13話
予定通り日の高い内に門へ辿り着き、いよいよ入都の手続きとなった。昼食も軽めに済ませたので、宿泊先を決めて食事にしたいところだ。
「24番の方々どうぞ。」
いよいよオレたちの番だ。
手続きが必要なのは国外から来た者だけとの事なので、交通量の割に順番待ちは短かった。
奥の部屋に通されると、待っていたのは服装の感じが他と明らかに違うディモスの女性だった。背が高く、色々と大きい。
「おお…本物の美人メイドだ…」
というバニラの感想。
なるほど、メイドか。
「お待ちしておりました。詳細はエディアーナ様より伺っております。本日よりお世話をさせていただきます、カトリーナと申します。」
流暢な自己紹介とキレイな礼に思わず見とれて言葉を失う。
言葉を出せずにいると、バニラに脇腹を突かれて我を取り戻す。あぶないあぶない。
「何日もお待たせして申し訳ありません。メンバーを代表する…仮名ですがヒガンと申します。」
「仮名…ですか?」
「はい。ですが、ここまで来ればもうすぐ実名を明かせるかと思います。」
「では、他の方々も…」
「バニラです。」
「バンブーでーす。」
「り、リンゴと言います。」
「ストレイドです。」
それぞれが自分で名乗ると、カトリーナさんは覚える為にか何度か名前を繰り返す。
「覚えました。その時が来たら、ちゃんと本名を教えてくださいね。」
「それはお約束します。」
いよいよ入国の手続きに入る。
エディさんからの助言もあってか、色々と融通もさせてもらえた。名前の事はその筆頭だろう。
「住居の方は私がお世話をさせていただきます。広くはないですが、皆様に一部屋ずつ用意もしてありますから。」
それを聞き、三人娘の方を見る。
「三人とも大丈夫か?」
一番の不安はリンゴだが、リンゴだけに聞くと荒れそうなので三人に尋ねる。
寝るのはずっと三人一緒だったからな。環境が変わって一人でというのも不安だろう。
「うーん。あたしはちょっと不安かなー。リンゴちゃん、ちょうど良い抱き枕だったし。」
「今は良いですけど、夏が寝苦しそうで…」
抱き枕にしてたのか。
そのやり取りを見て、カトリーナがうなずく。
「わかりました。三人は同じ部屋が良さそうですね。」
「わ、わたしはひとりでも…」
「バニラちゃん。」
バンブーが有無を言わさない様子でバニラを見る。こういうのは初めてだな。
「…うん。わたしもみんなと一緒で…」
恐らく、人を見るという事に関してはバンブーがこの中では一番優れているだろう。前にストレイドの装備の調整をしている様子を見て、それがよくわかった。
男衆はと言うと、
「おまえは大丈夫か?」
「時々、ヒガンのイビキが気になってたからな。」
「えっ。」
オレ、いびきしてたのか…
「冗談だ。かなり気を使ってくれてただろ?一人部屋で良いよ。」
「お、おう…」
冗談か…冗談なのか?
なんだか上手く誤魔化された気分になりながら、話を進めることにした。何故、リンゴは目をキラキラさせているのか。
「では、住所の方はカトリーナさんと同じにしておきますね。
次は国籍についてですが…」
国籍の取得、永住権の獲得等の話を聞いたが、まだその時ではないと結論になる。活動して、他国に行ってから決めようという話になった。
職業は4人は学生で、オレは冒険者としてあちこち回ることになる。
発展はしているがダンジョンの発生は大きな課題となっており、抑制する手段はまだ見つかっていない。自由に動け、戦闘力もある冒険者という命知らずの需要は高く、花形の職業でもある様子。
準備があるので動くのはまだ先だが、オレだけ別行動ということになりそうだ。
納税は収入が発生した段階で行われるそうで、冒険者ギルド内で済ませてくれる。自分で計算しなくて済みそうで助かった。
装備の調達や調整をどうしようかと思ったが、学校の設備を使って良いそうなので、バンブーに頼ることが出来そうである。
住処はエディさんが用意した家へ、カトリーナさんに案内してもらえる事になった。恐らく、オレの部屋はほぼ物が増えないが、それでも帰る場所があるのは有難い。
手続きが一通り終わると、いよいよ入都だ。
あの見映えだけの城を出てから、ここへ辿り着くまで本当に色々あり、感慨深いものがある。
「『エルディー魔法国』王都ルエーリヴへようこそ。ここは全ての者に平等の機会が与えられる地。皆様のご活躍を心待ちにしております。」
係員のお約束の言葉で締め括られる。
