28話
昼食と休憩を挟んでからの再出発となった。
ドラゴン幼女は変身すると服が破れるからと、裸マントのままである。
髪が長く、マントですっぽりという感じなので、目のやり場に困ることもないのがありがたい。
『お父さん急いで!出来ればお姉ちゃんも早く!』
ただならぬ遥香の声が通話器から響く。
「分かった。父さん、急ごう。」
事情を聞くことなくバニラが急かした。
バニラの遥香に対する無二の信頼感は、なんなのだろうか?
「事情は道中に聞く。準備は良いか?」
「はい。準備できています。」
カトリーナが代表して返事をした。
他はユキとメイプルとドラゴン幼女が同行する。
「じゃあ、行くぞ。」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
アリスとソニアと子供たちに見送られ、オレたちは再度海中へと潜っていった。
どうやら、ミンスリフが襲撃を受けたらしく、命からがら神殿に逃げ込んだとのこと。
深手を負ったようで、リザレクションでなんとか持ち直したが、危機的な状況は変わらない。バニラを呼んだのは他に頼れるのがいないからという、必死で、悔しそうな遥香の声が耳に残る。
門に吸い込まれた先には、兵達が展開していた。
『二度と来るなと言ったはずだぞ!ヒトモドキが!』
分体さまの登場に、度肝を抜かしたとは思えない強気っぷりの門番である。
「酷い言われようだ。魚人がここまで閉鎖的だとは聞いていなかったぞ。」
驚いた様子のドラゴン幼女。
『嘆かわしい。ヒガンよ、突破して構わん。ワシが許す。』
「じゃあ、お言葉に甘えよう。幼女、その姿でも強さはドラゴンと変わらないか?」
「…妾か?ああ、変わらぬ。出来ることも大差ない。」
それは頼もしい。
脱落した翼も治してやったので、ほぼ万全と言って良いはずだ。
ちなみに、鱗を少しだけ拝借した。研究に使わせてもらう。
「じゃあ、強行突破といこう。全員、抜剣!
バニラとメイプルはオレのピラーに乗れ。」
『了解!』
指示を出すと、門番たちも通すまいと道を阻む。
バニラとメイプルがアンカーで身体をオレと繋ぎ、片足をそれぞれピラーに固定させて抱き合うような姿勢になった。
ピラーの付近だと見なくても分かってしまうので、振り向くことなく号令を発する。
「ステップ1!」
【インクリース・オール】【バリア・オール】
バニラの魔法がオレたちを強化する。
【エア・ブラスト】
オレの風の魔法でマーマン兵を吹き散らし、道を作る。
走ったらカトリーナとユキに敵わないので、ピラーに乗って一気に階段を飛び抜ける。流石に大階段を一気に飛び降りたら無事では済みそうにないので、二人には箱に掴まらせた。
階段を降りたところに殺到する兵。だが、数は少ない。広く混乱を起こし、こちらまで回せないようだ。
とは言え、街中なので魔法で解決はしにくいな…
「我々にお任せを。」
「頼む。」
こういう時にとても頼れる嫁二人。市街地戦こそ、二人の本領と言えるだろう。
風のように駆け出したと思えば、あっという間に左半分を打撃や峰打ちで叩き伏せるカトリーナ。
姿が消えたと思えば、あっという間に影に引きずり込んで縄で縛り上げるユキ。
どっちもオレより手慣れてらっしゃる。
「お前以外も大概おかしい。」
「オレもそう思うよ…」
幼女の言葉に同意する。
だが、残念ながら二人とも愛する妻だ。滅多なことは言えないし、出来そうにない…
皆の懐の深さに感謝しつつ、オレたちは屋根から神殿へ急ぐことにした。
矢も魔法も飛んで来るが、ジュリアほどの射手が居ないようなので、バリアを破るには程遠い。先回りしてきたヤツはエア・ストライクで吹っ飛ばしてやった。
「二人とも掴まれ。上から入るぞ。幼女は飛べ。」
再び箱に掴まるカトリーナとユキ。
掴まったのを見て、急上昇をし、神殿の上の窓のから中へ飛び込んだ。
【アース・ウォール】
最後尾の幼女が飛び込んでから、しっかり窓を塞ぐ。これで大丈夫だろう。
「旦那、ドアをこじ開けやしたぜ。」
「助かる。」
「アンカーを外した。ピラーを片付けて良いぞ。」
「通話器でアリス様に連絡を済ませました。安心されたようですよ。」
「警戒はするように伝えてくれ。海中から攻めてくるかもしれない。」
「分かりました。」
平行してそれぞれが役割を果たしている間にピラーをか片付け、オレたちは急いで下へと降りる。入ったことはないが、認識拡張のおかげで構造はしっかり分かっていた。
「待たせて済まない。」
