番外編 魔法術式士は迷う2
〈召喚者バニラ〉
ヒガンと魔物や盗賊の対処を繰り返し、ようやく国境に辿り着く。
盗賊の相手も最初は肝が冷えたが、繰り返すと慣れてしまっていた。実際、四人ほど命を奪ってしまっている。
最初は半日震えが止まらなかったが、二人目は一時間ほどで済んでいた。
ヒガンはいったい何人倒したのだろう。
こんな事に慣れなくて良いと言ってくれたが、一番慣れてしまっているヒガンが気の毒だ。
「その…ヒガンは嫌じゃないのか…?」
「まあ、嫌と言って諦めてくれる相手じゃないからな。」
愚かな質問だった。
好きで殺しをやる人間ではないのはこの数日でよく分かっているし、誰にも手を出そうともしないどころか、不都合があればすぐに出来る範囲で対応してくれる。
それに、協力したいと言って聞かなかったのはわたしなのに、逆に尻拭いをさせている状況に文句一つ言われないのは心苦しかった。
「ヒガン、わたしは邪魔かな…?」
声が震える。声だけでもなく手も。
全く手伝えていないのは分かっているのだ。
「…まあ、本音を言えば居なくても変わらない気はしてる。」
「……」
ここまで訓練を重ね、スキルを伸ばしたヒガンと、VR酔いを理由に何もしなかったわたしでは雲泥の差がある。協力、等という言葉は自惚れでしかなかったのだ。
「でも、何かしら学べるものがあるなら、それでも良いかなと思ってる。多分、人と命を賭けて戦う機会はそう無いからな。」
それは自分が、だろうか。それとも、わたしが、だろうか。よく分からない。
無茶と緊張の連続で思考が鈍っているのが分かってしまう。言葉の意味が読み取れないのだ。
「…後は任せろ。国境は目と鼻の先だ。」
わたしの頭を乱暴に撫でると、ヒガンは再び走り出した。あっという間に見えなくなる姿を見送り、わたしは皆の元へ戻ることにした。
「ヒガンは?」
周囲を警戒していたストレイドが尋ねてきた。
一呼吸し、気持ちを落ち着ける。
「あっという間に見えなくなった。
あれには追い付けないよ。」
違う。置いていかれたのだ。
嘘。そうだ。嘘だ。リンゴはどんな顔をしている?
「……」
疲れたのかぼんやりして、わたしを見ていなかった。
その事に安堵すると、バンブーが肩を叩く。
「ちょっと休もうか。無理してるの分かっちゃってるから。」
「俺も感知は鍛えているからだいじょ」
「見つけたぞ!賞金首の亜人どもだ!」
すぐ近くで野太い大声が聞こえた。
まずい!ヒガンはいないんだぞ。
簡易ロッドを構え、周囲を警戒する。いや、もう見つかっているのだ。だったらやる事は。
【フィジカルバリア】
全員に即席で作った防御魔法を掛ける。わたしも魔法だけはずっと訓練を重ねてきた。ちょっとやそっとでは破れやしない。
「ストレイド、シェイプシフトは解除した方が良い。殺し合いになるから集中して欲しい。」
「…わかった。」
「バンブーは」
「リンゴちゃんは任せて。」
急造のラウンドシールドと、戦利品のメイスを構えるバンブー。こっちは大丈夫だ。
「なんだ女ばかりじゃねぇか…」
「男が帰ってくる前に殺しちまうぞ。亜人は戦利品にならないからな!」
そう言って一人飛び出してくる。速くはない。でも、わたしの魔法の構築が間に合わない。
一発バリアで受け、相手がたたらを踏む間に構築完了。
【ファイアストライク】
魔法の直撃を受けた賊Aの身体はバラバラになった。
『ひっ!?』
悲鳴を上げたのは賊だけでない。見ていたバンブーも、リンゴもだ。
明らかに賊の動きが鈍る。今が叩き込むチャンスだ。
【ファイアストライク】
5秒ほどの間を置いて二発目。まごまごしていた賊Bの上半身左半分と頭半分が吹き飛び、こちらに傷口を見せて倒れた。
「こ、こんな凄腕がいるなんて聞いてねぇぞ!ひきあげ」
そこで声が途切れ、何かが地面に落ちる鈍い音がした。
ヒガンが男の隠れていた茂みから現れる。
「後は。」
淡々と在庫を確認するかのような口調。
魔力を瞬時に練り上げ、一撃。
【アイスストライク】
藪の向こうから呻き声が聞こえ、静かになった。
「急いで離れるぞ。始末する時間も惜しい。」
「分かった。」
後ろを向くと、口を押さえるリンゴと、青い顔で震えるバンブーの姿があった。
ストレイドは改めてシェイプシフトをしているのか、こちらを向いていない。
「…こんなこと、慣れなくて良いからな。」
