番外編 〈魔国創士〉は売り上げを寄付する
〈魔国創士バニラ〉
新春祭も特に問題が起こることもなく、無事に幕を下ろした。
春の訪れを喜び、花を愛でつつ、屋台料理を楽しむ。新年祭と花見の融合な様なお祭りだ。
ハメをはずし、飲みすぎて治療院送り、はどこの世界も一緒のようだが、一家関係で堂々と酒を飲むのは父さんとエディさんくらいしかいない。わたしは二度と飲みたくない…
ジゼルもアクアも飲める歳だが苦手なようで、メイプルは『アイドルはお酒なんて飲みません!』とか言ってたが、夜中までお互いに作業をしていた時に匂いで分かってしまったのは黙っておく。
父さんも飲んでいたが、顔色が全く変わらず、ちゃんとエディさんの付き合いが出来ているのは流石。酔っ払ったエディさんは、とてもめんどくさいので相手をしたくない…
ミニ串は盛況で、遥香の作った分は最終日まで持たなかった。次点は父さんとアリスのスタンダードな味付け。やはり、食べ比べる意味で普通が一番なようだ。その次がリナ母さんとユキ。食べ慣れない味付けだが、ピリ辛が癖になりハマったリピーター客のおかげか。わたしの甘口は子供に人気で、梓の高級塩のみのは低調だった。美味しいのだが、どうも食べ慣れないと受け付けない味らしい。
柊のはアッシュが処分してくれた。焦げるか生焼けにしかならないのはとてもじゃないが、人様に出せないからな…
売り上げの3割をわたしたちが貰ったが、残りは全て近所の孤児院に寄付。その際に、様々な味のミニ串を振る舞ったり、父さん一人相手に子供全員で押し合いみたいな事もした。
こっそり遥香の用意した革製ボールでドッジボールをやったりと、なかなか楽しい時間だった。遥香の本気の投球で父さんが吹っ飛んだのはビビったが。
冬を越える度に蓄えが底を尽き、やりくりに苦労していたそうで、これでだいぶ楽になると院長さんが涙ぐんでいた。子供を預かる大変さは、わたしたちの比では無いのだろう。何か教えるだけでなく、しっかり生きていけるようにしないとダメなのだから。
寄付はお金だけでなく、服や素材の残りと扱う為の道具もだった。
服は主にわたしたちの着れなくなった物、素材はその服の補修用のストックのようだ。しっかり、洗浄、浄化、修復まで行い、新品同様の見た目である。
後はみんなで孤児院の修理をしたり、簡単な授業をしたりしてお別れとなった。
帰り際、院長は泣きながら御礼を述べ、お返しが出来ないのが心苦しいと繰り返していた。
全ての孤児を救うなんて事は出来ないが、今後も時々助力をしに来ると約束をして私たちは孤児院を後にした。
「寄付額はそのままだったね 。」
気になったのか、遥香が父さんに尋ねる。もっと蓄えがあるから増やしても…と思っているのだろうか。
「たかられる可能性があるからな。」
実も蓋もない返答だった。
流石にそんな事はないと思ったのか、遥香が顔をしかめる。
「不満なのはわかる。だが、公表できる、されてる額そのままが一番角が立たないんだよ。
相手もそれなら要求しにくい。
まあ、この先もなんだかんだで報酬が入る。その時にこうやって来れば、お互いに変な要求も来ないだろう。」
「変な要求?」
「お布施や場所代ってヤツだな。
こうして堂々と行動すれば、教会もヤクザみたいなのも動けない。一家に対しても、孤児院に対してもな。」
「ヤクザ…」
正確にはヤクザとは呼ばないが、わたしたちが接点を持てていない2勢力だ。
これを切っ掛けに何かするつもりか、それとも何もさせないつもりか…
「脅し取って土地を商人に売ればボロ儲けだろうからな。子供をしかるべき場所に売れば、ちょっとしたボーナスになる。」
「もしかして…」
「どうも怪しい連中が彷徨いていてな。こうしてオレたちが堂々と動けば虫除けくらいにはなる。遥香も目立つしな。」
遥香の外套をちゃんとした物にさせたのは、それが理由だろう。
孤児院から出てから明らかな敵意を感じていたが…そういう事か。
立地が良いから立ち退かせたいんだろうな。
「何か対策はしなくて良いのか?」
「ここらは一家の庭だ。余計な仕掛けは不安を煽る。
東部でのあれこれを知らないようなら、先に上から痛いお仕置きがあるだろう。」
