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34話

探索開始から3日、4日と経つと、寒さと継続的な魔力消費、慣れない足場で疲労が隠せなくなる。

食料や素材、魔石は大漁だが、それで肉体的な疲労までは癒えない。


「今日は休養日にしよう。全員、ゆっくり休め。」


朝食の場でそう告げると、全員が安堵の声を漏らした。一番疲労感を見せていない遥香と柊も、だいぶ堪えていたようである。

アリス、バニラ、フィオナが居ないと、体調のコントロールが上手くいかない。誰かに補佐をしてもらわねば。


「温泉用の部屋を作るか。」

「あ、それなら任せてー。ちゃんと準備してるからー」


既に朝食を終えた梓が、スキップ気味に外に出て、慌てて引き返してくる。暖気の魔導具を忘れていたようだ。

扉の開け閉めだけでもだいぶ冷えるので、玄関を区切って設けている。

手に入れた毛皮は、カーペット代わりに寝袋の中にと大活躍だ。


「遥香もくたびれたか?」

「…正直、甘く見てた。

海底も慣れない環境だったけど、ここよりはマシだったよ。」


靴下を脱ぎ、裸足で毛布の感触を楽しんでいる遥香。休養と言われ、気が抜けたように思える。

わりと皆が疲れ切っている中、ケロッとしているのがカトリーナだ。


「お母さんの歩き方を覚えたい。」

「音を立てないように、気を付ければ良いだけですよ。」


参考にならない回答、有難うございます。


「なるほど…」

「マジか。」


流石、母子。通じてしまっていた。

その説明だけじゃオレに理解出来そうもない…


「気にしながら歩いてみよう。」

「明日にしろ。今日はゆっくり休むんだ。」

「うん。」


遥香を大人しくさせたところで、オレはオレで作業を始めることにする。魔石の結晶化である。

設備をグロリアスに置いたままなのでピュアクリスタルにまでは出来ないが、今の内にストックは稼いでおきたい。

全魔石の半分くらい済ませた所で、梓が戻ってきたので作業を切り上げる。


「準備できたよー。温泉もバッチリ!」

「梓たちから入ってこい。準備もしたし、前衛だったからな。」

「準備をしろー!行くぞ野郎共ー!」

『おー!』


既に準備を終えていた柊が声を掛け、あっという間に遥香とソニアが飛び出していった。柊の言い方に少し驚いたが、このくらいふざけないと士気が維持できそうにないのでありがたい。


「ま、まってー!」


言い出した当人である梓には想定外だったようで、慌てて準備をして追っていく。

微笑ましい光景に、皆が思わず笑ってしまっていた。


「ヒガン様、ここには雪男以外に何が居るのでしょうか?」


リリが近くにやって来て尋ねる。


「白いアッシュとか、氷のバケモノと言えば分かりやすいか?

後は巨大な鳥や、白熊の親分だな。」

「ここで一番強いのはなんなのでしょうか?」

「雪女…じゃないかと思っているが、ちょっと確信はないな。」


ゲームではまともに戦えば確かに強かった相手だが、道中がキツいせいで、確実な対策法があるせいで印象が霞みがちだ。


「ボスが一番強いのではないのですか?」

「単体ではそうなんだが、どれも複合で出られると厳しい。2体なら良いが、10とか出てくると、魔法を制限されている環境じゃ地獄を見る。進めば魔導弓も使えないだろうしな。」

「空を飛んでいるのは厄介そうだね。」

「ジュリアが居ればどうってことないが、ブリザードの影響がまだ分からないからな。」


暴風雨の経験どころか、知識も怪しい面々だ。

恐らく、突入初日は何も出来ない可能性が高い。


「ペンギンは居ないのでしょうか?」

「ペンギン?」


メイプルに尋ねられるが、記憶から引き出せないので逆に尋ねると、随分と可愛らしい何かをアクアが描いてみせた。


「あー、いるいる。

こいつは強いと言うより厄介だ。

体が大きく、数が多い上に、水陸両方を滑るように速く動く。」

「大きいんですか…」


眉毛を描き足し、なんだか妙に威厳のあるキャラクターにされる。そういう感じではないぞ?


