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召喚者は一家を支える。  作者: RayRim
第1.5部
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番外編 〈魔国創士〉は四女とケンカをする

〈魔国創士バニラ〉


恐れていた事が起きてしまった。

テレポートの悪用は、わたしが最も懸念していた事柄である。これが魔導具技術の進歩を遅らせたと言っても良い。


テレポート自体は、式さえ描ければ誰でも出来ると言っても過言ではない。ただし、それは魔法をしっかり理解している事が大前提になる。間違っていれば「かべのなかにいる」という事になりかねない。

そして、一方通行しか出来ないという性質上、到着先が動かない、動かされない、邪魔されないというのも重要だ。上下ひっくり返っていたら、「いしのなかにいる」となる可能性もある。土なら自爆エア・ストライク一発でなんとかなるが、石は石を食べられるか、ダンボールのように壊せる怪力でも無い限り、呼吸が阻害されてほぼ復帰は不可能だろう。


この様に、扱い一つで大惨事に発展するテレポートだが、活用すれば流通や産業に更なる革命を起こせる。起こせるはずだった。

悪用する者が現れた以上、『テレポーター』を魔導具として流通させるのはわたしの代ではもう不可能だろう。考えていた案は放棄しなくてはならない。


便利で簡単な式ほど扱い方に慎重さが求められる。魔眼狩り一行は、妄執の為に魔導具の将来まで潰したのだ。その代償は払ってもらわねばなるまい。


「もう、あの人たちは逃げ続けるしかないだろうね。」


遥香が寂しそうに言う。

人となりを知りすぎたのだろう。いつものような鋭さが無い。


「遥香。」

「普通の人たちだよ。魔眼持ちを親の仇と思っていて、おばあちゃんとも家族のように話していて…」

「もういい、今のお前には荷が重い。」


私の言葉に眼を見開く。


「待って。大丈夫。戦える。戦えるから。」

「ダメだ、任せられない。

公になった時点で、フィオナに引き継ぐつもりだったからな。」

「どうして!どうしてダメなの!?」


立ち上がり、激昂する遥香。

もう4年近い付き合いだが、これは初めてだ。だが、引くわけにいかない。ちゃんと向き合わねばならない。

何事か、とメイドたちが覗きに来ていた。


「そんな状態だからだ。心が不安定なヤツに、こんなデリケートな問題は任せられない。」


わたしも立ち上がり、引かない。


「私が一番強くて、一番色々できて、一番戦えるのにどうして!?」


眉間にシワを寄せ、眼を見開いてわたしの顔に寄ってくる。普段はかわいい四女だが、これはちょっと怖い。


「その調子だからだよ。頭を冷やせ四女!」

「いっ!」


きれいな鼻をつまみ上げてやる。

痛がりながら顔を上げるが、眼鏡越しにわたしを睨むのを止めない。


「このわからず屋のチビお姉ちゃん!」

「いぃっ!?」


対抗するかの様に、わたしの左耳を捻り引っ張る。


「ふ、ふたりとも!落ち着いて下さい!」


アクアが慌てて仲裁に入ってくる。


「邪魔しないで!お姉ちゃんに分からせるまで止めないから!」

「おまえが分かるまでわたしも止めないぞ!」


我ながら情けないくらいの泥沼である。

だが、自棄になって好きにしろ、とだけは絶対に言えない。

それはきっと、この先何があっても遥香を止められなくなる最悪の答えだ。わたしも曲げるわけにはいかない。


「わたしは!おまえを心配して言っている!

おまえの心をこれ以上傷付ける訳にはいかないと言っているんだ!」

「私はなんともない!いくらでも戦える!」

「んぎぎっ!?」


次は髪を引っ張られる。

痛い!髪を引っ張るのはやめて欲しい!


「もう戦うフェイズは終わったと言っている!冷静になれ!戦闘狂四女!

