番外編 〈蒼刃閃姫〉は新たな二つ名を賜る
〈蒼刃閃姫ハルカ〉
結婚式は特に問題も起こらず、無事に終了を迎える。
既に冬である事を考慮して、時間は短めになったようだ。天気もあまり良くない。
良かった良かったと涙をハンカチで拭うエディさんと、言葉にならないくらい泣いてるハロルドさんに、周囲の方々は苦笑いしている。
ハロルドさんの周囲には同じくらいの背丈の男女がおり、顔はアリスお母さんに似ていた。あれがお兄さんとお姉さんだろうか。
エディさんの周りは女性が多い。年老いた獣人、お母さんと同じくらいのディモス、少し若いエルフ。かつての同僚だろうか?
残念ながら、白いエルフは見当たらなかったが、うちに通う幼い面々の祝福にユキちゃんも涙ぐんでいる。
ジェラルド陛下は父と母たちに挨拶をしており、名乗った瞬間に母たち3人の目玉が飛び出しそうになっていた。お父さんは知ってたのかな?
「なあ、遥香。あの貴族は何処のボンボンだ?
二人で楽しそうに話していたが。」
「ああ、陛下だよ。」
「へ、へ…んぐっ!?」
慌ててバニラお姉ちゃんの口を塞ぐ。
皆が驚いてこちらを向くが、
「お姉ちゃん、くしゃみは手で隠さないと…
体が幼くなってもマナーは守らないとダメだからね。」
「ご、ゴメン…」
なんとか誤魔化してみせる。
知らない方が少ない顔触れだと思うけど、そうではない来賓も多い。ユキちゃんを祝福している辺りが特に。
「…陛下がいらっしゃってたのか。」
「ようやく得られた機会だって言ってたよ。
有名になってから、あまりこっちにいなかったしね。」
「叙勲も断っていたし、王宮と関わる依頼もないからなぁ。
あちらとしても、体面もあって指名はしにくいだろうし…」
「そうだろうね。」
英雄と言っても、ただの冒険者。高位の貴族、それも魔王陛下ともなれば直接関わりを持つのは難しいだろう。
結婚の祝福という建前なら、バレても非難が少ないと見てお忍びでやって来たに違いない。
「背はあの身長詐欺ヒールを履いたユキより高いみたいだが…陛下って何歳だろうな?」
「人間換算で18くらいかな。ただ、仕草がこっちの人じゃ無いんだよね。」
「どういう事だ?」
「人差し指を自分の唇に当てて静かにっていうの、お姉ちゃんたち以外で初めて見たよ。」
多くは両手で口を覆うオーバーな仕草をする。だから印象に残っていた。
「召喚者と聞いた覚えがある。が、ディモスだな…」
「どういう事なんだろうね。エディさんかミルクさんに聞きたいけど。」
「ミルクが原因だろうな。」
そう言って、お姉ちゃんが黙る。念話だろうか。驚いた様子でミルクさんがこっちを見ていた。
「そのうち説明するとさ。」
「そっか。」
だったら深く考える必要もないだろう。
それに、難しい話はこの場に相応しくない。
楽しそうに、嬉しそうに話をする父と母たちをずっと見ていたかった。
『これにて結婚式は』
「あ、ちょっと待って。」
メイプルが式の終了を宣言しようとしたところで、アリスお母さんが遮って私を手招きする。
お姉ちゃんと顔を合わせ、互いに首を傾げる。なんだろうか?
