番外編 〈魔国創士〉たちは休暇を満喫する
〈魔国創士バニラ〉
父さんと遥香の狩りの成果である昆布とタコ。
これでたこ焼きが出来ると思ったが、現実は甘くない。魔法で乾燥した昆布はひたすら塩辛く、出汁に使えたもんじゃなかった…
柊とメイプルに、時間を掛けて塩を抜いたり熟成しないとダメだと教わり、美味しいたこ焼きの夢は夢で終わってしまった。巨大タコ足は一本だけ冷凍して亜空間収納に入れておくが。
タコの胴体の唐揚げはマーマンにも好評で、やはりスパイスは偉大だとこの世界でも思い知らされた。これからも色々と試していこう。
吸盤一つでよく知るタコ一匹分くらいはあるので、足一本あれば永遠に困らない気がする。
他の部位は分割し、何人かで保存食として亜空間収納にしまってあるが、なかなか消費する機会も無さそうだ。
「やはり酢と醤油か…」
「ずっとそればかりね?」
横で子供たちを見守っていたアリスが、やや呆れ気味に言う。
一層のウォーターパークは完全に子供たちの遊び場で、小さなマーマンとうちの子供たちとで賑わっていた。
相変わらずのゴージャスなビキニ姿。出産後に転生している事もあり、経産婦には全く見えない。
「食は体を構成する重要な要素だ。妥協は許されない。せっかく、父さんと遥香が獲ってきてくれた物でもあるしな。」
「ハルカは散々だったようだけどね。」
魚に食べられた、というわりにはそれほどテンションが低くないのが気になる。
あの四女は失敗や不快な事があると、途端に不機嫌になるからな。
「そのわりに機嫌が良いな。」
「そうよね。あんな事があれば、一週間くらい針山みたいになるんだけど。」
喩えが的確すぎて苦笑いしてしまう。
その四女も、今は白いビキニ姿で子供たちを玩具にしていた。マーマンに混じって、ノエミも手すりに掴まり、楽しそうに波で揉みくちゃにされている。
あの魔法の使い方は良いな。参考にさせてもらおう。
思わず分析し、メモを取ってしまう。
「バニラ様、こういう時くらい頭を休ませては?」
水を滴らせながらリナ母さんがやって来て咎めてくる。胸の大きさに思わず目を奪われるが、それ以外の筋肉も均整が取れていて美しい。遥香が目標にするのも分かる…
「う、うん…」
思わず頷いてしまい、渋々メモとペンをしまった。
「マーマンの子達が悔しそうにしてるわよ。泳ぎ勝っちゃったの?」
「ええ。勝負である以上、負けるわけにはいきませんからね。」
その体型で、水中に適した魚人に勝ってしまう事が恐ろしい。しかも、潜水で、である。パワーの一言では片付けられない気がしてきた。
「その1/10でも泳げれば…」
「同感よ…」
カナヅチ組のわたしたちの意見が揃った所に、ドワーフである梓を除いて一家で一番泳げないアクアがやって来た。
名前負けも良いところだが、本人はあまり気にしていないようである。
「その表情、完成したようね?」
「間に合って良かったですよ。ペンキがなくなった時は焦りましたから…」
しかし、そこは流石のアクア。方針を変えて、対処したようだ。
「でも、ここで用意できる色で良かったです。」
大きく息を吐き、椅子を出して離れた所に座った。
「もっとこっちに来い。ジュースも飲んで良いぞ。」
「ありがとうございます。あぁーすずしいー」
