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召喚者は一家を支える。  作者: RayRim
第1.5部
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番外編 〈魔国英雄〉はパーティーをサポートする

〈魔国英雄ヒガン〉


バルサス近くで一晩過ごした後、荷物は亜空間収納に片付け、フル装備で廃墟へと辿り着く。

今回のアタッカーは遥香と柊。梓はいつも通りのカバー役。オレとフィオナは前衛のサポーター。バニラには全体バッファ役と更にオレのサポートをしてもらう。狙撃役はヒルデとジュリア。ジュリアには、ソニアがサポートについている。

母親たちに来てもらっても良かったが、今回は留守番をしてもらう事にした。


「…そんなに荒れてないね。」

「あんなものが出てきたから全て破壊し尽くされたと思ったが…」


以前来た時と大差ない光景。雪が残っているくらいの違いだ。

守護者、というよりも、地縛霊のように思えるな。崩壊と滅亡に嘆き、これ以上の風化を求めない亡霊、といったところか。


『位置についたよ。』


ジュリアの狙撃ポイントは後方担当達が作った岩山の上。遺跡を見下ろせる高さ、位置となっている。

前回の襲撃班を想定した仕掛けも施すよう、事前に指導もした。

オレたちもここへ来るまでに、埋めてあるリレーのチェックをし、無事であることを確認している。昨晩の内に埋めた周囲のリレーのおかげで、廃墟全体が有効範囲になっている。

とは言え、それでサンクチュアリを使っても、密度が薄くなってしまう。やはり、串を撃ち込んで範囲を狭め、多重展開する必要があった。


「遥香、焦るなよ。機会はいくらでも用意できるが、お前の代えはいないからな。」

「うん、大丈夫。そういう気持ちはもう湧かないから。」

「まあ、気が昂るとオレも決着を早めたくなるからな。人の事は言えないんだが。」


苦笑いしつつ、予備のリレーを一つ埋めておく。バニラに頼まれたヤツだ。


「ふふっ。私たちもまだまだ未熟って事だね。」

「そうだな。英雄だ、法剣だと呼ばれても、本物の剣豪や剣聖には及ばないのは仕方ないさ。

その道に特化したヤツはやっぱり強いよ。」

「柊お姉ちゃんとか?

