番外編 〈白閃法剣〉達はダンジョンに挑む
〈白閃法剣ハルカ〉
初のダンジョンアタック、という事で、今回だけお父さんが同行することになった。
近場のダンジョンを、1日から2日掛けて攻略するという計画なので、イグドラシルの時とそれほど変わらない気がする。ただ、直帰は出来ないので、体調管理は怠れない。
「食料の扱いは気を付けろ。環境によって腐食が起こる事がある。当然、野宿道具もだ。
浄化、防御魔法を忘れるなよ。
むやみやたらとダンジョンを出入りするのもダメだ。こちらのEXPが下がった分、ダンジョンが強化されるからな。」
お父さんが皆にダンジョンの注意事項を伝える。
バニラお姉ちゃんが魔導具研究でいないので、元同級生が二人同行していた。当然、ご両親の許可は取ってある。
東方エルフのトムと、ディモスのテレサだ。
ソニアちゃん程ではないが、優秀で来年には卒業出来るだけの資格が得られそうな二人。それですんなり卒業するかは別だが。
あとはソニアちゃん、柊お姉ちゃん、梓ちゃん、フィオナ、ジゼル。最寄りのキャンプ地には、荷物番としてアクアとアッシュ君を待機させている。
通話器でこちらの会話は聞こえているはずなので、退屈はしないはず。
「ここはダンジョンと言っても、そう深いものでもないはず。
王都に近いし、頻繁に潰されている。新しいもので怖いのは特性くらいだからな。」
事前に説明されたが、ダンジョンには様々な特性があるらしい。
例えば、フロアの大半が毒沼だったり、水没していたり。空気が人の長時間吸えるものでなかったり、装備を腐食させるものだったり。マナが存在せず、魔法が使えない事もあるそうだ。
装備はそんな状況の分からない新規ダンジョンアタックの為に、再調整されている。とにかく攻撃力を求めていたイグドラシルとは真逆で、生存性、耐久性を求めるエンチャントになっている。
入ったら最後、という物でもない様なので、無理なら諦められるのが良心的。ペナルティで1レベル失われてダンジョンが強化されるらしいが。
その為に、斥候役は知識と技術と経験が求められる。何処で気付くか、気付いてから無事に戻れるか。パーティー全体の生存に関わる非常に重要な役割である。
「斥候役は…ジゼル、トム。オレに付いてきてもらうぞ。」
「はい。」
ジゼルは目を買われてだろう。異論はない。
トムは…理由がわからない。
「ぼ、僕ですか?」
「感知力に期待する。オレより早く、道中の獣に気付いている様子だったからな。」
「…は、はい!」
お父さんに褒められて、嬉しそうに顔を赤くする。
それなら納得だ。確かに、私よりずっと早く何かに気付く事が多かった。臆病者の気のせいかと思って軽んじたけど、そうじゃなくて大惨事になり欠けた事があったっけ…
お父さんはすぐに二人を連れて中に入る。
入口は巨大な洞穴で、10人くらいは並んで横に入れそうだ。だが、中は全く見えない。
入った三人の姿も、かき消える様に見えた。ビフレストの向こうとこっち、みたいな感覚になるのだろうか?
10分くらい経つ。それなりに長い時間を掛けて二人が出てきた。
「お父さんは?」
「レベルが高過ぎるから出てこれないそうです。」
「んん?」
「あ、出れるのですが、高過ぎる旦那様の1レベルの影響が私たちと同じとは限らないそうなので。」
なるほど。130越えと50、60のペナルティによる影響が同じとは限らないという事か。ペナルティを糧に、一気にダンジョンが強化される可能性もある。
それから中の様子の説明を受ける。魔眼で人よりよく見えるジゼルと、感知力の高いトム。二人が合わさるとどんなダンジョンも丸裸にされそうな説明だった。
「中は外見通りの広い岩窟で、最深部まで整備はされていません。いくつか横穴はありますが、どれも魔物の待機部屋で宝物は無い様です。」
「水の流れている所があるようで、外と温度が違うようです。実際、中は暖かく、防寒着を着ていると暑いくらいでした。
ソニア、ハルカに匹敵するような反応はなく、新しいダンジョンに間違いない様です。」
丸裸だった。哀れなダンジョンに手を合わそう。合掌。
「何をしてらっしゃるんですの…」
「潜る前に攻略されてた。」
「…否定ができませんわ。」
ソニアちゃんとそんなやり取りをして、斥候の二人を見る。首を横に振り、これ以上の情報はないようだ。
「毒もガスも無いならこのまま進もう。装備の準備はバッチリだよー」
梓ちゃんの言葉に全員が頷く。
準備は万全。もう言う事はただ一つ。
「じゃあ、突入!」
『おー!』
私たちは意気揚々とダンジョンに踏み込んだ。
報告通り、内部は暑いくらいで私たちはすぐに防寒着を脱ぐ。
「来たな。」
魔法の光で周囲を調べていたお父さんがこちらを向いた。
何だか纏っている雰囲気が少し違う。イグドラシルの時とも、ボス退治の時とも。何処が違うのだろうか?
