27話
手に汗握る、全力戦闘の結果はソニアにとって残念なものだったが、陛下も観客の戦士たちも大満足だったようだ。
『娘、いや、ソニアよ、再戦待っておるぞ。』
「次は勝たせていただきますわ。それまで、どうかご健在で。」
二人の兵に支えられる陛下と、オレに抱えられるソニアが約束を交わす。
魔法なしのハンデ戦とはいえ、ソニアに並ぶ戦士がいるとは世界は広い。
いずれは柊に匹敵する人物との出会いもあるのだろうか。
「じゃあ、一度戻ってくる。フィオナ、しばらく自由にしていて良いぞ。」
「こちらの事はお任せくださいませ。」
後の事はフィオナに任せ、後衛組+ソニアを船に送る為に、海淵の園を後にする。
『二度と来るなよヒトモドキ。』
門番にそう言われると全員に殺意が芽生え、その空気にオレの肝が冷える。
『まあ、落ち着け。これから良い思いが出来るのだ。』
そう言って、龍神さま(分体)が本来のサイズに戻った。
「みんな、乗り込めー」
『おー!』
バニラが号令を掛けると、皆が返事をして龍神さまの背に乗った。
顎が外れそうなほど驚く門番。
怒っていた全員が、良い笑顔になったので一安心である。
「じゃあ、打ち合わせ通り頼むよ。」
『ヌシも無茶苦茶じゃのう。だが、分体と言えど、久し振りに伸び伸び出来るのは悪い気がせぬ。』
【シールドスフィア】【バブル】
水圧対策の防御魔法を展開し、皆の背に箱を浮かせておく。鱗を掴めば
『鱗は掴むなよ。ワシのは簡単に取れるからな。』
箱は速やかに皆の前に移動させた。やはり、頼れるのは箱である。
「分体の鱗は素材にできるか?」
『力が失われると塵になる。』
「そっかー…」
オレの通訳を介してガッカリするバニラ。
『では行くぞ。』
龍神さまが結界などお構い無しと言わんばかりに飛翔し、海中へと飛び立つ。
行きとは違い、猛スピードで海中を浮上していき、あっという間に海面を突き破り、空へと舞い上がる。
「すごい!あっという間に空まで!」
歓喜の声を上げ、子供のようにはしゃぐアリス。
「ひぃぃ!わ、わたしはここまで高いのは…!」
箱にしがみつくバニラ。乗り物酔いに高所恐怖症と本当に難儀である。
「んんふぅぅぅっ!!??」
あまりの事態に思考能力が吹き飛ばされたジュリア。
「お兄様!大地は!大地は本当に丸いのですね!」
オレの腕の中で興奮するソニア。
緩やかな球体であることが分かるほどの高度。
そして、オレたちがあまりにも小さな存在であるという事も。
「そうだな。大地は丸く、とても広い。」
海の向こうに見える大地と山々。
いつか歩くのか、飛び越えるのかは分からないが、必ず行く場所だ。
「ここは小さな島だな。」
「そうですわね…」
異様さを放つイグドラシルだが、この大陸の面積はさほど広くは感じない。
島と呼ぶには気候の差も大きく、広大すぎる気もするが。
「だが、ちゃんと人の営みがある。大地にも、海の底にも。島の大小なんて些細な事だよ。」
「…ええ!その通りですわ!」
ソニアの頭を撫でてやると、分体さまはゆっくりと降下を始め、円を描くように皆の待つ船へと向かうのであった。
「お帰りなさいませ。旦那様。」
驚いた様子ではあるが、カトリーナがいつも通りに出迎えてくれた。
分体さまは力を使いきったのか、また小さくなってオレの腕に巻き付き、スリープモードに入る。まあ、潜る分には全く問題はないからこのままで良いだろう。
「ただいま。何か変わったことは無かったか?」
「はい。ノエミとジェリーが海に落ちた以外は特に。」
『!!??』
顔面蒼白になるジュリアとバニラ。
まあ、ここで落ちたら普通はそんな顔になるよな…
「安心してください。ちゃんとココアが助けましたから。
本人たちは怖がるどころか、もう一回と言って聞かなくて…」
「お、おう。そうか…」
既に姿のない2名。
まあ、1層、2層くらいなら暇を見つけて、子供たちを連れていっても大丈夫だろう。
「今回も大変だったようですね?」
カトリーナにそう言われ、恥ずかしそうな顔のソニア。ずっと抱いたままだった。
「いや、ダンジョンはそうでもない。龍神には悪いことをしたが、良い出会いもあった。」
「ソニアの晴れ舞台を見せられなくて残念よ。」
アリスが頭を撫でると、恥ずかしそうにますます顔を赤くした。
「そうでしたか。ソニア様、如何でしたか?」
「世界はとても広いですわ。戦って負けて、天から大地を見下ろして、それを強く実感いたしました。」
「左様でございますか。今日は久し振りに良いお顔をなさっていますね。」
「…ええ。そうでしょう?