私、届く気がしないんだよね…」


そう言いながら、アッシュを出して周囲の様子を確認させる。

人を探すなら、これ以上の適任もいないだろう。


「そうだな。後はカトリーナもだ。

あの二人は、対人戦闘のスペシャリストと言っても良い。」

「お父さん、ゲームの時は強かったの?」

「そんな訳ないだろ。魔法が通じる相手にしか勝てなかったよ。」

「魔法が通じないってどういう事?」

「密着距離の攻撃魔法を斬り払ったり、避け切ったりするヤツがゴロゴロ居たんだよ…」

「えぇ…」

「あれは本当に恐ろしかった。チート…ズルやツールアシストならどれだけ良かったか。」

「…気持ちが分かる気がする。お姉ちゃんに触れた瞬間、投げ付けられちゃうんだもん。」


あれも本当に意味がわからない…

ただ触れただけなのに、次の瞬間には天井を見ているのだから。


「ゲームではカウンタースローって呼ばれてたな。やっぱり、似たことをするヤツが居たんだよ。手合わせする機会は無かったが。」

「そんなのが何人も居るとか怖すぎるよ…」


遥香の言葉に頷くしかない。あれを見たら、実際にやられたら、対人戦闘も得意ですなんて言えなくなる。


「ユキの影の利用とか、カトリーナのククリでの武器押さえ込みとかな。」

「私も必殺技が欲しい。」

「器用貧乏は魔法剣士の宿命だ。諦めろ。」

「…良い所無し?」

「あるぞ。」

「どんなところ?」

「何でもやれる。何処のポジションでも担える。これの良さは、リーダーを経験してれば分かるだろ?」

「あー、確かに。足りないポジションは私がやるって言えるもんね。」


誰もいなかったようで、アッシュは餌をもらうと影に戻った。


「そろそろ、オレとポジションを入れ替えるか?」

「そのうちね。大事な時に交替は事故になりそう。」

「後輩たちの春の遠征で試すと良い。」

「うん。そうする。」

「さて、バニラ、どうだ?」


リレーのチェックを終えたので、バニラに確認をする。


『リレーはバッチリだ。予備も問題ない。』

「柊、梓、フィオナ、準備は良いな?」

『ええ。完了していますわ。』


代表してフィオナが返事をする。


「ヒルデ、上からの様子は?」

『問題ない。雲もなくて最高の狩り日和だ。』

「ふふっ。そうだな。」


快晴。その一言に尽きる。


「では、始めよう。クエストスタートだ!」

『おー!』

『太古の魂よ!私の歌を聞けー!』


メイプルの『ラグナロク』に合わせ、遺跡の上空に巨大な魔力弾を作り出す。それに合わせ、遅れていたフィオナ達も合流した。

餌に掛かった様で、嫌な気配が地の底から這い上がってくるのを感じる。


「来るぞ。」


亀裂から染み出るように、溢れ出るようにアビス・ディザスターが姿を表した。

巨大な闇の膜を纏った、スライムのようなスラッグのようなそれは、あまりにも禍々しい。無数の触手が魔力弾に触れようとしたところで解除。


「ステップ1!」


【インクリース・オール】【バリア・マジック】


遥香と柊が前に出て、その後ろに梓とフィオナがついた。オレとバニラはその場から動かない。


【シールドスフィア】


オレは全力制御で動けなくなるので、バニラに防御魔法を展開してもらう。


「狙撃班、撃て!」


合図と共に空から、背後から空を裂きながらアビス・ディザスターに、エンチャント・ホーリーの掛かった串が刺さっていく。

正確なジュリアに対し、やはりヒルデのはぶれている。上空では、きっと悔しそうな顔をしているのだろう。


『撃ち切った!撤退する!』


的になる可能性のあるヒルデはさっさと引き上げ、


『再装填するよ!』


ジュリアは予備の20本を準備するようだ。


「ステップ2!」


今回は単純に作戦段階としてステップを決めた。

ここはオレの仕事だ。剣ではなく、杖を出して準備。


「指揮はバニラに移す!」


【サンクチュアリ】


宣言してからの魔法。

リレーを通じて、アビス・ディザスターとその周囲に刺さる串それぞれを中心に、光属性の力場が形成された。


『ヴオォォォォ!』


低い、体の芯に響く咆哮。いや、悲鳴。

纏っていた闇の衣が剥がれ、その中身が現れる。


『うっ…』


間近にいた遥香と、柊、そして、側のバニラが呻き声を上げた。

皮を剥がれた無数の顔の集合体。

それが、アビス・ディザスターの本体。


「あまり猶予はないぞ!」


バニラの檄に反応し、怯んだアビス・ディザスターに柊が飛び込む。遥香は躊躇って遅れた。

ホラーが苦手なのを軽んじてしまったな…


【ハードインパクト】


強烈な一撃でアビス・ディザスターが歪む。

中は空洞の様なので、打撃はどうにも効きが悪い。


【エンチャント・ヴォイド】【バースト】


遥香はヴォイドを付与した剣を突き立て、即解放。逆側に向かって巨体が大きく膨らんだ。

だが、衝撃で無数の頭と共に、串がはずれて闇が再生を始める。


「バニラ。」

「二人とも、離れろ!飲み込まれるぞ!」


再生の見えていなかった二人が慌てて離れ、こちらへ戻ってきた。


「効いたの?」


頷いて返事をする。

残った部分を維持するために、あまり喋れない。

柊は手応えが無かったのを感じ、悔しそうな表情だ。相性の問題は仕方ない。


「来るぞ。」


【シールドスフィア】


梓が前に出て更にもう一枚。

触手から無差別に破壊するかのように、闇が放射される。

オレたちは魔法で守られてなんともないが、外は大惨事となっている。

被弾した所は朽ち果て、風化し、崩れ去る。

まるで、崩壊が加速したかのような攻撃だ。


「時間を吸ってる?」


バニラがとんでもない事を言い出した。

まずい。その解釈は…


「お姉ちゃん、後にして。」

「あ、うん。そうだな。悪かった。」


遥香に思考を止められ、戦闘に意識を戻す。

優秀な妹がいて助かったよ。


「あれは被弾出来ない。どうする?」

「魔導弓で狙うよ。フィオナ。」

「分かりましたわ。」


武器を切り替える遥香とフィオナ。

その間にジュリアから援護の第2射。

半分がヤツに突き刺さり、半分は体を細長くすることで避けてみせた。器用な事をする!