二人で近くに行き、様子を見る。
「こんなドレスじゃ娘たちが喜ばないからね。だから、」
お母さんたちがドレスの一部を外し、指を鳴らす。
『おお…』
その場の全員が驚いた様子で声を上げる。当然、私たちも。
「ウェディングドレスになった…」
目を輝かすバニラお姉ちゃん。
真っ黒のドレスは純白のドレスへと変化していた。
そして、タイミングを見計らったかの様に雪が降り始めた。魔力の動きから、犯人はフィオナのようだ。
私が視線を向けると、露骨に目を逸らす。
「どうかしら?」
胸を張り、自信作を自慢気に見せる。
この為に、肝心な今日に隈を作って挑むのはどうかと思うけど。
「娘たちの世界では結婚ドレスは白が一般的らしくてね。ちょっと仕込んでみたのよ。」
指を鳴らすと元の黒に戻る。
「あー…戻っちゃった…」
もう少しじっくり見たかった…
「けっこう消耗が大きいのよ。時間が経つと、破れちゃうから。」
「…それなら仕方ないね。」
この場でそれは大惨事だ。ユキちゃん以外は。
「ユキちゃん真っ白だったね!」
年少組が母親に感想を言う。
宗教的にどうなのか、という事もあるが、お世辞抜きで美人の3人だ。保護者たちも目を輝かせている。
「みんな綺麗だったよ。もっとちゃんと見ていたかった…」
「そう。苦労した甲斐があったわ。」
3人の美しさだけでなく、規格外の芸を見せられ、見惚れぬはずがなかった。
『では、本当にこれにて結婚式は終了となります。皆様、仮設小屋で体を暖めてからお帰りください。』
こうして、結婚式は終了となった。だが、私の仕事はこれからだ。引出物を渡すという大役をこなさなくてはならない。
『かんぱーい!』
実家へ関係の近い方々を招き、乾杯をした。一家は全員イグドラシル水か果実水、エディさん、フィオナの両親、ハロルドさんはワインである。
本当に一家の大人たちは、二度とお酒を飲むつもりはないようだ。私も飲まない気がする。
陛下の名残惜しそうな姿が脳裏に浮かぶ。
きっと私たちと似た身の上で、私たちと違う成功を納めた方。一家の姿はどう見えていたのだろうか。
「ハルカ様、どうされました?」
リナお母さんが声を掛けてくれる。
「ちょっと陛下が気になって。」
「っ!?」
この世の終わりのような表情をするお母さん。これはどういう感情だろうか?
「私たちはこうやって同じ身の上の家族が出来たけど、陛下はどうだったのかなって思って。」
「そ、そうでしたか…良かった…」
なんだか反応がよく分からない。
「確かに、ジェラルド様は辛い思いも、悲しい思いも、苦々しい思いもなさってきたと思います。ですが、ちゃんとミルク様が、同僚が家族の代わりをしておりました。
私は関わっておりませんでしたが。」
「そっか。」
「ハルカ様を切っ掛けに、郷愁に駆られる事もあるでしょう。環境の違いに何か思う事もあるでしょう。それは仕方の無い事ですよ。」
「仕方がないのかな?」
「はい。残念ながら、我々と住む世界が違いますので。」
…出来れば二度と聞きたくなかった言葉だ。でも、ニュアンスが違う。
リナお母さんは排他的な意味で言っているのではない。受け入れたくても受け入れられないという事だろう。認めたくないけど、認めなくてはいけない事だ。
「ねえ、お母さん。陛下と仲良くなるにはどうすれば良いかな?」
「ひぐぅっ!?」
想像しなかった声がリナお母さんの口から放たれる。あまりの事態に、皆がこっちを見ていた。
「え、エディアーナさまに、ハシワタシを、していただきましょう…
きっかけが、えられるはずです…」
変なポーズのまま、なんとか言葉を紡ぐお母さん。大丈夫だろうか?