箱の冷風が届かないようだったようで、嬉しそうに天を仰いだ。
深海なのであまり温度の変化はないそうだが、温泉を利用しているからか蒸し暑くなっていた。泳いだりする分には気にならないくらいのようだ。
「アイスも奢ってやろう。ほら。」
ガラスの器にアイスを盛り、アクアに差し出した。
「バニラ様のバニラ!美味しいんですよねー。ありがたやありがたやー」
なんとも誤解を受けそうな言い方で受け取るアクア。まあ、その通りなのでとやかく言うつもりはないが。
「ココアが作ったら、ココアのバニラになってたのかしら?」
アリスの一言に、固まるわたしとアクア。
幼子持ちにその表現はよろしくない。
「アクア、色々と誤解が生まれそうだからやめようか…」
「そうですね…色々とややこしいですし…」
作り方を知らないアリスが勘違いをしてそうなので、この事はこれで切り上げる事にした。
「アクアもせめて水着で来れば良かったのに。」
「どうせ泳がないですからね。汗は洗浄と浄化で済ませますし。」
楽しそうに、ロープを握り締めるノエミが遊んでるんだか遊ばれてるんだか分からない光景を見る。
年上のマーマンからも脱落者が増える中、よく耐えているなあの幼女。遥香が上手いことコントロールしているに違いな…してないな。あれはわりと本気で妹を振り落とそうとしている顔だ。
「そう言えば、旦那様はいらっしゃらないのですね。昨日は教会で見掛けたので、今日も居るかと思っていましたが。」
「ソニアと一緒に、兵士と戦士の指南に行って
るよ。」
「兵士も許されたのですか。」
「ほんの一部だ。大半は今も牢屋で寿司詰め…ぎゅうぎゅうらしい。」
正直、先行きはあまり良くない。
遥香と父さんのおかげでしばらくは食料に困らないらしいが、それも一時凌ぎだろう。
根本的な解決にはなっていない。
「お前たちも居たのか。」
父さんのマントで、すっぽり体を覆ったドラゴン娘がやって来た。
マントも顔も、数日でずいぶんとくたびれている。
「だいぶしごかれたようね?マントの状態でよく分かるわ。」
「そうか…この姿を強制されるとは思わなかったぞ…」
そんなボロボロになるわけだ。
「あなたはこれからどうするの?」
体を起こし、真剣な表情で尋ねるアリス。
「妾はこの空と海の統治者だ。統治者無くしてこの地の安寧は作れぬ。
海も、空も、妾がいなくなればたちまち魔物の巣となるからな。」
「そういう仕組みなのか…」
わたしの言葉にドラゴン娘が頷いた。
「そう。それじゃあ、ちょっとそのマントを貸してくれるかしら?」
「うむ。」
そう言って、マントを外すと、全裸の幼女となった。
「まてまて!せめて何か代わりをやる!」
慌ててわたしが以前使っていた外套を出し、全裸ドラゴンに着せる。だいぶ臭いが気になるので、その前に幼女を綺麗に洗浄してやった。
「なるほど。尻尾はそこからそんな風に生えていたのですね。」
興味深そうに幼女の尻を観察するアクア。
油断すると、言動や行動が危うくなるのを何とかしてくれ。
「お前たちのその魔法、便利だから教えてくれないか?」
亜空間収納か。わたしとしては構わないが…
アリスを見ると、笑顔で頷いていた。
「分かった。まあ、これからしばらくはここでこき使われるんだろ?