だが、しっかりと刺さろうが刺さるまいが関係ない。


【サンクチュアリ】


更に多くの串に魔法を流す。

頭が痛くなってきた。120本。ここらが今の限界か。

再度、光属性の力が闇を吹き散らす。


だが、ここで想定外の行動に出られる。

アビス・ディザスターが突進を繰り出して来た。


「んぐうっ!?」


ほぼ魔法でとはいえ、巨体を受け止めてみせた梓に反動が襲い掛かった。


【リザレクション】


ダメージをほぼ肩代わりした梓を、バニラが回復する。

あの一撃、よく耐え切ったな…


【グレートウォール】


強力な物理耐性魔法も梓に掛ける。

闇の剥がれた触手を叩き付け、シールドスフィアを割ろうとする。だが、耐性を強化した梓の防御は崩せない。


【エンチャント・ヴォイド】

【エンチャント・ヴォイド】


二人の放った魔導弓の矢が当たる度、表面の頭が吹き飛ばされていく。だが、大きさに対し威力が足りない。

触手が更に伸び、伸びた所はサンクチュアリの影響から外れる。これはまずい。

体当たりといい、触手延長といい、想定を越えた動きをしてくる!

更に触手の数が増え、叩き付けの頻度が上がる。初擊程の威力は無いが、体当たりも繰り出している。


「これ以上は…!」


苦しそうな梓。オレもサポートしようにもサンクチュアリで手一杯だ。


【シールドスフィア】


フィオナが独断で攻撃を止め、防御に回る。

判断は悪くない、悪くないが…

いよいよ、梓のシールドスフィアが割られる。

スキルで自分の体力とシールドスフィアを連動させているため、梓が力尽きてその場でへたり込み、慌ててポーションを飲み始めた。


だが、それを待つアビス・ディザスターではない。大口を開き、恐怖のファイナルアタック、通称『終末の光』がチャージされ始める。

説明はしてある。だが、サンクチュアリの維持で指示が出せない。


「姉さん!」


数本まとめた串を担いだ柊が落ちてきた。


「私の魔力を全部預けるぞ!」


【エンチャント・ヴォイド】


バニラの全力エンチャント・ヴォイドがリレーを通して串に付与され、掛けたバニラはその場で前のめりに倒れた。


「これで決めて!」


【インクリース・オール】


遥香が柊にバフを掛ける。

魔力の密度が今までと段違い。遥香も全力のようでへたり込む。


【フィジカル・バースト】【闘気】【鬼神化】


徹底的に自己の身体能力を向上させる柊。

パワーに服が負け、袖が弾け飛ぶ。

構えてすぐ一歩、狙いを定めるかのように一歩、そして、


「うっっあ゛あ゛ああぁ!」


溜めたパワーを解放する大地を踏み割る一歩と共に、串をアビス・ディザスターの大口目掛けて投擲した。


【バースト】

【シールドスフィア】


バニラは魔法を解放、オレは全てのサンクチュアリの制御を切り、柊一人だけを守る。


アビス・ディザスターの内部で大爆発が起きた。

爆風がオレたちにも牙を剥くが、シールドスフィアは破れない。

誰も、何も言わず、様子をうかがう。

倒れているバニラの頭に、マジックポーションを掛けておいた。少なくとも、枯渇状態は回避される。


『まだ生きてる!』


ジュリアが警告する。動けるのは…オレだけか。


杖をしまい、剣と盾に持ち替えて、バニラと同じく前のめりに倒れている柊を通り過ぎる。

柊は筋肉が力尽きているだけの様子なので、後回しだ。


『ワレラハ…ソラヲスベル…タミニシテ…カミノ…ダイコウシャ…』


煙の向こうから声が聞こえる。


『ああ…そんな…おまえだったのか…』


悲しそうな声でヒルデが通話器を通じて話す。


『ワレラハ…ダイチニヒカリヲ…チツジョノ…ヒカリヲ…』


ヒルデの声は届いているのか?

