99話
全員が帰ると日が完全に暮れてしまっていた。
ソニアと見送りを終え、家に戻るとハロルドさんがニコニコとオレを見ている。
「お疲れ様。初等部のを見た時はどうなるかと思ったけど…」
「中等部以上は、しっかりルールを守ってくれますわ。毒の入っていたポーション瓶で遊んで、大惨事になったことを知っていますからね。」
そんな事もあった。あの頃はオレしか製薬していなくて、けっこう雑に済ませてたからな。
「あの気持ちの強さは才能なんだがな。だが、獣に知識を与えるつもりもない。
性格矯正はオレたちの役割じゃないよ。」
「あれで改めてくれるなら良いのですが…」
「子育ては難しいからね。望んだようになるとは限らない。」
ハロルドさんが、腕を組んでしみじみと言う。
実感が籠り過ぎていて、説得力しかない。
「ところで、お父様。他のお姉様たちから連絡は?」
「無事ではいるそうだ。ヒガン殿の顔を見たいから帰ってくると手紙が来たよ。
方々にヒガン殿とアリスの活躍は伝わっている様だ。」
「お姉様もすっかり一家の顔ですわね。」
何処か誇らしげになるソニア。
やはり、姉の活躍が広まるのは嬉しいことなのだろう。
『ヒガン様、お話よろしいでしょうか?』
不意に携帯している通話器から声が聴こえてきた。
二人がギョッとするが、構わずに話を続ける。
「ああ。良いぞ。」
『良かった。少々、お力をお借りしたくて…』
「なんだ?フィオナたちだけで対処できない事が起きたのか?」
穏やかではないな。思わず声に力が入る。
『あ、いえ、違いました。知恵をお借りしたくて。』
フィオナにしては珍しい。だいぶ焦っているようだな。
二人に座るよう促し、オレもいつもの椅子に座った。
「いったいどうした?」
『母が何があっても帰らないと拗ねてしまいまして…』
待て、それについてオレは無力だぞ。
『あの手、この手で宥めましたが、万策尽きてしまいまして…』
「ヒガン殿はそんな問題も抱えていたのかい?」
苦笑いするハロルドさん。
アリスは金貨1800で強引に片付けたが、フィオナの所はそうはいくまい。
『聞き慣れない声が…』
「アリスの父上でハロルドさん、ドートレス卿だ。」
『…えっ、あっ、その、うちの恥ずかしい話をその…』
「フィオナ様、うちも恥ずかしいお話がありますのでお気になさらずに。」
『そ、そうですの?』
ソニアのフォローに困惑っぷりが伝わってくる。
「ヒガン殿に借りを少し返したい。この件は任せて貰えないかな?」
「良いですよ。きっとオレより上手くやれると思いますので。」
「心配なので、私も加わりますわ。フィオナ様。」
通話器を二人に預け、オレは少し離れて見守る事にした。
話し合いが終わると、従者と一緒にハロルドさんは帰っていった。
三十分ほどの話だったが、結論から言うと、フェルナンドさんが直接会うしかないという事だった。二人の事なので、そうするしかないという事のようだ。
場のセッティングなど、いくつか提案もしている。
フィオナも感謝しており、バニラたちと作戦を練ると言って通話器を切った。
「これはオレにはできない話だよ。」
頭を掻いて、声の返ってこない通話器を見つめる。
オレが考えるような事は、もうフィオナはやっているだろう。タイミング良くハロルドさんが居て助かった。
「どうかしたの?」
一人でぼんやりしてるとアリスが横に来て話し掛けて来る。
「意外と出来ないことが多いなと思っていた。」
「…あなた、私の得意なことが全部私より上手じゃない。」
「裁縫は流石に出来ないぞ。」
「じゃあ、裁縫以外。」
「交渉事もそんなに。」
「…それは面倒なだけじゃないの?」
ジト目で言い返されてしまう。
「まあ、否定はしない。でも、アリスほど言葉巧みじゃないからな。力業になってしまう。」
「金貨1800枚で片付けたばかりだけど?」
「それでもだよ。
オレがアリスの立場だったらと考えると、実家とは一切関わらない選択を選んでたと思う。」
「ちょっと前まではそうだったわね。」
「じゃあ、なんで行動に出れた?」
オレが尋ねると、立ち上がり、自分でお茶を淹れ、差し出してくる。
落ち着いて、ちゃんと話しておきたいのだろう。
一口飲んで答えを待つ。
「ちゃんと決着をつけておこうと思ったの。
