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5話

一週間の再探索の後、バルサス大峡谷とお別れする。

新たな収穫は多くないが、工廠エリアの機械を使い、まだ再現できそうにない部品や装置の量産を梓が中心となり、オレ、バニラ、ユキ、アンナも協力して行った。指定通りの操作ならなんとかなる。


再度、素体を見せてフリドガンデを誘ったが、今回も首を横に振られてしまった。頑固なお嬢さんである。

別れのお菓子と一杯のお茶に、満足した様子で見送ってくれた。


さて、次の目的地はエルフの森の東部だが、西部を通らずに南部を経由して行く事になる。

北部は状況が分からないし、西部とは関わりたくないというのが理由だ。恐らく、南部は気にもしない。


今回も助手席はバニラ。

横で何かメモを読んだり、書き込んだりしていた。


「なんだそれは?」

「報告書。昨日の魔法のレビューといったところだ。」

「オレには言わなかったな?」

「一緒に限界まで調整したもののレビューをもらっても困る。」

「…散々使い込んだからな。」


チェーンバインドの最適なバランスを求めて実験台になったようなものだ。効果はまずまずな上に、多用出来そうにないのが悲しい。


「なんでデバフはこんなに効率が悪いんだろうな…」

「知らない識別子があるんだろう。第2世代、第3世代の差はそれが顕著に現れていたからな。」

「魔法は奥が深過ぎる。」

「最強のユーザーが言うな。」

「最高のクリエイターに分からないんじゃ、恩恵に預かるだけのユーザーにはお手上げだよ。」


茶化し気味に両手を軽く挙げてみせる。

使う側は作る側ほどの知識は必要ないからな。

近年は作る側だったりする事も多いので、それをひしひしと感じる。


「消費者にも知識があれば問題点がより明確になる。互いに寄り添い合えれば最高なんだがな。」

「魔法はそういう傾向強い気はするな。イメージの為に術式の理解は必須だろう?」

「わたしのはそうでもないよ。基本的に魔力を流し切れば最低保証の威力は出る。流さなければスカだ。」


ミスや事故防止なのだろう。

流し切らなければスカは使う側としては分かりやすい。


「ああ、だからバニラの魔法は使いやすいってみんな言うのか。

0か1かなら、暴発の心配が少ないからな。」

「…そうだったのか?」

「なんだ、聞いてなかったのか?」

「…聞いてない。」


膝を抱えて顔を背ける。が、窓に嬉しそうな笑顔が映ってしまっていた。

全く、いつまでも子供っぽいところがあるな。


「でも、今日まで気付けなかったな…」

「父さんは魔力が足りないなんて事がないからな。逆にリミッターを設けているくらいだ。」

「何のために?」

「ミイラ男事件を忘れたとは言わせないぞ。」


そんなこともありましたね…

あれはメイプルの歌の検証をした時だったか。


「ラグナロクの絶大上昇効果で、魔法を扱いにくくしてしまう様だったからな。

わたし、リリ、ソニア、アリス、柊はリミッターを設けている。」

「遥香は無いんだな。」

「良くも悪くもバランス型だからな。何でも出来るが、どれも特化メンバーに及ばない。自覚があるかは分からないが。」


万能だが、特別ではないという事か。

まあ、あのレベルで何でもやれるのが特別とも言えるが。


「柊は?」

「ヘタクソが改善されない。

出会った頃のモーフィングが上手かったから才能を感じたんだが、アクアと同じパターンでイメージが作りやすかっただけなんだと思う。」

「あー、理想の体型を思い描いていたのか…」


それはそれでオレに真似はできそうにないな。

アクアの魔法は非常に安定しており、しっかりと形にはなるのだが殺傷力がやたら低い。逆に能力上昇などバフを使わせると、バニラに並ぶ程の効果を発揮している。

戦闘に加わる際は完全にサポーターとして頑張ってもらっていた。


