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4話

5分掛からずに準備を終え、3分掛からずに配置についた。


装備はオーバーマテリアルシリーズと名付けられた、より魔力を詰め込み強化された素材の物に更新してある。錬金術による物質強化の賜物だ。

魔力により物質の構成がどうにかなって強くなるという仕組み。正直、作ってしまったオレもよく分からない。バニラをどうこう言えないな…


とはいえ、このままではアンティマジックにすこぶる弱い。破損の可能性もあるという事で、オーバーマテリアル化したレッドメタルの粉末を樹脂などと合わせ直接、または防具の上に身に付ける金属糸、革、繊維に塗布等して使ったりする。

新たな装備といっても、元はオリハルコン、ミスリル、イグドラシル産素材なので見た目はよりデザインが洗練されたというくらいの違いと、レッドメタルコーティングでやや赤み掛かっているくらいのものか。

振り返ると、オリハルコン、ミスリル、イグドラシル産素材に至るまでが長かった…

元がかなり完成された素材であった為、長い失敗の繰り返しが続いた。それでも、オーバーマテリアル化に成功し、この大陸でこれ以上のものは作れないと梓の太鼓判を得る。新技術が登場したら分からないが。


「私は北に向かうから。じゃあね。」

「おい!」


また遥香に逃げられてしまった。

前回はロクに活躍できなかった相手と再戦の機会だというのに…


「ダメですぜ。せめてチビ達を守ってくだせい。」

「あぁー…」


逃げられたと思ったが、ユキが影から遥香を引きずり出して来た。無影の二つ名を持つスペシャリストは違った。まあ、そういう意味で付いたんじゃないだろうが。


「分かった。チビちゃんたちの所にいる。」


遥香もすぐに武装し、後方へと向かった。

見慣れたはずの白主体の装備一式も、久し振りに感じる。こちらも新素材に更新済みだ。


前衛はフィオナ、柊、カトリーナ。中衛はオレ、梓、バニラ。後衛はユキ、ジゼル、リリ。今回も狙撃にミスリル串を用意しており、柊も予備の一本を持たせている。ジュリアの側にソニアを置いた。

転生後もちゃんと子供が出来るという事を、ジュリアが証明したおかげか全員が転生済み。レベルも旧ヒュマス領攻略を手伝って130を越えている。


遥香の言う通り、嫌な感じはするがプレッシャーはかつてほどではない。

こちらが強くなった、というより、あちらが力を蓄えられていないのだろう。

戦い方は前回と同じで良いだろうと、事前の打ち合わせで決まった。


「始めよう。クエストスタートだ。」

『おー!』


前回と同じく、魔力弾で撃破地点まで釣り出す。魔力を食べられないように霧散させ、第一射。


「撃て!」


オレの合図で上空からヒルデが、後方からジュリアが正確に射抜いていく。今回は大きく外れる物もなく、触手対策で敢えて外してもらった数本以外はちゃんと本体に刺さっていた。


