番外編 〈魔国創士〉は、はじめてのおつかいを見守る2
〈魔導創士バニラ〉
「…ん?何か…」
我が家が見えてきた辺りで異変を察知した。
猛スピードで接近する何かを感じ、警戒を強める。
【シールドスフィア】
ココアの判断は早かった。大事な娘を守る為だろう。姿を隠すのをやめ、防御魔法を展開した。
かなり使い込んだ様子の牽引車が現れ、子供たち目掛けて飛んで来た。
「特攻か!?」
【アドミニストレーション・インターセプト】【チェーンバインド・ロック】
リレーを駆使し、牽引車の背後で魔法を展開し、牽引車を引っ張る。
「バニラ、お前じゃ無理だ!」
「無理でもぉっ…やるんだよぉっ!!」
凄まじい勢いでMPが削られる!
僅かでも良い、時間を稼げれば…!
牽引車が一瞬止まるが、一瞬だけ。あっという間に岩の鎖に亀裂が入り、ジリジリと動き始める。
「たりないっ…!くそっ…!くそぉっ!」
未完成である事を今ほど悔しく思ったことはない。魔法が万能だとは思わない。だが、大抵の事は出来るはず。そう信じてきた。
だが、わたしの生み出した鎖は梓の作った物に全く及ばない。恐らく、三流職人レベルだ。
だが、ここは我が家の目と鼻の先。気付いた皆の行動も早かった。
リナ母さんとユキが、子供たちを影に連れ込み姿を消した。
「バニラ!もういい!」
「だめだぁっ!ひとがおおいぃっ!!」
シールドスフィアを解除するココア。
目標を見失った事で、妨害したわたしたちに目標を変えた。
魔法を発動した事で、人がわたしたちから離れている。こっちに墜ちるならそれでも良い…!
『また…また、おまえか!チビヒュマス!いつもいつもいつも邪魔をして!』
念話?いや、わたしが拾ってしまったのか。
それは、学園で、バルサスからの帰り道でわたしを苦しめてくれたかつての同級生の思念。
「バニラ、今の…」
「それよりなにかっ…!」
もう限界だっ…!
【ハードインパクト】
虹色に輝く天からの一撃が、牽引車を大地に叩き落とした。
その衝撃でチェーンバインドが砕け散る。
「うちの弟と妹に手を出すとは良い度胸じゃないか。」
柊が潰れた牽引車の上に佇んでいた。
父さんのバフを受けた柊は、虹色の粒子を撒き散らしているように見えている。
その姿に安堵と、少しの悔しさのタメ息が漏れた。
柊が天井だった部分を引き剥がし、乗っていたヤツを引き出すが…
「…もう、聞こえてないか。」
その物体を車体の陰に放り出した。
もう、ただの物体である。
事態を、死を、痛みを認識した思念は全く無く、わたしを殺せる、その一心を抱いたままの哀れな最期だった…
「やっと終わったか…長い付き合いだったな性悪女…」
「バニラ、髪がミルクになっている。」
「あぁ…またか…」
疲れ果て、わたしはその場にへたり込むのであった…
後始末は衛兵や警務員に任せ、柊に抱き上げられて帰宅すると、顔を青くする男子と泣き続ける女子に分かれていた。
ジェリーは父さんに抱き付いて泣いている。
父さんではなく、柊が来たのはそういう事か…
「ジェリー、怖い思いをしてしまったな…」
「おかーしゃん…」
震えながら泣くジェリーを、ココアが父さんと交代して抱き締めた。
「バニラは抱き締めなくて良いか?」
「いったいわたしを何歳だと思っているんだ。」
父さんにそう言い返すと、子供たち以外が吹き出した。
「さて、とんだトラブルが舞い込んだが、お使いは無事に終了だな?」
「はい。ちゃんと揃っていますよ。」
アクアがマジックバッグから、買ったものを出して確認する。
持っていたカボチャも無事なようだ。
「みなさん、お使いご苦労様でした。とんでもない事態に巻き込まれましたが、立派ですよ。」
リナ母さんが、震えるレオンの手を握りながら言う。
「アレク、今日は要所で活躍していたな。もう少し、普段からそういう姿を見せて欲しい。」
「はい…でも…やっぱり魔法も訓練も怖くて…」
「そうだな。魔法は便利だが怖いものだ。わたしにとって、体を鍛える訓練は今でもそうだよ。」
「……」
「やっぱり、痛いのは嫌だからな。」
限界の体を引き摺って、アレクの頭を撫でてやった。
「アレク、どれだけ時間が掛かっても良い。ちゃんと、これだけは負けたくないというものを見つけるんだぞ。」
「はい…」
余計なプレッシャーになるかも知れないが、男の子はこれくらいやっても良いだろう。
「きちんと対応するレオン、しっかりと妹たちの手を引くビクターもカッコ良かった。悠里は…次は気を付けような。」
『はい…』
「みんな、大した事ない失敗や怪我を恐れるな。お姉ちゃんはそんなの100回じゃ足りないくらい乗り越えてきたからな…」
「バニラ様。」
限界なのを察してくれたメイプルが、わたしの体を抱き上げる。
「…ごめん。まだ言いたいことがあったが、限界だ。ココア、任せるよ…」
それだけ言って、わたしの意識は闇へと沈んでしまったのだった。
目が覚めると、既に日が暮れていた。
あぁ…今日も半日無駄にしてしまったな…
横になったまま腕を伸ばそうとし、ようやく右腕に何か絡み付いている事に気が付いた。
「おお…ジェリーじゃないか…」
部屋を間違えたのだろうか?