「それと、セルフバフの反動軽減だな。

ラストアタックなら良いが、そうでないと致命的だ。自力で移動もできなくなる。」

「あったな、そんな事も。」

「10年前のディザスター戦は肝を冷やした。最後まで、父さんが気を抜かなかったから助かったような物だよ…」


後半はほぼアドリブだったからな…

オレにとっても苦い一戦だ。


「やっぱり、オレは前に立つよりバッファや後衛が合ってるよ。」

「でも、やっぱりわたしは父さんの背中を見て戦いたい。横に居て、任せてもらうのも嬉しいけどな。」


あまりにも良い笑顔で言われる。


「そうやってオレをたらし込むな。」

「えー?本音なのにー」

「梓の真似がビックリするくらい似ていない。」

「あの独特な喋り方は難しいな…」


音痴だからでは?という言葉をグッと我慢する。本人も気にしてるしな。


「大回りだから速度を上げるか?」

「そうだな。2週間は長いから、少しでもチビ達を退屈させずにやりたい。」

「その辺りは梓たちに頑張ってもらおう。」

「ノエミが無理な気がするな…」


母の気質がしっかりと受け継がれてしまった娘。気が付くと、玄関の柵と格闘していることが多かった。

遥香がノエミを連れていきたいと言った理由も分かるな…


「ノエミをいかに疲れさせるか、というのが旅を無事に進めるポイントになりそうだ…」

「遥香もいる間は大丈夫だろう。」

「また抜けると思うか?」

「…わたしは遥香を中心に、もう一組作った方が良いと思う。

ただ、みんな父さんと戦うのをあちこち回るのを楽しみにしてるし、みんな特徴があって替えが利かない。だから、分ける事が正しいか分からないよ。」

「そうだなぁ…」


バニラの言う通りだ。

分けるにしても、分けようがない。全員が自分だけのものを持っている事が難しくしていた。


「人が多くなったらなったで難しいな…」

「みんな、同じくらい大事にしているって事だ。悩んでいることを知れば、それはそれで喜ぶと思うよ。」

「複雑な気分だ。」

「まあ、じっくり悩んでくれ。東部まではまだまだ日数があるからな。」

「そうするよ。」


そんな感じで話をしていると、今日はレオンがノエミを連れてきた。


「おとーしゃま、あそぼー?」

「ノエミ、父上は忙しいからダメだよ。」


レオンが恐縮する感じで窘める。

なんだか、オレとカトリーナの息子とは思えない慎重さだ。

こう言ってはなんだが、オレもカトリーナも調子に乗りすぎる所があるからな…


「少しなら大丈夫だ。二人とも、入ると良い。」


バニラが気を利かせて入室を促す。


「では、失礼します。」


しっかり礼をして入ってくる。


「姉上、お飲み物はいりますか?」

「イグドラシル水をもらおう。父さんとノエミも良いな?」

「うん!」


ノエミが代わりに元気な返事をしてくれる。


「かしこまりました。」


綺麗に一礼し、小さいながらもてきぱきと3人分のイグドラシル水をグラスに注いで渡してくれた。このグラス、底にライトクラフトの技術が使われているので倒れない。だが、倒れない故にそのままでは飲めないので、折れ曲がった金属ストローを使っている。

グラスも金属ストローも、使う度に洗浄と浄化をしているので衛生的なはずだ。


「レオン、お前も自分のを用意してこっちに来い。」

「は、はい。」


緊張した様子で横に来たので、襟首を掴んで膝の上に座らせた。


「ち、父上!?」


甲高い声を上げ、困惑っぷりを隠せずにいる。


「どうだ、良い眺めだろ。向こうにはルエーリヴも見えているぞ。」

「は、はい…はぁ…」


大きく息を吐き、気持ちを整える。


「公と私を分けられる様にならないとな。

こういう時は、執事であろうとしなくて良いぞ。」

「はい…」


体が強張ったまま、緊張が取れない。なんでこうなってしまったのか?