「ステップ1!」


【インクリース・オール】【バリア・フィジカル】


【グレートウォール】【人身御供】【シールド・エンハンス】


全員の能力と物理防御を上げるバニラ。

物理耐性を強化して、ダメージをスキルで肩代わりしつつ、城壁のようなシールドを展開する梓。


【サンクチュアリ】


リレーを通じて全てのミスリル串を中心に聖属性の場を展開する。

数にして30。前回の1/4ほどだが、効率的に刺さっているので問題ない。それに、今回は一つだけではない。


【チェーンバインド・ホーリー】


聖属性の巨大な鎖によって、胴体と触手を束縛し、完全に制圧する。

数は少ないが、その分だけ出力を上げたサンクチュアリ。そして、研究、調整、訓練を何年も重ねて来た新魔法によって、アビス・ディザスターは身動きが取れなくなった。

ただ、バニラも未完成と認めている魔法だからか消耗が大きい。サンクチュアリが減って余裕ができた分がゴッソリ失われている。


「ステップ2!」


バニラが宣言。これも今回は最初から決めていた。


【エンチャント・ヴォイド】【チェーンキャスト】

【エンチャント・ヴォイド】【鬼神化】

【ビッグバン・インパクト】


前衛の三人が全属性エンチャントでぶん殴ろうと一気に畳み掛ける。

チェーンキャストによって、一突きしたところでエンチャバーストを繰り返すフィオナ。

10年前は上手く使えなかったヴォイドを、アクセサリーの補助で行使するカトリーナ。

特別に調整された打撃用エンチャントで殴りまくる柊。ビッグバンと名付けられたが、実態は制御を放棄したエンチャント・ヴォイドだ。

徹底的に分析、対策し、こちらも10年間強化を行ってきた。死力を尽くしたかつての相手は中身が違うこともあり、今では完全に格下だ。


身動きがとれないままフルボッコにされ、一気にファイナルアタックモードに移行する。


「ステップ6!」


一気に段階を進め、作戦通りに前衛が下がる。


「ふん!」


柊だけ、特製串のリレー部分をアビス・ディザスターの大口に向けて地面に刺してから退いた。


【シールド・ブースト】


後続の攻撃魔法を強化するシールドを展開する梓。


【詠唱多重化】【ヴォイド・ブラスト】


ユキ、ジゼル、リリから合計9発分がシールド・ブーストを通し、ミスリル串のリレーから一条の虹となってアビス・ディザスターの大口に飛び込んでいった。


【シールド・スフィア】


最後は全ての魔法を解除してから、オレの魔法で全員を包み込む。


凄まじい大爆発が起こり、虹色の残滓が周囲に舞い散った。


バニラが風魔法で煙を散らす。


『敵の姿、見えないよ。』

「感知にも掛かりやせんぜ。」

「いや、居るな。」


オレの目にはしっかりとその姿を捉えている。怨霊と呼ぶべき者が残っていた。


『ワレラハサイコウヲ…ニックキエイユウヲタオシ…サイコウヲ…』


没落貴族のなれの果てのようだ。

10年前に、バニラとヒルデを襲った連中ということか?


【ホーリー・ブラスト】


弔い様がないので、普通のゴーストとして処理する。

ここはフリューゲルの土地で、ディモスは余所者だ。

側にあった、漬け物石のような魔石はしっかり回収しておく。


「いったい何が…?」


好奇心を抑えられなかったリリが尋ねてきた。


「ディモスの元貴族だよ。オレたちの生んだ変革の犠牲者かもな。」

「そう…でしたか。」


皆がタメ息を吐く。思いは様々だろうが、同情を口にする者はいなかった。


「さて、反省点はあるか?」

「私の覚悟の人身御供はいったい…」


苦笑いしながら梓が言う。

完封と言っても良い内容で、攻撃もさせなかったもんな…


「それがあるから攻められたのですわ。無ければ魔導弓と魔導銃でしたので。」


ダメージを肩代わりしてもらえる、という安心感は大きい。だからこそ、あそこまで思い切った全力攻撃が出来ていたのだ。


「あー。やっぱり一発でダメになっちゃったか…」


こちらのファイナルアタックを演出したミスリル串のなれの果てを見て、バニラが嘆いていた。


「あれだけの魔力ですもの。耐え切った事が素晴らしいですわ。」

「それもそうだが…

これは一点物だったからな。また作らないといけない。」


リレーには許容量と出力の調整が必要らしく、どちらが高ければ良いというものではないとの事。

これは完全に攻撃用と割り切ったのか、ロスを発生させないために、全てにオーバーマテリアルを用いた高級品だった。

残骸をしっかり回収するバニラ。残しておけるものじゃないらしい。


「こんなところで良いだろう。今日はここまでで各自休憩して良いぞ。」

「父さんはどうするんだ?」

「墓参りだ。」


笑顔でそう言うと、バニラは笑顔で無言のまま回れ右をし、同じ方の手足を出しながら去っていった。

おまえもまだダメなのか…




墓参りには前回来れなかった者達が揃ってやって来た。子供はノエミとジェリーだけ。

ココアと元幽霊のショコラも顔が渋い。

成仏出来ずに居続けただろうお前達が、何故怖がるのか?


