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18話

その船は木造船が中心のこの海において、異様という他なかった。銅張りはあるが、限られた軍用船だけのようで通常のミスリルすら用いられていない。

外はオーバーミスリル製の金属板で覆われ、衝角までしっかり備え付けられており、これ自体が巨大な兵器として存在しているのを物語っていた。

トレーラーは、追加された自動操縦装置によって勝手に収納される。後方2層をトレーラーの収納場所にしたようだ。コンテナ6台と、かなり場所を取っているのだがまだ余裕がある。


船室には小さいがしっかりと窓枠があり、外が見えるようになっている。窓は強度を高める為の刻印が施されており、色々な技術を投入していることが船室を見ただけで分かった。

部屋は3人から4人で1組。娘、メイド、親子、ソニアたちという形で別れており、ジュリアとノエミの所はフィオナとエディさんが加わり、結果的にオレだけ溢れる形となった。

オレに割り当てられた部屋は、船長室とは名ばかりの何もない一室である。徐々に物を増やしていかねばなるまい。

女性ばかりという事情もあり、部屋にひとつ洗面所とトイレがあるのはオレとしてもありがたい。ルエーリヴも東部も、3つ用意したのによく渋滞が起きていたり、男子用も使われたりしていたからな。

食事は食堂でローテーション制。遊戯室とほぼ繋がっているので、この2部屋が憩いの場になりそうだ。後は2つ、3つ空き部屋はあるが、作業室と操舵室、砲門、倉庫となっており、倉庫以外のそれぞれスペースは最低限のものとなっていた。