「海から離れていれば脅威じゃないんだが、逆に海に囲まれると油断が出来ない。水中から飛び出して、体当たりで突き落とされたりするからな。」

「白熊にペンギンと、北極、南極の違いみたいなのはないのですね…」


ここもダンジョンだからな、と言ってしまえばそれまでだが、個人的には知識の輸入元が気になる。


「ここのボスはハメ殺していた覚えがあるのですが、今回もそうするのでしょうか?」

「出来そうならやってみても良いが、恐らくオーディンと似たようなヤツだ。そういう戦法は印象が悪くなりそうなんだよな。」


絵に手を加えながら質問を続けるアクアに答える。

今度は筋骨隆々なペンギンに描き換えられる。そういうのでもない。


「ボスはブリザードの魔力妨害が無いはず。カトリーナと柊を中心に、戦いを組み立てるからよろしくな。」

「かしこまりました。」


不敵な笑みを浮かべるカトリーナ。

ここのボス相手に、物理アタッカー4枚は心強い。

魔法に対する妨害を行う土地なだけあり、魔法に対する防御力も高いのがここのボス。物理的な強さを求める土地と言えるだろう。

本当はフィオナに挑戦してもらいたかったが、別に役割があるので仕方ない。それに、機会はこれっきり、という訳でもないので次があればその時で良いだろう。

まだビーズ領とエルフ領を隔てる湾に辿り着いていないので、道程は1割程度だろうか。ブリザードに入ると更に進行は遅れる。急ぎたいが、急ぎすぎる訳にもいかないので、舵取りが難しいな。


