番外編 〈魔国英雄〉は皆の意志を確認する
〈魔国英雄ヒガン〉
奴隷解放どんちゃん騒ぎが無事に終わった翌日、全員で転生についてしっかり話し合う事になった。
アクアを鍛え直す為、また二週間くらいは動けないだろうから、時間が取れる内にやっておきたかった。
「まずはバニラから聞こう。転生に躊躇いは無いな?」
「ああ。痩せていれば、今すぐにでも向かいたい。わたしも遥香じゃないが、父さん…いや、ヒガンの側で戦いたいからな。
それに、オーディンには聞きたいことがある。」
なぜ言い直したのか気になるが、意志は固いようだ。
「それに、元々、親がどうこうというのは関係ないからな。あまり育ててもらったという覚えがないから…」
「そうか…」
「私にとっては、ずっと遥香様の次に可愛い娘ですよ。」
カトリーナの言葉に食って掛かるのかと思いきや、そんな事はなく、ただ照れ臭そうに頭を掻くだけだった。
「…身も二人の娘に見えてもらいたいからな。だからこの体に未練はないよ。」
「バニラ様…」
カトリーナが堪らずにバニラを抱き締めた。
相変わらず、一瞬だけ凄まじい形相になるが、すぐに落ち着いて受け入れたようだ。
「そうか。」
二人の様子を見て、オレは一言だけ返事をする。
もっと何か言え、と言われるかと思いきや、バニラはにこやかにオレを見るだけだった。
「次は柊。お前はどうだ?」
「私も姉さんと同じだよ。ただ、なるのはエルフが良いかな。身長、体の強さ、寿命の長さは魅力的だから。」
ゲームにおいて、エルフは魔法に長けていたのだが、どうもこの世界は違うらしい。
というか、ディモス、ヒュマスの体がかなり弱いのではないだろうか、という推測を立てている。
今も時々夢に出る血塗れカトリーナも、ヘイムダルとしては想定外だったのではないだろうか。再び、何の問題もなかった様に復帰するのも含めて。
オレは元々魔導師寄りだから良いが、そうなると遥香が心配になってくる…
「ヒガン様、やはり私と婚姻を結びましょう。」
なんとしても柊を娘と呼びたいフィオナが詰めよって来る。あなた、ここに呼ばれてませんよね…
ノラは相変わらず庭だが、他にいないのは一緒にいるジゼルだけか。どうやら、ユキと同じく精霊が見えているようで、よくノラの遊び相手をしていた。
「家の格、種族の問題があるだろう…」
「ぐぐぐ…社会が、社会が憎い…!」
あなた、それを引っ張る立場でしょう…
「あきらめませんからね!」
「諦めないのは好きにしてくれ…」
「言質はいただきましたわ!」
ビシッとオレを指しながらそんなこと言う姿は将来の不安しかない。フェルナンドさんと組んで襲われたら敵いそうにない…
ジュリアに抱えられ、総領様自慢の娘は退場させられた。
「…私も姉さんと同じで元々の親に未練はないよ。」
カトリーナ、アリスを見ると、二人共頷く。
「柊、オレはご両親の事は知らない。だから推測になるが、お前に期待をしていたんじゃないかと思っている。」
「うん。父さんならそう言うと思っていたよ。
でも、そんな事はなかった。やっぱり女はダメだ、っていつも言われてたから…
性差はどうにもならないからね。」
女子としての期待もしていなかったという事か。
そこにも誤解がありそうだが…
だが、仮に柊が女子として成功を納めたとしても、親がそれを喜ぶかというと分からないな…
「だから、元の世界にも未練はない。ここなら存分に活躍できるからね。
父さん、今度は魔法をちゃんと教えてもらいたい。」
強い、意志の宿った眼で訴えてくる。
「そうか。」
一言答えると、柊も穏やかな笑みを返してくれた。
「シュウ、魔法なら私だって教えられるわよ?」
苦笑いしながらアリスが言う。
「そ、そうだけど、アリス母さんは忙しいから…」
「そういう事にしておくわね。」
あまり深くは聞かず、アリスは話を切り上げた。
オレが柊に教えられるのは魔法くらいだろう。それ以外、戦闘技術は既に備えており、研鑽する相手はカトリーナが務めている。余計なアドバイスならしない方が良い。
「さて、梓だが…」
横にいた柊から視線をグッと下げ、頭を抱える。
「お前も妙なところで思いきりが良いな…」
「えへへー」
この場の誰よりも小さくなった梓が照れながら笑う。
一人だけ、抜け駆けしてドワーフに転生していたのだ。無事に果たして戻ってきたのだから、それについては何も言うまい。
だが、問わなくてはならないこともある。
「一番迷っていたと思ったから設けた場なんだが…」
「おとーちゃんたちごめんね。
だから、絶対に面倒なことになると思って、済ませてきちゃったんだ。」
姉妹の中で一番背が高かった梓だが、今は一番小さい。120センチくらいだが、ドワーフの中では高い方だ。
「ディモスでもエルフでもなくてごめんね…」
「分かってたよ。選ぶならドワーフだろうと。