一回りして駐車場に戻って来ると、ヒルデとショコラ用にここでもう一部屋用意する準備をしていた。

装備が特殊という事情もあり、憩い部屋コンテナと武器庫コンテナを連結させて一部屋にする。

両方の壁が天井になり、床が引き出されて延長されるので、倍以上の広さとなっていた。船室より快適そうである。大量の武器が目に入らなければだが。


「二人とも普段はみんなの所に居てね。ここは夜だけにして欲しいからー」

「分かってる。私たちも賑やかな方が良いからな。」


体は機械同然でも、心は人のままだ。あまり話の合いそうにないのに、ずっと二人きりでは気が休まらないだろう。


「ヒルデもなかなかチェスが強くてな。気が付いたら朝になっていたことがあった。」

「ショコラが休ませてくれなくて困る…」


そんなこと無かった。

ショコラもやはりバニラである。


「甲板に出るときはライトクラフト装備してねー。落ちたら陸地まで()()()もらうか、停泊して捜索することになるからー」

『わ、分かった。』


二人とも分かりやすい魔力なので、見つけるだけなら簡単だが、その後の整備で苦労しそうだ…


「おとーちゃん、最後に操舵室いくよー」


という事で、操舵室に連れてこられた。

甲板よりかなり高い所にに設けられた一室で、とても見晴らしが良い。


「基本的に操船はおとーちゃんだけにしてもらうからねー。おねーちゃんとかも扱えるけど、ちゃんと周囲が把握できるのはおとーちゃんだけだから。」


責任重大である。こちらにも自動運転が欲しいが、技術的な問題で無理だと言われたな。真っ直ぐ進むだけなら出来るようだが。


「一応、羅針盤とかもあるから、出来れば二人以上で詰めておいてね。

座礁するより岩礁が抉れそうな船だけど、港以外じゃ陸に近付き過ぎないでね。

ここから魔導砲の操作もできるけど、負担が大きいだろうから狙わなくて良いからね。」

「おう。」


矢継ぎ早にあれこれ言われたが、なんとか把握した。


「動力はどうなってる?」

「ピュアクリスタルを使ってるよー。メーターとか付けようがないから、交換はおとーちゃんの判断でお願いー」

「なかなか責任重大だ。」


そう言ってから座席に着く。


「操舵輪とレバーか。」

「うん。速度はこっちのレバーで調整できるようになってるけど、操作はゆっくりね。」

「よくこんなの作れたなぁ…」


思わず感心してしまう。


「色々苦労したよー。おねーちゃんに毎晩相談しながらだったからねー」

「梓たちと船大工達の技術の結晶だ。大事に使わないとな。」


操舵輪とレバーに触れ、船の周囲に意識を向けた。

揺れる波、疾る風、熱を伴った光。

船を見守る職人達も捉えられる。

リレーが仕込まれているのか、まるで箱や柱を介したようにしっかり把握することが出来ていた。


「おとーちゃん、動かせそう?」

「動かすだけなら誰でもできるだろ?」

「ふふ。そうだねー。でも、ちゃんと周囲を把握できるのは、今はおとーちゃんだけだから。」

「次は誰だろうなぁ。遥香か、ユキか…」


集中を緩め、手を放す。


「二人に任せるのはちょっと不安かな…」

「まあ、気持ちは分かるが、オレ無しでも動かせるようにしないとな。」

「うん。そこは通話器とかで連絡取り合ってってなるかな。あの柱も帆を張る為だけじゃなく、監視、観測と色々役割あるんだよ。」


柱には交互に出っ張りがあるが、無しで登れるヤツも多そうだ。


「まあ、大体分かった。後は、動かしてみてだな。」


そう言うと、梓はホッとした様子で大きく息を吐いた。


「これで、やっと落ち着けるよー」

「先に海中ダンジョンか。」

「そうだねー。海が荒れると待つのも大変だから、早い方が良いかも。」


梓の言葉に頷き、通話器を手にする。


「聞こえているな?

出港は明日だ。それまでに船の中に慣れておけ。」


そう言って、通話器を切った。


「様になってるか?」

「まあ、艦長は操船するもんじゃないんだけどねー」

「アリスに任せるか…」

「まあ、おとーちゃんが操船できない時なら、それで良いと思うよー。」


出来る時はオレが責任を持てという事らしい。


「停泊中の対応も考えないとなぁ。」

「2班に分けないとダメだよねー」

「オレは2回行くハメになりそうだ…」

「私もかなー。お互い、無二のポジションだからね…」

「そうだな…」

「あ、待って。」


立ち上がろうとするが、梓に止められる。


「専属化しておくねー。乗っ取られると本当にまずいから。」

「そうだな。」


何処でやるのかと思いきや、シートが船の中枢と繋がっているらしく、魔力を流して専属化を完了させた。


「一先ず安心かな。一括管理出来るから、魔導砲のロックも解除出来るよー。」


普通の船なら不可能な、船長による一括管理が出来てしまう船。 物が物だけに、責任を感じる。


「私とおねーちゃんの今の技術を全て詰め込んだ船だからね。大事に使ってよ?」

「当然だ。オレたちの海の上の家、大事に使うに決まっているだろう?」

「ああ、そっか。この子も家なんだね。」


愛しそうに操舵輪に触れる梓。

10年前からあまり変わっていない気がするが、もう表情や仕草は子供のものではない。


「梓、すっかり大人の顔だな。」

「えっ!?やだー。私までたらし込むのー?」

「やめてくれ。遥香が怖い…」

「あはは。私もハルちゃんのお母さんにはなれないかなー」


そう言って、オレの手を握る。


「ありがとう。ここまで来れたのは、おとーちゃんのおかげだよ。

大変な事も多かったし、投げ出したいと思ったことも何度もあったんだから。」

「娘の中で、一番支えになってくれたのはお前だよ。梓が居るから大丈夫だろうと毎日思ってる。」

「本当にたらし込もうとしてないのー?

でも、おねーちゃんより頼りにされてたのは誇らしいかな。」


そう言って、硬い女らしさが微塵もない手でオレの手を握る。

鍛冶だけでなく、ひたすら武器を、盾を握り続けてきた手だもんな…


「ありがとう。私、まだまだ頑張るからね。

この海の向こうが楽しみで仕方ないんだからー!」


そう言うと、満面の笑みをオレに見せてくれた。

ニコニコしていることの多い梓だが、これ程の満開の笑みを見せてくれるのは久し振りだ。


「ああ。だが、まだこの大陸は東しか踏破していない。北も、西も、南もしっかり見ておくぞ。」

「うん。ちゃんとドワーフの聖域も目に焼き付けなくちゃ!」


まだ名前もない新しい海の我が家との挨拶を終えると、今日は船大工達を交えてのパーティーとなり、近くの宿で一泊する事になったのだった。





船の名前は『グロリアス号』となった。

安直だが、これからも多くの栄光を共に積み上げて行く船だ。相応しいと言って良いだろう。

名付けは梓で柊が真っ先に賛同した。

タイタニックとかメアリー・セレストとか付けようとしたバニラには、しっかり正座をしてもらっている。異世界だから良いという話ではないだろう…


「うぐぐ…痺れてきたぞ…」

「まだ10分しか経ってない。」


日傘の下、硬いピラーの上で正座を続けるバニラを尻目に、船名が刻まれるのを眺めていた。

この場にいるのはオレと梓とバニラと仕事が残っていた船大工衆だけ。他は海水浴に出掛けている。


「旦那さん、終わりましたよ。見慣れない文字もあって大変でしたが…」


亜人の共通言語と英語の両方を刻み、これで完成である。ローナが汗を布で拭いながらこちらにやって来た。

昨日は後ろからで気付かなかったが、船首には衝角だけでなく、竜の船首象まで取り付けられていた。着脱できるようで、アクアが作ったものを梓が持ち込んで取り付けたそうだ。


