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33話

「うおっ…さっぶ…」


いつも通りに朝の訓練の為に外へ出ると、異常な寒さで引き返してしまう。

流石に魔導具無しでの外出は無謀すぎるようだ。


「何度なんだろうなぁ…」


と、【認識拡張】で気温を確認するとマイナス14度。寒いわけである。

新雪を踏み締めつつ広いスペースまで移動して空を見上げると、いつも通りの時間なのだが、夏であることを差し引いても随分と明るい気がしていた。

ただ、明るさと気温の不一致に感覚が狂ってしまいそうである。

体を動かしてからの魔法訓練で、ブリザードの影響をしっかり確認しておいた。


「制御難度が上がっているな…」


まだ、オレへの影響は少ないが、カトリーナはだいぶ厳しいのではないだろうか?

などと思っていると、その当人がユキと一緒に出て来た。

オレが出てきた時には既に朝の準備をして居たので、寒がる様子は見せない。


「思ったより明るいのですね…」

「もしかすると、まだ白夜の時期かもなぁ。」

「びゃくや?」

「夜が来ないんだ。まあ、夕暮れが終わらないという感じかもしれないな。」

「そんな場所があるとは、思いもしませんでした。」

「あたしも初めて聞きやすね。」


二人とも驚いた様子で既に青い空を見上げる。

ここで天気が良いのはありがたいな。


「そうだ、魔法がどの程度使えるか見せてもらえるか?」

「わ、私はあまり…」

「基準として知っておきたいんだ。すまんな。」


【ライト】


不満げな表情を見せてから魔法を使ってみせる。

やはり、非常に危うく、光の玉が揺らぎ続ける。


「維持が難しいですね…」

「レオンのライトみたいになるか。」


大きなため息を吐き、すぐに消した。

ユキの方も、難しい顔をしてはいるが、しっかりと形にはなっていた。


「あたしはまだ大丈夫ですが、いつものようにはやれやせんねぇ…」

「オレもピラー1個分は減らさないとダメそうだ。」

「やっぱり、そんな感じですかい。」


奥へ進むほどに魔法を頼り難くなりそうで、固定化剤は最低限の救済の気がしてくる。

既に全員の装備と魔導具に塗布し、ブリザードからの影響を無くしていた。


「暖気だけでも維持できれば凍死は避けられる。この差は大きそうだ。」

「不得手な者として、つくづくそう感じます…」


深いため息を吐くカトリーナ。

ユキも苦笑いをしているが、このままだと危ういぞ。

ぞろぞろと寝坊助たちも出てきて、体を動かし始める。


「今日から魔法訓練は出来る範囲で良いぞ。無理して事故は面白くないからな。」

『はーい。』


やはり、上手いヤツもそうでないヤツも難しい顔になっている。出来たことが出来ない、強烈な違和感があるのは楽しくないに違いない。


「一応、確認しておくか。」


ライトクラフトを適当に装着し、空に向かって舞い上がる。

一面の銀世界は美しいが、それだけではない。


「うおっ!やばい!」


制御が奪われ、押し返されそうになる。

こちらも強引に制御を奪い返し、なんとか皆の元に戻ってきた。


「なんかバタついてたね?」

「入口に戻されるところだった…」

「あー、空もダメなんだ。」


楽はさせてくれないようである。


「地面を行く分には良さそうだがな。

ただ、それもブリザードに入るまでだろう。入ったら、浮いているだけで暴風に流される。」

「そんなに凄いんだ…」

「一歩一歩踏み締めて行けってことだな。」

「おねーちゃんが居たら、灰になってそうだねー」


それで済めば良いレベルだろう。

あの小柄で細い体躯は、陸上でも飛ばされてしまいそうだ。


「オレは毎晩すすり泣く声が聞こえる気がする。」

「うわぁ…それは嫌だなぁ…」

「私たちもそうなるのかな?」


他人事じゃない様子のメイプルが、不安そうにアクアを見て言う。


「お前たちはちゃんと鍛えているから大丈夫だよ。召喚も歌も影響がなかっただろ?」

「召喚が魔法扱いじゃないのが驚きですよ。」


歌もだが、どうやら魔法とは違う仕組みのようで全く影響が無いらしい。スキル扱いなのだろうか?


「ただ、八咫烏も飛ばされちゃいそうですよね。」

「そうかもなぁ。」

「と、なると…」


サラサラと筆で絵を描いて、紙に手を触れる。


【絵画召喚・白虎】


大きめの猫が姿を表し、ゴロゴロと低い声を出した。

手を出すと寄って来て、頭を擦り付けて来る。


「大きな猫だな。」

「虎です虎!」

「サーベルタイガーも猫って呼んでたよね。」

「旦那様の認識が恐ろしい…」

「アッシュも犬扱いですからねぇ。」

「アッシュ君は狼!」


理不尽にも、飼い主達に叱られてしまう。そんなに違いはないと思うのだが…


「そう言えば、アッシュ以外にもいるよな?

