16話
その後も一週間程、訓練と授業、合間に簡単な依頼をこなすの日々を繰り返す。
訓練の最後はカトリーナさんと手合わせをするが、全く勝ちが見えず地力の差を痛感する。
パラメーターやスキルの差ではなく、技術のレベルというよりステージが違うのだ。見えているものが全く違っているのだろう。
バニラやバンブーがオレの制御力に感じているものを、カトリーナさん相手に戦闘技術で感じていた。
「動きはだいぶまともになってきましたね。ですが、まだひよっこの域です。」
「ハイ…」
また今日も、顔も体もボコボコにされた状態で正座をし、項垂れながら話を聞く。
全身をボコボコにされた痛みで、正座はとても辛く、顔を上げることも出来ない…
「ストレイド様はスキルに振り回され過ぎです。もっと慣れてスキルを体の一部にするように。」
「はい。」
横で同じように正座をしているストレイドは顔は不幸な痣一つだが、体はオレと似た様なボロボロ具合だ。
「リンゴ様、もっと基礎的な部分から鍛えましょう。」
「……ハイ。」
こちらは正座すらできず、大の字で寝転がっていた。
何ヵ所か強打はもらっているが、巧みに遊ばれて力尽きたというのが正しいだろう。
リンゴは機敏なのだが、筋力、体力が育っておらず、フェイントにも正直に反応してしまうせいで、潰れるまで遊ばれるの繰り返しだった。
カトリーナさんにとっては犬や猫と遊ぶようなものだろう。
とはいえ、最初は秒でやられて立ち上がれなかったのだが、最近は汗をかかせる程度まで戦え…遊ばれるようにはなっていた。本気からは程遠いが。
住人用風呂が女性用に改められ、カトリーナさんが訓練メンバーと一緒に入って反省会をするようになっている。本来は使用人用だった風呂場はオレ専用。ちゃんと自分で沸かして掃除もしている。
体の汚れを落とすだけなら【洗浄】だけで十分だが、やはり風呂という息抜きの時間は大事だ。
風呂から上がると、技術コンビが制服を見せびらかしにやってくる。
デザインはいかにも、というような魔法学校の制服だが、スカートではなくバニラはハーフパンツで、バンブーはズボン。バニラはタイツか何か履いているのだろうか?
エディさん推薦という手続きの簡略、編入試験も楽だったらしく、人数も4人だけだったので即日採点されて入学が決まったらしい。
科はバラバラになってしまったが、皆上手くやっていけると信じよう。
「うん。馬子にも衣装だな。」
「それ、誉めてないヤツー!」
「誉めるならちゃんと誉めろ。」
バレてました。
「似合ってる。四人揃ってる所をスクショしてプリントアウトしたいくらいだ。」
オレの言葉に、二人とも少し照れたような笑みを浮かべる。この言い回しが通じるのもこの二人だからこそだろう。
「では、写真を撮りに行きましょうか。」
えっ、写真あるのか?