「それでヘソを曲げなきゃ良いが。」
「その時はその時だよ。オレたちの目は見逃さない。」
「…そうだな。」
敵意は消えており、こちらを追ってくることはなかった。
厳しい冬の間は息を潜めていた野心が、雪解けと共に動き出す。厳しい冬を慎ましく乗り越えたのは、貧しい孤児院だけではないということか。
一家から定期的に誰かが孤児院に通うことになった。
とは言え、それも闘技大会の本戦を終えるまでで、その後はイグドラシルへ再び登ることになっている。
通うのは技術で喜ばせられるアクアとメイプルが交互。妊婦組とメイン火力組から一人という組み合わせ。
身重と言っても、近接戦闘ができなくても大丈夫な三人だ。支援だけでも十分な戦力になれる。
わたしはと言うと、梓と父さんの三人でライトクラフトのお披露目に来ていた。
肉体労働主体の職人達だけでなく、医療、物流に関わる人達もいる。
「緊張するねー」
苦笑いしながらいつも通りの口調の梓。
本当に緊張しているのか分からない。
「練習通りにやれば良い。まあ、興味ない人らはさっさと帰るさ。」
軽い気持ちで挑み、好評を得たお披露目会だが、それは大きな変化を生むこととなる。
すぐに、という訳ではないが、このお披露目会を契機に産業革命、と言うにはやや大袈裟な規模で変化をもたらしてしまった。
様々な形のライトクラフト、サポートスーツが生まれ、工事、物流、娯楽に活用されていく。
劇に活用される所までは読んでいたが、公営レースにまでなるとは思っていなかったぞ…
当然、ライトクラフトは戦闘用にも研究されるが、実用化されることはなかった。対策があまりにも容易だったのだ。
わたしたちならアンティマジック一発で良いし、対空魔法も簡単なせいで空中戦が逆境になっている。
魔物相手でも簡易魔法式では扱い切れない高すぎる出力をロスさせるために魔力が駄々漏れになるせいで、やたら魔物に集られる欠点を克服する必要があった。駄々漏れ魔力の変化で動きが読まれる、というのはライトクラフトを着けた遥香と遊ぶアッシュ、サクラの様子で既に分かっている。
戦闘に耐えられる物を数揃えると、コストが格段に跳ね上がるのも一因だろう。わたしたちが一般に出したモデルは作業用で、戦闘用に改良されたモデルは他所から出てきたが普及はしなかった。良い調整のされたモデルだったのだが、アフターサポートが悪くて売れなかったらしい。
サポートスーツもスキルの存在のせいで、戦闘用として普及することはなかった。ただ、老人や障害者、負傷退役者にとっては福音になったらしく、色々なモデルが開発される。犬や猫に限らない、畜生用モデルの販売には度肝を抜かされたものだ。
産業革命までに時間は掛かるが、すぐに入ったライトクラフトとサポートスーツのライセンス生産料で一家はますます潤う。とは言え、これ以上は管理しきれないので、半分は国営の銀行送りとなり、銀行名義で様々な事業への投資に使われた。魔法関連技術の発展、学業支援、各騎士団への援助と一家に近い所が中心だが、いずれ追随する誰かにもっと違う支援を期待したいものだ。
残りは一家の運営資金となり、研究にも使わせてもらえている。
そんな事になるとは知らないお披露目会後のわたしたち。
後から思えばスケールの小さい話をしていたものである。
「良い感触だったな。」
「そうだねー。お父ちゃんはどう?」
「オレは飛んでるだけだったからな。緊張も感触もなにもないよ。」
苦笑いする父さん。それもそうだろう。
「いつも思うけど、お姉ちゃんはよく緊張しないね…」
「そりゃあ緊張する。どちらかというと、受け入れられなかったり、理解されなかったりという不安だが…
でも、人前でプレゼンするのはゲームの頃に慣れてるからな。レベルが足りないから、説明して、理解してもらって、実践してもらえないとテストにならなかったし。」
「経験値が違ったかー。」
ペチンと自分の額を叩く梓。
望んで得た経験ではないが、活用できるなら活用していきたい。
「きっと売れると思うが、売れたらどうしたい?」
「毎日クリームパンが食べたい。」
「おねーちゃん、また太るよ?」
「んぐぐ…ふ、二日に一度くらいで…!
