番外編 〈魔国英雄〉は〈周回者〉を受け入れる
〈魔国英雄ヒガン〉
改めて、アクア、メイプルが転生した際の質問と答えのメモを眺めていた。
アクアはスキルとは何か、という事を尋ねていた。常に自分の技術と向き合うアクアらしい質問だと思う。
世界の恩恵、神の加護、好きな様に考えろと言われたそうだ。流石に不愉快が顔に出たらしく、オーディンは笑って訂正したらしい。
正しい答えは教えられない契約になっている、という事だそうだ。
それでも、答えられる範囲で答えてくれており、スキルを持たない者は、何かしら重大な事を犯した者か、その子孫であるそうだ。
ココア達が良い例だろう。世界を分けてやり直すなど、重大過ぎるレギュレーション違反だ。
出来るからやった、くらいの事は、アンティマジックの生みの親は言いそうである。
メイプルは、勇者という存在について尋ねた。
突拍子のない質問で、プレイヤーだったオレたちには考え付かない内容である。
勇者は存在するのか、かつて存在したのか、そして、何を成すのかと質問したそうだ。
この世界は勇者を認めていない、というのが答えだった。
勇者は神の代行者とも呼べる存在で、世界で唯一無二となるそうだ。
この世界の事はこの世界の者に、という原則があるようで、例え人為的に終末を作り出しても介入は無いそうだ。
仮に勇者が認められていたら、ヒュマスは滅亡することも無かっただろうと締め括った。
役に立ったかどうかは微妙だが、世界の神は住民に興味がないという事が分かる。
オーディンはなぜここまで肩入れしてくれるのか、という疑問は残ったが。
それに答えてくれたのはココアだった。
助力なしでは世界は暴かれる前に滅びを迎えていた、と言われるくらい現地人の基礎力が低すぎたそうだ。
イケメンなゴブリンから発展する様子がなく、このままでは世界を無為に存続させるだけと考え、召喚の叡智を与えたらしい。
オーディンは、そのペナルティでイグドラシルからあと1000年は出られないそうだが、ここからでも世界を眺める事は出来るので不便はないそうだ。
最初の召喚者は苦労しただろう…と、ゲームの初期を思い出してしみじみしてしまう。
話は聞かない、好き勝手する、纏まれない、イケメン、美女じゃなければ許さなかった、という評価を度々見たからな…
力を示せばわりと素直に従うので、それまでの辛抱だが。
しかし、ますます分からなくなるのはオーディンの立場だが…気にしても仕方ない。
水槽の中を眺める様に、時に餌をくれたりする様なものだろう。高位の存在でオーディンを名乗る何か、くらいが正しい気がしている。
「ヒュマスは設計ミスでもしたんだろうか…?」
極度の亜人嫌い、能力の異常な低さが今でも印象に残る。
あれでよくスタンピード潰しや、独立が出来ていたと不思議に感じるほどだ。もう調査も出来ないが。
仮に奴隷として生き残っていたとしても、あの亜人嫌いは危うい。子供の出入りが多い我が家では引き取れそうにないな…
答えの出ない謎は、謎のままにしておくしかない。
メモをまとめて亜空間収納にしまい、壁の地図を見る。
ヒュマスの首都から王都に来て、依頼で西の荒野の入口へ、次は南部の伯爵領へ行き、エルフの森の東部か…
こっちに来て5年目も近付いて来たが行けた場所は少ない。
そう考えると、今のタイミングで子供を作ってしまったのは失敗だった気もしてくる。我が子は全員かわいいのだが。
「失礼します。」
ノックして入ってきたのはココアだった。
オーディンの加護を得たようだが、見た目に変化はない。どうやら、転生はしなかったらしい。
「ココア、ちゃんと休めているか?」
明らかに疲労の色が見えている。一時期の梓よりはまだマシだが。
「…いえ、考えること、学ぶこと、練習することが多くて。」
「後でイグドラシル水を飲んでおけ。多少はマシになる。ところで、どうした?」
地図の前に行き、ある地点を指差す。
「バルサス大峡谷を調査した方が良いと思います。
あの転移門の様式、天空都市が由来の様ですので。」
ミルクの知識、オーディンの加護を得て以来、ココアは一家の知恵袋というポジションになってきた。
バニラや梓も、何かと助言を貰っている。
「そこから持ってきたか…」
「付近にも遺跡が多いそうですが。」
