16話
北部から帰還してもうすぐ2ヶ月。
その間にフブキさんはフェルナンドさんの元へと移っていた。今生の別れではないので、親子三代のお別れはあっさりしたものだ。
「お婆とは、今日でお別れですね。」
なんだかんだでお婆呼びが定着してしまったフブキさん。自分の事もお婆と呼んでいた。
「あたしもフブキ様について行かせてもらうよ。もう、あたしが居なくても大丈夫だろう?」
だが、婆やと呼ばれたエレナさんは別だ。10年も一緒に居ればこちらも寂しくなる。
「この前の事でよーく分かった。あたしみたいなのが付いて行ったらいつか邪魔になっちまう。そうなっちまったら悔やみきれないよ…」
しっかり考えての事だろう。オレに止める事は出来ない。
別れる際、婆や婆やと特に慕っていた悠里が一番悲しんでいた。一番振り回していた悠里だが、エレナさんもそれを楽しんでいた気がする。
「婆や…また会えるでしょ?」
「ええ、会えますとも。東部に来ればまた会えますから。」
オレたち夫婦たちには非常にあっさりとした挨拶だったが、子供たちとは、本当に一分一秒を惜しむような別れ方だった。
「あたしとしてはもっと早くハルカ様と出会いたかったねぇ…
どうしてこんなロクでなしを目標にしちまったんだか…」
エレナさん、それはオレも不思議だが、心に確定ダメージが発生するのでやめてほしい…
「ば、婆や、大丈夫。大丈夫だから…」
「ハルカ様が大丈夫と答えるのは大丈夫じゃないんだよ。」
そう言って、エレナさんは遥香を抱き締めた。
改めて、ハルカの成長を感じる。身長も体型も女性と呼んで差し支えないだろう。
もう、子供扱いは出来ない。
「…うん。安心してよ。もう白閃法剣は調子に乗らないから。」
「でも、自信は持っておくれ。あたしには、堂々と旗を掲げる白閃様が誇らしかったよ。」
「ありがとう、婆や。」
小言を度々言われ、生活改善に成功した遥香。
最近は、遥香が積極的にエレナさんを手助けする姿をよく見ていた。
昔、管理された生活を送っていた反動でだらけていたようなので、模範的な生活態度というのはしっかり染み付いていたようだ。
「婆や、お父様とお母様をお願いね。特にお父様は鍛え甲斐があるから。」
「かしこまりました。ジュリア様。」
次の犠牲者はフェルナンドさんか。今のうちに冥福を祈らせてもらおう…
まあ、オレのように匙を投げられる可能性もあるが。
「これ以上は名残惜しくなっちまうからね。」
「じゃあ、二人を送ってくる。」
「私も付き添いますわ。」
「私も。」
こうして、フィオナ、アリスと共にエレナさんとフブキを総領府に送った。
別れ際に一家の印が刻まれたタンブラーと、ノラが育てた花のブーケを渡すと、エレナさんは感極まり、フブキとアリスも釣られて涙ぐんでいた。
今生の別れではないのは分かっていても、やはり家族が離れるのは寂しいものを感じる…
家に帰ってくると、ドワーフの職人がやって来ていた。
「あんたがヒガンの旦那さんですか。あーしはこの度、旦那さん方の船を仕立てるお手伝いをしております船職人のローナと申します。」
女性だが、出会うなり頭を下げられたので、顔がよく分からない。
「ヒガンだ。そっちは順調か?