今はどれくらいいるんだ?」

「20くらいかなぁ。5年の間にそれしか増やせなかったよ。」

『20!?』


度肝を抜かす現地組。


「いやいや、専業テイマーでも生涯に2頭か3頭という話ですぜ?」

「それが影の中に20も入っているのですね…」


信じられない様子のユキとリリ。表情が完全に引きつっている。


「増やせるから増やしたんだけどね。ただ、ここまで寒いと、アッシュ君くらいしか出せないかな。」

「なんだかその影に近寄ると、食べられそうで怖いな。」

「お父さんは食べないよ。ノエミとかジェリーは食べちゃうかもしれないけど。」

「おい。」

「冗談だよ。みんな、ノエミとジェリーの事が大好きだもんね。」


遥香も冗談を言うようになって嬉しいが、返事をするかのように蠢く影が少し不気味だ。気付いた面々は、体をビクッとさせている。


「まあ、ノエミとジェリーと遥香の友人たちの事は置いておこう。今日から大変だから、朝の準備はしっかりするように。」

『はい!』


間延びした返事もあったが、慣れない環境の朝にしては、しっかりとした返事。

今日も大丈夫だなという確信を得て、オレは一足先にログハウスへと戻る事にした。





出発の準備を終え、使用感をカトリーナと改善策を梓と話し合い、少し改造してからログハウスを片付ける。


「いつも思いますけど、旦那様のログハウスは便利ですねー…」

「最初の時も驚いたけど、今は普通に家だよね…」

「あの丸太小屋、手入れ、修理がされて、今も使われているそうですぜ。ジャリどもが嬉しそうに話していたのを思い出しやすよ。」


いつかの忘れ物が娘の後輩たちの役に立てて嬉しいよ。


「みんな、準備できたよ。」

「そうか。」


遥香の報告を受けて、オレたちも互いをアンカーで繋ぎ合った。


「じゃあ、出発するぞ。」

『おー!』


真冬のルエーリヴ並に冷える曇り空の下、オレたちは足跡のない道を歩み始めるのであった。





「ステップ1!」


【インクリース・オール】【バリア・オール】


魔導弓からの一斉射が、オレの声に反応した雪男を貫く。やはり、ジュリアの一矢が強烈で、魔法矢で動きが止まった瞬間を狙い、首を穿ち貫いた。


「よし、仕止めた。」


ジュリアに向かって親指を立て、よくやったと誉めておく。


「弓の練習をしておいて良かったですぜ…」

「私も…」

「あたしもそう思います…」


何かと器用なリリ以外が緊張した様子で言う。

足場が悪い上に慣れない武器だから仕方ない。アクアは初の実戦使用だろうしな。


「こう足場が悪いと自由に動けやせんぜ…」

「多少ならライトクラフトが使える。むしろ、スパイクで踏ん張れる分、氷の方がマシだな。ジュリアはダメだぞ。」

「えー」

「氷の下が池とも限らんからな。」

「この気温で落ちたら死んじゃうよね…」

「一分くらいならお湯とリザレクションでなんとかする。」

「き、気を付ける。」

「皆さん、旦那様の居ない所で落ちないようにしましょう。」

『はーい…』


それは落ちる前提の気がするのだが…

まあ、暖気の魔導具もあるから、意外と平気かもしれない。


倒した雪男に近付くと体が塵となって消え、魔石だけが遺されていた。

オレが両手で持ち上げられるほどの大きさ。蓄えた魔力もなかなか多い。


「けっこう大きいな。それでいて質も良い。」

「普通に戦うと手強そうだね。」

「そうだな、恐らく手強いぞ。

短剣は、カトリーナ以外だと通りにくいかもしれない。」

「多くなると困りやすね。」


あまり重い武器を使うヤツがいない事が、意外と仇になるかもしれないな。


「では、弓を扱えない私たちは、ライトクラフトを装着だけしておきましょうか。」


ソニアの進言に、該当するメンバーの顔触れを見る。

梓は装備と自身の重さで、体の半分が埋ってしまうため、早々とライトクラフトを装着していた。


「そうだな。カトリーナ以外はつけた方が良いだろう。」

「な、何故でしょうか?」


何を思ったのか、顔と声に動揺が表れていた。

その影響か、雪の上で浮いているかのように佇んでいたのが膝辺りまで埋まり、見ていたオレと遥香が思わず手を伸ばしてしまう。


「いや、雪なんてものともしないだろうし、氷も割りそうにないから不要だと思ったんだが…」

「…あ、ああ、そうでしたか。制御力が低いのでてっきり…」


顔を赤くしながら納得して、オレたちの手を借りながら埋まった足を引き抜いた。

これも不思議な技術(テクニック)だなぁ…

恐らく、ライトクラフトの制御もままならないと判断されたと勘違いしてしまったのだろう。そこまでならそもそも連れて来ていない。


「次に雪男が出たら試してくれ。多分、オレの見立ては間違っていないから。」

「かしこまりました。」


一呼吸し気持ちを落ち着けてから「やってみせましょう」と言わんばかりの一言。声も表情も自信に満ちている。


「あたしも旦那様にそんな事言われたいですぜー」

