表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/308

6話

ルエーリヴ近くの休憩地点で、商会の会長を引退したエディさんを回収したオレたちは、エルフの森の東部の家に帰ってきていた。

うちに通っていた子供達が、エディさんの後身として納得される成果を上げるまでに成長した事で、役目は終わったと判断したらしい。本音は本当に休む暇がなく、疲れ果てたというのが理由らしいが、話半分にしておこう。


旧ヒュマス領の解放において、兵站の維持や人員輸送にかなり重大な役割を担ったようである。安心して補給を受けられなければ長期戦は戦えないからな。


今後の事だが、東方を経由するにしても、そのまま北へ 向かっても良かったのだが、情報収集が必要だと判断した。

エディさんなら何か知ってるかと思ったが、情報はあまり持っていない様である。

という事で、フェルナンドさんに挨拶をしつつ東部で休暇を兼ねて情報を集めることにする。

ノエミにとっては、初の母親の故郷だ。


「ノエミ、ここがお母さんが生まれ、育った所だよ。」

「おっきな木だねー」


空からでもその大きさに驚いていたが、地面に足を着けて見上げるイグドラシルにはもっと驚いていた。


「お母さん達が、初めて一番上の虹の橋を渡り切ったんだよ。」

「どんなだったのー?」

「滝の音が凄かったな。」

「そうだね。あと、西の山も北の果ても見えたよ。」

「何があるのー?」

「それを確かめに行くんだよ。その為の調べものをしなきゃいけないの。」

「そうなんだー」


他の子供達も、1名を除いて興味津々な様子で話を聞いていた。アレックスは内向きが強いなぁ。それとも、他に何か興味があるものでもあるのだろうか?