今日は最高の一日ですからね!」
『身の程を弁えぬ愚かなる人間よ。海だけでなく、空までも侵すか。』
突然、頭の中に声が響く。
来たな。だが、あまりにも遠い。
「カトリーナ、ヒルデの準備だ。装備は空中戦、機動力重視。バニラは船を任せる。アリスは船内の指揮を頼むぞ。龍神さまは首に移動してくれ。」
「かしこまりました。」
「勝算はあるの?」
「無ければとっくに逃げてるよ。」
ソニアをやって来たユキに預け、オレは5つの箱、5つの箱付きピラーを展開し、船尾でヒルデとドラゴンを待つことにした。
待つこと半刻。
いつまで経っても来ないので、その間にヒルデと打ち合わせを済ましておき、動きの確認も済ませてある。
突然の念話に急いで態勢を整えたが、近付く気配がないのは何故なのか?
「来ないな。」
「ああ、来ないな。」
あんな威圧感タップリに念話を飛ばしてきたのだから、すぐにでも向かってくるかと思ったのだが…
北方の海だが夏なので寒くはなく、強い日差しで日焼けしそうである。
「ヒルデ、皮膚が赤くなってるな。」
「えっ。日焼けするのは誤算だったな…」
ショコラと見分けがつかなくなりそうで困る。
「そう言うお前もだいぶ焼けてるな。」
「日焼けは別に良いんだが、顔だけ焼けるのがな…」
「ああ、脱ぐとちぐはぐになるのか。」
上半身全部なら気にならないんだが。
「しかし、このまま待つだけとはいかんだろう。どうするつもりだ?」
「威圧を切ろう。どうもこれが原因で近付けないようだからな。」
「ドラゴンが人の威圧に怯むとは情けない…」
「だが、ドラゴンだ。油断は無しだぞ。」
威圧を切ると、離れて旋回を続けていたドラゴンが近付いてくる。
本当にビビって近寄れなかったのか…
「なんとも気合いが入らぬが…」
「そう言うな。さて、こちらも戦闘モードに入ろう。」
【インクリース・オール】【バリア・オール】
オレとヒルデにバフを掛け、箱と合体したピラーの内の一本に飛び乗って船から離れる。
ライトクラフトも装着しているが、ブーツの片足と柱には互いを固定する仕掛けがあるので、これで振り落とされる事はない。
20秒、30秒程移動すると、ブラックドラゴンを視界に捉えた。
『不遜なる脆弱なる者よ。この空は我のもの。この海も我の物。即刻立ち去れぃ!』
威厳タップリに言ってみせるが、虚勢という印象が拭えない。あまりにも魔力が少ないのだ。
『黙れ小童!己が力量と敵の力量を測れず支配者を気取るでないわ!』
スリープモードだった分体さまが一喝すると、明らかにドラゴンが怯んだ。
あなたも測れませんでしたよね…とは言わないでおこう。
「オレたちは通り掛かっただけだ。支配者を気取るつもりはないよ。」
『黙れ人間!そうやって空を飛んでいることが分を弁えておらぬと分からぬか!人間は人間らしく地べたを這いずるが良い!』
そう言うと、暴風を巻き起こし、ヒルデは上手く避けたがオレは海中へと叩き落とされる。
バリアも健在なので、ダメージはほぼない。ただ沈められただけのようなものだ。
『本当に代替わりしておる。
若く、話を聞くつもりがないなら、しっかり躾ねばならぬわ。』
しかたない。
バブルを使うことなく、すぐに海中から飛び出す。暴風の影響は残っているが大した事はない。
「ヒルデ、作戦通り始める。若干のアレンジが必要だから気を付けろ。」
『了解した。』
上空で光が迸る。ヒルデの魔導銃の光だ。
ドラゴンもそれに合わせて風の向きを変えたりして、自分に有利な環境を作ろうとしているようである。