最近の疲れの理由もそれだろ?」
恐らく、ゲームと同じペースで作業に取り組んでいたのだろう。だが、体の方がついていけていなかった様だ。
「うん…やっぱり、ドワーフじゃないとダメだなって思ってた。」
今度はユキが梓を後ろから抱き締める。
「分かってやすぜ、旦那も、あたしらも。
きっと、迷って、悩んでいたことも。責めるなんてしやせんよ。」
「ありがとう…
ユキちゃんもおかーちゃんだね。」
「なんだと思ってたんですかい!」
「白いアッシュかなぁ?」
「獣と同類は酷いですぜ!」
二人のやり取りで笑いが起こる。
お互い、良い顔をしており、互いの気持ちは通じあっているようだ。
「それと、転生の試験だけど、私は自作装備の献上を要求されたよ。
多分、みんな違う事が要求されるんじゃないかな。」
それはそれで厄介そうだな。
「旦那様は、私たちを守る意志を試されたのでしょうね…」
「そうかもな。ひょっとしたら、柊と遥香は普通に戦う事になる。」
戦う以外にこれといって特技がない二人だ。その可能性が高い。
「あたしは絵になりそうですね…」
「神様の前でパフォーマンスするなんて…」
なかなかハードルの高そうな二人である。メイプルは大丈夫だと思うが。
「次は遥香だが…」
「私も未練なんてないよ。お母さんと同じディモスになりたいし、これ以上ソニアちゃんを置いていきたくない。」
即答だった。前に聞いているからかもしれないが。
「でも、バニラや柊と違い、両親と仲が悪かった訳じゃないんだろう?」
俯き、首を横に振る。
驚いたのは梓だ。声には出さないが、表情が一変している。
「私は『管理』されてた。なんでも一番を取る為、勝つために、食事も、勉強も、趣味も…」
「それで怖いくらいの向上心を発揮していたのか…」
バニラが納得した様子で呟く。
「いつもニコニコしていて、優等生みたいな印象だったのが、一家に心を許してからのだらしなくなった事に驚いたけど…
そういう事だったんだね…」
梓も完全に騙されていたようだ。
「やっとその呪いから解放されて、お母さんの本当の娘になれる気がする。だから、躊躇う理由なんてないよ。」
求めていたのは力ではなく母親だったのか…
このクソガキは、本当に…
「あの時は自分の願いと引き換えに、懇願していたのか…」
流石にジッと見ているだけではいられなくなったのか、カトリーナが椅子を倒しそうになりながら遥香の元へ行き、抱き締める。
あの時の懇願が、余程の覚悟のものだったと明かされ、座りっぱなしでは居られなかった様だ。
「ハルカ様…そこまで…」
泣き出しそうな顔のカトリーナ。
今日まで、ただ可愛いという理由で甘やかし続けていたのだろうが、こんな事情を打ち明けられては、甘やかしに拍車がかかりそうだ。
「…ちょっとどう向き合えば良いかわからないわ。」
小さく呟くアリス。同感である。
抱えていたものが、オレ達にには余りにも重すぎた。
「でも、これで付き合い方を変えるのは違うよな?」
「うん。今まで通りにして欲しい。
打ち明けたら絶対に困ると思って、今まで言えなかったから…」
驚いているのはソニアも同じ。口を半開きにし、時々動かすが適切な言葉が浮かばない様子。
「ソニア、お前にとって遥香はなんだ?」
声を掛けられると思っていなかったのか、身体をビクッとさせてオレを見る。
「ら、ライバル…で」
「親友で」
遥香が遮る様に言う。
「越えるべき相手で」
「共に歩める仲間で」
「最高の目標です…わ!」
「最高の相棒だよ。」
ソニアも我慢出来ずに遥香に抱き付いた。椅子は無事なようだ。
「…私、この子の親をやれる気がしないわよ。」
「あたしもですぜ。」
「オレにも荷が重いよ。」
三人の意見が一致してしまった。
「見守るだけで良いんだよ。四人が喜ぶ顔を見るのが一番嬉しいから。」
「…そうね。子供心ってそういうものだったわよね。」
バニラの指摘に、アリスは懐かしいものを見るような眼差しで三人を見ていた。
ソニアが抱き付いているのは遥香だが、それがアリスで、横にいるのがベルさんだったという事もあったのだろう。
そんなやり取りを見ていて、顔色の悪くなっているのが一人居た。
「アクア、大丈夫か?」
「えっ!?大丈夫、ですよ!あっ!」
グラスを倒し、大丈夫じゃない様子。
アリスが慌てずに洗浄で片付け、グラスに水を入れ直した。手慣れている。
「ダメそうだな。」
「も、申し訳…」
消え入りそうな声で、最後が全く聞き取れなかった。
「気持ちは分かる。オレも娘たち程の過去は背負っていないから安心しろ。」
「具体的には?」
「女が理由でシェラリアのチーム崩壊、現実でも痴漢、強姦、脅迫の冤罪で酷い目にあったそうだ。」
「納得しました…」
ココアが神妙な面持ちで呟いた。
「大した過去じゃないですか!
