

音や匂いのように、魔力の流れがぼんやりわかる。ただ、集中しなければわからないほど微かで、まだ出歩く時に役立てられるほど実用的ではない。

最初から視覚に目立つくらい上書きとかじゃなくて良かった。


<告知。【魔力制御】スキルを獲得しました。>


錬成繰り返すことで【魔力制御】も生える。

魔法を使っていく上で必須と言っても良いスキルだ。マナを錬成し続ける事になるので、このスキルはどんどん伸びていくだろう。

やはり、スキルの取得が全て早い。メリットしかないのだが、これはこれでなんとも妙な感じである。


「お、お、ういた…あぁ!」


バニラはその間ずっと水と戯れていた。

少しだけ浮いた水はすぐに落ちる。

だが、経験者なだけあって飲み込みは早い。次のステップもすぐこなせるだろう。


「次は瞑想して魔力関連のスキルだ。」

「お、押忍!師匠!」


誰が師匠だ、というツッコミを抑えつつ、タライを自分の方に寄せる。

さて、制御スキルは獲得した。後はひたすら魔力の消費と錬成を繰り返していくだけだ。

タライの水を少しだけ浮かし、飛び散らないように回転。そのまま縦、横に伸ばしてみる。

スキルを得てMP効率が良くなり、ほぼ消費0でこの程度の曲芸は出来るようになっている。


<告知。【MP回復量UP】スキルを獲得しました。>


待ちに待った回復強化である。消費量を0と1のギリギリに合わせる。

これでトイレに行くより多くこなした反復練習へ移行できる。

頭の上で円を描くように移動しつつ、水は石も切れる速さで高速で回転。それをスキルレベルに合わせてどんどん速くしていく。

水の数を増やし、8の字を描くように動かす。

ぶつけてぶつけられた方だけ動き出したりというような遊びも入れる。


<告知。水属性魔法の習得が可能になりました。>


いよいよ魔法の解禁である。とはいえ、何もせずに魔法を得ることは出来ない。現状では自ら術式を書いてようやく習得だ。

魔力を込められた魔法書があればここまでの工程をすっ飛ばすこともできるが、この工程をこなしてこその魔法。しっかり制御の基礎を身に付けておきたいところ。


「さて。」


ぽかんと口を半開きにしたバニラがこちらを見ていた。


「いやいや。スキルの補助があるからとかそういう次元じゃないだろ!」

「そんなこと言われてもなぁ。」


朝食よりも多くこなした練習法である。世界に許されるなら出来て当然だろう。


「はぁ…浮かすのでやっとだってのに、そんなの見せられたら自信失くしちまうよ…」


タライを見ながらしょんぼりするバニラ。


「でも、やってみたいだろう?」


オレの言葉にゆっくりと顔を上げた。


「当然だ。同じ条件でできるなら必ずやってやる。」


ああ。大丈夫だ。こいつとならやっていける。


相棒の誕生に心を踊らせ、オレは用の済んだタライを返しに行くことにした。

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