「次男よ、おまえにとって父さんは何者だ?」

「え、英雄です。多くの偉業を成し遂げ、常に誰か、何かの為に尽くす誇れる父です。」

「そうだな。でも、それは一面だ。」


バニラがノエミの頭を撫でながらレオンに問う。


「この父は、皿洗いをさせると片付ける場所を間違える。ノエミを散歩に連れていくと、揃って泥遊びを始める。食事を作らせると、ジュリアが太る。

と、まあ偉大ではあるが抜けている。」

「ドロドロたのしいのにー」


流れ弾がジュリアに当たった気がするがまあ良いか。


「英雄スイッチの入っていないこういう時間は、レオンもちゃんと子供になれ。

そっちの方がお互い楽で楽しいよ。」

「姉上…」


とはいえ、いきなりは無理だろうから助け船を出してやろう。


「そう言えば、悠里がお前にドラゴンを倒すのは無理だとぼやいてたな。何でだ?」

「それは悠里がおっちょこちょいだからです。この前は石で転びそうでしたし、トイレも男女よく間違えていますから…母上もそうですけど。」

「アリスが聞いたら笑顔のまま固まりそうだ。」


言わないでやれ。犠牲者はオレで済んだのだから…

キャーと言われて反射的にキャーと言い返してしまったせいで、トイレから出たら変な空気になっていた…


「この辺りまで来ると、ルエーリヴがよく見えるな。」


ルエーリヴ付近を通ってからの南部へ、というルートなので徐々に近付いている。


「…住んでいる時はどの建物も大きくて、王都は広く感じましたが、外はもっと広いのですね。」

「そうだな。ただ、大きいのは大地だけじゃなく、人もだ。オレや遥香を越えるヤツもいるかもしれないな。」

「…想像できません。」

「息子にそう言われるのは嬉しいなぁ。」


頭を撫でると、ようやくリラックスしてくれたようだ。


「オレの名前で達成した偉業は多いが、中身は全部一家の協力があってこそだ。」

「ここ数年は、わたしがみんなに支えてもらう事が多かったよ。」

「どんな大きな仕事も、みんなの支えあってのものだ。英雄は一人じゃなれない。」

「そうですか…」


レオンの表情をノエミと伺っていたバニラが見て、笑顔で頷いた。


「レオン、なりたいもの、目指したいものを心にいくつでも良いから抱えておけ。何を目指そうと、誰かに迷惑を掛けない限りは応援するから。」

「ああ。道を間違えた時は、姉さんたちが殴りに行くから安心しろ。」

「はい。心得ました。」


バニラの言葉に苦笑いを浮かべるレオン。殴られたら、オレでも堪ったもんじゃない姉ばかりだからな。

もう一度、目に焼き付けるかのように風景を見ていたが、眠ってしまったノエミを回収してもらう為に母を呼びに行ってもらった。


「レオンが嬉しそうに私を呼びに来ましたよ。旦那様、いったい何をしたのですか?」


バニラに代わってノエミを抱くカトリーナに尋ねられる。


「膝に乗せてちょっと話をしただけだよ。何者にでもなれるって。」

「そうでしたか。少し、仕事を厳しく教えてしまいましたからね。」

「ああ。見事な給仕だったよ。あれは将来間違いなくモテる。リリやアクア辺りが狙っても不思議じゃない。」


バニラ、それはえらい姉さん女房になってしまうが大丈夫か?


「そうですか。一芸としてこの先も磨かせましょう。」

「まだ、ほどほどにな。」

「心得ておりますよ。」


オレの言葉に苦笑いするカトリーナ。

つい、仕込みすぎたのだろう。仕込まれたレオンは、オレに苦労の成果を見せて褒めてもらいたかったのかもしれない。


「そろそろ、昼休憩にするから座席に戻ってくれ。」

「かしこまりました。では、また後程。」


ノエミを抱えたまま軽く礼をし、カトリーナが去っていった。


「レオンを久し振りに褒めたんじゃないか?」

「あー、そうかもしれないなぁ…

本当に小さい時は、毎日何か褒めてた気がするから、その気になっていたのかもな…」

「褒め慣れた、というのは良くないぞ?これからはなんだかんだで一緒にいる時間が増えるから、ちゃんと褒めてやらないとな。わたしもだが。」


二人揃って苦笑いをする。


『子育ては難しいな。』


二人揃って、同じ感想を口にしたのだった。


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