ようやく辿り着いた達成感で、笑みが溢れるのを我慢できなかった。
ただただ広い、大きい。
それが門の内側の印象だった。
ゲームで散々見慣れた光景だが、それよりもまだ建物が大きい。行き交う人々の人種も様々だが、ヒュマスはほぼいない。そのせいで、見た目はヒュマスのオレたちは浮いてしまう…と思ったが、人が多すぎて誰も気に留めていないな。
「ヒガン様、威圧はできますね?」
「はい。」
感慨に耽っていると、カトリーナさんが耳元で囁く。こんな所で使うのはあまりお行儀が良いとは思えないが。
「では、全方位に最大出力でお願いします。責任は…エディアーナ様に押し付けますので。」
穏やかじゃない。
「大丈夫。皆様の尊厳は既に守られてますので。」
オレから微妙に距離をとっているのはそういうことか。
良いだろう。本気の威圧を見せてやろうじゃないか。
<告知。長時間の使用は対象の生命維持に問題が発生します。>
(構わん。最大出力全方位だ。)
威圧を有効化すると、周囲の空気が一変する。
意味が分からず錯乱状態に陥る者、その場で気を失い尊厳を失う者…大通りは大惨事に陥った。
「も、もう良いです…」
顔を青ざめさせ、苦しそうにカトリーナさんが言うのですぐに無効化する。
「行きましょう。」
オレ以外の全員が、微妙な表情で何も言わずに歩いていった。
歩き方が妙な感じなのは…それ以上は言うまい。
カトリーナさん宅に到着すると、真っ先に三人娘は風呂場に駆け込んだ。ストレイドもカトリーナさんと小さめの使用人用の風呂場へと通される。なんか色々と申し訳ない。
リビングで正座をしていると、真っ先に着替えてきたカトリーナさんがやって来て大慌てで立つように言われた。
「どうしてそんな格好なさってるんですか!?やめてください!」
「いや、申し訳なくて…」
「あれは必要なことだったのです。来訪者に目を光らせている者が居て、存在をアピールする必要がありましたから。」
「少し目立ち過ぎでは?」
「ですが、この国で実力を隠すのは得策ではありません。過小評価は活動に支障をもたらすだけでなく、トラブルの温床にもなります。
臨時で組む時、能力を過度に低く申請するのは他のメンバーを見下したいと受け取られますからね。」
なるほど。そういう感じなのか。
トラブル回避で過小申請はあったが、ここではそれもトラブルの種になると。
遊びではなく、命を懸けているのだからそれも当然だろう。貶める裏があると勘繰られる可能性もあるからな。
だが、過不足無い申請が必要というのは、実力主義の国らしく望ましい形だろう。
「恐らく、最初はヒュマスの見た目で侮られるでしょう。ですが、最初だけです。一度の証明で、侮りが過ちだったと分からせてやれば良いのですから。」
カトリーナさんもかなりのやり手なのだろう。マナーだと思い鑑定はしていないが、その立ち振舞いや話し方から強さを感じる。
「わかりました。」
差し出された手を取り、立ち上がる。
鍛え抜かれた力強く硬い手、それは平穏な人生を送ってきた女性の手ではなかった。
いや、スキルや魔法がある世界だ。そこに男だから、女だからは無粋の極みだろう。
「皆さんが戻ったらこれからの事を話し合いましょう。色々と話すことがありますからね。」
なお、今回の件は南門事件として、様々な創作で脚色され、後世まで語られることになったと付け足しておく。どうしてこうなった。
一度、亜空間収納から荷物を全て出し、必要なもの不要なものと選別する。
必要な物も必要な者が持つ、という事で全員が亜空間収納を整理することとなった。今まではオレが物資の一元管理をしてたが、いずれ別行動をするのでいつまでもとはいかない。
リンゴも習得出来ているがまだ容量が少ない。
習得に苦労しているのはストレイドだ。どうやら魔法そのものを疑っている節があり、意識の改善に苦労しそうである。元々、身体能力の高さが際立っていたが、これからはより顕著になるかもしれない。
適性や能力の状態についてはカトリーナさんと共有する事となる。精神面はともかく、育成の方向性は見誤っていないはずだと思いたい。
残ったのは錬金術や製薬の素材と木や岩ばかり。訓練用に木や岩の一部はカトリーナさんが管理してくれるそうなので、3割ほど任せることにして、残りは何か建てる時に使うことにする。
その際、難しい話は明日にした方が良いという提案を受け、それに従うことにした。