これは衝撃の事実。
「値段は高いですが、上司と交渉いたします。」
大丈夫か、エディアーナ銀行。
オレたちのせいで、家財が減ったりしてたら辛いのだが。
「エディアーナ様も喜ばれるかと思います。」
エディさん、既に陥落していた。今後、じゃぶじゃぶ投資して来ないか不安である。だが、今回も厚意に甘えさせていただこう。
それにしても、カトリーナさんは早風呂である。入ったのは同時くらいだったはずなのに、大して手間を掛けないオレから少し遅れるくらいで現れるのだから。
「ところで、ズボンなのは学科の特徴か?」
何故バンブーはズボンなのか気になっていたので尋ねる。街でもミニスカートのようなものはほぼ見掛けてないな。
「そうだよー。私んとこは汚れ仕事に鉄火場にと体張るからねー」
「そもそも、スカートという選択肢がなかったな。ちょっと期待してたんだけど。」
実際に服屋でもそうだったが、ゲームでも露出多めの服は水着かドレスくらいしか無かった。男女問わず、わりとしっかり肌を隠す物になっている。
「私はスカートですが、この国では一般的ではないですね。特にこれからの季節は肌なんて出しませんし、ズボンの方が暖かいですから。」
駆け出し冒険者には想像以上に厳しい冬になりそうである。
防寒対策は何が必要だろうか。魔法でもいい気はしているが。
「私はエンチャントでどうとでもなるからな。
この服、意外と容量が多いんだ。具体的にはミスリルクラスだな。」
「あ、勝手にやってはいけませんからね。授業で使うと思いますから。」
「えっ。」
まさかもうやってるとか。
「いや、まだやってない。やってないからな!…危なかった。」
安堵の声が駄々漏れである。気持ちは分かるけどな。
「まあ、装飾に関する禁止規定はないですので、指輪とかネックレス辺りで対策しましょうか。外に出る時だけなら外套でも良いですし。」
「ネックレスにしておこう。指輪は一度使い始めると際限無くなりそうで…」
そういえば、術式士にはアクセサリー過多なイメージがある。あれ全部に自分で描いた魔法が入っていたりしたのだろうか?
「能力が低く、経験の浅い魔導師の駆け出しによくある事ですね。それだけで強くなったような錯覚に陥りますし、ある程度は身に付けておかないと舐められたりもしますから…」
「剣士が鎧や剣の格を気にするのと同じ感じだ。」
既に我慢できない様子で、指をワシワシさせるバニラ。
まあ、上級者自称してて、重い弱い鉄製装備を使ってたら侮られるのは間違いない。おまえ、何処で戦ってんの?と問い詰めたくはなる。
遅れてリンゴとストレイドも制服姿で現れた。リンゴはハーフパンツにバニラと色違いのタイツだろうか?ストレイドはズボンで何を着てもカッコイイのはズルい。
リンゴはなんだか小学生感が際立つ。かわいい。
「制服なんて初めて着ました…!」
興奮気味に喜びを伝えるリンゴ。胸元のリボンが怪しいが、その内自分できれいに結べるだろう。
「リンゴ様、身嗜みはしっかりしましょう。制服はちょっとした所が差として出てしまいますので。」
「は、はい。」
カトリーナさんにすかさず直され、上擦った声で返事をする。
「学校は楽しみか?」
鏡で自分の姿を見るリンゴに尋ねる。
「うん!不安もあるけど、すっごい楽しみだよ!」
「そうか。」
…ん?今、
「シッ。」
気付いたバニラが言わないように注意してくる。
うん。茶化すもんじゃないな。
カトリーナさんも油断してデレデレになってるじゃないか。
「ヒガン、私には…」
「おまえはズルいな。なんでそんなカッコイイのか。」
「ズ、ズルい…?」
オレの言葉にバンブーが吹き出す。
「ちょっと、言い方ー。でも、女子にモテモテ間違い無さそうだよねー」
「女子に対する言い方じゃないが、異論なし。」
「バンブーとバニラまで…」
胸の膨らみを隠すのはやめたようだが、溢れ出るカッコ良さはどうしようもない。羨ましい。
今のうちに脅しておけば、心構えもできるし、何もなければ安心も出来るだろう。
しかし、微妙な上目遣いというギャップによる破壊力の高さよ。ストレイドはいったいいくつ武器を持っているというのか。
横で、バニラがぐぬぬと呻き声を上げているが、聞こえなかったことにする。将来頑張りたまえ。
「自信を持て。堂々としてろ。凛とした姿が一番魅力的じゃないか。」
「おう、ナチュラルに口説くな。」
「えっ。」
「天然がひどい。改めろ。」
プンプンと腕を組んで怒るバニラ。
「おまえさんを野放しにして良いか不安になってきたぞ。」
「間違っても外でパパにならないようにー」
バンブーにまで言われる信頼の無さ。
オレを受け入れるような物好きはいないと思うが…
「力さえあればという女性は多いですので…」
「怖い。異世界倫理超怖い。」
異世界の価値観に目眩を覚えつつ、女性関係には気を付けようと心に刻む。
そういえば、ゲームでもやたら好意的な亜人は多かったなぁと思い出す。単純に強さに惹かれていたのかと思えば納得だ。
うーん…強いだけでも、とは思うが価値観は様々だからな。それとも、子種をもらったら用無しという理屈だろうか?