だったら、亜空間収納はあった方が良いからな。」
自分を納得させるように、亜空間収納の式が描かれた紙を渡した。
「これが人の魔法の式…
全く無駄がなく、無理もないな。」
そうなるように作っているんだから当然だ。
物の出し入れで疲れては意味がない。
「覚えたなら水で試してみろ。ただ、ここの水はすぐ捨てろよ。」
「うむ。」
手を翳すとどんどん水を吸い込んでいき、流れの変化に子供たちが驚いている。
ある程度吸ったところで、今度は一気に流して激流となった。
「やりすぎだ!」
わたしとアリス、異変に気付いた遥香によって、水の流れを強制的に整えてやった。
日頃の訓練がこんなことで役立つとは思いもしなかったぞ…
沈んだままの子供もおらず、何事も無くて安心する…
流石にノエミも驚いた様子だったが、楽しかったのかケラケラ笑っていた。頼もしすぎる。
「す、すまぬ…」
本当にこの未熟な子竜を、野に放って大丈夫か不安になってきた…
「はい、マントを修繕して、ちょっとだけ細工を施したわ。
このままでも変身できるわよ。」
「ほう!では、早速。」
嬉しそうに着替え、早速ドラゴンに姿を変えた。
巨大化すると上手い具合に背の方で広がる。首元に紐が伸び縮みする魔導具が仕込まれてあり、感心する。亜空間収納の応用のようだ。
『おお!マントが落ちぬ!破れぬ!これは助かった!』
嬉しそうにそう言って、すぐ幼女に戻る。
どっちが本性か分からなくなってきた。
「私たちは明日にはここを発つから、後の事はよろしくね。」
「任せろ!我らドラゴンは恩にはしっかり報いる種族だからな!」
ドン!と胸を叩き、約束してくれる。お下がりの改良で引き受けてくれるとは、意外とチョロいな。
「こんな素晴らしい素材と出来のマント、さぞ名高い縫士の作品なのだろう。一生の宝にしよう!」
製作者は目をパチパチさせてから、デレデレな笑みを浮かべる。
「そう?そうよね。私もそう思うわ。」
それで良いのか、製作者よ。
「それを直し、改良してくれたそなたも優れた縫士なのだろう?名はなんと言う?」
「アリスよ。」
「そうか!アリスか!一生覚えておくぞ!」
子供とはいえ、ドラゴンに名を覚えてもらうという事態に流石に困惑が隠せないアリス。
魔法を教えたわたしには何故聞かない?
「ついでに魔導師のお前はなんと言う?」
ついででした。
「バニラだ。」
「バニラか!お前も覚えたぞ!」
気が付くと、厄介を察してか母さんとアクアがいない。母さんはともかく、アクアもやるようになったな!
「とんでもないヤツにケンカを売ったと後悔したが、良いヤツでホッとした。これからもよろしくな!」
「お前はしばらくここで戦士と共に鍛えろ。危なっかしくて、外で自由にさせられない。」
「むう。爺と同じ事を言うのだな…
お前たちが言うならしかたない。」
龍神さまが付いているなら安心だ。
「今、ここは外で戦える戦士が少ないのよ。だから、あなたは鍛えながら戦士たちを助けてあげて。きっと得るものはあるはずよ。」
「うむ。そういう事なら。」
「それと、外の人間をあまり信用するな。わたしたちが直接紹介する人間は良いが、ヒガン一家の名を持ち出しても信じるなよ?」
「なぜだ?」
「私たちが有名すぎるからよ。だから、外を知らないあなたを騙すかもしれない。」
「…ふむ。難しいな?」
腕を組み、首を傾げる姿は妙に可愛い。
「そうだな。だから、外ではわたしたちとあった時と同じで良い。
お前に近付くなら同じように警告しろ。攻撃してくるなら蹴散らし、身の程を弁えさせてやれ。ただ通り過ぎるだけなら放っておけば良い。」
「なるほどな。」
「本当に私たちの知り合いなら無礼はしないはずだし、強いわよ?」
「ほう?それは気になるな。」
南方で活躍した後輩たちはどうしているだろうか?今もどこかで冒険をしているんだろうか。