『もう到着したのか!?』
驚愕する陛下。陛下の姿が見えないと思っていたが、こっちに居たか。
「お姉ちゃん!」
地面に横たわるミンスリフの側で、バニラを呼ぶ遥香。
肩辺りから胸の辺りを一生懸命治そうとしているが、芳しくないようだ。
「交代しよう。父さん、少し力を借りたい。」
「分かった。」
リザレクションを掛け続け、なんとか持ちこたえたというところだろう。
解除すると、白い顔がみるみると青くなっていく。
「この辺りの内臓にダメージがあるな。リザで治らなかったのか…」
「内臓…恐らくエラ呼吸に必要な器官だろう。人間に無い臓器は想定していない。式に含んでいないからな。」
「なるほど…」
出血でスリップダメージを受け続けている状態のようだ。
話ながらも床にバインダーを置き、その上で迷ったり考えたりする事なく紙に円や四角やらを描く道具を使い、最後に魔法文字を書き足して魔法式をあっという間に完成させ発動。
【リザレクション】
淡い光がミンスリフを包み込むと、ようやく状態が落ち着く。
「聞こえているな?
ゆっくり、落ち着いて息をしろ。肺を意識して、ゆっくりだ。」
返事はなく、言われるままにゆっくりと呼吸をし、落ち着いたのか目を開いてオレたちを認識した。
翻訳の仲介はしなかったが、バニラの念話で理解したようだな。
「よく逃げ延びた。ここに辿り着けなかったら助けられなかったよ。」
『ありがとう、ございます…』
相当な恐怖だったのだろう。声も、体も震わせながら、両手を上げる。
バニラが片手を握ると、ミンスリフは震える両手でしっかりとその手を掴んだ。
オレと支えて体を起こしてやると、殺気がこちらに向けられる。
戦士が一人飛び出して、トライデントで串刺しにしようと向かって来た。
だが、影に足が沈み込み、バランスを崩して前のめりになると、隙を逃さないカトリーナの神速回転かかと落としが戦士を一発でノックアウト。
メイド組の連携が見事すぎて言葉が出ない。
どよめきが起き、戦士たちに疑心暗鬼が生まれる。
『静まれい!ここは神聖なる神殿ぞ!試練を越えし戦士がこの程度の事で狼狽えるでない!
我らの行いは龍神様が常に見ていらっしゃる!戦士たる者、臆病は恥と知れ!この身は常に戦場にあると心得よ!』
『おおー!』
陛下の演説のおかげで動揺は一発で吹き飛んだ。流石は戦士をまとめる者である。
『陛下、申し訳ございません…
やはり、卑しき生まれの私に陛下の側近は…』
『お主の知恵、慧眼に何度救われたか分からぬ。これからも私を支えてもらわねば困るのだ。』
『陛下…』
互いの手を取り、見つめ合う二人。
「良い感じのところ悪いが、怪我人はちゃんと休ませてやりたい。」
バニラの言葉をしっかり二人に伝えると、慌てた様子で陛下が咳払いをする。マーマンも咳払いするんだな。
『では、教会が責任を持ってお預かりします。』
「わたしも付き添おう。フィオナも付き合って欲しい。」
「ええ。構いませんわ。」
バニラとフィオナの二人なら安心して任せられる。
フィオナがミンスリフを抱き上げると、陛下も名残惜しそうに立ち上がった。
『よろしく頼む。』
陛下が深く頭を下げると、神殿でオレたちを案内した女性が頷いて、3人を連れていった。
『ヒガン殿、落ち着く間もなく申し訳ない。』
そう言えば、慌ただしくてあまり休めていないな…
「いえ、一大事でしたので、気になさらなくて良いですよ。」
『ワシの役割もここまでかの。』
「遥香たちにも世界が丸いことを見せたかったが、もう十分だよ。ありがとう。」
『えっ!?』
見てない皆がオレの言葉に反応する。
「凄かったぞ。この大陸がちっぽけに見えるほどの上空からの光景。ちゃんと、海の向こうに大陸もあった。」
『ズルい…』
何故か全員から恨めしげな表情を向けられた。
『悔しければ汝らだけで我に勝つが良い。そうすれば、案内してやろう。
それとドラゴンの娘。』
「は、はい!」
『お前には特別コースを用意しておいた。早くワシの元へ来るんじゃぞ。』
「は…あーー!!?」
幼女の足元の床が消え、一瞬だけマントが浮いたせいで全てが露になって落ちていった…
目を背ける暇もなかった…
「旦那様、あとでお話が。」
「いや、待て、これはふかこうりょあだだだっ!?」
カトリーナへの抗議は許されず、一瞬で絞め上げられる。
『…これはまた作り直しかもしれんのう。』
オレの様子を見た分体さまがタメ息を吐き、周囲では笑いが起きた。
痛すぎてオレにはちっとも笑えんがな!