持ってくるにしても、中心まで入る必要は無い訳か。
「そうなると、連中を探すのは骨が折れる…」
「そうですね。」
こちらから仕掛ける事が出来ないのは歯痒い。
「…犠牲者待ちか。」
「そうなりますね。」
もう認めるしかあるまい。こちらから打つ手がないと。
異様な魔力の正体が気になるが、知っているのが遥香だけでは探すことも難しい。
コンクリートが魔力をかなり遮蔽できる、というのは収穫だがな。
「すぐにでも調査に行きたいが、一番大変な時期を放り出すみたいでな…」
「三人とも、旦那様を縛り付けておく方が心苦しいと思いますよ。」
「そうだと良いが、オレからは言い出せないよ。」
エレナさんに何を言われるか分かったもんじゃないしな…
「わたしも協力しましょう。いえ、わたしから提案をしましょう。
ライトクラフトがありますし、もう雪に閉ざされたから戻れない、なんて事もありませんから。」
「人選は絞られそうだな。ソニア、フィオナは連れていけないだろう。」
「柊様もダメですね。子供達の訓練相手は必要ですから。
バニラは大丈夫でしょう。」
「ようやく末っ子から解放された遥香は置いておきたいな。」
「意外と制限が多いですね…」
多くを得て、逆に縛られるようになってきた。
家族が増えるのは喜ばしいがな。
「会議の場で決めましょう。調査だけなら人数は多く必要ないですし。それと…」
なにやら紙を差し出す。
「これは?」
「携帯テレポーターの設計図です。使う者が現れたなら、秘しておく理由がありませんので。」
「テレポーターか。確かにあれば便利だが…」
「実はそうでもなくて、やはり一方通行になります。到着側の装置に見張りがいないと、転送事故の可能性を潰せません。」
帰り専用か。だが、それでも十分だ。
「ライトクラフトが無くても帰れるな。」
開発に苦労したバニラのむくれ気味の複雑な表情が、容易に思い浮かんだ。
「それはそれ、ですよ。バルサスのような場所を探索するのにも使えますから。」
「…なんとかバニラを宥められそうだ。」
オレよりもバニラの参謀にしておきたいが、ココアが嫌がる。重大な事を勢いで喋ってしまいそうになるらしい。そのせいか、最近は人数が多いと姿を見せなくなっていた。
…恐らく、そう長く生きるつもりもないのだろう。この無理のしかたはそう思える。
「なあ、ココア。もう少し、ゆとりは持てないか?」
「…わたしには目的がありますので。」
「それでもだ。お前が過労死すれば皆の心に影を落とす。」
「…申し訳ございません。気を付けたいと思います。」
「…おう。」
きっとその気はないだろう。これが理由で疎遠になるのは困る。
「まだ、人生は長い。少し休んでから次を考えてくれ。その調子じゃ頭は休まらないし、まとまるものもまとまらない。」
「ですが」
「頼む。」
「…もう断れないじゃないか。」
手を握ってお願いしたところで折れてくれた。
「そういうチョロい所、嫌いじゃないよ。」
「そんな言われ方は心外だ。でも、そうだな。おまえにはとことんチョロい人生だったのは否定しないよ。」
不満そうに反論するかと思いきや、照れた様子で答えた。こういう所はやはりバニラなんだなと思い知らされる。
「オレの何にそんな惚れたんだ?」
「山ほどある。山ほど見てきた。だから…」
「だから?」
「心が折れそうだ。もうやめにしたい。転生して、わたしもディモスになりたい…
わたしもおまえの側女になりたい…!」
オレに抱き付き、震える声で言う。
「こんな幸せな空間を手放したくない。否定したくない。やることがあって、やれることがあって、みんなが生き生きしていて…これ以上の幸せなんて得られない気がするんだ…」
黙って後ろ頭を撫でる。
「わたしも証明したい。冒険したい。バニラの様に戦える、役立てると知らしめたい…
幾ら歳を重ねても、未熟な自分の方が役立てるのは辛い…」
「ココア…いや、もう一人の愛璃珠。
オレはもう十分だと思っている。辛いことも多かったが、それ以上に楽しい人生だと思っている。これ以上を求めたら、酷い仕打ちを受けそうだよ。」
2度、3度と非力な手でオレの胸を叩く。全く痛くないどころか、衝撃も感じない。
「お前はそうやってわたしの決意を鈍らせる…!甘えさせようとしてくる…!