梓はどうなんだ?」
「ハルちゃんとユキちゃんのミニ串を、二日に一度くらいお昼に食べたいなー。」
「それは本人達に頼めば良いだろう…」
「お金出せば作ってくれるかな?」
「材料費だけで一ヶ月分くらい作ってもらえそうだがな。」
「職人としてそれはちょっと…」
そんな規模で済まない儲けを得られると知らず、緊張から解放され、抜けた話をしていたのだった。
洗浄、浄化の魔導具でもお世話になった、信頼できる大手の魔導具工房に、販売用ライトクラフトとサポートスーツの設計図と権利の管理の依頼を終え、久しぶりに孤児院に顔を出す。
今日はアクアとアリス母さんとフィオナが居た。
「バニラ、お疲れ様。色々と大変だったでしょう?」
手招きして呼んだのはアリス母さん。体が小さい分、リナ母さんよりもなんだか大変そうに見えた。ユキもだが。
「大変なのは依頼相手だよ。内容を熟知して、伝える必要があるから。これから、色々な試作品も出ると思う。」
「そうね。でも、これで終わりじゃないんでしょ?」
分かっている、と言いたげな顔でわたしを見る。
「…梓は嫌がったが、やっぱり戦闘用の憧れは捨てられないかな。誰でも使える物じゃなくて良い。限界まで追求してみたいんだ。」
「使うことにならなくても、そういうものを追い求める姿勢は好きよ。私は応援したいわね。」
「でも、案だけにしておく。やっぱり、梓抜きでは形に出来ないからな。あいつがいなかったら、まだ試作段階で、ひょっとしたら大怪我して禁止喰らってただろうから。」
「…色々ありそうだけど聞かないでおくわね。」
喋り過ぎたことを察し、そっと目を逸らした。
「サポートスーツは助かってるわ。歩けなくはないけど、移動がけっこう大変だったから。」
今も着けているようで、立ってゆっくり移動して見せた。
「産まれるのは秋が深まってからって話だったけど、随分大変そうだな。」
ユキと比べて明らかにお腹も大きいし、苦労している。種族差、とは思えない。
「どうも双子らしくて…」
「えっ!?」
「秋に入る前には、お腹を切って産む事になると思うわ。もうおヘソを出すような服は無理そうね。」
残念そうにアリス母さんが言う。
「そうか、双子か…」
全く想像しておらず、準備も出来ていない。いや、分かれば早いのは、わたしたち一家じゃないか。
「これからは準備が大変だ。ちゃんと迎えてやらないと。」
「治療院からすぐに戻ってこれそうにないけどね。」
苦笑いする母さん。明らかに二人よりキツそうなのは誰が見ても分かるし、なかなか帰ってくるのは難しいだろう。
「それでもだよ。戻ってきてから慌てるより良いだろう?」
「じゃあ、私も服を用意してあげないと。」
「手伝うよ。わたしもしっかり裁縫を学びたい。」
魔導具と製薬ばかりで裁縫は基本しか教わってないからな。一度、ちゃんと学んでおきたかった。
「頼りにしてるわ。旅先で解れたままにしてないか、気になってたし。」
「特に遥香がなぁ…」
「あの子、気にしてないだけなのか、信頼してくれてるのか分からないのよね…」
「多分、両方だ。あいつはそういうヤツだよ。」
「素直に喜べないのよね。」
お互いに苦笑いをする。
わたしも通話器を壊していないか、ポーション瓶は無事か気になるからな。
「しかし、そうなるとアクアとメイプルが…」
「大丈夫よ。フィオナと遥香と柊がいる。ソニアとジュリアもいるじゃない。イグドラシルはあの子たちに任せておけば良いわ。」
「ジュリアは歳上だろうに。」
「そうだったわね。」
不憫なエルフである。これが妊婦とそうでない者の差か…
「アリス、そろそろ帰りましょうか。」
フィオナがやって来て、帰宅を促す。
…わたしはいったい何をしに来たのだろうか?
「あ、そうだった。院長さんに渡すものがあったんだ。」
「なんでしょうか?」
わたしはフィオナの側に居た院長の手を引き、屋内へと向かう。
そして、亜空間収納から一枚の紙を取り出して渡した。
不思議そうに眺めてから、目を見開く。
「こ、これは…!?」
紙を持つ手に力が入り、震え出す。
「契約が上手くいったから、その利益の一部をここに送ろうと思う。少なくとも、衣食住に困ることは無くなるはずだ。」
「ありがとう…ありがとうございます!」
感極まったのか、目を潤ませ、声を震わせながら感謝してくれる。
「子供の相手だけでも助かりましたが、こんな多額の援助まで…」
月に大金貨3枚なのだが、これだけあれば補修も蓄えもできるくらいの額になるだろう。
「満足に食べられないのは辛いからな。わたしもその気持ちは知っている。」
苦笑いしながら、腕を伸ばして院長さんの手を握る。
「ここの子達の笑顔はわたしたち活力になっている。大変だろうが頑張ってくれ。」
「は、はい!」
ぼろぼろになりながら返事をする院長。こんなはずじゃなかったんだがな…
「じゃあ、わたしたちは帰るよ。またな!」
「また、よろしくお願いします!」
去り際に、バニラちゃんが泣かしたーなどと言われつつ、わたしたちは孤児院を後にした。
「…相変わらず、嫌な気配がしますわね。」
警戒を怠らないフィオナ。
アリス母さんを真ん中に、わたしたちは家に向かって帰ろうとするが、どうやら無事に帰れそうになかった。
「これは高名なるヒガン一家の皆様。こんなところをお散歩でしょうか?」
神官風の女がわたしたちの前に立ちはだかる。
わたしはシーフやマフィアを警戒していたが、現れたのはそれらと縁遠い連中であった。