あの人とは、やって来た時から反りが合わなくてね。事あるごとに喧嘩をしていたわ。」
亜空間収納から指輪を取り出す。昨日の託された物のようだ。
嵌めるわけでも、弄ぶわけでもなく、オレとアリスの間に置いた。
「お母様の痕跡がどんどん消えていくのが辛かったわ。それで家に居たくなくなって、将来の選択をする時に冒険者を選んだの。
卒業してからが大変だった。最初に拾ってくれたパーティーは、即席の臨時みたいなもので互いに多くを望まなかった。だから、明らかに足を引っ張ってた私は完全に疎まれてたわね。
しばらくは一人で雑用仕事をこなし、色々と覚えてから加わった所は酷かった。初等部の問題を起こした子が、そのまま大人になったようなリーダーで、そいつの為だけのパーティーだった。身体求められて突っぱねたら荷物だけ取られて放り出されたわ。あの時は悔しくて情けなくて堪らなかった。
それからはずっとソロ。なんだかんだで五年くらいかしらね。頼るのも怖くて、ずっと仮面を被ってるような気持ちだった。あなたと会うまでは。」
その時に国境近くで会ったのか。だから当初と印象が違っていたんだな。
「もう運命にも思えた。最後の光にも思えた。なんとか印象付けようと思って、変な演技もして、後は今よ。」
そう言ってお茶を飲み干す。
顔が赤い。少し目も潤んでいる。
全て明かしたのだ。恥ずかしい決まっている。
手を差し出すと、手を乗せてくる。ただ、その手を握り、
「そうか。」
「…ズルいわよ。」
笑顔で一言返してきて、大きくタメ息を吐く。
気持ちも落ち着けた様子で、再び話し始めた。
「何かとお金の事を言われたわ。冒険者はお金の掛かる仕事だから仕方ないけど、それでも報酬の3割は家に送っていたのよ。
あなたのパーティーに入ってからはクエストを受けてなかったでしょ?だから、役立てて無かったと思われてたみたいね。
ソニアも家で話はしてた様だけど、きっとかばう為の作り話だと思われていたに違いないわ。」
「それであの反応か。」
「流石にお父様も驚いてたわね。信じていても、大金貨1800枚は予想できないでしょうから。
正直、あの顔を見てスッキリしたわ。これでもう、この女の事を考えなくて良いって。」
「オレはハロルドさんに同情して辛かったよ。
遥香がこんなことして来たら一晩泣く。」
「…私も泣きそうな気がするわ。
そう考えると、お父様には酷いことをしてしまったのね。」
「でも、あれで良かったと思う。
結果的にハロルドさんとの縁が作れてありがたいよ。」
「頼りない父を助けてあげて。」
「再婚した方がいいな。」
「そうよね…私もそう思う…」
絶縁された娘に、こんな事を言われているとは思ってもいないだろう。
なんとか少ない縁から、ハロルドさんに春を届ける手伝いをしたいものだ。
「エディさんも独り身だよなぁ。」
「あの方は色恋と無縁な気がするわ。恋もすることはするんでしょうけど、国と結婚している節があるし…」
「わかる。いつも一番大変なところにいるな…」
偉大な恩人にも春が訪れることを祈りたい。
翌日、災難が久し振りに訪れた。
高等部が来るのを待っていると、玄関の方で爆音が起こる。
子供たちが何事かと色めき立つが、
「おーちーつーけ!
ユキ、遥香、ここは任せるぞ。ソニア、一緒に来い。」
「へい。」
「はい。」
「えー、留守番かー。」
家の方へ行くと、アリスとジュリアが待っていた。
「誰に喧嘩を売ったのか、解らせてやりましょう。」
「そうだね。」
殺る気満々で準備をする二人。それぞれ、杖と弓のような何かを手にしている。
ジュリアのそれは手加減出来るのか…?
「では、私も。」
ソニアも棒を出して殺る気を漲らせる。
「オレは穏便に済ませよう。」
オレは丸腰で玄関から外に出た。
待ち構えていたのは冒険者の一団。女が多いな。
「弟が世話になった様だな!礼を言いに来てやったぞ!」
昨日のクソガキの兄の様だ。
「そうか。丁寧な挨拶痛み入る。」
散らかしに散らかした門の周りを見ながら言う。
「で、お前らはどこのゴブリンだ?」
ソニアが我慢できず、盛大に吹き出した。
「も、申し訳ございません。あまりにも的確で…」
後ろでアリスとジュリアがクスクス笑っている。
「おい、てめえら舐めてんじゃねぇぞ!