周囲の緊張感は解れたが、事態はまだ解決していない。
神殿の中は確実に安全地帯となったが、外は、街はまだ反抗勢力の支配下だ。
「原因はなんなんだ?」
近くにいた遥香に尋ねると、大きなタメ息を吐いた。
「戦士と兵士の待遇の差への不満だって。
でも、おかしいよね。こんな平和な場所で、警備をしているだけでお給料が貰えるのに不満だなんて。」
「…そうだな。」
待遇というのは建前で、戦士ほど活躍の場が与えられないのが不満なのかもしれない。
実際に戦ってみて分かったが、全く脅威にならない。訓練はしているようだが、しているだけ。上を目指す努力はしていないように見える。
協力する戦士がいたのも気になる。いったい、目的はなんだ?
『すぐには答えが出そうにないわね。情報が少なすぎるもの。』
「そうだな…」
通話器を介してアリスも参加している。
陛下に話を聞きたいが、それどころじゃなさそうだな。
『ヒガン様。』
バニラ達を送っていった神殿の女性が戻ってきた。そして、深く頭を垂れる。
『ミンスリフを救っていただき、感謝しております。抜けているところが多いですが、苦楽を共にしてきた大事な友です…』
沈痛そうな面持ちで感謝を述べる。
『あの娘は天才ですよ。10年足らずで、何もなかったこの地にこれだけの街を作り上げたのですから。』
締め切られた扉の向こうに思いを馳せる女性。
豊かとは言い難いが、確かな繁栄がそこにはある。それを10年で作り上げたのだから、天才と評すのも分かる気がした。
「ねえ、ミンスリフさんって転生者じゃない?」
『えっ?』
オレと神殿の女性が遥香の言葉に驚く。
「街の発想が北部の人たちみたいな、狩猟重視の民族っぽくないんだよね。お姉ちゃんにすごく近い考え方をしている気がする。」
『いえ、待ってください…ああ、そっか…それで…』
何か思い当たる節があるのだろうか?
記憶や考えをまとめるために、少し離れて頭を小突いたりしながらぶつぶつ言う。
なんというか、妙に不器用なのがマーマンらしさ、というヤツの気がするな。
『申し訳ございません。確かに、どこか遠くを見ているようでしたね。
時々、理解できない言葉も使っていましたから…』
「やっぱりそうなんだね。」
ホッとした様子で遥香が胸を撫で下ろす。
「良かった。今回は助けられた…」
同胞を殺す側に回る機会が多かったからなのか、救えたことがとても嬉しいようだ。
頭を撫でようとすると、スッと避けられてしまって悲しい。
立っていると、頭の位置が高くなったのを強く実感する。もうフィオナとそんなに変わらないな。
『ちゃんと話をしたいわね。落ち着いたら、もう一度連れていって頂戴。』
「分かった。」
その為には、この動乱を沈めなくてはいけない。
『お待たせした、ヒガン殿。』
戦士と打ち合わせを終えた陛下がこちらに来る。
『此度の戦は我らの戦。何卒、手出しは』
「いえ、出させていただきます。そうだろ?遥香、ユキ。」
驚いた表情でオレを見る二人。
何としても手助けしたい様子の遥香と、故郷とダブっていた様子のユキ。
そんな二人の姿を見たら、何もせずにいられない。
「誰かの家が内乱で荒らされるのは見たくありやせんからね。あたしらの力でどうにか出来るなら、是非ともやらせてくだせい。」
「うん。だから陛下には考えて欲しい。被害を少なくする方法を。」
真剣な眼差しの二人の言葉を陛下に伝える。
『承った。』
陛下には、兵達の練度の低さ、モラルの低さ、更に略奪が始まっている事を伝えると、深いタメ息を吐いて覚悟を決めた表情になった。
やって来てまだ短いが、それでも気になる部分はあるし、この素晴らしい町並みが荒れるのは忍びない。
上手く解決出来る切っ掛けとなればと思い、マーマン達の未来の為に動く事にした。