そう言いながら剣に洗浄を掛けて、納刀する。
そのヒガンの表情はやるせなさに満ちていた。
「良い判断だった。後はスピードだけだな。」
再び、ヒガンに頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。
…悪い気は全くしなかった。
「ストレイド。どうした?」
表情の優れないストレイドに声を掛ける。
死体が気持ち悪くて、という様子ではなさそうだ。
「…感知に掛からなかった。」
「ああ、隠密を使ってると掛かりにくくなる。国境という緊張地帯で活動する賊だし、対策もしてたんだろう。」
向こうを向いていたのは、文字通り合わせる顔がなかったのか。
体型は男性状態に戻っている。
…上手くいかないのはわたしだけじゃない、と思うと少し気が楽になった。
エルディー魔法国への入国を果たし、宿の敷地で訓練をさせてもらっていた。
本物のエディさんとの出会いにこれまでの疲れが吹っ飛んでしまった気がしたが、手続きを待っている間に皆寝てしまっていた。
ヒガンも疲れていたんだな…
宿で一晩しっかり休み、買い物で英気を養い、訓練に参加している。
「やーっ!」
声を出しながらヒガンに叩き込むが、あっさり弾かれる。
「このーっ!」
二度、三度と繰り返すが、全く相手にならない。
それどころか、弾かれ、腕に一発叩き込まれてしまった。
「…ありがとうございました。」
皆に倣い、剣を拾って下がる。
痛む腕にヒール掛け、怪我を治す。
ヒガンは続けてバンブーの相手をしていた。
国境近くでの襲撃が切っ掛けだろうか。目の前で命のやり取りをしたことで、少し皆の意識が変わった気がする。
一番やる気のあるリンゴは、基礎トレーニングしかやらせてもらえていないが。
「バニラさん、魔法を見てください。」
「ああ。いいぞ。」
少し痛みの幻覚があるが治ったのを確認し、汗を拭いて立ち上がる。
リンゴの魔法を見るのはわたしの今の役割だ。ヒガンに任せたら、基礎が疎かになりそうで怖いからな。
この娘、ヒガンを目標にしているようでとにかく無茶をしたがる。なので、あらゆる訓練は誰か近くに居る時だけと厳命していた。
目を離したら、上半身吹き飛んでいたなんて嫌すぎる。
「力んでも魔力の出力は増えないぞ。」
やたらと肩をいからせ、凄い顔で手に集中している。
両肩に触れ、それから顔をふにふにしてやる。妙に柔らかく、引っ張ればやたら伸びてしまい、癖になりそうだ。
「むしろ、力みは大敵だ。息をするように、流れる水のように、だ。」
「息をするように…流れる水のように…」
バレーボールくらいの大きさだった光の珠が、少しずつ大きくなっていく。
出力の上げ方は掴んだようだが…
「ま、まとまら…あっ!」
光がバラバラになって霧散した。
「制御力を越えてしまったな。限界がどの辺りか分かったな?」
「はい…」
納得いかないようだが、初心者にしては上出来だ。どう成長するか楽しみになってくる。
「その範囲で色々とやってみよう。玉突き、お手玉、ヨーヨーみたいな動き…
難しいことはいっぱいあるぞ。」
実際にやってみせながら説明する。
結局のところ、出力の大きさとは制御力の高さなのだ。どんなに大きな池も汲み出す道具がコップでは意味がない。制御力が高いとは、どれだけ大きな器を扱えるかという事になる。
最初はひたすら反復練習をしてコップを大きくしていくしかない。扱い方も学べて一石二鳥だからな。
「わ、わかりました。」
驚きながら玉突きをやってみせるが…戻ってこない。
「ボールじゃないからな。戻るところも自分でやるんだ。」
「っ!?」
まあ、最初はみんなやっちゃうヤツだ。ボールの弾む感触を知ってれば尚更だろう。
「うう…」
「恥ずかしがることはない。わたしも覚えがあるからな。もっと恥ずかしい失敗はいくらでもある。それが魔法というヤツだよ。」
「はい…」
改めて玉突きをする。不自然な動きだが出来ている。だが、繰り返すうちにそれも消えていく。完全とはいかないが、コントロールできている証だ。
「お手玉をしてみよう。最初は二つだ。小さくても良いぞ。」
「はい。」
言われた通りにやってみせるが…そもそも手の動きがあやしい。
…まあ、お手玉なんてやった事ないよな。わたしもそうだったし。
戦利品の布の切れ端を取り出し、洗浄した小さな木の実を適当に詰め込む。本来は小豆だったか?