「わたしもー」


3番目と4番目の嫁が茶化すように言い、カトリーナはますます気合いを入れたのか、華麗に一礼してみせた。


「気合いも程々にな。ここで天然のトラップに掛かるとしんどいぞ。」

「心得ております。」


そんなヘマはしないだろうが、一応釘は刺しておこう。

カトリーナを活かす為にオレとアクア、弓を使えない組がライトクラフトを装着してから移動を再開する。飛ぶほど浮くと強風が怖いが、調整して埋まらない程度に抑えていた。


一緒に歩くと分かるのだが、オレとアクアは歩くと雪に沈んでしまうが、カトリーナは全く沈む様子がない。

さっきまではオレたちを引っ張ろうとして少し沈んでいたが、それすらなくなっている。一家の皆が、わりとおかしな一芸を持っているが、これは想像の外の技術だ。


「カトリーナさんは水の上も歩ける人ですか?」

「水は試したことがありませんね。機会があればやってみましょうか。」

「あいえええ…」


変な声を漏らすアクア。よく分からんが気持ちは分かる。


「ユキもだけど、おかーちゃんも忍者だよねぇ…」

「アサシンだとは思っていますが、ニンジャとは?」

「地元のアサシンだ。ただまあ、実際はそんな事は出来なかったと思うが…」

「はあ…?」


そんな話をしながら進んでいくと、雪男が視界に入る。やはり、感知があまり役に立っていないな…


「遥香、何体いる?」

「えっ?」

「雪男だ。」

「気付かなかった…」

「旦那様、私も…」


ジゼルも気付いていないらしい。

魔眼も効力を発揮しないとは、思った以上に厄介な場所のようだ。


「左前に雪男だ。他にいないか警戒しろ。カトリーナ、一匹任せる。他がいるなら退いていい。」

「かしこまりました。」


【インクリース・オール】【バリア・オール】


「お母さんの背中は任せて。」

「頼むぞ。」


遥香に援護を任せ、箱を展開して伏兵がいないか探そうとするが、周囲がボヤけているように感じてダメだった。


「自分の目で見ろってことか…」


箱は戻し、数を減らしてオレの近くに留めておく。


「ヒガン、私は見えてるよ。」


心強いジュリアの言葉。


「じゃあ、オレの前で警戒を頼む。リリは支援だ。」

「分かりました。」

「旦那が一番後ろなのは変な感じですぜ。」

「ライトクラフトが使えるのも雪が深い内だ。その内、風が強すぎて雪すら無くなるからな。」

「想像が追い付きやせんよ…」


話している内に戦闘が終わり、カトリーナが雪男の首を落としていた。

一瞬で背後に回って足の腱を切り、力強く背中蹴り倒して、あっという間に肩の腱、首と確実に息の根を止める。相変わらずの手際である。


「二本足の相手で、カトリーナさんに敵う気がしやせんぜ…」

「八本足はどうだ?」

「旦那とハルカ様に敵う気がしやせんぜ。」

「とは言え、影を活用する発想は、ほぼお前のものだからなぁ。搦め手を使われたらカトリーナも厳しいと思うぞ?」

「どうも気後れして、訓練相手も苦手なんで…」


上司と部下以上の上下関係が、二人の間に出来上がっているように思える。

健全かどうかは判断がつかないが。


「他には居ないようです。皮膚や筋肉が厚いようですが、関節はそうでもないようですね。

首も厚いですが、捩じ伏せてしまえばどうという事はございません。」

「そうか。確認助かるよ。」


となると、カトリーナとユキを活用する方が良いかもしれないな。


「柊とソニアはもうしばらく温存しておくか。」

「そうですね。少々数が増えても、ハルカ様と私、後はユキの妨害で対処できると思います。」

「オレからも箱を一個付けておこう。チェーンバインドで、一瞬でも拘束できれば十分か?」

「十分過ぎるくらいです。」


ここで一番活躍してくれそうな頼もしい嫁である。

そして、手渡される大きな魔石。後でまとめて結晶化しておこう。


「バニラがいれば何か良い使い方を思い付くんだろうが…」

「お土産にしましょう。まだまだ先は長いようですし、いくつも手に入りますから。」


頼もしい嫁の言葉に頷き、再びアンカーで互いを繋ぎ合う。


「ねぇ、お父さん。これ本当に必要?」


体同士を繋ぐロープを持って遥香が尋ねてくる。


「今の内に慣れておけ。本格的にブリザードに入ると分かるから。」


そう言われ、遥香は納得出来ない様子で首を傾げてから歩き出した。


「雪男が木や岩の影にいるかもしれん。気を引き締めて進め。」

『了解。』


オレたちは、海から少し離れた獣道の北上を再開する。

雪上の獣道を歩き続け、時に雪の落ちる音に、時に突如現れる雪男に足を止めつつも、ビースト領へと向かい着実に歩みを進める。

百戦錬磨を自負するオレたちだが、この過酷な環境は想像以上にオレたちの体力と気力を奪っていくのであった。

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