後は少し豪華な夕食を済ましてからオレだけ遅れて風呂に入り、長旅の疲れを汗と汚れと共に流す。住人用の風呂はビックリするくらい大きくて、一人じゃもったいなく思えた…
戻ってくると居たのはカトリーナさんだけで、何か紙に記している。そういえば、達成感で忘れていたが、入都の手続きも普通に紙だったな。ゲームは長いこと手紙は木だったり、皮だったりしていたが。
「お疲れ様です。」
声を掛けると慌てて立ち上がろうとするカトリーナさんだが、オレは立たないよう促す。
「気付かず申し訳ありません。時々、完全に見失うこともあるのでつい…」
スキルの訓練してる時だな。カトリーナさんが驚く瞬間があるのはそれでか。
「いえ、何かしてるようなら優先していただければ。」
「そうもいきません。お世話をするのが最優先ですからね。」
なかなか手強い。
お互いにそう思ったであろう瞬間、同時に笑みが漏れ、声を出して笑い出す。
「やめましょう。切りがないですからね。」
「はい。」
下手に出たがる者同士は大体こういうことになる。カトリーナさんは切り上げ方が上手くて助かった。ヘタ同士だと土下座合戦にまで発展するからな。
「記憶がないと伺いました。」
恐らく、オレに関して一番気になる部分だろう。単刀直入に切り出してもらえるのはありがたい。
「はい。」
変な隠し方も不要だろう。返事はシンプルにする。
「その、不安はないのですか?」
不安…不安か。
「自分の事に関しての不安はなかったのですか?」
「それはなかったですね。どちらかと言うと、他が若いので歳相応の振る舞いが出来ていたかどうか、皆を導けたかどうかの方が気になりますね。」
自分の事はどうにでもなるのであまり不安にならなかった。
「自分が何者なのかとかは?」
「うーん…?」
そんな事、考えたこともなかったな。
「この世界では、召喚者である以上の何者でもないと思ってましたから…」
「そうですか…」
オレの答えにカトリーナさんは大きなタメ息を吐く。
「いいですか。今のヒガン様は危うすぎます。
恐らく、放っておくと何処までも何処へでも行ってしまい、皆をすぐに過去にしてしまうでしょう。」
言われてその通りだと気付く。
この先を考えると、一月二月と戻って来れないのは当然だろう。それが当たり前になると、オレはここに戻って来る気になれるだろうか?
「私からの一度きりの大事なお願いです。」
カトリーナさんが真剣な顔でオレの手を握る。
「一ヶ月ここで暮らして下さい。そして、ここを我が家だと思ってください。」
「それは…」
難しいと言おうと思ったが、カトリーナさんは有無を言わせない顔付きだった。
一度きりの大事なお願いとまで言われたのだ。これはもう従うしかない。
「わかりました。」
すぐにでも冒険者として活動したかったがしかたない。それに、ここまで来て「はいさようなら」みたいな別れ方は無責任だろう。
「一ヶ月ここに居ます。色々と準備もしたいですからね。」
「安心しまし…」
「ママ…」
突然の声に、オレたちは喉から心臓が出そうなほどビックリする。ママ?
声の主は新品の寝間着姿のリンゴだった。
「あ、間違いました…」
間違いに気付いたリンゴが慌ててトイレに駆け込んだ。
「皆様、限界のようでしたから。それなのに中心だったヒガン様がすぐにいなくなるのは、あの子達にとって良くありません…」
ああ、そうだ。
無理をさせてきたのはリンゴだけじゃない。バニラ、バンブー、ストレイド、みんな無理をしてついて来てくれたのだ。今度はこっちが報いる番だろう。
「さっきは恥ずかしい所を…」
戻ってきたリンゴがペコリと頭を下げる。
「良いのですよ。ここはもうあなた方のお家なのですから。」
カトリーナさんが駆け寄り、リンゴの手を握る。
…ああ、これがこの人のやり方なんだな。
自分の手を見ながらそんな事を思う。
バニラとバンブーの手を握った時も距離が詰まったのを感じた。あれは意識しての行動じゃないのだろうけど。
「もうそんな他人行儀も必要ないだろう?」
オレもリンゴに寄り、視線を同じ高さにする。
「ヒガンはダメです。」
「えっ」
衝撃の一言が投げ返される。おじさん泣きそうだよ。
「あなたは私の越えたい目標です。家族になられると遠慮しちゃいますから。」
リンゴ…おまえってヤツは…
「泣いてます?」
「まだ泣いてない。」
このやり取りでカトリーナさんが笑いだし、釣られてリンゴ、オレと笑いが伝播した。
本来の自分に近い経験があったのかは分からないが、心に温かいものを感じる。
この感じ、とても良いな…