いや、音を判別することすら出来ていないようだ。

もうそれは、生き物というには余りにも醜悪で、無惨な肉の塊と成り果てているのだから。


『モット…チカラヲ…!モット…ヒカリ』


剣を突き立て、魔法を発動する。


【エンチャント・ホーリー】


肉の塊は飛び散り、塵となり、声はしなくなった。

メイプルの演奏もここで終わる。


『済まない。同胞の始末をさせてしまった。』

「気にするな。こういう事はもう慣れっこだからな。」


さ迷い始めた魂を誘導してやらねば。

筋肉が眠りについた柊の元に駆け寄る。


「柊、よくやった。今回の最高の一撃はお前だよ。」

「あはは…」


体が動かせないようなので、オレの外套を着せてから、抱き上げて移動することにした。


「父さん、ちょっと恥ずかしいよ…」


笑顔だけ返し、抗議は受け付けなかった。


「しかし、これはアリスに叱られるぞ。」

「そうだよね…」


ぼろぼろの服を見て、タメ息を吐く。

なかなか際どく魅力的な肉体が…いかんいかん。

皆の元へ行くと、フィオナが処置していた。


「シュウ!」


処置を切り上げ、心配そうな顔で駆け寄ってくる。


「大丈夫だよ。筋肉が悲鳴を上げてるだけだから。」


ぼろぼろな見た目ほど、ダメージは無いのだろう。ほぼ自爆みたいなものだしな。


「父さん、リザレクションを掛けてやってくれ。筋肉が変な形で治ると大変だから。」

「そうだな。」


バニラの助言に従い、柊を抱えたまま、リザレクションを掛けてやる。


「な、何で下ろさないの?」

「そりゃ、今日のヒロインだからな。」

「えぇ…」


情けない今日のヒロインの声に、皆が声を上げて笑うのであった。




ヒルデ、遥香、ソニア、ジュリアと共に墓地にやって来た。

幽霊が近くにいることを話して以来、遥香がずっとオレと距離を取っている。そんなにオバケが怖いか…


「守るべきものはもう無いよ。だから、ゆっくり休んでくれ。」


オレの言葉に躊躇いを見せた後、状況を受け入れて魂は真ん中で鎮座した。

それでも、ここを守り続けるという事だろう。不器用なヤツだ。


「同胞達は任せるぞ。」


ヒルデの言葉に魂は静かに肯定した。

やはり聞き取れない名前だ。何と呼んだ?


「フリドガンデだって。」


察したジュリアが教えてくれた。姉妹揃って分かってくれてありがたい。

揃って死者に祈りを捧げ、オレたちは初回に拠点とした場所に戻ることにした。


「アリス、終わったよ。オレたちの勝ちだ。」

『そう!…ああ、良かった。』


感極まった様子で返事をしてくれる。大袈裟だな。


『みんな無事?怪我してる娘はいない?』

「満身創痍が何人かいる。

バニラは魔力切れを起こしたし、柊は筋肉を使い果たしてる。ジュリアもだいぶ手を無茶したな。」

「えっ!」


驚いた様子のジュリア。申告はしていないが、明らかに手を気にしているからな。


「皮が剥げちゃって…ポーション掛けたけどまだ違和感があるかな。」

「言えばヒールを掛けましたのに…」


てへへ、と笑って誤魔化してみせた。


「全員、ちゃんと生きている。欠けは無いよ。」

『そう…みんな、お疲れ様!』


安心した様子で、少し涙声で、アリスは皆を労った。

一先ず解散となった所で、ジュリアとフィオナを呼び止めた。


「いかがしました?」


不思議そうなフィオナと不安そうなジュリア。


「ジュリア、グローブを外してくれ。」

「…うん。」


意を決して見せた指は、骨が見える程に肉が抉れていた。

気密性の高いグローブで、血がなかなか染み出て来ない。恐らく、指がこうなってから予備のと取り替えたのだろう。


「お姉様!」


フィオナが慌ててリザレクションで治療した。


「えへへ…失敗しちゃって…」

「ソニアが泣くぞ。何の為に側に置いたと思っているんだ。」

「ソニアちゃんも、闇の攻撃で消耗してたから…」


こちらからは見えていなかったが、かなり猛攻に晒されて居たようだ。


「今回も大変な戦いだったが、みんな無事で良かったよ。」


オレたちは仮拠点に戻り、しっかり休む事にした。




その後、一週間掛けて調査と回収を終える。

最後にフリドガンデに素体を与えようと思ったが、本人は首を横に振って拒否した。

仕方ないので素体は回収して帰る事に。悪用されるのもつまらないしな。

パーツの作り方、実弾銃の設計図、新たな薬剤レシピなどなど、大量の収穫を得ての帰還だ。


一番張り切ったのは遥香。アビス・ディザスター戦で、さっぱり活躍できなかったのが理由だろう。

バニラは帰る頃には白髪が元に戻っていた。抜けた訳じゃないぞ、と再三の忠告を受けている。

あまり行動出来なかったのは梓と柊のフィジカルダメージコンビで、二人とも限界まで酷使した体が不調のままだった。

梓はすぐにでも物作りを、柊は反省を活かした修練をしたいだろうが、更に一月の休養を与えることにした。動きすぎなければ文句は言わない。

ジュリアもなかなか調子が戻らずにいる。

普通の弓も、バリスタも全く当てられない。極まった活躍の代償は大きく、弦が切れた際に指を引っかけたのがトラウマになってしまったようだ。オレにはちょっとアドバイスのしようがない…