「何度見ても圧倒される…流石は神話の大樹だ…」


エディさんもイグドラシルを見上げながら呟く。

中身は冒険者の食い扶持ですけどね、とは言わないでおこう。ロマンもへったくれもないからな…


「皆様、部屋の準備を始めますよ。ついて来て下さい。」

『はーい!』


ココアに呼ばれ、子供達が返事をしてついて行く。

ノエミだけ名残惜しそうに見上げていたが、気付いたレオンに後ろから押されながらついて行った。


「あれだけ多くの親が居ても、実母に似るのだな。」

「実母が特に愛情を掛けて聞かせているからだよ。例えばこれとか。」


亜空間収納にあった、アクアの特製飛び出す絵本を見せる。

オレたちの旅を、デフォルメして伝えるものである。アレックス以外には好評で、特にノエミがよく食い付いていた。

紙の材質が良くなく、品質もばらつきがあるのでとても苦労したらしい。


「おお…凄い絵本だな…これはイグドラシルか。こんなのを幼少期に見せられたら、私だって冒険者を目指してしまうよ。」


ページをめくる度に「おー!おぉー!?おー!!」と声を上げる様子は見ていて楽しい。が、途中で取り上げる。


「あぁ~!もう少しだけ…」

「後で子供に読み聞かせてくれ。エディさんなら喜ぶ。」

「そうかー?そういう事なら仕方がないなー?」


照れ笑いしながら納得してくれる。

そんなやり取りをしていると、来客の気配。


「ヒガン殿、よくぞ参られた!かわいい孫はどこか!?」

「向こうの部屋に居ますよ。」


東部の孫馬鹿でした。

フェルナンドさんにジュリア達の所を教えると、エディさんに目もくれず向かっていった。と思ったら、引き返してきた。


「お父様!総領としてあまりにも無作法!後でお母様に叱っていただきますからね!?」

「す、すまない…」


めちゃくちゃフィオナに怒られながら、大きなフェルナンドさんが背中を押されて戻ってくる。


「え、エディアーナ殿、申し訳ない…」

「構わんよ。私も同じ立場なら、レオンの元に向かっていただろうからな…」


エディさんが、そっと視線を斜め下に向ける。

実はハロルドさんに気付かずにレオンを可愛がった前科があり、一家に衝撃が走ったものである。

その時も似たようなやり取りをしていたな…


「お父様、今は部屋の準備をしていますので、ヒガン様たちとここでお待ち下さい。」


オレも自分の部屋の準備をしたかったんだが、フェルナンドさんも居るししかたない。


「じゃあ、ルエーリヴを出てからの話をしましょう。バルサス大峡谷、アビス・ディザスター、そして、ノエミ達の新しい友達の。」


見事に食い付くフェルナンドさん。その様子を見たフィオナも安心して準備に戻っていった。

エディさんの適度な相槌もあり、フェルナンドさんも退屈しなかったと思いたい。


フェルナンドさん夫婦を交えた夕食は、久し振りの一家揃っての食卓でもあり、終始和やかな雰囲気だった。

旅の間は全員纏まってという機会も場所もなかなか作れず、皆もようやく落ち着けた様子である。





翌朝。

いつも通りに起き、軽く訓練をしてからの朝食。起床もいつも通りバラバラである。

朝に関しては仕事の都合等もあり、厳しくしない事になっている。

エディさんも朝が早く、オレより少し遅いタイミングで部屋から出てきた。それでも、久し振りにゆっくり休めたそうで、顔色も良い。


「私も鍛えるぞ。ただの隠居になりたくない。」

「じゃあ、子供達と一緒にどうだ?」

「…バカにしてないか?」

「子供の訓練について来れたら、オレが付き合うよ。」

「言ったな?私を甘く見るなよ?」


腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべる。

が、その笑みはあっという間に後悔に塗り潰された。


「ひぃ…はぁ…ふぅおお…」


地面に両手両膝を着き、汗だくで息が上がっていた。


「エディ()()さん、もうちょっとがんばりやしょうよ。」


スタミナお化けの言葉に首を横に振った。

伯母さんは喋ることも出来ない様子。

エディさんを伯母さんと呼ばせているのは、カトリーナにとって手の掛かる姉のようなものという事だからだ。恐らく、歳は祖父母以上に離れているのだろうが、エディさんの記憶が60年を越えると危うく、それを考えると伯母というのが妥当だろう。

