101話
二週間経ち、ようやく体制が整ってくる。
高等部の者で二人、協力してくれる事が確定した。ディモスのメラニーとエルフのミレアだ。
元々、教官志望だったようで、ここでの経験を活かしたいと考えているらしい。二人には中等部を担当してもらう。
高等部の中ではやや伸び悩む二人だが、長命ゆえに学生期間が30年とかよくある世界だ。続けてオレたちの指導を受けて実力を付けたいという算段もあるのだろう。互いにメリットがあるので、どうこう言うつもりはない。
オレ達に襲撃を仕掛けてきた『紅蓮剣舞』は解体処分となった。この前の件が切っ掛けで、いくつもの乱暴狼藉が明るみになり、ギルドを怒らせたらしい。
兄弟は沙汰の前に一家揃って夜逃げしてしまったようだ。女たちは散り散りになり、路頭に迷う者、他チームに入る者、スキルを活かして転職と様々。扱いが悪かった者ほど、ギルドの助力で良い場所へ行けたようである。
高等部の訓練は一段落し、少なくとも下手な冒険者では手が負えないレベルに育っている。これならしばらくは、各自で課題を見つける形にしても良いだろう。
そういう事で、オレたちは一度エルフの森東部へと戻ることにした。
全員転生を果たす為である。その後、戻ってくるつもりなので、軽いお別れ会をしてルエーリヴを経った。
またすぐに戻って来るのだが、ソニアが涙ぐんでおり、別れ際にアリスが抱き締めていたのが印象的だった。横に居たジゼルも不安げな表情だったが、メイド仕事はキッチリ教えたからとユキに励まされていた。
一週間の旅を経て、久し振りのエルフの森東部。
街はイグドラシル開放によって活気に溢れており、冒険者や商人が多くなっていた。
第二の我が家は秋の装いになっており、庭の雰囲気が一変している。
「お帰りなさいませ、旦那様。」
待ち兼ねた様子で出迎えてくれたカトリーナ。通話器で話はしていたが、やはり顔を合わせるのは良い。
「ただいま、カトリーナ。」
しっかり抱き締めて挨拶をする。
「だ、旦那様…嬉しいですが、恥ずかしいです…」
か細い声で言うカトリーナ。なんだか可愛い。
「留守の間は何もなかったか?」
「…はぁ。ええ、何も問題はございませんでした。」
一息吐き、落ち着いてから報告をする。
「ドートレス卿のおかげで父母の関係も改善されました。アリス、ありがとうございます。」
「お礼はお父様に言ってあげて。」
フィオナの方も問題が解決したようだ。
これで皆が抱えていた問題の多くが解決した様だな。
「ところでバニラ。」
「言うな。頼む。触れないで。」
「太ったな?」
「うわああああ!!」
オレをぽこぽこと叩く。
フィオナの母に甘やかされたようで、全体的に丸くなっていた。ココアと並ぶと一目瞭然である。
「だ、ダイエットはしてるから…」
しょんぼりしながらオレから離れた。
お菓子が美味しく、断りにくかった状況のせいらしい。
「アクアとメイプルの転生もあるからダイエットは出来るぞ。」
「二人とも、最後までついていくからな!」
宣言しないとダメなレベルなのだろうか。
太り気味、恐ろしい。
「なぜ、首と腹と腕だけ太くなった…」
悲しい体質に言えることは何もない。
「それより二人の装備が深刻な件。」
「タイラントオーガロードと殴り合いしたからな。」
「ふたりともいきてる?あしついてるよね?」
無感情な言い方で確認してくる梓。まあ、そう思われても仕方ない。
「結局、旦那は単騎で倒しちまいやしたからね。」
「数日霜柱が残るフロストノヴァですか…」
「なあ、バニラ。魔法による温度変化って熱振動を考えれば良いのか?」
「うん?違うのか?」
どうやらその認識なのは同じのようだ。
「止められていないのかマイナス60度くらいにしかならないんだよ。」
「止まってないんだと思う。マナや魔力が作用して振動が発生している可能性があるな。」
「なるほどな…」
マナが物理的に作用している可能性は盲点だった。
「わたしには、そこまでの制御はできないから仮説だが。」
「いや良い、オレも聞くのを忘れてたくらいだからな。」
聞き耳を立てていたフィオナだが、ちんぷんかんぷんのようだ。
