番外編 〈白閃法剣〉はライバル達の戦いを観戦する
〈白閃法剣ハルカ〉
向こうの二人目は、私と同じ片手剣と盾。選抜決勝の3人目だ。
「ここで勝っても負けても3戦目はしますわよ。ちゃんと準備はしておいて下さいませ。」
フィオナの言葉に思うところがあったのか、少し怒気を感じる。
「火が着いちゃったんじゃない?」
「着けたのですよ。プライドがあるなら、気の抜けた戦いは出来ないはずですからね。」
「最初から言っておくのはダメだったの?」
「きっと気が抜けてしまいますわ。負けてもしかたない、と考えるのに十分な時間、戦いでしたから。」
「なるほど。」
みんなちゃんと考えてる。
私も戦うだけでなく、もう少し広く考えるようにしないと。
『準備は良い?』
「ええ。先手は譲りますわ。」
「分かりました。」
【インクリース・オール】
魔法で能力を向上させ、盾を突き出しながら一気に踏み込む。
そのまま殴り合うかと思ったが、どうやら違うようだ。
【サンダー・ストライク】
盾を影に剣を突き出し、魔法を放った。
なるほど。そう来たか。
だが、ソニアちゃんは読んでいたようで、発声無しの防御魔法、バリア・マジックで受け流してみせた。
これは今の私にはまだ出来ない。発声無しでは魔力が上手く形にならないのだ。
後輩は気にせずに距離を詰め、防御魔法を破るように剣を再び突き出し、魔法。
【サンダー・ストライク】
流石に、剣での突きが込みの二度は耐えられなかったようで、防御魔法が破壊される。
大きく距離を取り、棒を避雷針代わりにして凌いでみせた。
得物を手放したが、元々ソニアちゃんはアリスお母さんと同じ魔導師。そもそも、殴り合いはするべきではないポジションだ。
【エア・ストライク】
ただ離れるだけではない。距離を取りつつ、魔法で相手を更に吹き飛ばしてみせた。
だが、流石は魔法剣士。相手もしっかり発声なしの防御魔法で防いでみせる。この子、私より魔法も上手い。
防いだとは言え、体勢を大きく崩されなかったというだけ。だが、その間にソニアちゃんは棒を拾い上げる。ステータスアップ以外の優位性はこれで失われた。
再び魔法剣士の子が走る。だが、ソニアちゃんは距離を詰めさせまいと、魔法を放つ。
【ファイア・ファランクス】
お姉ちゃん製、対空用の速射魔法で迎撃。
だが、相手は怯まない。地に足が着いていれば、被弾の衝撃も大したことはないからね。
ファイア・ファランクスを越え、舞台の端付近にいるソニアちゃんに迫る。もう魔法の距離ではない。
「ふっ!」
後輩は飛び込むような低いジャンプをし、勢いに乗った強烈な一撃をお見舞い。
「やっ!」
だが、ソニアちゃんは棒で剣を持つ右腕を突いて防いだ。剣だけ宙を舞い、場外に大きな音を立てて転がる。
『おお…』
これには私もフィオナも声が漏れる。何度かやられたが、ステータス差でごり押せた一撃だ。
条件が同じならこうなるんだ…
ライバルの凄さを見せつけられた気がする。
後輩は武器を持たず、右手が利かない様だがまだ戦意は失っていない。その場で踏み止まった力を次の一歩への力に変えた。
「はっ!」
今度は盾をソニアちゃんにぶち当てる。が、受け流され、盾と棒での叩き合いの繰り返しになる。
やはり小さいソニアちゃんは殴り合いは不利。立ち回りは優位に見えるが、一撃の差が大きい。受けた時の反動の影響が明らかに違うのだ。
【フォースインパクト】
ようやく手の感覚が戻ったのか、剣を持っていた手に魔力を宿す。剣が無ければ殴れば良い、という姿勢は好きだ。けど、ソニアちゃんはそんなに甘くない。
【ハードインパクト】
魔法戦にはもうならないという事だろう。ソニアちゃんも棒に打撃強化を込めた。
盾で叩き、魔力拳で殴りを繰り返し、更にソニアちゃんを追い詰めていく。場外ギリギリまで追い詰め、あと一歩の所で後輩が大きく振りかぶり、拳を叩き込む。が、それは甘い判断だった。
「ふんっ!」
「はっ!」
拳をソニアちゃんの棒が突き返す。
痛みに耐えきれず、相殺による衝撃の処理が疎かになり、後ろに二歩、三歩と下がりながら、一瞬、ほんの一瞬、自分の手を見ていた。その瞬間、決着。
衝撃の処理が疎かになったのを見て、小さいソニアちゃんは盾の死角から背後に回り込み、構えている。
自分の手を見ていなければ、背は取られなかったのではないだろうか?