「今のところ、こうして海に出れるのは私たちだけだがな。その時が来たら揉んでやってくれ。」
「心得た。」
力強く返事をすると、視線をずらす。
「ここは子供ばかりなのだな。ダンジョンだが、少し様子が違う。」
眩しい物を見るかのような表情に、少し親近感を覚える。
「次の世代の戦士で、今の世代の者たちが守っている者たちだ。陛下に負けない戦士はここから生まれるかもしれないぞ?」
「あの翁、本当に龍神としてこの地を支えているのだな。」
「提供するのは場だけ、という割り切り方は見習いたいわ。私たちは深く首を突っ込んじゃうし。」
身に覚えがありすぎる。
だが、放っても置けないからな。救える命は出来る限り救いたい。世の中をもっと便利にもしたい。
「人は愚かだ。恨み、妬み、騙し、殺す。
妾は母にそう学んだ。だが、ここにはそれがない。ただ、ひたすら仕掛けに対する競争心のみが、子供たちを駆り立てているな。」
「ちょうど良い案配なのよ。ここで誰かを蹴落としても、強さを証明できない。協力した方が賢明なのを知っているようだわ。」
ようやく遥香の操作する波に負けるノエミ。小さなノエミの根性に、他の子供たちが沸き上がっていた。
ジェリーのばん!と言わんばかりに飛び込んだのを見て、遥香が引きつった笑みを浮かべる。可愛い娘の為に、もうちょっと頑張ってくれ。
「マーマンは優れた者を称賛できる心を持っている。今回の事件は、長年改革を怠った事が原因だからな。」
「戦士の下に優秀な兵士を付けたりと、昇級制度を設ける為の改善の提案はしたわ。後は陛下たち次第よ。」
「そうか…」
色々と学ぶことがあるのだろう。ドラゴンの目にはここの全てが新鮮に映っているはずだ。
「お前たちはすごいな。妾にはそこまで考えられないし、出来ない。
ただ、空と海さえ守れれば良いのだと思っていた。」
「それで良いんだよ。それはお前にしか出来ない事だからな。」
「そうね。ドラゴンとしてそれは間違っていないと思うわ。ただ、人だけではどうにもならない時に少し力を貸すだけで良いのよ。非常時の食料提供、強大過ぎる魔物の排除とかね。」
「今がその非常時という訳だな。それじゃ」
『待たんか!粗忽者!』
小さい龍神さまがにゅっと現れ、ドラゴン娘を一括した。いったい何処から出て来たのか…?
『食料はヒガン殿のおかげで十分蓄えがある!
今獲っても腐らせるだけじゃ。』
「それでは出来ることがないではないか。」
『魔物がおらぬか見て回れば良い。』
「分かった。」
そう言って立ち上がると、走って去っていった。慌ただしいドラゴンである。
『やれやれ。手の掛かる子竜じゃて…』
そうは言うが、声色はどこか楽しそうな龍神さま。素直じゃない翁である。
「子供が手の掛かるのは、どの種族も一緒のようですね。」
『そのようだが、ここは預かり所ではないのだぞ。』
「でも、元気だけど、力になれない子供たちを預かってもらえるのは頼もしいですよ。
復興は力仕事で危険も多い、そこに子供を動員するのは怖いですからね。」
『そうか。』
アリスの言葉にこくこく頷く龍神さま。なんだか可愛い。
『明日には経つのであろう?
大事な民の一大事を救ってくれた英雄たちよ、旅の無事を祈っておるぞ。』
「解決したのは戦士たちで、私たちは助けただけですよ。それに、英雄は大袈裟です。」
アリスの言葉に首を振る龍神さま。少しだけ項垂れたような姿勢になる。
『いや、ヌシらがおらねば、この地は早々に滅んでいただろう。
寸での所で戦い、守り、救ってくれたのだ。それを英雄と呼ばずして何と呼ぶのか。』
ついに英雄は、父さんだけじゃなくなってしまった。それはなんだか寂しい。
「英雄は一家にとって特別な呼び名ですので。」
「そうだな。父さんの命を張った偉業が霞んでしまう。」
『あやつは他所でもそんな事をしておったか。』
呆れた様子の龍神さま。
そういう反応になるのは仕方ない。