姿勢を低くし、ピラーの取っ手を掴んで急上昇。あっという間に元の高度に到達する。
『話を聞かぬ小童よ!お仕置きの時間だ!』
『まとめて海の藻屑にしてくれるわ!』
自分を中心に暴風を巻き起こすが、2度目は食らわない。
操作が甘いようで均等ではなく、無風状態の場所が生まれていた。ヒルデは素早く離れてやり過ごし、狙撃で牽制する。
『羽虫がぁぁ!』
「たかが小竜が、フリューゲルを羽虫呼ばわりとは良い度胸だ!」
『っぐぁ!?』
魔導銃で牽制していたと思ったら、一本のピラーがドラゴンの背に激突し、怯ませる。機動力を活かし、死角から仕込んでいたようだ。
能力、技術、経験の全てが足りない。これでオレたちにケンカを売ってきた事を、かわいい子供たちをビビらせた事を、しっかり反省してもらう必要がある。
「歯ぁ食い縛れぇ!」
『ひっ!』
暴風の合間を縫い、箱付きピラー4本をまとめながら突き進む。
ヒルデの一発を食らって、一気に気持ちが萎み、ドラゴンはオレに背を向けて逃げ出そうとするがそうはさせない。
【ヴォイド・ブラスト】
ドラゴンの周囲に展開していた5つの箱から、同時に放たれる虹色の光。
だが、ドラゴンの展開しているバリアのようなものを破壊するだけに留まる。
だが、直後に下から流星のような一矢が、ドラゴンの翼の根元を撃ち抜いた。
『ぐあぁっ!? つばさがっ!』
船からの援護射撃がドラゴンの片翼を脱落させ、姿勢を不安定にする。流石はジュリアだ!
身動きがとれず、まごまごしている所へ一気に懐に入り込む。
【ハードインパクト】
ライトクラフトと乗っている箱付きピラーでの超加速、箱付きピラー4本と魔法による強化を受けた一撃がドラゴンの鳩尾を…鳩尾を守ろうと、体を捻って出した腕ごと胴体を打ち抜く。轟音を立てて吹き飛ばされた巨体は、水平に弾き飛ばされ、やがて水面へと落下していった。
ピラー4本の重量と加速だけでなく、箱での加速とハードインパクトを合わせた渾身の一撃である。
『…これは死んだかのう。』
「えっ。」
それは望むところではないので、オレは大慌てでドラゴンの救助に向かった。
「大変、ご迷惑をお掛けしました。」
裸マントな暗めの灰色髪の幼女が、オレたちに向かって土下座をしている。
流石にドラゴンと言えども北方の海は寒いのか、ブルブルと震え、顔も唇も青くなっていた。
「お兄様、多分違います。」
違ったらしい。ソニアがそう言うならそうなのだろう。
『お前の親はどうした。何処へ行ったのだ?』
分体さまが面倒くさそうな声で尋ねる。
気持ちは分かるが、あからさまな態度は止めましょうね…
「お、親などおりませぬ…この100年はずっとこの海に暮らしております…」
『既に代替わりしておったか…
どんな教育を受けていた?天空の支配者たる者が、この有り様とは…不甲斐ないにも程がある!』
「か、かえすことばもございません!」
床に頭を擦り付ける幼女。
なんだかこっちが悪役みたいに思えてきた。
『ワシの元で鍛え直してくれる!覚悟せい!』
「御指導、よろしくお願いします!」
カンカンの龍神に叱られ、ドラゴン幼女は額を床につけたまま懇願する。
「この幼女は任せるぞ。さて…」
一部始終を後ろで全員が見ていたが、どういう訳かバニラだけ居ないな。
「昼飯にするか。
ドラゴン幼女、お前も食っていけ。」
こうして、北方の海に関わるゴタゴタは終結した。
…終結した、と思ったが、海底ではまた大きな揉め事が起きていたのだった。