【ハードインパクト】
それは想像しない方向からだったのだろう。
信じられない、と言いたげな表情で、体当たりを喰らい、場外へと突き落とされていた。
『勝者、ソニアー!』
優雅に棒を回しつつ自分も回ってから一礼した。
舞台の下へ前のめりに落ちて、一回転して大の字になった後輩は、悔しそうにその姿を見ている。
ソニアちゃんはすぐに下に降り、怪我を治していくつかアドバイスをし始めた。
悔しそうに、泣き出しそうにしていたが、正座をして聞き、最後はそのまま深々と頭を下げた。
お互いに切り札を切らない戦いだったが、その辺は本人に聞いてみよう。
手の何度か握ったり開いたりさせ、大丈夫だと確認したところで戻ってきた。
「お疲れ様。私より余裕がありそうだね。」
「ご冗談を。必殺の突きを2発も打たせられたのです。くたくたですわ…」
私に寄り掛かる様に座り、目の回りをほぐし始めた。
的確に腕を突いた一撃の事だろう。思った以上に集中力が必要のようだ。
「ソニア、お疲れ。ハンデ装備を回収するぞ。」
「あ、忘れておりました…」
ブレスレット外すと、驚いた様子で手感触を確認していた。
「本当に疲れが吹き飛びましたわ。」
「それだけ成長してるということだよ。」
『動けない向こうの子達が不憫。』
私と相手をした子は寝ているように見える。この後、祝勝会があるから今のうちに休んでおきたまえ。
『すぐに始める?今回は特に準備ないし。』
サクラがこっちとあっちに確認する。
「私は構いませんわ。」
向こうも無言で頷く。
さあ、最後の3人目の試合の始まりだ。
片手剣と盾のフィオナに対し、相手は術師。
順番はソニアちゃんと逆の方が良かったのでは?と思っていると、
「これで良いのですよ。最初の子はハルカさんと、二人目の子は私と以外は相応しくなかったので。」
「お眼鏡に叶う戦い方だった?」
「もっと色々とやってくれても良かったのに、と思っていますわ。」
「…私もそう思う。」
ちょっと調子に乗ってしまった気がする。久し振り、というのは怖い。今後は気を付けよう。
「私もソニアに倣いましょう。先手はお譲りしますわ。」
【詠唱多重化】
インクリースではなく、単純に魔法の強化を選んだようだ。
身体能力を上げても勝てないと踏んだのだろう。注目の二手目は…
【フロストノヴァ】
【フロストノヴァ】
お互いにフロストノヴァを使った。
これはまずい!観戦する側としてはとてもまずい!
バニラお姉ちゃんが後輩側に行き、ソニアちゃんが他の子達をまとめる。
【ヒート】
私たちは魔法を発動し、凍えないようにした。
外套も羽織っておこう。
お姉ちゃんたちは毛布を用意していた。
舞台の中心はいつものフロストノヴァと様子が違う。荒れ狂う猛吹雪だったのに、風が全く吹いていない。それなのに、空気が凍てつき、私の回りにも霜が生まれ始めた。
『ひぃぃ…これは想定外よ…極地よりずっと気温が下がっちゃってるじゃない…』
どうやら、お父さんが越えられなかったものを、二人は越えてしまったようだ。
サクラの動揺などお構い無し、二人の戦いが始まった。
低温下はフィオナ以上の人はいないと思っているけど、対峙してる子はどうかな?
全く動じている様子はないあたり、とても頼もしい。
『他に波及するのを防ぐのに、リソースがどんどん奪われてる…早い決着を願うわ…』
ゲッソリした表情のサクラ。せっかく貯めたのに、こんなことで消費されるのは堪ったもんじゃないだろう。
【アイス・ブラスト】
【バリア・マジック】
避けさせない。そんな意志を感じる後輩の攻撃。フィオナは防御魔法で凌ぐことをえらんだ。
青くなったのはサクラ。
舞台からを越えると魔法は散らされるが、空気が冷えるのはどうしようもない。更なる冷気がフロア内に溜まっていく。
【バリア・マジック】
後輩が防御魔法を展開するのと同時に、ぶつかった魔導弓の矢が散る。
アイスブラストの地吹雪が消えると、いつかやった様に、盾を氷の柱で固定していた。
後輩もフィオナを確認するより早く、長杖を氷で固定し、腰の短杖を手にする。最初からこうなると読んでいたのかな?
