番外編 〈魔国英雄〉はエルフの森東部へ戻る
〈魔国英雄ヒガン〉
半日掛からずにエルフの森東部に到着する。
やはり、空を飛べるというのは移動する上で最高の手段だ。
今回はアリスを抱えての移動だったが、異常なくらいタメ息を吐くことが多く、一刻も早く目的を果たしてやらねばという思いが強くなる。
「冬場でもイグドラシルは青々としてるのね。周りはそうでもないけど。」
空を飛んでいても見下ろせぬ、青々とそびえ立つイグドラシル。周囲は季節相応に茶色が目立つが、雪は積もっていない 。
「雪がないだけで活気が随分違うな。」
「今やエルフ領は東部が中心だものね。その立役者として、この光景はどうかしら?」
冗談めかし、笑みを浮かべてオレを見上げる。
「本当の立役者はお前だよ。オレも、みんなも、お前に導いて貰ったようなもんだからな。」
「そうだったかしら?バニラじゃないけど、ただ出来る事を必死にやって来ただけよ。」
苦笑いを浮かべる立役者。
間違いなく、アリス抜きでは纏まれなかっただろう顔触れだからな。
「同じなのは名前だけじゃなくて、性格もだな。」
「でも、あんなに自信満々にはなれない。」
「そこがアリスらしさなんだろう。ちゃんと立ち止まって考えられる。あいつには、まだちゃんと出来ていない事だよ。」
上手く行っているから良いが、という事が度々ある。ライトクラフトの前身のジェットブーツは散々だったもんな…
それが、あの発明家気質を支えているのだろうが。
「そうね、私はもっとちゃんと考えないと。」
グッと顔の前で拳を握り、決意を新たにする。
「まだ、アリスとはちゃんと冒険をしていないからな。早く済ませて準備をしよう。」
「子供達が大きくなってからね。まだまだルエーリヴから離れるのは怖いもの。」
「そうか。」
「もう。そんな他人事みたいに…」
街から離れた所に着陸し、総領府に挨拶をしてから第二の実家に帰って来た。
「なんだか久し振りね。綺麗にしてあるみたいだけど、空気の入れ換えはしましょうか。」
アクアとメイプルが転生した時以来か。カトリーナとユキに仕込まれた二人の仕事は完璧で、変に汚れている所はない。
全ての部屋の換気をしていると、フェルナンドさんがやって来た。
二人が向こうの実家に挨拶してきたみたいだが、冬はこっちに居たんだな。
「話は通話器で妻から聞いている。短い間かも知れぬが歓迎するぞ!」
ガハハ、と豪快に笑うフェルナンドさん。この人の笑いはなんだかスカッとする。
「お世話になります。こっちは冬でも賑やかですね。」
「むしろ、冬だから、だな。エルディーの商人が各地に流れて来る。冬こそ彼らにとって、この先1年に備える重大な商売の季節なのだよ。
様々な新商品を広め、稼いで次に繋いでいるのだ。」
全てが、というわけでもないだろうが、納得する。
うちの発明家にも聞かせてやりたかった。
「お父様、いらっしゃったのですね。」
換気作業を終えたフィオナとジュリアもやって来る。
「二人とも元気そうで何よりだ。話は聞いている。思うようにやるといい。」
「ありがとうございます。」
「ありがとう。お父様。」
いったいどんな話をしたのだろうか。詳しく聞いてなかったな。
「アリス殿、座っていて構わぬ。体の事は娘から聞いておるからな。」
「それではお言葉に甘えて。」
立とうとしたアリスを制止して、座らせたままにする。
「他の冒険者の進行はどうなっていますか?」
尋ねたのはアリス。こっちでは中心になっていただけあって、他の動向が気になるようだ。
「70層に至る者が現れた。突破も時間の問題かもしれぬな。」
まだクリアはいないのか。
とは言え、邪魔にならないなら気にする必要もないが。
「ヒガン、早く終えましょう。道中は全力で良いわよ。柊に背負ってもらうから。」
「分かった。」
「フェルナンドさん、どうあろうとこちらで一週間過ごします。よろしくお願いします。」
座ったままアリスが頭を下げる。
「子供が気になるだろう。すぐに戻っても良いのだぞ?」
「それはあまりに不義理ですので。拾っておきたい物もありますからね。」
その後も少しルエーリヴの事を話したり、最近のここの流行りを教えてもらってから、フェルナンドさんを見送った。
「少し、丸くなったか?」
そうフィオナに尋ねる。
フェルナンドさんの豪快さはそのままだが、野蛮さは薄れた気がする。元々、野蛮とは言えない人ではあるが。
「町が潤っておりますから。大変なのは変わりませんが、発展していくのが嬉しいのでしょう。
それと、通話器のおかげで母と会話ができているのも大きいかと。」
奥方の影響もあったか。意外と可愛いところのあるフェルナンドさん。
今度、ハロルドさんを含めて父親会議とかしても良いな。母親会議は無理そうだが…
到着1日目はそのまま家で過ごし、明日からの戦いに備えることにした。
出発前にギルド出張所に顔を出すと、馴染みの受付嬢に驚かれながらも歓迎してもらえた。
「攻略法が確立されて、30層まではスイスイになりましたよ。とは言え、入場資格は今でも厳しく制限しておりますが。」
週に何人かチームに寄生してた者が、全く役に立たずに追い出されているらしい。
ただ、それは40層までで、そこを過ぎるとチームやパーティーとして出来上がるのか、追い出されたり揉めたりは減る。性格の不一致による揉め事や離脱までは無くならないそうだが。
「こちらが収集依頼リストになります。かつて程ではありませんが、高層の素材は引く手数多ですのでしっかり買い取らせていただきますね。」
「今回は余裕がないが、なるべく拾っておくよ。」
安請け合いのような気もするが、猶予はある。期間内に稼ぐのも良いだろう。
「では、いってらっしゃいませ。始祖様の加護のあらんことを。」
いつの間にか出来上がった定型文に笑みを返し、転移門の前で待っていた皆と合流する。
リストはアリスに渡しておいた。
「だいぶ素材の値段が下がったわね。まあ、それでも高額だけど。」
「取れるようになればそうなるさ。では、行くぞ。65層からクエストスタートだ。」
ここから二泊三日で突破を目指す。
久し振りの転移門に少し心が昂ってきた。
「では、エスコートよろしくね。旦那様。」
アリス用に調整された、戦闘にも耐える歩行補助器具のおかげで負担は少ないようだ。とは言え、長めの距離を突っ走る時は抱えることになるが。
「ああ。世界の果てだろうが向こうだろうが、担いででも連れて行くからな。」
「出来れば、もっと上品にお願いね。」
アリスの手を引いて転移門を潜ると、久し振りに訪れた65層は盛況だった。
「え、英雄!?」
「あ、アリス様も!」
「シュウ様とフィオナ様までー!」
「弓の女神までいらっしゃる…」
みんな大人気じゃないか。
こういう時、どうすれば良いんだ?