不都合があれば支援をするが。」
そう答えると、ローナは顔を起こして首を大きく横に振った。活発そうな顔付きの可愛らしい女性…ドワーフという事もあって成人しているのかよく分からないな。
「とんでもねぇ!今日は完成予定をお伝えに来ただけなんで。」
「ローナは若いけど腕の良い職人だよー。」
「まあ、今回の仕事は親方の助手なんですけどね…」
恥ずかしそうに答えるローナ。
助手というか、パシリにされているところか。若い内はこき使われているのはどこも一緒である。
「おまえがローナか。話は梓から聞いているぞ。魔導創士のバニラだ。」
奥からバニラが現れて握手を求めた。
体調も髪の色も元に戻っており、むしろ瞑想と調整を繰り返したおかげで、以前より調子が上がっているそうだ。
やはり困惑するローナ。握手はなかなか根付かないな。
「手を握り返すんだよー。それが私たちの流儀。」
「あ、ああ。そうでしたね。
…魔国創士の名は、名匠と共に職人世界に轟いております。光栄です!」
戸惑いは吹き飛び、キラキラした眼差しでバニラの手を握り返した。
風通しの良い地域の職人なら、知らぬ者はいない二人だ。好悪は別として。
「このタイミングという事は順調か?」
「へい!少しだけ遅れますが、概ね予定通りとなります。試作で出た問題点は解消されて、お渡しする分も現在5割程度の進行です。」
それを聞き、二人が考え込む仕草をする。
「という事は、問題点があったって事なんだー?」
「ほぼ、ライトクラフトのノウハウを注ぎ込んだんだが、浮遊車も改修が必要かもしれないな。」
書類を受け取ると、二人で半分ずつ読み始める。
「少し確認するから待っていてくれ。母さん。」
「はい、分かっております。では、応接室の方へお通ししますね。」
「お、おうせつ…いえ、あーしなら、その辺で時間を」
「柊、連れていってくれ。」
「姉さんも荒っぽいなぁ。」
苦笑いしながら、ドワーフ特有の小さくて重い体を軽々と持ち上げてみせる。
「ひい~!」
悲鳴を上げながら、ドワーフの少女は応接室へと連れていかれてしまった。少女で良いんだろうか?
「私が相手をするわ。」
「あたしもいきやしょう。海はよくわからねぇんで。」
そう言って、アリスとユキも応接室へと入って行った。任せておけば問題は無いだろう。
「トレーラーを出すか?」
今はノラの温室がある部分しか外に出しておらず、他は亜空間収納にしまったままだ。
「うーん。ちょっとすぐにはどうこう出来ないかもー。」
「そうだな。試作を作って実験してからだ。」
そう答えると、二人は紙を交換して再び読み始めた。
カトリーナの方を見ると、微笑んでからキッチンへと向かった。面倒を避けたようで遥香は姿すら見せていない。
気を利かせた梓が読んでいた紙を渡してきたが、おとーちゃんには理解できない内容だよ…
気密性や接合部分に問題がある、という事のようだ。その改善策と結果も記されており、試作は上手くいったらしい。
「うーん。気密が甘かったのかー…」
「水中は難しいなぁ…」
「バランスも良くなかったみたいだねー…」
葬儀のような雰囲気の二人。
大失敗ではなかったようだが、なかなかのしくじりだったようだ。
「ローナの所に行こうか。おとーちゃんもだよ。」
「発注者不在は良くないからな。」
二人に書類を押し付けられ、袖を掴まれながら応接室に向かうことになったのだった。
「来月、天気の良い時に進水。その後、仕上げ作業を行い、試験航行、点検、調整をして完成です。」
「これだけの課題改善、感服するよ。」
「そうだねー。ウォータージェットの形状改善、ライトクラフトの配置の最適化、船体もちょっと大きくなってる?」
変更後の物と設計図の写しを見比べながら、梓が驚いた表情で言う。
「いえ、大きさは変わってません。試験の結果、想像以上の耐久性があると分かりましたんで、その分だけ船室を広くしてるんです。」
「装甲、重くないの?」
「オーバーミスリルが軽い上に丈夫ですからね。主流の銅張りとは比べもんになりやせんよ!」
オーバーミスリルを使った船など他に無いだろう。これだけの大きさに使うのにかなり苦労もしたはずだ。
「側は丈夫でも、中はどうだ?」
「この装甲が抜かれるようなら、今の技術で対処ができる気がしやせんけど、親方は問題ねぇと言ってやす。
まあ、ライトクラフトの乗り物を入れとくとなると、空きが必要なんで、それに合わせて他も広げた感じです。」
「最初は逆に狭めてたのか…」
「隔壁で部屋を区切れますけどね。」
バニラとローナが紙を指差し合いながら話す。
一応、隔壁も備えてあるようだが、そんな物が必要な事は無いと思いたい…
「あと、船を飛ばせるようにしたいと親方が言ってやした。」
『飛ばす?』
流石に想定していなかったようで、バニラと梓が驚いた顔になった。
「ただ、普通に浮かすんじゃ船体が耐えられないようなんで、今後の課題だそうですが。」
『無理だったかー…』
二人揃ってガッカリする。
「船職人も負けてられないってことか。」
「そうですとも!いずれ空にも船を浮かべる!と意気込んでやしたよ。」
グッと握り拳を作り、宣言するように言うローナ。親方の真似だろうか?