「大丈夫。ちゃんと元に戻すよ。ちゃんと戻して一家で一番の射手に戻るから。」


精一杯の強がりに、オレはその手を握る事しか出来なかった。


「抱き締めてくれても良かったんだよ?」

「姉妹揃って既成事実の蓄積を求めるな。」

「ふふっ。」


だが、オレの言葉に従わず、弓と矢を放り出してオレに抱きつく。


「戻らなかったら責任を取ってね?」

「海の向こうも諦めるのか?」


上目使いでオレを見る。

ジュリアも手慣れて来たな…


「それは嫌だな。」

「だったら、元に戻すんだな。」


腰と背に手を回し、抱き締める。


「ありがとう…ヒガン。…ん?ちょ、ちょっと!ヒガン!?」

「最初の依頼の時のお返しだ。」

「ぐええ…中身が出ちゃうよお…」


潰れたクリームパンになる前に、ジュリアを解放してやった。


「ま、まさか、こんなタイミングでお返しされるなんて…」

「オレは執念深いぞ?」


タメ息を吐き、矢を回収して再び練習に戻る。


「見てて。」


集中して放った矢は鋭さがなく、的も大きく外れた。

やはり素人目にも分かるくらい、躊躇いと怯えがある。


「…はぁ。物語のヒロインみたいにはならないね。」

「そんなものより、ちゃんとヒロインやってるよ。」

「もう、そうやってすぐたらしこむ…」


頬を掻いて誤魔化す。

呆れた様子でふーっとタメ息を吐かれたが、決意に満ちた表情に切り替わった。


「でも、騙されてみるよ。私もヒロインになるからね。」


練習の再開を見届け、居間へと戻ってきた。

赤ちゃんエリアは様々な玩具で足の踏み場が無く、歩くのも一苦労だ。


「おほうはん。ほうはひひへ。」


悠里に頬を引っ張られる遥香が、交代を要求してきた。


「ああ、変わろう。」


四肢斬りと恐れられる白閃様も、赤子は苦手なようだ。


「頬が伸びちゃうよ…」


頬を揉みほぐし、そんなことをぼやく。

だが、その眼差しは慈愛に満ちている。

様々な経験を経て、生意気なクソガキは何処かへ行ってしまったように思える。


「ねえ、お父さん。私、旅をしたい。」

「唐突だな?」

「当てのない旅をして、この大地をもっとよく踏みしめたい。

慌ただしくて、空気を感じる機会って無かったから…」

「そうか。じゃあ、カトリーナを説得しないとな。」


今は息子の昼寝に付き合っているカトリーナ。

果たして、上手く説得出来るだろうか?

あと、娘よ、人の頬を引っ張って微妙な顔にならないでおくれ。お父さん泣いちゃうから。


「どういう条件なら認めてくれるかな?」

「魔国内だろうな。国外は情勢が不安定な所がある。」

「そうだね…」

「ちゃんと、通話器を持っていくこと。」

「うん。いつでも連絡が取れないと困るよね。」

「ヒルデも連れていくこと。」

「うん?」

「ちゃんと見てこい。お前たち二人の、今の故郷をな。」

「うん!」


嬉しそうに目を輝かせて頷く。


「ただまあ、もうちょっと待て。」

「なんで?」

「悠里達が自分で立ち上がる姿くらいは、ちゃんと目に焼き付けとけ。」

「あ、うん。そうだね。

五女たちの雄姿をちゃんと見ないと、もったいないもんね。」


そう言って優しく再び悠里を抱き上げる。


「どんな娘になるんだろう。お姉ちゃんみたいに偉そうなのかな。ジュリアみたいに控えめなのかな?」

「オレはお喋りになると思うな。」

「…誰もそんな事ないよね?

え、なにその笑顔!どういうことなの!?」


子供たちの為に、一家として冒険者の活動はここで一度休眠する事になる。

だが、子供達の育成事業、旧スラム地区の振興事業、発明品の開発、流通など、それぞれがオレたちの手から離れるまで続けていく。

まだ、オレたちにはやれる事もやるべき事もある。

それが終わるまで、10年の時を要するのであった。

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