「無事だったようだな。」


墓石群は無事で、相変わらずそこに鎮座し続けている霊魂が一つ。


「おお…本当に墓守りしてる魂が居やしたぜ…」


ユキにも見えているようで、驚いた様子で言う。

以前よりも、墓周辺の空気が清浄に感じる。自分の場として掌握したという事だろうか。


「ノエミ、友達になっても大丈夫なゴーストだ。」


そう言うと、ノエミが興味津々といった様子でフリドガンデに近付く。

ノエミの肩を叩き、事前に用意していたケーキを渡すよう促す。

これだけか?と言いたげにオレを見る。分かっています。ちゃんとお茶も用意してますよ。

アクアを見ると、頷いてからお供え物のカップを綺麗にしてから流暢にお茶を煎れ、オレが出したちょうど良い大きさのテーブルに置く。


「どうぞ、お召し上がり下さい。」


フリドガンデは頷いて一口飲み、手掴みでケーキをモグモグと食べ始めた。

両方とも味わったのかよく分からない早さで完食し、満足したようだ。

像が不意にぶれたかと思うと、周囲の清浄さが増す。これはどういう仕組みなのだろうか?


「私にも見えたわ…本当にそこに居たのね…」


驚いた様子でアリスが言う。

ビックリしたのか、ノエミ以外の子供たちが母の後ろに隠れた。意外なことに、アレックスだけはジッとその姿を見ている。腰を抜かした訳でもなく、ただ興味深そうに見ていた。


「少し綺麗にしていこう。10年ぶりだから、苔や落ち葉に雑草と酷い有り様だからな。」


流石にそこまで幽霊には手が出せないだろう。

子供たちには、今日までの知る限りの楽しかった事をフリドガンデの前で話してもらい、その間にオレたちは周囲をきれいに掃除した。

バニラさん、雑草抜きの魔法とか無いんですかね…


「わたしたちの様な魂が意外と多いのですね。」

「そうだな。イレギュラーな魂が各地に居るに違いない。」


ここまで、総じて執着があまりにも強いばかりに…という者ばかりに会ってきた。

やはり、良くも悪くも想いが強すぎ、それでいて何も出来ないことで闇を溜め、ボス化しているのだろう。

付いてきていたサクラを見る。

こいつもそういう何かがあったのだろうか?


『なによ?草なんて抜けるわけないでしょ。』

「いや、期待してないから。」

『それはそれで腹立たしい。』


面倒なお嬢さんである。


「魂が残るヤツは執着が強いな、と思ってな。お前は違うのか?」

『ダンジョンを生み出せてしまうと、もうかつてのとは別物になるの。私のかつてはただの獣同然だったから。

餓えと渇きを癒すことをひたすら望み続けた獣が私。それが転生してダンジョンコアになった訳。

発生条件は聞かないでね。私も気付いたらこうなってたんだから。』


世界の気まぐれだろうか?

まあ、答えが出ない以上、詮索しても仕方あるまい。

子供たちが話終えた所を見計らい、フリドガンデが何か口を動かして訴えた。


「ありがとう。楽しかった。と言っている。」


口の動きを読み、ヒルデが教えてくれた。

喜んでくれたと分かり、子供たちも笑顔になる。そこにはもう、目の前の友人に対する恐れはない。


「これからもここに居るのか?」


躊躇いなく頷く。


「そうか。では、次は私が話をしよう。なに、このたった10年の話だ。一晩あれば語り終える。」


迷惑そうな表情になるが、それほど嫌がってはいない。


「ヒルデ、オレたちはキャンプに戻ってるよ。」

「ああ。ゆっくり休むと良い。」


後はヒルデと二人きりにし、オレたちはキャンプ地へ歩いて戻る。

しっかり見えてるノエミだけ、なんだか名残惜しそうにしていた。


「おかえり。ちゃんと戦えたね。」

「封殺だったけどな。」

「…ちゃんと訓練してたんだね。そんな暇もないと思ってた。」


遥香が俯きながら、見込みが甘かったことを白状した。


「朝の訓練だけは欠かしてこなかったからな。

まあ、それ以外にも色々とやったさ。」

「デバフはいまいちって言ってたよね?」

「それは今もだな。あれ、めちゃくちゃキツかったぞ…」


MPリチャージのせいで体が重い。

ハンマーと剣を持って、触手と本体を叩いて斬った方が楽だった可能性もある。が、それは卓越したファイターだった場合で、そんな技術は備えてなかった。

カトリーナや柊のように、ビュンビュングルングルン動けないもんな…


「でも、お父さんらしい魔法だったね。みんなを危険に晒さず、確実に倒す。その為の魔法。」

「褒めてもらえて何よりだ。」


笑みを浮かべて背を向ける遥香。

やはり、一緒に行動はしたくないらしい。


「明日、出ていくね。自由に北部を見ておきたい。」

「一度、東部に寄っていく。向こうの家も整理が必要だからな。

やっぱり、誰かつけてくれ。お前の話し相手くらいにはなる。」

「じゃあ、ノエミちゃんを頂戴。」

「…お前。」

「そういう事だよ。」

「はぁ。痛い目見てからじゃ遅いんだぞ?」


タメ息しか出ない。どうしてこうなった?