「フィオナ、後日ちゃんと教えるから。」
「は、はい。」
バニラが約束をしてこの件は終え、転生の話に移る。
オレと遥香は装備の修理でお休みなので、アクアとメイプル、ココアのキャリーを優先することにした。フィオナ、バニラ、柊が攻略に付き合う。
既に感知系に妊娠の傾向が見える妊婦組は、これからしばらくお休みだ。軽い運動は続けるそうだが。
装備も深刻な盾以外は自動修理が進んでいるので、調整が中心となる。それでも、結構な部品交換が必要になるらしく、渋い顔で梓はメモを見ていた。
「ソニアたちともう一回登ることになるか?」
「メラニーとエレアは分からないけど、ジゼルはそうでしょうね。」
「聞いたこと無い名前が増えてますね。」
まだ説明してなかったのでカトリーナに尋ねられる。
「向こうで厄介に巻き込まれて、その際に相手チームから引き抜いた。封印してるがカースフレイムの魔眼持ちだよ。」
「名前の通り女性よ。歳は私とユキよりは下、というところね。」
「あたしたちだと21くらいでしょうか。バニラ様よりは上ですね。」
「メイド仕事はしっかり仕込んでおきやした。何処に出してもはずかしくありやせんぜ。」
皆で説明をする。余計な疑念は持たれたくないのでありがたい。
「あたしらより背が高く、アリス程ではありやせんが立派なものを持ってるディモスですぜ。」
またか、という視線が一気に集まるのを感じる。
「ユキチャン、やめようね。」
「へへへ。
まあ、実際、かなり旦那は気に掛けてた訳ですが、ジゼルにと言うより魔眼に、という感じでしたぜ。」
フォローになってるんだか分からないフォローありがとう。
「だと思ったよ。
でも、よくコントロールして生き延びてきたな。魔眼は扱いが難しいと聞いているが。」
バニラの言葉に首を横に振る。
「コントロールできてないから封印したんだ。それでも鑑定や感知に補正が掛かってて、看破10ちょいでオレのステータスが見抜かれていた。」
『えぇ!?』
看破持ち全員が驚愕する。
そりゃそうだろう。皆、カンストしてようやく見れたと言っているのだから。
「出産、子育てで動けない間、魔眼について調べたり、対策したりしようと思っている。
恐らく、多くの魔眼持ちが不幸に遭っているからな。その一助になれれば嬉しい。」
「封印はどうしたのー?」
「出会う前に施されていた封印に倣って、MP上限低下の刻印を背に施してある。前は頭だったからな。
どうやら、魔力量に応じて発揮できる効果が違うようだ。」
「なるほど。…おとーちゃんも知らないの?」
梓に尋ねられるが首を横に振る。
残念だが、最後まで獲得条件がよく分からないスキルだったので詳しくはよく知らない。
「後天的な魔眼なら少し知っている。だが、先天的なのは…」
「多分、大差ないよ。私、両方世話したことあるから。
おとーちゃんの対策で間違ってもいない。前に施した人はよく気付いたね…」
「やっぱり試行錯誤したらしい。数年前にふらっといなくなったそうだが。」
「そうなんだ。
うん。じゃあ、普段使いに眼鏡、戦闘用にゴーグルを作っておくよー。これが一番手っ取り早いからね。入浴用にブレスレットも用意しておくねー」
そう言うと、梓はメモに予定表を書き込んだ。
「後で理屈だけでも一応説明して欲しい。一応、魔眼持ちの助けになれば、と思うからな。」
「うん。わかったよー。通話器は向こうにあるよね?」
「私のをソニアに預けてきたわ。」
「じゃあ、夜に説明するよー」
魔眼の問題はこれで一気に進展しそうだ。
「あっという間に解決しそうね。」
「そうだな。でも、しっかり研究はしておきたい。中途半端で魔眼持ちの迫害が進むのは残念だからな。」
「そうね。ジゼルはそれでわざと目立たないようにしてたものね。」
髪型を整えて現れた時は見違えてビックリした。元がボサボサ頭で、表情もよく分からない感じだったというのもあるが。
「あれは惜しいことをしてやしたぜ。
ここに居れば、間違いなく旦那にたらし込まれてたでしょうに。」
人聞きが悪い。アクアもメイプルもたらし込んでないんだから分かって欲しい。どうして二人共、目を逸らすのか?