「ここからはオレと斥候役が先頭で行く。オレがいない時は、遥香かフィオナが良いだろう。
もしもの時に斥候役を守る役割だ。」
「うん。」
「わかりました。」
次にソニアちゃんと梓ちゃんを見る。
「一番後ろ、防御の低い後衛の背を守る役目も必要だ。前衛の盾役より注意が必要だぞ。
遥香とフィオナが揃ってるならどちらかで良いが、そうでないなら梓かソニアだな。」
「私がやりますわ。フィオナ様と梓さんは別な事を。」
ソニアが名乗り出たことに頷くお父さん。
「では、私はテレサと後衛をしましょう。魔導弓を試したいですし。」
そう言って、剣と盾をしまって弓を取り出す。
深雪祭の間は、王都の実家で訓練を重ねていたらしい。
弓は新調したものだそうだが、既に手に馴染んでいるように見える。
先頭は斥候役の二人とそれを守るお父さん、その後ろにアタッカーの私と柊お姉ちゃん、中衛の梓ちゃん、後衛はフィオナとテレサで、最後尾はソニアちゃんとなった。ソニアちゃんが近いと、つい話し掛けたくなるからちょうど良い。
「トイレは良いな?」
お父さんの言葉に全員が呆れ顔になる。
このタイミングでそれはちょっと…
「…いや、しばらく休めないから念のためにな。」
「ゲームのクセだったんだろうねー…」
図星だったようで、目を逸らしてから拳を掲げて宣言する。
「…ダンジョン攻略スタートだ!」
『おー…』
なんともテンションの上がらない事態となってしまったが、気持ちが昂り過ぎず、このくらいでちょうど良いのかもしれないとも思ってしまった。
攻略は順調そのもの。
魔眼によってトラップの意味を為さないトラップ。逆に奇襲される待ち伏せと、あまりにも無惨である。
スキルを駆使するとはこういう事か、と改めて思い知った。
ジゼルの魔眼がダンジョン殺し過ぎるし、待ち伏せの背後を取れる影移動が強すぎる…
魔眼で仕掛けそのものが見えてしまうのは、ボスに同情したくなる。
とはいえ、安心して罠の動作を見れるのは、前衛としてはとてもありがたい。一目では無理だが、気を付けるべき場所が見えてきている。ジゼルがいない時の役に立てよう。
こうして色々と学びながら、私たちはダンジョンの最深部に辿り着いた。
「先頭はオレ。斥候役は横に広がって、その間を遥香と柊。梓とソニアは後衛のサポートだ。
トムはなるべく遥香の近くにいろ。遥香も良いな?」
『はい。』
入る前に大雑把な指示が出される。
「指示出しは…ソニアに任せる。まあ、必要もないかもしれないがな。」
ここまでの道程を思い出し、全員が父さんに釣られて苦笑いをした。
「だが、ボスはボスだ。気を引き締めろ。手加減はなしだ。」
『了解。』
徐々に戦闘モードに変わっていくお父さんの話し方に、思わず気圧される。
…こんなの初めてかもしれない。
お父さんがドアを開け放つと一気になだれ込み、陣形を整える。
ボスの姿は…ない?
「オブジェの後ろにいます!」
ジゼルの言葉を聞き、フィオナがオブジェに魔導弓で撃ち込んだ。
容赦ない一撃。ジュリアのようなパワーは無いが、高密度の魔力の塊がオブジェを木っ端微塵にした。
『ヒイィィィ!!』
守るものがなくなり、悲鳴が聞こえてくる。
そこにお父さんが踏み込み、何かをつまみ上げた。
妖精?