【集中】【インクリース・マジック】
ここでようやくフィオナは能力向上。
【アイス・ストライク】
多重化と持続発動による圧倒的な数。当然、威力もある。これを凌ぐのは厳しい。
だが、フィオナは全く動じない。勝ち筋が見えているのだろうか?
【ゴーレムバスター】
聞いたことのない魔法が発動され、フィオナの前に魔法陣が展開されたところで、中心に向かって射る。
魔法陣を通った細い魔法の矢が巨大になり、氷の礫を飲み込んで相手のバリアに激突。
『ひっ!?』
寒いのか、私から離れないサクラが轟音に耳を塞いだ。
この強烈な一撃を後輩は凌いでみせる。それに、お互いに攻撃を止める気配はない。
【ゴーレムバスター】
フィオナがもう一発撃ち込むと、同時にフィオナのバリアが破れるが、相手の体も場外に吹き飛ばされていた。
単純な力比べはフィオナに軍配が上がった。
『しょ、勝者、フィオナー!』
震えながら勝利宣言をするサクラ。
【アンティマジック】
フィオナがフロストノヴァを解除すると、吹き飛ばされた後輩に駆け寄り、治療とアドバイスをしていた。
勝敗の差はなんだったのだろう?
「密度の差だな。後輩は広く、フィオナは攻撃も防御も範囲を絞った差だろう。
広くすると避けられないが威力は落ちる。特にアイスストライクみたいなタイプはな。」
選択…いや、対応力の差かな。
「もし、アイスブラストで範囲を狭めてたら?」
「剣に切り替えてましたわ。その後はあの子次第ですけど。」
フィオナが戻ってきて答えてくれた。
「なんだか、ステージが違う感じだね…」
「でも、私との勝負を避けなかった。引く気がなかった。剣を抜かせたら、それは私にとって逃げでしたから。」
ハンデ装備を外して、私の横に座る。
「あの子、あの頃の私たち、柊以外の私たちより強かったですわ。」
苦笑いしながら、実質的なフィオナの敗北宣言。
それは、後輩の育成に成功している証だが、内心は複雑だろう。
「終わったようだな?祝勝会の準備をするぞ。」
お父さんがやって来て言う。
後ろにはサラさんとお母さんたちもいる。
「皆さん、お疲れ様ッス!これから祝勝会を始めるッスよ!」
一家の宴会部長、サラさんの仕切りによる祝勝会が始まった。
祝勝会は大いに賑わったが、アリスお母さんの姿だけ見当たらない。
「アリスが気になるか?」
お父さんがやって来て尋ねる。
「うん…」
「食べるだけ持って行って良いぞ。側に居てやってくれ。」
許可が降りたので、亜空間収納からお皿を出し、色々と盛って再びしまう。
「わたしも行こう。もう話すべきは話したからな。」
同じように、バニラお姉ちゃんもお皿に色々と盛って片付ける。
「サラの親御さんも居る。後は頼むぞ。」
「任せておけ。」
私たちは訓練ダンジョンから出ると、足早に家に入る。
「あら、二人だけ出てきたの?」
笑顔で迎えてくれるアリスお母さん。
サラのお母さんと食事をしていた。
「うん。もう、私たちの役目は済んだからね。」
「みんな優秀だ。
アドバイスしたら、それぞれで改善点を話し始めてたよ。」
「良い子が多くなったわね。もう私より強いんじゃないの?」
「条件が同じなら、私も後の二人に負けてる気がするんだよね…」
「そう言って、勝つんだよ。お前というヤツはな。」
笑うお姉ちゃんとお母さんたち。
流石にそれは買いかぶりだと思う。
「あんたの子はどんな子になるんだろうね。この家で育ったらどうなるのか、あたしにゃ想像もつかないよ。」
「それは私もですよ。いつも考えられない無茶やって、後始末をして…
そんな子達を見せて育てるのが怖いですよ。」
「次代の魔王様になったりしてね?」
「…魔王様に、早く後継者を見つけてもらわないと。」
卑屈な顔が面白かったのか、お姉ちゃんとサラのお母さんが笑った。
「明日、治療院に行くわ。そのまま入院で帰ってくるのは冬になるかもしれない。」