でも、きっかけ…そうか。一つ手があった。
「お父さん。陛下から報奨をいただこう。
正当な評価を得ないと、後進が困るって陛下が言っていたから。」
「そうか。
それはオレも望む所じゃない。ちゃんと交渉し、受け取っておこう。」
「私もついていくから。」
「良いぞ。王宮を見ておくと良い。
他は…フィオナ、ソニア。メイドはアクアとメイプル頼む。」
『はい。』
お父さんの素早い人選に返事をする皆。
「本当は私が行きたかったけど、ソニアお願いね…」
「お姉様はゆっくりお休みください。」
もう限界のようで、普通の寝間着姿だったアリスお母さんは、ジゼルに連れられて部屋に戻っていった。
「…エディではなく、私から連絡しよう。それとココア、大事な話がある。」
ミルクが少し疲れた様子でオレたちを見る。
「…もうわたしの余命は長くない。」
その言葉に全員が凍り付く。
いや、当然だろう。もう70を越えた御老人。覚悟をしなくてはいけなかったはずだ。
「だからココア、お前にわたしの知る全てを教えておきたい。その上で、わたしが死んだ後の事を決めてくれ。」
「…わかった。」
最後の一人となるココア。
少し先になるが、決断が迫られるのだろう。
「ヒガン…いや、匠。結婚式を見れて良かったよ。出来れば、子供の姿も見たかったが少し無理そうだ。」
「そうか…」
「でも、ちゃんと子供を四人育てたじゃないか。その中にわたしがいるのは不本意だがな。」
そうだろう。
お父さんを愛し、その為に100年…いや、ミルクさんはもっと、もっともっと長い年月を繰り返して来たはずだ。
「でも良い、これまで零し続けたものをたくさん救ってくれたからな。紛れもなく、わたしにとって英雄だよ。」
「…そうか。」
お父さんは跪き、シワだらけの手を、愛しそうに握る。
「…ミルク、オレはお前にも感謝してもしきれない。エディさんを通し、環境を整える手伝いをしてくれた。いつも娘たちを見守っていてくれた。結婚式も準備してくれた。本当にありがとう。」
そう言って、お父さんは優しくミルクさんを抱き締めた。
手を握られる事すら想像してなかった様子だったのに、体を抱き締められ困惑するミルクさん。
「『ヒガン』、お前は一番手の掛かる子供だったよ…
でも、わたしが目を掛けた子供たちで一番やってくれたのもお前さんだ…
だから、もう自由になって良いぞ。大陸中、世界中を冒険して欲しい。
今までのお前さんで、誰一人として成し遂げられなかった事だからな。」
「そうか…」
「メイプル、一曲歌っておくれ。わたしはまだお前さんの演奏を聞いていなかったからな。」
何かを振り払うように、ミルクさんがメイプルに注文する。
「わかりました!
では、不肖メイプル、プレアデスを全力でやらせていただきます!」
直った魔導楽器をフル稼働し、メイプルが歌い始める。
ややリズムを外し気味に体を動かすミルクさんだったが、演奏が終わるとメイプルをベタ褒めし、エディさん、ココアと共に馬車に乗って帰っていく。
今日の全てに満足した様子で、メイプルが歌い始めてから笑顔が消えることなく、別れ際も最高の笑顔のままだった。
翌日、私たちは陛下に謁見し、多くの報酬を賜る。
そして、再出征する春に向けての話を簡単にされ、時間切れとなった。急だったこともあり、あまり時間が割けなかったようだ。
「ヒガン殿、今後も我が国を贔屓にして欲しい。」
「ここは既に私たちの故郷でございます。数年はここに落ち着くつもりですので、その間に御恩を返せればと思っております。」
「これ以上はこちらの借りになってしまうけどね。」
お父さんの言葉に苦笑いを返す陛下。
「貴殿の娘である『白閃法剣』殿ら共々、今後の活躍に期待する。下がって良いぞ。」
白閃法剣…?
謁見の間がざわめきだす。どういう事だろうか?
「はっ。失礼します。」
私たちはすぐに退室し、直接答えを得ることが出来なかった。
「どういう事だろうね?」
「ハルカさん、陛下直々に二つ名を賜った、英雄の娘というだけではないと、陛下が周知させたという事ですわ…
しかも法剣は、魔法剣士として国を代表するという事。
これからは、より注目される事になりますから、そのつもりでいてくださいませ。」
鼻息を荒くして、ソニアちゃんがしっかり説明してくれた。知ってはいるけど、説明されて事の重大さがようやく解ってくる。
「…ああ、陛下にしてやられてしまったんだ。」
戦場のステージが違う。それを実感するには十分すぎる出来事だった。
陛下を出し抜いたと思った私だが、二つ名から姫が外れた事で大人になれと叱られてしまった気がする…