「…私一人なら、どうなっても大したことないよ。」

「どうにかなる事がもう大した事だ。あんまり心配させないでくれ。」


今度は遥香がタメ息を吐く。


「お父さんは一家以外はどうでも良いの?」

「そこまでは言わないが、優先度は下がるな。」

「…なんで一家のみんなと同じ様に扱えないの?困っている人はいくらでもいるのに。」

「無理だからだよ。どんなに金があっても、どんな魔法が使えても、それだけじゃ無理なんだ。」


オレにしっかり体を向け、首を横に振る。


「そんな事ない。それで救える、救えた人はいっぱいいる。5年、それで多くの人を救ってきた。お姉ちゃんとは違って、外の人をたくさん救えた!」


声を荒らげ、主張する。

仲違いの原因はバニラだったが、それに対抗する為に動いていたのか…


「遥香、それじゃその場凌ぎなんだ。

どんな素晴らしい道具も、正しく使える知識、技術、手入れが出来ないとその場凌ぎだ。

ロードヒーティングを導入しても、次の冬は劣化して使えないかもしれない。ライトクラフトを導入しても、ルールが浸透せずに事故ばかりになるかもしれない。

ただ、物を与えるだけじゃダメなんだよ…」


聞いていたのか、バニラが姿を表し、こっちに来る。


「お姉ちゃん…」

「遥香、言いたいことは全部言われたからついて来い。」

「何?決闘?」

「バカ言うな。10年以上前からお前に勝てると思ってないよ。

壊れないロードヒーティング、ライトクラフトの自動交通システムの仕組みを教えてやる。」

「…分かった。」

「良いのか?」

「それは遥香次第だよ。」


二人が牽引車に入るのを見送り、外で見守ることにした。

テーブルと椅子を出し、卓上コンロを作り、お茶を煎れたり、つまみになる物を作ったりしながら待っていた。

やって来た悠里とジェリーにもお裾分けしつつ、悠里の独演会に適当に頷いていた。


「そしたら、ビクターったら私には出来ないと言うのですよ。私だってお父様の娘なのですから、いつかはドラゴンだって倒せるようになりますわ!」

「そうだな。オレとアリスの娘なんだから、いつか凄い魔導師になれるよ。」

「ジェリーはー?」

「ジェリーはどうだろうなー?まだ、何に向いているかも分からないからなー」

「わらしもおかーしゃまみたいにまどーぐをつくりたいのです。」

「ほう。魔導具技師か…」


ココアも何か作っていたが、明かしてくれなかったな。


「ぴかっぴかーのごーごーですごかった!」

「そうか、ぴかっぴかーでごーごーかー」


全く想像できない。いったいどんな魔導具だ?

そんな話をしていると、ゲッソリした顔で遥香が出てきた。そんな事だろうと思ったよ。

手招きして、空いている椅子に座らせる。


「…お姉ちゃん達、あんなに複雑なもの作ったんだ。」

「壊れないロードヒーティングは作れるが、自動交通システムはオレも一人じゃ無理だな…」


バニラも流石に一人では無理だと認めて、アリスとフィオナ、後輩にも協力してもらうくらいだったからな。

バニラも牽引車に鍵を掛け、こっちに来る。


「今日は悠里とジェリーが一緒か。」

「おねーしゃま、はるかおねーしゃまをいじめないで。」

「あ、いや、うん。すまんな、遥香。」

「ジェリー、私はいじめられてないよ。」

「そーなのでしゅか?」

「うん。そーなの。」


そう言って、お茶を一口飲み、カップを覗いた。


「お父さん、しばらくついていく。もっと色々と学びたいから。」

「ああ。みんなの助手として色々と学んでくれ。」

「はーい。」


遥香らしからぬ返事に娘二人はポカーンとし、その顔を見てオレとバニラは思わず笑うのであった。

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