たかが私塾の教師どもが調子に乗るなよ!?」
男の声に合わせ、そーだそーだと賑やかしが声を上げる。
「オレはお前らは何処のゴブリンかと聞いている。余計なことは喋るな。」
本当に怒っている事を察したのか、ソニアは笑わない。
「チッ。聞け、オレたちはクラスBのチーム。『紅蓮剣舞』だ!」
「兄ちゃんは一人でオーガだって倒せるんだぞ!」
弟の言葉に腕を組んでドヤってみせる。
「レベル40ってところか。」
「あぁ?」
オレの言葉で明らかに機嫌が悪くなる。
「オレはレベル68!てめえら私塾の腰抜け教師ごときなんざ一捻りだ!」
そーだそーだと取り巻きが言うが、明らかに一人だけ顔色が悪い。
鑑定が通ったか。見所があるな。
こちらも看破で見抜いているので、レベルを誤魔化しても…という所なのだが。
「一人だけ顔色が悪いな。」
「そうですわね。ちゃんと分かっているようですわ 。取っ捕まえましょう。」
そっちのけで話をしていると、ますます機嫌が悪くなる。ついに青筋を立てて剣を抜いた。
「お、抜くのか。まあ、抜くだけなら良いぞ。踏み入って来なければな。」
指を差しながら警告をする。
唾を吐き捨て、ずかずかと入ってきた。
鑑定が通ったヤツだけは足が固まったかのように動けない。
「はる…ちがう、ソニア、オレに隠れて影移動から捕縛。」
「はい。」
戦闘時の気配、感覚が似ていて間違えてしまう。
アリスとジュリアにはハンドサインで指示を出した。
「あの世で詫びやがれぇ!!」
オレに正面三方から剣士が向かって来る。だが、遅い。
アリスの魔法とジュリアの訓練用の矢が二人をスーパーボールのように吹っ飛ばし、男の攻撃は手首を掴んで受け止めた。
「あの世は一度見てきたからしばらく用はない。」
「じゃあ、送り返してやるよ!」
逆の手に持っていた隠しナイフでオレを突き刺すが、
「ハッ!?」
ナイフの方が砕けた。服の強度に負けたようだ。
オレに手を出すのは無謀と思ったのか、後ろのアリスたちにターゲットを変えるが、
「立ち入り禁止だ。」
無詠唱エアブラストで侵入者を全て外に追い出した。
「む、無詠唱!?」
男は目をひんむいて後退りながらオレを見る。
「レベル128なんだからそれくらい出来る。」
「ひゃ、ひゃ…!?」
言葉にならず、そのまま這うようにして逃げていった。
「旦那、ギルドに行ってきやす。」
「ああ、任せた。」
影から現れたユキに頼んで後ろを振り向く。
「二人とも、無事だな?」
いつも通り腕を組むアリスと弓矢をしまうジュリア。
「旦那様が全部吹き飛ばしちゃったからね。」
「なんか見覚えのある人だったけど…まあ、相手にならないよね。」
格が違うのだ。相手になるはずがない。
「子供たちを頼む。オレは直しておくから。」
「うん。わかった。」
「先に戻るわね。」
二人を見送り、門と壁を直すとソニアが影から飛び出てきた。その手には一人の魔人が掴まえられていた。
「ひっ…ヒィィ!!」
震え上がり、涙を流しながら悲鳴を上げる。
「取って食うつもりはない。落ち着け。」
漏らしているようなので洗浄を掛け、落ち着かせる為に浄化も掛ける。
「な、なんでわたしだけ…」
「見所がありましたからね。」
「み、見所…?わ、わたしに…?」
「オレのレベルが見えているな?」
「は、はい…132なんて見たこと…」
「上がってませんか?」
「いや、上がってない。」
「低く申告したのですね。」
どうやらソニアにも見えてないらしく、それだけで才能を感じる。
「看破持ちか?」
「は、はい。12です。」
「…私、68なのに。」
「えぇ…」
見た目初等部の女子に圧倒的に負けてしょんぼりする。うちに居れば勝手に上がるから…
しかし、それで見えるのは先天スキル持ちだろうか。それとも…
「魔眼持ちだな?」
鎌を掛けてみる。
「そ、そんなことは…」
明らかに目が泳いで言葉に窮する。
「違うか。じゃあ…」
ほっとした様子でオレをジッと見る。
「魔眼持ちだな。」
断言したら明らかに息をのみ、口を真一文字にした。
後天的にはほぼ得られない魔眼。それを持ってる人材は稀だ。だが、それにしては…
「なぜ、あいつはお前を重用しなかった?明らかに居た位置がそういう場所じゃなかった。」
疎まれてもいない。そういう位置だ。
「ほ、他の子に睨まれたら居られなくなるので…」
「あー…分かりますわ。そういうの大変ですものね。」
率いる側であろうソニアが賛同する。
「意外と情けない理由だったな…」
「そんな事はありませんわ。俗なコミュニティに所属したら避けられない問題ですもの。
高め合いではなく足の引っ張り合い。それを避けるには無難なところに居るのが最善なのです。当家には無縁ですが。」
言い切るソニア。この少女、社会経験はオレより豊富なのではないか?
熱弁するソニアを、捕虜は眩しそうに眺めていた。
「答えたくないなら答えなくても良い。
いったい何の魔眼だ?」
口を開き、閉じ、目を開き、閉じ、を数度繰り返す。
「カースフレイムの魔眼です…」
「感知系ではないんだな?」
「はい…」
手を握り、笑顔を心掛ける。
「よく答えてくれた。誰かに言いにくい魔眼だっただろう。」
「頑張りなさいましたわ。その気持ち、我慢しなくてよろしいのですよ。」
ソニアがだめ押しする。
何年、何十年この女の心の重石になっていたのだろう。涙がぼろぼろと流れ出し、女はオレたちの手にすがるよう、声を出さずに泣き続けた。
スキルというシステムが生んだ不幸を背負い続けたのだ。この女の背負ってきたものは分からないが、問題が無いようならこのまま一家に迎えてやりたいものだ。