調子に乗って喋りすぎるだけの小娘と、皆様の過去を同列にしないで下さい…」
「事情は察した。」
「…私には笑えませんよー。」
そっと目を逸らすメイプル。お前もか。
なんで一人で活動していたんだろう、と思ったが、同志が作れなかったわけか…
「みんな、過去に何かありすぎますぜ…」
お前の過去も大したことだと思うぞ。おちゃらけ白エルフ。
「ソニアには無事に大人になってもらいたいわ。」
一家の一員扱いで、既に無事じゃない気がするが…言及はしないでおこう。
「という事で、大した事のない過去を持つアクアの番だ。」
深呼吸をし、気持ちを整える。ボス戦のような面持ちである。
「…あたしはもっと色々な場所の、人の絵を描きます。
梓さんの絵もしっかり描かせていただきましたし、他の皆様の絵も描かせていただきます。その為に、足手まといになりたくありませんから。」
そう言って、色の塗られていない、精密な梓の絵を出す。こうして、全員分の姿を残すのだろう。その意志だけでも頭が下がる。
まるで絵の中で生きているかのような、作業着姿で腰に手を当てる笑顔の梓。色が着いたらどうなるのか、と心が震えてしまう。
「なんだか恥ずかしいよー…」
照れた様子の小さい梓。顔はそのままだが、体がドワーフサイズになった違和感はなかなか消えない。
「…皆様の心遣いは存じております。あらゆる名所へ行くのに、あたし一人では行けない事も。でも、機会が得られるのに諦めたくありませんから。」
アリス、カトリーナの顔を見る。二人とも、仕方ないと頷いてみせる。
「…剣を握り続ける弊害が読めない。それでも良いか?」
「はい。あたしは世界を、スキルを信じますから。」
スキルを信じる、か…
恐らく、スキルも駆使しての絵なのだろう。そこまで言われたらもう止める理由がなかった。
「メイプルは…良いか?」
一応、確認はする。恐らく、どう転んでも影響は少ないだろう。
「はい。足りないのは時間だけですから。」
シンプルな理由だった。
「種族は決めているの?」
「エルフのキラキラ感も素晴らしいのですが、ディモスにしようと思っています。
〈魔国歌姫〉の二つ名もありますし、やっぱり一家の看板を背負ってしまいますからね。」
オレたちが望まずとも、メイプルはそうなってしまうだろう。
唯一無二のパフォーマンスは、メイプルに色々な物を背負わせ始めていた。
「そうか。」
オレの一言に、メイプルは首を横に振る。
「私をここまで導いてくださった旦那様への恩返しです。ユキさんや、アリスさんと同じく、一生掛かっても返せそうにありませんよ。」
『メイプルそれは』
「あ、アイドルは恋愛ダメですからね!?」
23歳のお嬢さんが、二人の追及を慌てて否定した。
「まだ道半ばだもんな。スキャンダルには早すぎる。」
「だ、旦那様…」
顔を赤くするメイプル。何かまずかっただろうか?
「さて、とりあえずはこれで全員か?」
フィオナもレベルカンストで、権利はある。だが、まだ総領の娘としてやるべきことは多い。それを果たしてからの方が良いだろう。
「あ、そうだ。転生後は裸になっちゃうから気を付けようね。おとーちゃんだけの事情じゃなかったみたいだから。」
大事な報告、ありがとうございます。
大事故が未然に防がれ、とても安堵する。
こうして、転生意志の確認会議は終了し、解散となった。
重大な過去を共有できたのは大きいだろう。ここまで隠し続けていた事に、カトリーナやアリスに思うところがあるのか心配だったが、これ以外にないタイミングだったと言っていた。
デレデレカトリーナに抱えられ、楽しそうに話をする12歳。もうそんな歳じゃないだろうと言いたいが、グッと堪える。
…ここまで無理をさせてきたんだ。もうしばらく大目に見てやろう。
母親に比べて全体的に色の薄い娘の頭に、よく似た角が生えている。そんな風に見えた気がした。