拳大の桃色の妖精がそこにいた。
『ゆ、許してください!まだなにもしてないんです!』
顔の前で力一杯拳を握り、涙声で命乞いをしている。
こんなことをされたら戦えない。私たちの殺る気は一気に萎んでしまった。
どうやら、この妖精がダンジョンマスターと呼ばれる存在らしい。
ダンジョンを管理し、ダンジョンで生き、ダンジョンと共に生まれ、そして、死ぬ。そういうものだそうだ。
『あんたたちが強すぎてボスを作るリソースが作れなかったのよ!作ってもイチコロだったでしょうけど!』
なんだか憎めない妖精である。
「だが、ダンジョンには消えてもらう。悪く思うな。」
お父さんが手に魔力弾を生む。
『やめて!殺さないで!なんでもするから!!』
本気の命乞い。人の言葉が使える魔物はやりにくいなぁ…
「何ができるんだ?
だいたい、お前はダンジョンから出られないだろう?」
お父さんがそう言うと、妖精は小さな赤いクリスタルに姿を変えた。
「お前、その姿…」
とても驚いた様子のお父さん。それもそのはずだ。
『あなたたちがブラッドクリスタルと呼ぶものがあたし。命を糧に命を産み続けるのがダンジョンマスターの使命よ。』
私の知るものとかなり違う。あれはもっと大きく、禍々しいオーラを放っていた。
「スタンピードの原理が、レイドボスの仕組みが解ってしまった…」
クリスタルを手の平に乗せ、お父さんが呟く。
『…ダンジョンは命の奪い合いをする場所。怨嗟が怨嗟を産み、怨嗟を呼び込み、新たな怨嗟を産む。
囚われた命や魂は新たな魔物となり、それは時に強大な魔物に変貌するわ。』
「タイラントオーガキングは、ダンジョンに逃げ込んだ同胞の末路か…」
強かったオーガ女を思い出す。
あれも二度と戦いたくない部類のボスだ。よく喋る上にとても強かった…
『人が魔物に変貌し、ダンジョンマスターに取って代わる事は珍しくないわ。
意思や知性を残すのは稀だけど…』
「運が良かったのか、生への執着が強かったのか…」
『後者ね。運で選別されるほど世界は甘くない。』
「生まれたばかりにしては詳しいな。」
お父さんがそう言うと、宝石は妖精に戻って胸を張る。
『当たり前じゃない。ダンジョンマスターはこの世界を輪廻するの。だから前世の事も…』
妖精が私を見て固まる。そして、首を気にする。
『…首を斬るのはもうやめてよね?』
分かってしまった。
「あー…あのげろげろわんこ…」
『誰がげろげろよ!』
「げろげろ妖精と名付けよう。」
『今回はげろげろじゃないでしょ!?』
なんだか楽しい。アッシュ君とは違う楽しさがある。
「で、お前は何ができるんだ?」
『何処でもダンジョンが作れるわ。屋敷だってダンジョンになるのよ。』
「メリットはあるのか?」
『非致死設定があるから、訓練が出来るわね。』
「連れて帰ろう。」
「そうしましょう。」
即決のお父さんと、即賛同のソニアちゃん。
「おかーちゃんの顔が強張りそうな事案。」
「…そろそろフォロー必要だが、この着せ替え妖精を手土産にすれば大丈夫だろう。」
『あたしは人形じゃないんだけど?』
「大人しくしてれば、色々と着飾らせてもらえると思うぞ?」
『…悪くない話ね。』
意外とちょろい妖精である。
「連れていくには条件がある。」
『何よ?』
「嘘はダメだ。隠し事もな。あと、他所に迷惑を掛けるのも無しだ。それと…」
『それと?』
「おまえの意思での殺しは絶対に無しだ。」
有無を言わせない凄み。
「おまえのクリスタルを濁らせたくないからな。」
『…わかったわ。』
あー、ついに人外をたらし込んでしまった…
小さな妖精は、照れてお父さんから目を背ける。
「これはリナおかーちゃんに説教されるかもねー… 」
一家に新たな設備という仲間を加え、私たちはダンジョンを後にする。
主人不在のダンジョンはすぐに消え、奥の見えない穴は浅い洞穴へと変化していた。
キャンプ地に戻ると、アクアがアッシュ君に組み付かれており、二人ともなんだか妙な感じである。
…ただ遊んでるだけなら何も言わないからね?
こうして私たち初のダンジョンアタックは、消化不良気味に引き上げとなったのだった。