『だが、望まずともそう呼ばれるだろう。ヌシらの為した事にワシからも感謝する。』
そう言って、頭をペコリと下げてみせた。
『あんたがここのマスターね?』
水着姿のフィオナが、水着姿のサクラを連れてやってきた。上で休んでると思ったが、せっつかれたようだな。
『やっと来たな。話には聞いていたが…なるほど。だいぶ溜め込んでおるな?』
『あんたもうちの連中のおかげでだいぶ稼いだんでしょ?育てたあたしに感謝するのね。』
「私たちはあんまり通った覚えがないが?」
『…ごほん。シュウとかフィオナとか入り浸りじゃないの。』
そうでしょうか?という表情のフィオナだが、間違いなくその通りだぞ。
『それにしても…なるほど。こういう使い方もあるのね。ダンジョンを都市に、遊び場にする発想は無かったわ。』
『だいたいこの者のせいだな。楽しそうにはしゃぐ姿に発想を得たのだ。』
くいっと首がアリスに向き、当人は目を逸らした。
『うちに一番来てないのがなんで他所で一番楽しんでるのよ。』
「し、しかたないじゃない。私は体動かすの全然ダメなんだから…」
サクラと目を合わせられないアリス。
いったい、どれだけはしゃいでしまったのか。アレクがその姿を見たらドン引きしそうだ。
『そんなものぶら下げて、見た目に気を使い過ぎるからでしょ!?反省しなさい!』
「いったっ!」
バチンっ!と胸を叩くと良い音がする。良いぞもっとやれ。
「体はどうしようもないんだからしかたないじゃない!」
うむ、その通りだ。もっと言ってやれ。
『子供たちが見ておるぞ。』
『うっ…』
二人とも口をつぐむ。
流石に注目されるのは恥ずかしいらしい。
「アリス、ミンスリフが探していましたよ。ここは見ていますので行ってきては?」
フィオナがそう伝える。水着姿で楽しむ気満々のようだが、相変わらず遥香とは違う意味でバランスの良い身体で羨ましい…
スレンダーだが身長もあって腕も脚も長いからな…
「特にもう話し合うことはないけど何かしら?」
「わたしも行こう。龍神さま、楽しかったよ。」
『そうか。ヌシはとても苦労していたようだからな。もう来ないと思っていたが杞憂のようだな?』
「奥にいくのは勘弁して欲しいな。」
『無理強いはせぬよ。ヌシは他に優れているものがあるようだからな。』
話の分かる龍神さまでありがたい。
「じゃあ、フィオナ、後はよろしくね。」
「お任せ下さい。」
こうして私たちは試練の間から出て、着替えてからミンスリフを探す。
アクアが絵を描いた辺りに人だかりが出来ており、そこにランフリアも居た。
「ランフリア、アクアの絵はどうかしら?」
ポップな感じのアートは壁だけでなく、地面と繋がって1セットになっている。
これは、海底と海上の風景だな。地面はこの周辺の、壁は海上からの日の出となっている。
「戦士の皆様は感激していますよ。残念ながら、私たちには上の様子が分かりませんので…」
「あぁ…そうなのね。」
ランフリアの感想に残念がるアリス。
それは、大半にはこの良さが伝わらないのと同じだからな…
「なに、いずれわたしがなんとか方法を作る。戦士の護衛があれば、上を見て帰ってくるくらいわけないだろう?」
「そうね。ストームドラゴンという守護神も居ることだし。」
「いやぁ…あれに頼るのはどうなんだ?」
「私としても不安です…偉大な方であることに違いはないのですが…」
全裸マントの幼女じゃ期待も掛けにくいだろう…
「それより、御用があったのでは?」
「ミンスリフが探していたって聞いたのだけど。」
「向こうでボーッとこちらを見てますよ。」
わたしたちに気付いたようで、大慌てで姿勢を正す。完全にスイッチが切れて、だらしなくベンチに寄り掛かっていたもんな。
ちなみに、ベンチは梓が作ったものである。
「ランフリアも一緒なの…」
少し気まずいのか、視線を逸らした。
「何か言いにくい事なら外しますが?」
「ううん。居て欲しい。」