「カトリーナさん的にはどうなのー?」
「私より頼りない殿方はちょっと…」
カトリーナさんのハードル、めちゃくちゃ高くね?
異世界の価値観にはまだ当分振り回され続けられそうである。
善は急げ、という事で翌日の内に写真を撮りに行く事となる。
なお、エディさんも仕事を放り出し、しっかり準備してやってきた。ストレイドには驚いていたが、娘たちの姿にニッコニコである。
ちゃんとした服装、といっても冒険者姿が良いのか、オフの姿が良いのか迷ったが、カトリーナさんの助言に従って冒険者姿である。仕事着の方が様になるというのは納得だ。もっとしっかりした得物が欲しいところではあるが。
お父さんお母さんと言われ、丁寧に訂正したり、並び方で少し揉めたりもしたが、最終的にエディさんを真ん中に四人が囲み、オレとカトリーナさんが両サイドという感じになった。
写真はすぐに出来上がり、エディさんの妙に気合いの入った顔に思わず笑みを浮かべるが、そのエディさんから気を抜き過ぎだと指摘されてしまう。
カトリーナさんに言われ、五人だけの写真も撮らせてもらい、これはオレだけが貰うことになった。額もセットらしく、持ち運べるサイズの物に入れてもらった。
ここまでされたらエディさんに頭が上がらない。
丁寧に感謝を述べると、今日の出来事と写真で十分に元が取れたとホクホク顔で、スキップしながら帰っていった。ホントに忙しい人である。
さて、娘たちは午後から学校という事で、近場で昼食を摂る事になった。
学校は家から近いので、寮暮らしという事もない。いずれ、友達を連れてきて賑やかにという事もあるだろう。その時に居合わせられたら良いが。
「初日なので私たちも同行致します。手続きとかありますからね。」
カトリーナさんに言われて初めて知る。そういう事なら冒険者服じゃなかった方が良さそうだが…
「申し訳ありません。どうも我々の格が低いせいか、職員に軽んじられているようでして。」
忌々しげな顔には決意の色も伺える。
度が過ぎれば一発かましてやろうというオーラを感じるが、それは流石にやめましょうね…
「まあ、親代わりのオレに実績がないから仕方ありません。」
「それもあるのですが、エディアーナ様の後ろ楯が快く思われていないようでして。」
前魔王の身内という事が逆に悪く思われてしまっているのだろうか?
「完全に裏方になられて行動が表に伝わっていないのです。私にも把握できていませんし…
恐らく、貴族間での評価は放蕩隠居となっております。」
「それは難儀ですね…」
オレの方で早く実績を挙げる必要がある。
果たして、今ならどこまでやれるのか。
「私が到らぬばかりに、皆様に余計な苦労をさせてしまうことを先に謝罪いたします。」
神妙な面持ちでカトリーナさんが頭を下げる。
話を聞き、それを見た四人が顔を合わせて頷き合った。
「大丈夫。わたしたちなら平気だ。」
「一人じゃないのはわかってるからねー」
「信じられる家族がいるから。」
「私は堂々としてれば良いのだろう?」
良い娘達でむしろ手に余る。
この気持ちを無駄にしないよう、オレも頑張らねばな。
「ああ。だが、無理はするな。倒れるのは良いが、心が折れたら立てなくなるからな。」
「ヒガン様、できれば倒れられるのも…」
カトリーナさんのツッコミで少しだけ場が和む。
「さあ、そろそろ行こうか。」
会計を済ませてもらい、オレたちはルエーリヴ魔法学園へと向かった。