起こさないように抜け出すと、テーブルに紙が一枚あることに気が付き、つまみ上げる。書き置きか。見慣れた文字で可愛いことが書いてあった。
『ジェリーが一緒に寝ると言って聞かないので貸しておく。
半日だと思っているだろうが、二日経っているからなネボスケ。』
二日…やはり、出し尽くしてしまっていたか。
喉が乾いて仕方ないので、イグドラシル水をグラスに注いで飲むと、不足していたものが補われていくのを感じる。こういう時はこれに限る。
トイレに行こうと立ち上がると、ジェリーがわたしの指を掴んでいた。
「おかーしゃん…ジェリーも…」
おかーしゃんをもらってしまった…!
おお、可愛い…どう呼べば良いか分からない娘よ!今からわたしとおまえは母娘だ!
「ああ、一緒に行こうか。」
ジェリーを連れてトイレに行き、ジェリー、わたしの順で済ませる。
目が冴えて来たらお腹も空いて来たが、ジェリーに食べさせる訳にはいかないだろう。どうしたものか。
「バニラ、起きたのか。」
音に気付いたのか、娘がいなくて寝付けなかったのか、ココアもやって来た。
「ああ。寝過ぎたよ。」
「フェルナンドさんから感謝状が届いている。後で見ておくと良い。」
「そうする。」
暗くてどこにあるか分からないしな。
「サンドイッチで良いか?」
「ああ、頼む。」
「少し、待っててくれ。」
懐かしい言葉に頷き、トイレを経由してキッチンに向かうココアを見送る。
わたしも食卓へ移り、灯りを一つだけ灯した。
膝の上でジェリーが船を漕ぐ。深く椅子に座り直し、ジェリーの体を横向きにさせるとあっという間に眠ってしまった。かわいい。
「おねーしゃまが起きるのを待つー、って頑張ってたんだよ。」
「そうか。嬉しいよ、ジェリー。」
かわいい娘の頭を撫でつつサンドイッチを食べる。こちらじゃプレストーストとして出回っており、しっかり焼いたものしか見てなかったな。あれも美味しいが。
「久し振りのサンドイッチだ。すごく美味しいよ。」
「わたし秘蔵のハムだ。特別な時しか振る舞わないからよく味わうと良い。」
「ありがたやありがたや。」
サンドイッチを置き、手を合わせて拝むとココアが吹き出し、わたしも釣られて笑う。
「あれをよく堪えたな。わたしはもう諦めていたよ。」
「なんとしても守らなきゃいけなかったからな。英雄の長女として、魔導創士として、発明者として…」
「そうか…これまでがおまえを支えたんだな。」
「わたしから見たわたしはどうだった?」
「カッコ良かった。酷い顔、酷い声だったが、とてもカッコ良かったよ。」
「必死だったんだ。言わないでくれ。」
だが、こんな髪になってしまった甲斐はあったというものだ。
「姉としてはどうだろうか?」
「ちゃんと英雄の娘だったよ。一番、体現してみせてるじゃないか。」
「いや、わたしより先に遥香や柊の方がやっている。」
「でも、子供たちに見せたのはお前だよ。長子のお前が見せた事は、この子たちにとって良かったと思う。
この子たちは魔法の力をそれほど信じていなかったからな。悲しいが。」
ああ、だから魔法の訓練は適当だったのか…
体を使った方が早いならそうだろう。
魔法に特別な憧れのあるわたしたちとは違い、当たり前にあるものなのだから。
「その意識が払拭されたと思うよ。少なくともジェリーからは。
おねーしゃまのようなまどうしになりゅ、って言ってたからな。」
「そうか…」
「…何か言ってくれないと恥ずかしい。」
「ん?ああ、似てたよ。似てた。」
「…二度とやらない。」
その表情を見て思わず吹き出し、大笑いをしてしまう。ココアも釣られるように笑い始めていた。
「一番大事な後始末がやれなかったのが心残りだよ。」
「大事なのが1つある。とても大事な仕事だ。」
「なんだ?」
ココアの言葉がどういう事なのか分からず、再びサンドイッチをモグモグしながら尋ねる。
「全てのライトクラフトがただ怖いものだという思い込みを払拭する必要がある。子供からも、住民からも。
これはそれを狙った二重の作戦だと考えている。」
「そうか…じゃあ、一家総出で手伝ってもらうとしよう。ライトクラフトのデモンストレーションだ!」
後日、わたしの作戦は見事に成功し、一家からだけでなく、東部からも事件によるライトクラフトへの忌避感は払拭される。
特に、柊とフィオナによる空中テニスが好感触で、後に地域を代表するスポーツへと昇華される事になる。
テニスとは呼ぶが、革のボールを木の板で打ち合うパワフル羽子板だ。
空中であることから、打ち返しにくい所へ打ったらペナルティというルールもあり、もしそれを打ち返されたらスコアが倍のシビアさ、真っ向勝負感がわりと武闘派な東方エルフにウケてしまったようである。
「お姉様、もう一勝負お願いします!」
「ああ、来い!何度でも打ち返してやる!」
訓練場では日々、わたしと悠里、時にはアリスとの熱い戦いが繰り広げられていた。
「今日もおねーちゃんたち頑張ってるねー」
「よく飽きないなぁって思うよ… 」
下で話す梓と遥香。
飽きるはずがないだろう。一打打ち返せれば必ずスコアになる。こんな楽しいことは他にない!
「あぁー!…今度は私の出番ですよ!」
「ぉわぁっ!…くそ!次は返すからな!」
下で二人が大きなタメ息を吐く。
「一発でも打ち返せた方が勝ちのレベルだよね…」
「まあ、本人達が楽しんでるから…」
今日も可愛い妹とスポーツで汗を流す。
今までなかった経験に最高の充実感を得ていた。
わたしは今、最高に青春している気がする!
連日の筋肉痛だけはいただけないがな…