「ありがとう。良い仕事をしてくれたな。これは報酬だ。」


小金貨一枚を弾いて渡すと目を丸くしていた。


「きんか!?いえいえいえいえ!もらいすぎでは!?」

「うちは大体こんな感じだから貰っといてー」

「えぇ…」


納得いかない様子で日除けの天幕の中に入って来た。2つ積んだビックリ箱から冷たい風を送り続けているので、日陰はとても涼しくなっている。


「あと、おまけだ。」


そう言って、ガラスの器と木製スプーンを出してローナに渡す。


「?…おおおお!?」


3つ目の箱からめちゃくちゃ威力を絞ったアイスブラストを発動し、かき氷を作ってみせた。


「えぇ…おとーちゃん、かき氷製造機いらないじゃーん。」

「そういう事する為に作ったんじゃないぞ…」


娘たちから非難される。

やってみたら出来たんだからしかたない。仕上げにシロップを掛けて完成だ。


「召し上がれ。」

「いただきます!」


こちらにしては珍しい『いただきます』をいただいた。梓の影響だろうか。


「んー!冷たくて甘くて美味しい!」

「それは良かった。」


ジッとこちらを見る二人。揃ってガラスの器と金属スプーンを準備していた。


「二人には頑張ってもらったからな。作ってやるよ。」

「じゃあ、正座も…」

「それとこれは別だ。」

「えー…」


二人にもかき氷を作ってやり、オレはイグドラシル水で喉を潤した。

カモフラージュを兼ねて、濡れた木造船に近い色で塗装された船体を見上げる。近付けば木目がないので一目瞭然だが、距離があれば金属だとは思われないだろう。


「十分な準備はした。人員に不足はない。物資も資金も潤沢だ。」


また、北部のような事態に巻き込まれるかもしれない。だが、積極的な解決は行わないという姿勢を示したことで、オレたちに政治介入を求める勢力は減ったはずだ。


「旦那さん、これで北の海を越える気ですかい?」

「いや、そのつもりはない。リスクが高すぎるからな。」

「賢明で。あーしも、そういう事なら全力で止めてましたから。」


いくら最強の船と言っても、自然の脅威には逆らえないだろう。そんな無茶はさせたくない。


「一度戻って、冬までに北の果てを目指す。」

「その際は、しっかり預からせていただきますよ。親方からもそう言われてますんで。」


そうするしかないという事だろう。海の専門家に従うしかない。


「その時はうちのチビ達を頼むよ。

手が掛かるのもいるが、みんな良い子だ。」

「お婆とエレナさんに手紙を書いておこうかー」

「帰ってきてからな。まだ、気が早いよ。」

「今は公の側の人だし、自由に動けないんじゃない?」


それもそうか。

急に戻って来てとなると、迷惑を掛ける事になりそうだからな。


「攻略含めて2週間、3週間くらいか。船の事を含め、今から連絡しておいた方が良いな。」

「エディさんもいるから、母さんは残るかな?」

「どうだろうな?」


カトリーナがいるなら安心だが、物理アタッカーとしてこちらに置きたい。

サンドラ、アンナも北の果てには興味なさそうだし、ヒルデとショコラには環境が厳しすぎるから残す人員は十分だというのもある。


「食べ終えたらオレたちも海に行くか?」

「いいねー」

「あるけそうにないからせおってほしい…」

「ピラーの上に座っていろ。」

「あっつ!?座ったらお尻の皮が剥ける!」


そう言って、水をじゃぶじゃぶ掛け始めるバニラ。ピラーからも、地面からも掛けると即蒸発し始めていた。


「ローナも行くんだよ?あ、スプーンとお皿は洗浄しておくねー。」

「スプーンはやるよ。大したもんじゃないが、今日の記念だ。」

「本当ですか?こんな上等な木材のスプーンまで…

あ、水着なんてないですよ?」

「そのままで良い。面白い魔法もあるし。」

「ドワーフなのに泳げるのー?」

「泳げるわけねぇでしょう?」

『ですよねー。』


こうして命名作業を終え、オレたちはしばらく続く船上生活に備え、最後の休養日を満喫したのだった。


みんな、やたらと水着姿に気合いが入っていたな…

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