調査し、各所と交渉する。そんなデリケートな仕事を、こんな不安定なおまえに任せられない!」

「っ!?」


更に力を入れて摘まむ。

驚いたのか、わたしを掴む力が緩み、頭を捻ってすり抜けた。


「押さえろ!」


わたしの声に従い、アクア、アンナ、ジュリアが遥香を組み伏せた。

力自慢の3人。流石の遥香もこれには敵わなかった様だ。


「分かってくれ、妹よ。おまえの気持ちも分かっているつもりだから。」

「お姉ちゃん…!」


眼鏡がずれたまま、しかめっ面で私を睨み続ける。

像が強烈に歪み、嫌な感覚が蘇る。

出来れば二度と味わいたくなかった感覚に、恐怖も合わさって吐き気が一層強まる。


「うぶっ…」


口を押さえ、その場でうずくまるしかなかった…




酷い姉妹喧嘩だった。

同時に、遥香とだけはタイマンで戦うまいと心に決めた。あまりにも相性が悪すぎる…


「おねーちゃん、気分は?」

「最低最悪だ。」


水を差し出す梓に答える。

末っ子と大喧嘩した結果、自室で介抱されるというなんとも情けない事になってしまった。


「全く。20歳過ぎてこんなケンカするとは思わなかったよ…」


姉妹喧嘩も久し振りだ。

向こうでは…最後はいつだったか?忘れたな。


「でも、ハルちゃんには良い経験だったと思うよ。多分、こういうケンカってしたことないんじゃないかな。」

「手の掛かる妹だ。でも、」


引っ張られた左耳をさする。

わりとしっかり引っ張られたせいで、エルフ耳になりそうだ…


「放っておけないから手が掛かる。まったく、かわいい妹だよ。」

「だよねー。私もそう思う。」


ニコニコ顔の梓に苦笑いを返すしかない。


「VR酔い、思い出しちゃった?」

「…とても怖かった。この幸福を手放すのかと思った。」


グラスを持つ手を梓が包む。


「大丈夫だよ。ちゃんとおねーちゃんはこの世界にいる。この世界で生きている。

魔導具と魔法で、たくさんの命を救ってきたおねーちゃんはここにいる。」

「そうか…」


照れ臭い。

ただ、役立つと思って作り、普及させた物だ。大した事の様に言われるのは恥ずかしい。


「遥香は?」

「謝っといてって。」

「まったく。あれも面倒な女だよ。」

「ふふ。おねーちゃんとは良い勝負かもねー」

「…若さゆえだ。」

「そういう事にしておきましょう。でも、」

「でも?」

「最初の大喧嘩の相手がおねーちゃんで良かった。私じゃケンカにならないし、柊ちゃんじゃ殺し合いになりかねないから…」


起きるべくして起きたケンカか…


「遥香もそろそろ思春期か…」

「だよねぇ…」


チビたちもいるから、グレてる暇もないと思いたいが…


「全能感もあるだろう。わたしも戒めねば。」

「そうだねー。実際、引っ張ってきたのはハルちゃんだし、分かる気もする。」

「同感だ。」

「お互い、ゲームとはいえ、組織を引っ張ったって自負はあるもんね。」

「そうだな。だから、しっかり締めるべきは締めないと。」

「うん。おねーちゃん、立てる?」


そう言って、梓が手を差し出してくる。


「謝るのは早い方が良いからね。」

「…ありがとう。」


この頼れる三女には、一生頭が上がらない気がしてきた。




遥香の部屋にやって来ると、明かりは消されて真っ暗だった。


「ハルちゃん、灯り点けるよ。」


灯りが点されると、ベッドで横たわる遥香の後ろ頭が見えていた。

部屋は…特に荒れた様子はないな。


「おねーちゃんが謝りたいって。」


もうちょっと、遥香を宥めてからとかに出来なかったのか…

いきなりは気まずい…


「その…すまなかったな。わたしも熱くなりすぎた…」


布団に潜っていた遥香がモゾモゾと動き、こちらを向いた。


「…私も言い過ぎたし、やり過ぎた。ごめんなさい。」


眼鏡の向こうは伏し目がちだが謝ってくれる。


「でも、一番強くて、一番色々と出来て、一番戦えるのは取り消さないから。」


一転して強い眼差しに切り替わる。

もうわたしにはメガネ越しでしか見れないが、遥香のそういう眼は好きだ。


「それはわたしも認めるよ。だからこの前の調査を任せたんだからな。」


他に適任が居なかったわけではない。魔眼メイド達だけでも良かったくらいだ。

だが、それだけでは心許ない。誰か一人、攻略メンバーを付ける必要があったのだ。


「でも、入れ込みすぎた。ばあさんの件は良いが、連中にまで同情したら戦えなくなる。」

「…うん。そうだね。」


横に座り、頭を撫でる。

柔らかい、色の薄いきれいな髪だけでなく、この四女は本当にわたしには無いものをたくさん持っていて羨ましい。


「連中が操られている可能性もある。言っていたことが嘘っぱちである可能性もある。」

「…うん。」


ちゃんと話を聞いてくれるのはありがたい。

全く聞き耳持たないのは、相手をする気もなくなってしまうからな。


「騙されたおまえの身に何かある、なんて事はないと思うが、心が必要以上に傷付くのは忍びない。」

「…うん。」


リナ母さんの過保護っぷりに呆れる事は度々あったが、わたしも大概である。

いくら大きくなっても四女のことがたまらなくかわいいのだ。


「後はお姉ちゃんたちに任せてくれ。フィオナならちゃんと対処してくれるから。」

「…わかった。」


返事をする遥香の目尻を指で撫でると、少し不機嫌そうになる。


「…泣いてないからね?」

「欠伸だったか?」


わたしがそう言うと、頬を膨らまし、再びわたしたちに後ろ頭を向ける。

後ろでニコニコしていた梓を促し、部屋から出る。


「お休み、遥香。」


静かにドアを閉め、わたしたちは居間に戻ることにした。

ずっとニコニコしたままの梓。なんだか不気味である。


「さっきからどうした?」


我慢できずに梓に問う。


「ユキちゃんもだけど、お姉ちゃんも手慣れてるなぁと思って。」

「全く話を聞かない妹が居たからな。それに比べれば、さっきのあれはかわいいもんだよ…」

「なるほど…

きっとお姉ちゃんと同じで、気が強かったのかも知れないね?」

「ココアはそう見えないが?」

「…経験の違いだろうねー?」


最近、あまり構ってやれていないが、ココアは大丈夫だろうか?

テレポートに関する話はしておいた方が良いかもしれない。


「長子は気に掛けることが多くて大変だねー」

「その分、妹たちにはしっかりサポートしてもらうからな。」

「お任せあれー。

フィオナやソニアちゃんも、喜んで協力すると思うよ。だから、作戦を練る時は呼んであげて。」

「一度、国を獲る算段をしてみるか?」

「おー、なんか面白そう。きっと、色々な弱点が見えてくるかもね。」

「そうだな。この件が片付いたら話し合ってみよう。」


二人でイッヒッヒッと、悪そうな笑い方をしてこの話はお終いとなる。

巻き込む人間は選ばないと勘違いされて大惨事になりそうだな。

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