わたしがどんな思いで禁忌を犯したかも知らずに…!」
「そうだな…」
齢100を越える、25歳程度の肉体の女性の体を抱き締める。
とても小さく、とても脆い。力一杯なんて抱き締められそうにない。
「でも、頑張っているのは知っている。
毎朝、早くから研究し、復習し、毎晩遅くまで研究し、復習しているのを知っている。」
「…おまえは!おまえってヤツは!」
顔を赤くし、涙目になりながら怒る。
「誰もお前を非難なんて出来ない。これまで培ってきたもので、十分すぎるくらい一家に貢献してくれた。
メイプル、それにテレポーター。貢献し過ぎなくらいだ。」
「…タクミ。」
「そこまでだああっ!!」
盗み聞きをしていたのは分かっていたが、ようやくバニラがドアを勢い良く開けて入ってきた。
「おまえは本当に油断も隙もないな!?
子供ができて、もうそういう事はしないと思っていたが…」
「お前達の気持ちは分かっているからな。」
「余計に質が悪い!」
顔を赤くし、目を釣り上げ、むくれながら怒る。小さいのもあって、プンプンという表現がぴったりだ。
「わたしよ、どうするんだ?もう完全に女の顔になってるじゃないか…
自分のこんな顔は見たくなかったぞ…」
「もう良いかなって…いや、転生するにしても、もう一度最初から登り直さないといけないが。」
「そうなのか?」
「ああ。オーディンにそう言われた。」
「性格が悪いな…」
「わたしは事情が事情だからな。」
ヒントや加護の貰いたい放題になるから、せめてもの縛りか。らしいと言えばらしいが。
「本当に良いのか?生涯を懸けるんだろう?」
「検証もしておきたい。転生して、わたしにどんな変化があるのか確認したい。」
オレに抱きついたまま、視線だけバニラに向けて言う。
「…子供を作れるかも確認したい。」
「わたしを差し置いて!」
「わたしは100年以上我慢したんだ。それくらい許せ。」
この二人の言い合いは、見ていて不思議な気持ちになる。姉妹喧嘩とも、親子喧嘩とも違う。
「二人揃って受け入れる覚悟は当に出来ているよ。」
「おまっ…おまえ!?」
オレの言葉に間髪入れずに声を上げるバニラと、額を胸元に押し当てるココア。
この行動の違いが成熟度の差、かもしれないな。
「すまんな、わたしよ。ちゃんと報告書は提出するから。」
「そ、そんな報告書はいらないからな!」
テレポーターの設計図を差し出すと、バニラはふんだくる様に受け取り、ドスンドスンと足音を立てそうな歩き方で去っていった。
「…本当に良いのか?」
「もう決めた。どの道、またイグドラシルにいかないとダメだから、わたしの番は春以降になる。だが、少なくとも春までなら身籠る事が出来ないとも言えるな。いつでも、毎晩でも呼んで欲しい。」
「母も、子育ても放ってそれはエレナさんと顔を合わせられないよ…」
「…わたしもだ。」
そう言って、非力な体で力一杯体を押し付け、繰り返しキスをする。
それはバニラと同じ見た目とは思えないほど手慣れており、大きなギャップを感じた。
「今日のこの日の為だったと思えば、辛い経験も悪くない。」
「そんな事は言うな。」
「言わせてくれ。そうでないと3人と並べない…
並ぶ自信が無いんだ…」
今にも泣き出しそうな顔を一瞬だけ見せ、すぐに胸へ顔を押し付けた。
「みんな手強い。手強すぎる。
ちょっとでも多く弱味を見せて、同情を引かないとわたしを気に留めて貰えそうにない。」
「何言ってる。今じゃ一家の賢者じゃないか。
十分、強い手札を持っているよ。」
顔を向かせ、濡れた目尻を指で拭う。
やっぱり、似てるけど違う。バニラとも、ミルクとも。
バニラに比べて、だいぶ弱気な顔に見える。
「知識だけじゃ、VR酔いに怯えてたあの頃と変わらない。やっぱり、力が欲しいんだ。」
「お前が力を得たら、信心深いアリスが荒れそうだ。」
「…フォローは頼むよ。旦那様。」
もう一度濃厚なキスを求められてから、歳不相応の、少女のような笑みを浮かべ、部屋から去っていった。
…青春時代を犠牲にしていたのはバニラと一緒だもんな。
とても可愛らしいロリババアの感触を思い出すかのように、思わず唇を撫でてしまっていた。