「あーサッパリしたー。」


普段着姿で戻ってくる遥香と柊。寒くないのだろうか。


「風邪を引かないようにしてくださいね?」


そう言って、遥香に毛布を掛けるカトリーナだが、やんわり断られていた。


「あったまり過ぎて暑いくらいだよ。」

「そんなに熱くしたのか?」

「梓ちゃんがぬるいぬるいって言うから。」

「ああ、ドワーフだもんな。」


暑いのも寒いのもあまり苦にならない種族だ。一緒に風呂に入るのは、ちょっとした修行かもしれない。


「でも、おかげで体も気持ちも楽になれたよ。歩くだけでも疲れるからね。」


出番の少ない柊も、顔を紅潮させて苦笑いをしながら言う。

対策はしているが、雪がブーツの中に入ったり、落ちてきた雪が首の隙間から服の中へ、ということもある。戦闘以外で気持ちを削られる要素がとても多かった。


「ここの主は性格が悪いよ。」

「そう言ってやるな。人が入らない雪山なんて、こんなもんだろう。」


むくれ気味の遥香を宥めておく。


「空いたよー。お湯も入れ直しておいたから急いでねー」

「じゃあ、次はあたしらが。」


準備を終えていたユキ、リリ、ジュリアが、楽しそうに出ていった。


「みんな、風呂好きだよなぁ。気持ちは分かるんだが。」

「入っている時も、出てからも心地よいですからね。」


そう言って3人にイグドラシル水を振る舞うカトリーナ。

ほどよく冷えているのか、グラスは結露している。


「あー、風呂上がりの一杯は堪らないねー」


オッサンみたいな事を言う酒臭くないドワーフ。座り方といい、完全に出来上がっているようにも見える。

遥香に倣うかのように、二人も裸足になって毛布の感触を楽しんでいた。


「今日はゴロゴロしてても良いぞ。訓練も準備もしなくて良い。だから、出発も少し遅らせようかと思う。」

「あー、一応、剣だけ見せて。手入れはするから。」


全員が自分の得物を出し、梓の側に積み上げていく。すぐには終わらないだろうし、居ない連中のは後からでも良いだろう。

毛布の上に布を敷き、冒険用の手入れセットを用意した。

慣れた作業を手際よく進めていく。邪魔をしないでおこう。


「そう言えば、さっきここの魔物について話したんだよ。」

「あ、教えて。」


大の字になっていた遥香が体を起こして尋ねてくる。

ほぼ同じ説明をすると、梓に預けた自分の剣を鞘から抜いて眺め始めた。


「剣で斬れるよね?」

「そりゃな。棒でも殴れるぞ。」


ふん!と大きめの鼻息を一つし、鞘に納めた。


「最近、良い所ない気がするから頑張らないと。」

「それは私もだよ。」


ストレッチをしていた柊が、闘志を漲らせて言う。


「良い顔だが、今日の所は抑えておけ。

特にお前たちとカトリーナには、頑張ってもらわないとダメだからな。」

『うん。』


声を揃えて頷く二人。その様子に、梓はニコニコしながら作業を続ける。

そんな梓は二人の保護者という感じが強い。二人とも戦闘に特化した結果、色々と置き忘れてきた責任を感じてしまう。

だが、柊は服装や化粧について口うるさい叔母(フィオナ)に指摘され続けた結果、女らしさを取り戻している感じはしていた。

逆に四女はどんどん粗野さが増すのは何故なのか?隙あらば飛び出していきそうな不安が拭えない。


順番に風呂を終え、いよいよ最後、カトリーナ達の番である。


「旦那様は一緒じゃないのですか?」

『えっ?』


カトリーナの言葉に、オレとアクアの声が揃った。

ユキならともかく、アクアと一緒は流石に…


「あ、あ、あたしはその、カトリーナさんと一緒だと比べられてしまいそうであの…」

「あたしとなら大丈夫というみたいな言い方じゃねぇですかい?」


軽口を叩くユキだが、メイプルと梓と柊とジュリアくらいしか笑っていない。遥香の目が特に怖い!


「流石に一緒は無理だ。オレは最後に入るよ。掃除もしておきたいし。」

「そ、そ、そうですか。」


ホッと胸を撫で下ろすアクア。

元々身長は高いのだが、10年で体型まで非常に女性らしくなっている。カトリーナとも、柊とも違う魅力を持っていた。


「旅の間はそういうのは無しで頼むぞ。特に動きが不穏なリリ。」

「えっ!?」


後ろだったら気付かないと思ったのだろうか。自分の寝袋を、オレのヤツの側に持っていこうとするんじゃない。


「冬の間にお腹が大きくなってエルディーに戻るのはやめてよー?

そうなると、お姉ちゃんが荒れそうだから…」

『確かに…』


オレ含め、全員が納得してしまった。

『わたしが!ふゆのあいだ!研究!開発!訓練に励んでいたのに!おまえたちは!子作りに励んでいたのかー!?』とか言いながら、ビビビとビンタの嵐となりそうである。


「口悪ディモスの顔を立てて上げましょう。吹雪の中、ヒガン様と抱き合うのも大変魅力的ではございますが。」

「凍傷を負いそうだから勘弁してくれ。」

「アクア、鼻血が。」

「えっ!?ああっ!?」


遥香に言われ、慌てて布を突っ込むアクア。久し振りの状況に、思わず皆が吹き出した。


「アクアも変わらないな。すっかり、カトリーナと並んでも遜色のない女性になったのに。」

「だ、旦那様、そういう事を仰られると、鼻血が…」

「アクア、お風呂に行きましょう。向こうなら汚れても大丈夫ですので。」


そうカトリーナに言われ、着替えなどを持ってそそくさと出ていった。


「で、お父さんとして、アクアはどうなの?」

「オレはその気があるなら受け入れるよ。」

「うーん。それで良いのかなぁ…」


どうも納得いかない様子の遥香。


「あたしは恩が多すぎて、旦那以外に考えられやせんからね。」

「私も多分、冒険者を続けるのはヒガン以外無理そうだったし。アリスも同じだよ。」

「ココアは悲願叶って、という感じだもんねー」

「母さんは、遥香と離れたくないからだと思うよ?」


柊の一言でギョッとなる遥香。


「…うう。確かに、お母さんを私も求めたけど、自分が理由にされるのは不本意!」


落ち着き無く、手の動きまで怪しい遥香。


「多分、遥香が居なかったら、一生エルディーから出なかったと思うぞ。本人もそう言ってたし。」

「ハルちゃんは罪な女だねーうおっぷ!?」

「あずさちゃん!」


クッションを顔に投げ付けられ、慌てて作業を中断する梓。


「出会った頃から遥香を溺愛していたからな。

レオンはアレックスや悠里に付けるようだが、もう一人生まれたら、遥香に付けておきたいんじゃないか?」

「そ、そんな事はないと思うけど…」

「オレとしては本人の意志を尊重したいが。」

「そ、そうだよね。そうあるべきだよ。」


慌てた様子で納得する遥香。

それを見たリリが、とても良い笑顔をしているが、腹黒さを感じるのは何故なのか。


この後も、今日一日は雑談や軽い作業のみとなり、平穏な一日が無事に幕を下ろしたのであった。

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