残念だが、ミルクやカトリーナと出会った頃の事もそろそろ忘れてしまうのではないだろうか…


「ビクター、その辺りで許してやれ。初日じゃこんなもんだよ。お前もそうだったろ?」

「へへへ。」


まだ小さなビクターの体には、無尽蔵かと思うようなスタミナが秘められていた。

ノエミもなかなかで、互いに高め合ってしまっている状況だ。


「椅子、出しておくよ。」


椅子を出すとヨロヨロと座り、全身を預けて息を整える事に専念した。

声も出ないんじゃ飲み物は無理そうだな…


「またスタミナが付いたな。」

「柊の姉上に鍛えてもらってやすからね。少しでも長く訓練をしたいので。」

「なるほど。その為の体力か…」


むやみやたらに走り込んでる訳じゃないんだな。


「あっしの生まれが大変だと、母上に口酸っぱく言われてやす。だから、同じ身の上のノエミとジェリーを守れるようにならないと…」

「そうか。」


ビクターの頭を撫でると、驚いた様子でオレを見る。そんなに意外か息子よ。


「じゃあ、オレはしっかりお前を守らないといけないな。お前を守らないと、二人を守る大事な役を任せられるヤツが減ってしまう。」

「父上…」

「その思い、大事にしろよ。

守りたいものがあるヤツはだいたい強くなれるから。」

「はい!」


普通とユキというか、北方独特の喋り方が混在するビクター。油断すると普通になるからこっちが素っぽいな。

労い終えると、嬉しそうに子供達の所へ戻っていった。


「ちゃんと父親してるな。」

「母達からはもっと面倒見ろと言われてるけどな。」

「我等は背負った物が大きすぎる。家庭はどうしても疎かになるよ。」

「そうかもしれないな…

エディさんは子供作らないのか?」

「体が子供のままで作れない。

作れるなら私を娶ってくれたか?」

「エディさんがその気なら。」

「…バカ者。もうちょっと言い方があるだろう。」


呆れ顔のエディさんにイグドラシル水を差し出すと、酷い顔で吹き出した。

やっぱりディモスには不評だなぁ…





しばらく、日の高い内は情報収集を行う事になり、オレとソニアは図書館で文献を、フィオナと遥香は総領府やギルドに当たってもらうことにした。

事前にルエーリヴで調べたのと大差がない情報で、オレとソニアはタメ息しか出ない。


「北方は野菜が美味しいくらいか…」

「そういう旅もあるのですね…」


食い倒れ旅行記はなかなか面白い内容であった。ただ、100年ほど前のものであり、やや参考にしにくい。

魚も多く獲れるそうだが、波に魔物にと命懸けのようだ。海底にダンジョンがあるので、船も必要だがどうしたものか。

ゲームの時は無課金用の小舟で挑んだ場所で、他に船の用途がない課金の巨大帆船は完全に趣味アイテムだった。木工ギルドが三段櫂船とか、ガレアス船とか作っていたのも懐かしい。ただ、ユーザーメイドは耐久度の関係で、到着と同時に海の藻屑になってしまい、自虐で沈没船を作るとか言っていたものだが…


「船も欲しいがどうしたものか…」


流石に我が家の発明家達にも、造船は無理だろう。牽引用の浮遊車も、箱が浮き沈みと風の噴射の強弱だけで動いてるだけだ。


「船、ですか?」

「北の果ての辺りの海底にダンジョンがあると踏んでいる。」

「えっ!?」


人が少ないとはいえ、大きな声で注目を浴びたので、ソニアと一緒にペコペコと頭を下げる。


「お兄様、そんなの初耳ですわよ…?」

「最悪、浮遊車から飛び降りれば良いしな。」

「きっと、ハルカが怖い顔をしますわね?」

「だよなぁ…

子供が真似するとか言われそうだ。」


オレが体を張る時の遥香が怖くて仕方ない。前科がいくつかあるからな…


「バニラ、梓、聞きたい事がある。図書館だから静かに答えて欲しい。」

『おねーちゃんは手が話せないから私が答えるよー?』

「船は無理だよなぁ。」

『例のダンジョンでしょ?浮遊車から飛び込めば良いんじゃないかなー?』


梓も同じ意見のようだ。


『でも、将来的に違う大陸も目指すでしょ?飛んでいくのも良いけど、魔石結晶がどれだけ必要になるか分からないし、やっぱり外洋に出れる船は欲しいんだよねー』

「そうだな。北と造船、両方の情報を集めることにするよ。」

『あー、造船は私のツテに当たってみるよー。こっちに居るはずだし。』

「そうか。他に予定がある訳じゃないからタイミングは任せるぞ。」

『わかったー。じゃあ、私も作業がまだあるから。』


通話を切り上げると、ソニアが難しい顔をしてオレを見ている事に気付いた。


「外洋とは?」

「陸から大きく離れた海、くらいで良いと思うぞ。」

「海と言ってもよく分かりませんわ…

エルディーにはありませんし、森の南部も素通りですので。」

「それもそうか。

もう少し暑くなれば海水浴、というのも良いんだが。」


まだ夏には早い。南方はもう良い季節かも知れないが、東部に来たばかりですぐ移動という訳にも行くまい。


「北部もしっかり見たいからなぁ。一月かそこらで引き上げるのはもったいないし…」

「ドワーフの国にも参りますわよね?南部はその後でもよろしいかと。」

「それもそうか。造船や、外洋進出の知恵が得られるかもしれないしな。最悪、海のダンジョンも後回しで良い。」


バニラと梓に頑張ってもらう事になるだろうが、錬金術で貢献したいものである。


「この際ですから、海の文献も調べましょう。お二人の力になりたいですからね。」

「そうだな。北部よりは手掛かりがあるかもしれない。」


こうして、一週間に渡る、義妹との図書館通い生活が始まるのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