「不安か?」
「当たり前じゃない。初めてだし、初めての事はだいたい失敗してきたんだから…」
「そっか。でも、大丈夫。わたしがいる。わたしのリザレクションならだいたいの命は救える。」
「…怖いのは私みたいになることが怖いの。近付くごとに将来を想像しちゃう。小さくて、弱くて、頼りない大人になっちゃうんじゃないかって。バニラなら分かるでしょ?」
「ああ。そうだな…」
「それでも頼れる人を私は知ってるよ。」
三人が驚いた顔で私を見る。
何故、そんな顔をするのか。今日も来ているではないか。
「エディさんとミルクおばあちゃんは頼りにならなかったの?」
ああ、と言うお姉ちゃんと、失念していたと頭を押さえるお母さん。サラのお母さんは豪快に笑った。
「子供の将来なんて、生まれる前から考えるもんじゃないよ。うちの子が英雄様の娘と友になり、あたしがこうやって、豪華な部屋で英雄夫人様とお話しする将来なんて想像できるもんかい。」
「そうですね。あの人の子だもの、きっと想像を越えた尻拭いをさせられるに違いないわ。」
「その際は姉として尽力しよう。」
「私も、お姉ちゃんとして頑張るよ。」
「あなたたちはまず尻拭いをさせないでちょうだい。この前の事も対応が雑で調整指示に苦労したんだから…」
目を逸らす私とお姉ちゃん。
スラムの件は、手続きなどをぶっ飛ばして決めてしまったので、揉めに揉めたのだ。
お父さん、ミランダさん、バニラお姉ちゃんの3人で色々と手続きを済ませたが、お母さんの知識と知恵があっての解決だ。
なければ他の商人に丸投げで、将来に禍根を残したかもしれない。
『感謝しています。』
声を揃えて深々と頭を下げた。
「ミニ串工場の件かい?好評でたまにうちでもあるか聞かれるんだよね。」
「そうでしたか。」
「じゃあ、工場の方で卸せるか聞いてみるよ。」
「いいよ。あたしなら作れるからね。だから…」
試食がしたいという事のようだ。
いい機会だし、おばさんにも食べてもらおう。
「はい。こっちは特製で、こっちは工場のだよ。」
「両方とは話が早い。いただくよ。」
先に工場のを食べ、しっかり味わってから特製を食べる。
驚いたようだが、すぐに渋い顔になった。
「ああ、確かにこれはとんでもなく美味いが、しっかり食べると化けの皮が剥がれる、後味で元の味がバレちまうねぇ…」
驚いた顔のお姉ちゃん。保存していた特製ミニ串を出して、しっかり食べる。
「うぐぐ…確かにあの時のしょっぱいミニ串だ…
そうか、小さいから気付かなかったんだな。
という事は、父さんのスープもか。」
「スープはすぐ飲んじまうもんだからね。気付くはずがないのさ。
この串焼き、魔法とも、スキルともつかない不思議な串焼きだ。味付けもちゃんとしてごらん。」
「うん。改良する。」
「あと、母親たちには厳禁だ。しょっぱすぎるよ。」
「残念ね。」
「薄味で美味しくするから何日か待ってて。」
「楽しみにしてるわ。」
そう言うと、大きく息を吐き、お腹に手を当てる。
「ジゼルかサンドラを呼んで…」
「わかった。」
ただ事ではないと察し、私は深く尋ねずに二人のいるダンジョンに向かう。
「大丈夫かい?」
「大丈夫じゃないかも…」
「長椅子に移ろう。」
「うん…」
大急ぎで訓練ダンジョンにいる二人を呼びに行き、戻ってくる。
平静を装ったが、お父さんは分かってしまったらしく、一緒に付いてきた。
バニラお姉ちゃんが治療院に向かい、医師を呼んでくるとお母さんは入院となった。
全てのスキルを駆使して母子の状態を確認を続け、暗くなってから試作の輸送用ライトクラフトを利用し、治療院へと搬送する。
乗り心地はとても良かったらしく、気が付いたら到着していたと言っていた程だ。
お姉ちゃんの発明は、また大きな変化を生みそうである。
そして、アリスお母さんが戻ってこないまま、一月が過ぎた。