「まあ、それは置いとくとして、早く皆の転生を終えてルエーリヴへ戻ろう。そして…」
カトリーナとアリスの顔を見る。
「正式に婚姻を結ぼう。」
二人が嬉しそうな顔でオレの手を握ってくれた。
「あ、あたしもですからね!」
慌てるユキはオレに抱き付いた。
「分かってるよ。ユキも一緒だ。」
手を離してもらえないので言葉だけとなったが、察してくれたようで仕方ないと言わんばかりに抱き締めてきた。
「早く終えないといけないねー。ゆっくりしてると、おかーちゃんたち動けなくなっちゃう。」
気合いを入れる梓。
「急かすようで悪いわね。」
「良いんだ。私たちも弟か妹が増えるのは大歓迎だからな。」
「末っ子じゃなくなる日が楽しみ。」
笑い合うバニラと遥香。
「赤ん坊居ると、なんだかんだでやる事が増えるぞ。アクアも、メイプルも、梓もな。」
「そうですね。芸術班の腕の見せ所ですよ。」
「実はもう1つ作ったんだよね。」
そう言って、でんでん太鼓を取り出す梓。
「気が早いだろう…」
「ちょうど良い端材があったからねー」
でんでんでん、と良い音を鳴らし、すぐに片付けた。
「あたしは絵本でも描きましょうか。」
「童謡の練習しないと…」
「気が早すぎる。それはすぐには分からんだろう。」
『それもそうですね。』
気の早い連中が多くて困る。
「今は戦闘技術を磨いて、そっちは息抜き程度にしておくんだな。」
『はい。』
改めて全員を見る。
言いたいことがある事を察したのか、全員が黙ってくれた。
「…召喚からそろそろ3年だ。その間、本当に色々なことがあった。」
楽しいことが多かったがそれだけではない。辛いことだって何度もあった。
「小さかった遥香もすっかり大きくなった。それだけに、時間が経った事を強く感じる。」
また背が伸びたようで、姉二人と並んでも見劣りしない。…バニラがかわいそうになってくる。そこにアクアとメイプルが加わると尚更だ。
「だが、まだ道半ば。まだまだ冒険者家業は続けていく。みんなの協力あってこそ成し遂げられる冒険もあるだろう。期待してるぞ。」
『おー!』
召喚組が揃って声を上げた。
「では、久し振りに揃いましたので、みんなで一曲歌いましょう。」
メイプルの周りに無数の楽器が現れ、盛大に演奏を始める。
魔法制御の訓練を始めたら、更に演奏のレベルが上がっており、どこまでやれるようになるのか楽しみだ。
加わるのは無粋だと思い、離れてその様子を眺める。
全員で楽しそうに歌い、踊る様子は見ているこっちまで楽しくなってきた。
「旦那様、今日まで色々なことがありましたね。」
隣にカトリーナがやって来て、あまり見せない楽しげな笑みを浮かべながらで話し掛けてくる。
「ああ、色々なことがあった。色々な変化もあった。」
手を差し出すと握り返してくれる。
出会った頃の冷たく、寄せ付けない様子は何処へやら。
「そうですね。エルディーから出ることは無いと思っていましたし、結婚することもないと思っていましたから…」
「そうか。」
オレの返事に微笑むカトリーナ。
「その返事、最初は本当に嫌いでした。ちゃんと聞いているのかわかりませんでしたので。」
「そ、そうか…」
そんなつもりは無かったが、そう言われてしまってたじたじになる。
「でも、今は旦那様の懐の深さを感じる返事で私は好きですよ。
ちゃんと聞いて、受け入れた、聞き入れたという答えですので。」
「過大評価だよ。半分くらいしか分かっていないかもしれないぞ?」
「そんなことありませんよ。」
「…そうか。」
しばし沈黙し、互いに我慢できずに笑い出す。
「いつも一枚上手だな。いつまで経っても敵わないよ。」
「旦那様の知識には敵いません。私に教えられる事なんてほとんどありませんでしたからね。」
握っている手に少し力を入れると、カトリーナも力強く握り返してくれる。
「母役がカトリーナで良かった。おかげで誰も欠ける事なく、ここまで来れた。感謝している。」
「いいえ、旦那様が居て、お嬢様達が応えて下さったからこそですよ。それに、」
騒ぎ続ける皆を見て微笑む。
「皆が旦那様を信じ、旦那様が皆を信じて歩き続けてきたからこそです。互いに信じ合えたからこその光景ですよ。」
「そうだな…」
遥香の出会った時の事を思い出して笑う。
「あのクソガキが今じゃ一家の柱だよ…」
「私にとっては出会った時から心の支えでしたよ?」
「だから妙に甘やかしていたのか…」
「ハルカ様の必死な説得が無ければ、私たちは既に別の道を歩いていたでしょうし…」
本気で詰られた時の事を思い出す。
あれは本当に怖い局面だった。カトリーナが、というより、カトリーナを失ってしまう事がだ。
「オレの土下座の無力なこと…」
「ハルカ様の必死の涙が強すぎたのです。」
「それは否定できない。」
手を離し、腰に手を回すと、カトリーナも身体を寄せてくる。
「これからはずっと一緒だ。」
「これからもずっとお支えします。」
ようやく一緒に歩ける。身体半分、左側に感じる重みと暖かさがそれを実感させてくれた。
ユキとアリスも来て、こっちも賑やかになる。
まだ道半ばの旅路、退屈することはしばらく無さそうだ。