わたしとアリスで3人分の椅子を出し、ミンスリフと向かい合う形となった。
「…もうなんでもありね。」
「いや、何でもは出来ない。出来ることが少ないとは言わないが。」
「そ、そう…」
わたしの返事に引きつった笑みを浮かべる。まあ、笑うしかないのはよく分かる。
「きっと、歳も立場も近いあなたたちだから相談したいの。
…私がこのままここに残るべきかどうか。」
逆にわたしたちの背筋が伸びた。
それは、答え次第ではわたしたちについていくという事だろう。
ランフリアは特に動じず、瞼を閉じるだけ。覚悟はしていたようだ。
「アクアとの事は聞いているわ。
私もうちの旦那様と同じで、体を壊して転生しているけど、他のみんなは強くなるため、一家の一員として付いていく為に転生しているの。
あなたにそれを受け入れられるのかしら?」
「じゃあ、あなたも…?」
私を見て問う。
「ああ、そうだ。
あの時は、忌々しい血縁と決別出来た気がしてスッキリしたよ。」
「そ、そう…」
「わたしたち姉妹は、生まれや育ちに強い不満を抱えていたからな。むしろ、喜んで転生したよ。」
梓だけは今もあやふやだが、こっちに順応した方が良いと思っての事だろう。
現に、戻る方法は今も分かっていないしな。
「うちの旦那様は常にこう言うわ。重大な嘘を吐かない、重大な隠し事をしない、他に迷惑を掛けないなら受け入れるって。」
父さんは、だいたいあと一つ付け加えるけどな。
「…ごめんなさい。今の私にはあなたたちに加われないわ。」
「どうして?」
尋ねたのはランフリア。
その答えが想像しないものだったのだろう。
「まだ、私はこの町を放り出せない。もっと良く出来る事があるって分かったから。」
「そう…」
少し残念、いや、悔しそうにランフリアが言う。
それは自分がいなくてはこの町はダメだ、という表明でもあった。
「梓に聞いたの。しばらくは大陸を旅するって。だから、こっちへは一年以上は戻れないだろうって。」
目に力が宿り、思いにも輝きが灯る。
「それまでに全部終えて、全部引き継いでもらうから。その時は私をイグドラシルに連れていって欲しい。」
「ミンスリフ…」
ランフリアも安心したようで、肩から力が抜けた。
「ランフリア、いつまでもボーッとしてられないよ!
アクアに負けない物を私たちも作らなくちゃ!メイプルに倣って、深海発のロックバンド!深海ロックとかどうかな!」
「む、無茶言わないで下さい!」
「大丈夫!きっと上手くいくから!」
そう言って二人は、今日もライブをするメイプルの元へと駆けて行った。
その姿は立場に似合わず、ライブにはしゃぐ少女のように見える。
「安心したわ。アクアはどう?」
『次会う時が怖いです…
でも、大丈夫そうで安心しました。』
「詰った相手がこんな凄い絵を描いたんじゃ、あんな顔になるよ。」
『どんな顔だったかは聞かないでおきますね。
私もミンスリフがもっとビックリする絵を用意しないと…』
「心臓が止まると困るからほどほどにな。」
『あはは。そんな絵描いてみたいですけど感想が聞けないのは困りますからね。』
メイプルのライブを眺めつつ、アクアを含めた試練の場から一斉に出て来た皆を迎える。
色々とあったが、多くの問題は解決できた。後はマーマンたち次第で、わたしたちが口出しすべきではない事だろう。
成功する確証はないが確信はあった。
こうして最後の一日を終え、父さんとアリスとソニアを除き、先に船へと戻ったのだった。
「ところで、普通に会話の内容が分かっていたのですが、何か新しい魔導具ですか?」
「…きっとわたしだな。わたしが居ると、今は少人数なら念話で翻訳すら不要で伝わるから。」
「あの時、バニラ様が居ればもう少し穏便に済んだ気がします…」
「ここに来て、やっとそこまでスキルが育てられたんだ許してくれ。」
それなりに丸く収まったのだから、良しとしようじゃないか…