「そうか。作れるようになったら依頼をさせてもらうよ。」
「その時をお待ちしております。ヒガンの旦那さん!」
こうして中間報告は終了し、ローナは家で一泊して帰ることになった。
梓以外ではあまり接することの無いドワーフだからか、ノエミとジェリーの玩具にされて気が休まらなかった事だろう。見てる分には微笑ましかったが。
進捗確認を含め、バニラと梓が先行してローナを送ることになった。
馬車旅らしいが、大丈夫だろうか?特に酔うバニラ。
それ以上に、二人揃って新作水着にルンルンだったな…
そんなことを思いつつ居間に戻ると、すぐに玄関のドアが開く音がする。
「だめだったよ…」
バニラだけぐったりして、泣きそうな声で戻ってきた。
病み上がりが無茶しやがって…
すぐに東部へ行っても良かったが、子供たちにはこちらにも慣れてもらいたい事もあり、母達と買い物に行ったり、メイド達と散歩をする機会を増やした。
自然が多く、公園のような広場が多いのが東部の特徴だ。遊ばせるにはちょうど良い。
常に遥香とアッシュをお供にしてるから、滅多なことも起きないだろうしな。
オレはというと、造船所に行けなかったバニラと新装備の訓練をしていた。
宙を駆け回る5つの黒い箱と5つの黒い柱。箱は家に積んであった木製の試作より一回り大きく、素材は箱も柱も側はオーバーオリハルコンとオーバーミスリルが2層ずつ、中心の枠はオーバーブルーメタルという重量級の凶器で、建物内で無闇に振り回せる物じゃない。
ライトクラフトとエアロジェットで動いているが、エアロジェット部分はウォータージェットと交換もできるそうだ。
箱と柱は離れているが、合体も出来る上に、基本的に組を作って連動させている。所有者専用のリレー機能も備えており、それぞれから魔法を発動できるが、発動点が10必要な状況は滅多に起こらないだろう。
バニラは箱2、柱2となっている。最大8まで増やせるようだが、ポジション的に余裕を持っておきたいらしい。
「遥香とフィオナには準備してないのか?」
「この大きさだからな。前衛だと邪魔になりそうだ。」
「箱だけだとどうだ?」
「そこまで器用に戦えるか、という問題がある。父さんくらいの位置なら良いが、二人はポジションが前過ぎて操作する余裕がない気がするんだ。
盾に仕込んだり、乗り物にするくらいなら良さそうだが。」
「ふむ…」
チャージしておいて、無詠唱で強烈なのを、という使い方や、緊急時の立て直しには使えそうだ。
『これ、どの程度まで防げるの?』
サクラがやって来て、オレの肩に座って尋ねてくる。
「柊の本気は無理だな。」
『参考にならないんだけど。』
「野盗、山賊なら薙ぎ倒せるってことだ。」
『ドラゴンは?』
「ブレスもあるから魔法で防御した方が確実だよ。」
『そういうんじゃなくて…』
「ドラゴンが乗って跳ねたくらいじゃ壊れない。」
ドラゴンが乗っても壊れない箱と柱という訳である。
『箱と柱じゃ風情が無いわね。名前は付けてあるの?』
「勝手に内心で呼んでる名前ならある。
アサルトピラーとジャック・イン・ザ・ボックスだ。」
「ビックリ箱か。」
『翻訳の違いかしら?』
「そうだな。」
「ビックリ箱じゃカッコ悪い。」
『どっちも一緒じゃない。』
「違う!違うんだ!」
バニラの操作していた柱が飛んで来て、オレの前に刺さった。
魔力の流れで軌道が読めるから驚きはしなかったが…
『ぎゃあっ!?』
サクラは違うようだ。
「す、すまん。そんなビックリするとは思わなかった…」
『これが凶器だって自覚しなさいよね!?』
もっともである。
ペコペコ頭を下げながら、秘蔵のチーズでご機嫌を取るバニラであった。