「まずはお手玉をやれるようになろうか。」
「はい…」
「何をするにしても、集中力を鍛えるのは悪いことじゃない。数が四つを越えると、他の事なんて考えていられないからな。」
三つ、四つと作り、やってみせる。
初めて見るのか、おぉーと感嘆の声を上げてくれた。いい観客で嬉しい。
一つずつリンゴに投げ渡しながらお手玉を終えた。
「まあ、ヨーヨーはなんとなくで良いと思う。わたしも本物は触ったこと無いからな。
光に紐が付いているのをイメージしながら動かす。」
手の動きに合わせ、縦横無尽に動き回る光の珠。ヨーヨーのように見えているだろうか?
「紐がついてるみたい…!」
見えていたようだ。安心した。
「まあ、最初はこれでも良い。玉突きよりは難しいはずだ。」
目標点をずらしながら、空中に投げて戻してを繰り返す。
「わかりました!」
動きはおかしいができている。繰り返せば自然な動きになっていくだろう。この幼女は将来良い魔導師になっていそうな気がしてきた。
そう思うと、教える立場はやはり楽しい。ゲームで散々やって来た事だが悪くないな。
だが…
「どうかしましたか?」
「いや。なんでもないよ。」
ヒガンの方を見ていてリンゴに咎められる。
「ちゃんと見ててくださいね。私はあの人より強くなりますから。」
「そうか。それは魔法の先生として鼻が高いよ。」
「もう。あまり信じていませんね?」
頬を膨らませて抗議してくる。このかわいい生き物とは話していて楽しい。実の妹より楽しい。
「今の力量じゃな。」
「う…」
「だが、このまま続けていけば分からない。成長すれば、あいつと並んで剣を構えていたりする可能性もあるな。」
「私の方が前に出たいです。」
「その為にはまずは背を伸ばそうか。先頭が小さいと後ろも不安だ。」
ドワーフという例外もあるが、やはり最前列は大きい方が心強い。
今のこの小さな美少女では頼りになりそうになかった。
「…はい。バニラさんは前で戦わないのですか?」
「性に合わないのもあるが、運動音痴だからな。そんなのが剣を振り回すのは危ないだろ?」
「…分からなくもないです。でも、足は速いですよね。」
「ただ走るのと、瞬時に右に左に移動するのとは訳が違う。押したり引いたりがわたしの限度だよ。」
「そうですか…」
「リンゴはわたしと違って幼い。まだ限度を決めるのは早いからな。色々な武器や動きをやってみると良い。」
「はい。…でも、バニラさんも中学生くらいですよね?そんな年上には…」
「18だ。」
「えっ…えぇ!?」
めちゃくちゃ驚かれた。そんなに意外に見えるのだろうか…
「ご、ごめんなさい…」
「いや、まあ、言われ慣れてるから…」
こうしてリンゴとの今日の訓練は終わった。
明確な目標のあるリンゴは強い。あえて他の事を考えないようにする為なのかもしれないが、それでもだ。
だが、歳の差だろうか。わたしの方はどうしても色々と考えてしまう。
魔法のこと、これからのこと、自分のこと…
上手く言葉に出来ないがヒガンと話そう。なんとか答えへの道を作りたい。
そう思い、わたしはヒガンに話し掛けた。
答えを上手く出せなかった事が、長くわたしを苦しめ、皆に迷惑を掛ける事になるのを当然だが知る由もない。
自分が子供なのか大人なのかすら分からぬまま、その事を疑問に思わぬまま、わたしの旅は続くのであった。