「みんな、頑張っているようね。
ここからが正念場。でも、あと少しよ。踏破に向けて確実に鍛えていってね。」
『はい!』
アリスがそう言うと、その場に居たミーハーな連中が目を輝かせて返事をした。
とは言え、全員が全員というわけでもなく、
「けっ。引退したんじゃなかったのかよ。」
「いつまでもお前たちの時代ではないと証明してみせよう。」
「あたしたちの方が強い…家族ごっこの一味になんて負けない…」
不穏な視線を向けてくるヤツも半分くらい居た。
「なんだか向こうに居た頃に似た視線を感じるよ。」
なんとなく、柊の立場が分かった気がする。
「ライバルが増えるのは悪いことじゃないさ。」
「ここまで来るなら、相応の理性もあるでしょうしね。」
「そう信じたい。」
歓喜と敵意を感じつつ、安全圏を抜けると大所帯が陣取って、準備をしていた。
「エルディー北部の冒険者チームよ。冬場は遠征してるって聞いてたけど、イグドラシルに来てたのね。」
横を通り過ぎようとすると、刈り上げの大男が道を塞ぐ。
「?」
脇を通り抜け様とすると手を出して道を塞いだ。
「お、おい!」
背の低い、飄々とした様子だった男が大慌てでやって来る。チームとしても想定外の行動だったという事か?
「…サインを下さい。」
止めに来た男がコケて、ヘッドスライディングをする。満点くれても良い見事なコケ方である。
「お、お前には『蒼天の鳳』の誇りは無いのか…」
コケた男が呻くように言う。
「それよりもこの機会を大切にしたい。シュウ殿、サインを頼む。」
オレでもアリスでもなく、柊だった。
「わ、私なのか…こういう時は漢字で良いのかな?」
「それっぽく見えて良いんじゃないか?」
投げやりに答える。オレはあまり無いが、求められたら漢字で彼岸って書くこと多いしな。
手渡された紙に、柊の一文字を亜空間収納から出した筆で書いて返す。
書道を嗜んでいるらしく、季節ごとに渾身の一枚を書いて飾っているのを見掛けていた。
「感謝する。」
「出来れば、もうちょっと分かりやすく呼び止めてもらいたかったよ。」
「…すまない。」
苦笑いしながら咎める柊の言葉に、強面が照れて緩んでいた。
「英雄さん方、呼び止めてすまんかったな。敵対する気は無いから行ってくれや。
娘さんにヤバいのがいるって噂は、オレらの本拠地にも届いているから何卒穏便に…」
遥香の名声?は方々に伝わっている様で何よりだ。
「娘たちには内緒にしておくわね。」
苦笑いして約束するアリス。
まあ、帰る頃には忘れてそうだが。
「だが、オレらにも誇りはある。地域でトップを張っているからには、いつかはお前たちを越える名声を得てやるからな。」
「ああ。その日を楽しみにしている。」
そう言って、右手を差し出す。
「…なんだ?」
「オレたちの故郷の挨拶だ。右手を出せ。」
困惑する男の右手を握り、軽く振る。
「握手と言うんだ。友好と信頼の挨拶だよ。
背負うものがあって、その為に頑張れるヤツは信頼できる。良い出会いがあったって娘達に自慢もできるよ。」
「そ、そうか。」
「うちの旦那様は男もたらし込むのね?」
『えっ!?』
慌てて同時に手を離すオレたち。
いや、そういう関係も悪くはないが、オレにそういう趣味は…
「冗談よ。じゃあ、行きましょうか。」
「お、おう。縁があったらまた会おう。」
「あ、ああ。いつか、どこかの空でまたな。」
フィオナとジュリアも向こうの女性陣と話していたが、こちらに合わせて切り上げてくれた。
気の良い連中と別れ、ここからスタートとなる。
「以前は考えられなかったやり取りね。」
「オレはなんだか懐かしいよ。こういうちょっとした雑談や交流をよくしたんだ。」
「ここ、実戦的な訓練場というのが正しいのかもしれないわ。」
「オレたちの目指す形だな。」
サクラとそろそろ方針を話し合った方が良いだろう。春以降、イグドラシルの様な階層型ダンジョンにするのも良いだろう。
「ま、それは帰ってからの話だ。
隊列を組め。警戒しろ。3日でオーディンに会いに行くぞ。クエストスタートだ!」
『おー!』
こうして、気温は真夏と変わらない、真冬のイグドラシル攻略が始まった。